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六十 朝焼けを浴びて
しおりを挟む「カワサキか」
駐輪場に停めてあった岩崎のバイクを撫でて、鮎川がそう言う。鮎川が昔載っていたモデルの後継モデルだ。
「まあ……」
曖昧に返事をして岩崎は鮎川を見た。あれから一度も、バイクの話はしていない。それなのに、今日はどうしてこんな場所に来たのだろうか。鮎川はメットインから岩崎のヘルメットを取り出し、手渡す。
「――乗るの?」
「お前後ろな」
「――」
驚いて固まる岩崎をよそに、鮎川はバイクに跨った。慌てて背に乗る。
「久し振りだから、ちと不安だけど」
「……うん」
鮎川が笑うのに、岩崎は腕を回して背中にぴったりとくっついた。心臓が、ドキドキする。
ブルン、エンジンがかかる。心地よい音と共に、バイクが動き出す。最初はぎこちない動きだったが、徐々に勘を取り戻すようにスピードを上げていく。風の音が強くて会話なんか出来なかったが、鮎川の体温は暖かかった。
「――っ」
込み上げる感情に、ぎゅっと回した腕に力を込める。この景色を目に焼き付けておきたいのに、視界が滲んでよく見えなかった。
早朝の道路には人気はなく、時折トラックが走り抜けていく。うっすらと白んできた空に、岩崎は顔を上げた。潮の香りが鼻をくすぐる。
海だ。
港に入った入り口で、鮎川はバイクを停めるとヘルメットを脱いだ。岩崎もバイクから降りてヘルメットを脱ぐ。潮風が頬を撫でていく。
「うわ……」
水平線から、太陽が顔を覗かせる。オレンジ色の強い光がまばゆいほどに輝いていた。藍色の空を白く、白く染めていく。
「間に合ったな」
これを見に来たのだと、少しだけ驚いて鮎川の横顔を見た。鮎川の顔が朝日に照らされて黄色に染まる。鮎川の顔は思ったよりもすっきりしていて、金色に染まった髪がかつての鮎川を思い出させた。
「久し振りに乗るとダメだな。筋肉痛になりそう」
「――っ、鮎……」
泣きそうな岩崎の目元を鮎川の親指が撫でる。穏やかに微笑む鮎川に、心臓が痛くなった。
「進が、怪我で腕が動かないの知ってるだろ」
「え? うん……」
「あれ、僕のせいなんだ」
「――」
驚いて目を見開く。
「……あの時は雨で、視界が悪くて。見通しの悪い交差点で――」
鮎川は両手をぎゅっと握って、何かを思い出すように呟いた。岩崎はなんと声を掛けていいかわからずに、黙って聞いていた。
「進は、ピアノやってたんだ。それから、辞めちまって……僕も、バイクを辞めたんだ」
「――鮎川……」
岩崎は鮎川が、どうしていつも藤宮の横で彼を手伝っていたのか、理由を知った。藤宮のためだったのだと思うと、胸が締め付けられた。これは、どうしようもない嫉妬だ。ぎゅっと唇を噛み、目を逸らす。
(俺、すげえ、自分勝手だ……)
「でも、この前、面倒臭いって言われちまった」
ハハ、と鮎川が笑う。その顔は、どこかすっきりしていた。
「……本当、僕、面倒臭いヤツだったんだ。自分がなにかすることで、自分を誤魔化してたけど……。結局、進にも気を遣わせてただけだった」
「鮎川……」
「僕が、臆病だから。色々、進めなくて。――まあ、性格は変えられないけど」
「アンタが、臆病だって……俺が、――俺が、ついていてやるよ」
岩崎の言葉に、鮎川が髪を撫でた。
「ああ」
鮎川は背伸びをして、朝の空気を吸い込んだ。岩崎も真似をして、伸びをしてみる。昨日までとは、確かに違う一日なのだと、空を見てそう思った。
「岩崎」
「ん?」
「僕の後ろ、お前意外、乗ったことないんだよ」
朝日の眩しさに、目を細める。
「――え?」
「昔から、お前しか、乗せなかったんだ」
「――」
ジワリ、頬が熱くなる。
ゆっちも、マーコも、さっちゃんも。鮎川の女たちは、みんな鮎川の彼女になりたくて、互いに牽制しあっていた。その場所を、自分のものにしたくて。
「崇弥」
鮎川が名前を呼ぶ。あの頃の温度とは違う温度で、岩崎を呼ぶ。
「――あゆ、かわ……」
「……好きだよ。お前が」
「――っ……」
世界が歪む。滲んだ視界の向こうで、鮎川が「泣くなよ」と笑った。
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