47 / 63
四十六 不測の事態
しおりを挟む何となく微妙な別れ方をしたせいで、鮎川は岩崎が、もう自分のもとに来なくなるのではないかと思った。だがそれは杞憂だったらしく、夜になってから岩崎はいつも通りに鮎川の部屋を訪ねた。
何となくホッとしている自分がいて、落ち着かない。
岩崎は定位置となったソファに座って、スマートフォンを弄り始める。
「ほら、コーヒー」
「サンキュー」
岩崎は特に何を言うでもなく、いつも通りスマートフォンを弄っている。コーヒーを啜る唇に目をやって、思わず目を逸らした。
「……」
気まずさを抱きながら、岩崎の横に座ってコーヒーを啜る。手持ち無沙汰でいると、不意に岩崎が身体を近づけてきた。
ドキリ、心臓が跳ねる。
「これ観て。スゲーの」
「……どれ」
鼓動が速くなるのを誤魔化しながら、画面を覗き込む。青年たちがパルクールする動画を見ながら「ヤバい」と笑う横顔を見る。
目が合う。
笑みが、少し真顔になった。
顔を近づける。
キスの距離だ。
鼻先が触れる。
唇が触れる、その瞬間。
「っ!」
ビクッと、身体が強ばって、とっさに岩崎の肩を押し返した。岩崎が眉を寄せ鮎川を凝視した。
「は?」
怒気をはらんだ声に、じわりと汗が滲む。自分でも、どうして拒否したのか、理解できなかった。
「なんだよ、急に」
「いや……その」
しどろもどろになる鮎川を岩崎はジロッと睨み付けて、顔を近づけた。その肩を押さえ、顔を背ける。
「――なんで、避けんの」
「え」
無意識に拒絶したことに、自分でしておいてショックを受ける。岩崎が傷ついた顔をした。
「待っ……」
岩崎は黙っていた。鮎川は深呼吸して、ゆっくりと岩崎の肩を引き寄せる。頬を寄せ、沸き上がる甘い感覚に、顔を近づけて唇を寄せる。
だが、やはりその直前に、身体が硬直するのを感じた。
「――」
「鮎川?」
ドクン。焦りから、心臓が跳ねる。
(嘘だろ)
冷や汗が流れる。そんなはずない。そう思いながらも、身体が言うことを聞かない。
「鮎川?」
もう一度、岩崎が名前を呼んだ。
「――……勃たない、かも」
その言葉に、岩崎が固まった。
「――え?」
ひく、と岩崎が顔をひきつらせた。
「いや、ちょっと、調子悪いだけ……だよ、な?」
「……アンタ、インポになったの?」
「怖いこと言うなよ!」
まだ若いのに不能になったとか、絶望的な言葉すぎて、頭を抱える。岩崎は唇を曲げて、鮎川の方を見た。
「……調子悪いんだろ」
「う、うー……」
調子が悪いだけだ。自分でそう言い聞かせるが、不安だった。寝不足だとも、疲れているとも思っていない。相変わらず、岩崎のことは可愛いと思う。
それなのに、何故か急ブレーキがかかったように、身体が強張ってしまう。
「……なあ、触ってみる?」
「い、いや、良い」
それで本当に勃たなかったら、ショック過ぎる。岩崎は唇を曲げたが、それ以上は言わなかった。鮎川の心情を察したのだろう。
「ふーん、まあ、良いけど」
そう言って、岩崎は何事もないふうにソファの背もたれに寄りかかると、またスマートフォンを弄り始めた。
「……」
鮎川はホッと息を吐いて、また手持ち無沙汰になって、無為に自分もスマートフォンを取り出した。
19
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる