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五十二 誘惑してみる

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 カーテンの向こうから見える景色は、なかなかのものだった。都市の明かりと車のランプがキラキラと輝いて、この時間が贅沢なものに思えてくる。

 ホテル特有の薄暗い明かりの下で、岩崎の顔を見たが、なにを考えているのか良く解らない。この青年が考えていることがわかったことは、あまりなかった。根拠もなく自分に懐いていることだけが、ただ一つの真実だった。

「俺、先にシャワー浴びてくる。適当にしててよ」

 何の情感もない声でそう言われ、鮎川は所在なく備え付けの椅子に腰かけた。ベッドは二つ。ただ宿泊するには少し勿体なく感じる部屋だ。

「あー、コーヒーでも飲む……? ってか、泊まりの準備してねえって」

 言われるままに着いてきたが、そもそも今日は遊園地とも宿泊とも聞いていない。財布とスマートフォンがあるばかりで、あとは身一つだ。

(ラブホ――じゃ、ないんだし、ベッドは二つだし、そういう意味じゃ、ないんだろうけど……)

 何かを期待するような部屋じゃない。そのせいか、プレッシャーは感じなかった。

(……岩崎は、もう僕とは無理だと思ってるのかな)

 そう考え、ズキンと心臓が鳴った。勃起しないことで傷つけているのは自分の癖に、そんな風に思ってしまう。

(僕は、岩崎に誰か恋人が出来たら、喜んであげられるんだろうか)

 夜景を見ながら、そんなことを思う。ぐっと拳を握り締め、唇を結んだ。

「っ――……」

 はぁ、ため息を吐く。

 妄想ですら許しがたいのに、現実で笑えるはずがない。それなら、捕まえておけば良いのに、身体が言うことを聞かない。

 両手で顔を擦り付け、憂鬱な気分で居たところに、岩崎がシャワーから戻ってきた。バスローブ一枚羽織っただけの姿で、髪から雫を垂らしている。素足に、ドキリとした。

「お先。鮎川も入れよ」

「あ、ああ……」

 視線がつい鎖骨や露出した腕に行くのをごまかしながら、立ち上がる。言われるままにシャワールームに飛び込んで、はぁーと息を吐いた。

 興奮しそうなのに、無理そうなのが辛い。どうして自分はこうなのかと、洗面台の鏡に映る自分を見た。

 いきがって金髪に染めていた頃、自分は無敵だと思っていた。どこまでも走って行けると思っていた。だが、現実はどうだ。鏡に映るのは陰鬱な顔をした疲れた顔の男だ。

「……」

 若く瑞々しい岩崎に、釣り合うと思っていない。眩しさに憧れては駄目だ。そう思うなら、手を放せば良いのに、それが出来ない。どこかで、いつかなんとかなると思っている自分がいる。時の流れに身を任せれば、どうにかなると思っているんだ。

(進――の、ことも)

 ため息を吐き出して、鮎川は服を脱いでシャワーを捻った。



   ◆   ◆   ◆



 タオルで髪を拭きながら部屋に戻ると、ベッドの上にいた岩崎がビクッと身体を震わせた。バスローブ姿のまま、髪もまだ乾かしていない。

「なんだ、髪濡れたままじゃん」

「っ、早かった、な」

「?」

 心なしか、岩崎の顔が赤い。首を捻って鮎川は髪を拭いていたタオルを置くと、ドライヤーを取り出して岩崎を呼んだ。

「ほら、乾かしてやるから。来い」

「う、んっ……」

 はぁ、と甘い息を吐いて椅子に座る岩崎に、違和感を抱きながら髪を乾かしてやる。手で髪を撫でながら乾かしていると、岩崎がピクピクと身体を震わせた。

「――?」

(何だ……?)

 やけに、岩崎の雰囲気が扇情的だ。瞳は濡れて、浅く呼吸を繰り返している。

「……岩崎?」

 ポン、と肩に手を置くと、岩崎が甘い声をあげた。

「ふっ、ん!」

「――おい、どうし」

 僅かにはだけたバスローブの隙間から、何かが見えた。中に何か着ている。

(え)

 見間違いかと、黙り込んで岩崎を見下ろす。岩崎は唇をぎゅっと噛んで赤い顔をした。

「……あゆ、かわ」

 ドクン、心臓が早鐘を打つ。岩崎がバスローブを解いた。

「――」

 黒いレザーのハーネスと、身体にフィットしたデザインのボンテージ風の黒い革のショートパンツ。無骨な金属と革の衣装は、岩崎にやけによく似合った。

 鮎川はごくりと喉を鳴らして岩崎を凝視した。シャワーで火照ったばかりではないのだろう、欲情してバラ色に染まった肌が黒い革を引き立てる。

「い、わさき……」

 発した声は、自分で思っていたより掠れていた。目が釘付けになって、離せない。心臓がバクバクと鳴り響く。

 岩崎が恥ずかしそうにしながら鮎川の手を取る。手の甲にキスをされ、ビクッと身体が震えた。岩崎はそのまま指先に唇を滑らせ、指に舌を這わせる。

「っ……!」

 動揺する鮎川をよそに、岩崎は指を口に含み、軽く噛んだり舐めたりを繰り返す。赤い舌を見下ろして、鮎川は吐息を吐き出した。

 誘惑されている。岩崎に求められている。心臓がバクバク鳴り響き、うるさいほどだった。血圧が上がり過ぎたのか、頭がクラクラする。

 ちゅっと音を立てて唇を離し、岩崎が顔を上げた。と、ゴトッと音を立てて、何かが床に転がった。ベッドの上にあったらしい何かが落下したらしい。それを手に取って、鮎川は顔を顰めた。

「ん?」

「あっ」

 岩崎が手を伸ばす。顔が真っ赤だ。

(なんだこれ。リモコン――みたいな)

 十段階あるらしいスイッチを、カチッとオンにする。

「あっ!」

 甘い声で喘ぐ岩崎に、驚いてそちらを見る。岩崎が口元を押さえた。

「え」

(まさ、か)

 顔を赤くして、岩崎を見下ろす。岩崎はベッドにへたり込んで、何かを隠すように手で下半身を覆う。

「っ、スイッチ、入れ、んな」

「あっ、ご、ごめんっ?」

 慌ててスイッチをオフにして、岩崎の様子を見下ろす。岩崎は恥ずかしいのか、目を合わせない。

「……」

 鮎川は無言で、またスイッチをオンにした。

「あっ! ばかっ……!」

 ビクビクと身体を揺らす岩崎に、ついスイッチの段階を上げる。岩崎が涙目で喘ぐ。

「あ、あっ……んっ」

(これ――つまり)

 自分で、挿入れたのか。

 ビクビクと揺れる岩崎の黒い革のショートパンツの尻を見る。よく見ればバックスタイルは大きく開いており、尻の割れ目が見えていた。

「――っ」

「あ、ん……ダメ……って、あゆ……」

「……けど、そのために挿入れたんじゃないの?」

 ハァと息を吐き出してそう言った鮎川に、岩崎が唾液をこぼしながら鮎川の正面に来る。腹のあたりに岩崎の髪が触れた。

「俺が、勃たせてあげる、から……」

「あ、おい」

 鮎川が止めるのも聞かず、岩崎は鮎川の腰に巻いたタオルを外してしまった。プルンと、岩崎の眼前に充血した性器が飛び出した。

「え?」

「……いや、その」

 天井を向く肉棒に、岩崎は目を丸くし、次いでゆっくりと手を這わせた。

「っ……」

「……ガチガチじゃん」

「……そりゃあ、そんな恰好されちゃ……」

「――」

 岩崎が「はっ」と息を吐いた。何かホッとしたように顔をゆがませ、顔を押さえる。

「岩崎?」

「っ、よ、かったぁ……」

 ふにゃ、と顔を緩めて、肩の力を抜く。岩崎の瞳が、濡れていた。

「――」

「あゆ」

 岩崎が腕を伸ばす。抱きしめなければという使命感に駆られて、岩崎をぎゅっと抱きしめた。ドキドキと鳴っているのはどっちの心臓だろうか。互いの体温が熱くて、荒く息を吐き出す。

「鮎川、俺」

「っ……」

 頭を胸に擦り付けて、甘えるように岩崎がつぶやく。

「ぐちゃぐちゃに、して」

「――」

 その言葉に、鮎川は岩崎をベッドに押し倒した。興奮して、血液が集まっているのが解る。今すぐ、貫きたかった。

「止めてって言っても、聞けないぞ……こっちは、禁欲してたんだから……」

 ハァハァと息を吐き出してそう言った鮎川に、岩崎も荒い呼吸でつぶやいた。

「俺だって……」



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