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二十四話 新人歓迎会

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「え? 料理足りてない? 待って確認してくる」

 追加のビールを宴会場に置くと同時に、料理が一人分足りていないと言われた。鮎川は幹事ではなかったが、なんとなく流れで手伝うことになっていた。大抵は鮎川が率先して藤宮の手伝いを買って出ているせいであり、寮生の中には鮎川が寮長や副寮長に付随する役目の人間だと思っている者も多い。

「寛、少し座ったらどうだ」

 そう言う藤宮は、酒をこぼした所に布巾を持っていくところだった。新人歓迎会の会場になっているのは、会社近くの居酒屋だ。この辺りにある居酒屋で大人数が集まれる場所は限られているため、会社の飲み会というと大抵はこの店が使われる。今日は寮の歓迎会なので、総勢四十名弱の人間が集まっていることになる。そうすると、騒がしいし危ない飲み方をする奴も出て来るので、幹事は大抵てんてこ舞いだった。

「ああ、確認したら席に戻るよ」

「悪いな」

 座敷の襖を開き、近くにいた店員に声を掛ける。料理が一人分足りていないというと、すぐに確認すると慌しく厨房のほうへとかけて行った。

(取り合えず戻るか)

 ガヤガヤと騒々しい宴会場に戻り、自分の席に着くと、ホッと一息吐く。

「鮎川さんお疲れ様です。一杯どうぞ」

「あ、どうも」

 最近メタボ検診に引っ掛かったという高崎が、日本酒の瓶を手に酒を勧めて来る。空いていた盃を手にし、酒を受ける。

「鮎川さん偉いですよね。最近新人の面倒見てるんでしょ?」

「そういう訳じゃないんだけど……」

 好き好んでつるんでいるわけではないのだが、第三者からはそう見えるのだろうか。鮎川の部屋には岩崎が入り浸りだし、栗原や他のメンバーもたまに遊びに来る。鮎川の部屋を面白いものがある遊び場だとでも思っているのだろうか。

 なんとなく、岩崎たちが居るあたりに目をやる。同期で集まって、ワイワイと飲んで食ってしているようだった。

(ん? なんだアイツ。飲んでないの)

 見れば岩崎は、オレンジジュースを飲んでいるようだった。

「……」

 鮎川は少し考えて、テーブルに置いてあったビール瓶を手に岩崎たちのほうへ移動する。

「おー、飲んでる?」

「あ。鮎川さん。飲んでまーす」

「お疲れ様です。おかげさまで楽しんでます」

 礼儀正しく言う栗原と、乗り良く答える面々に笑いながらその場に座った。岩崎は唐揚げを口に含んだまま、「んむむ」と何かを言ったが何を言ったのかはわからなかった。先輩にお酌をするなんて礼儀を重んじる社風ではないが、後輩には飲んで欲しいと思っている鮎川なので、栗原たちのグラスに次々とビールを注いでいく。

「岩崎、お前も」

「俺、オレンジ」

「今日はどうせ乗らないだろ」

「……」

 先日バイクを言い訳に飲まないと言っていたが、今日はどうせ乗らないはずだ。態度から、あまり飲みなれないのだろうと察するが、せっかくなので誘ってみる。無理強いするつもりはなかったが、飲めるなら飲めた方が自分は楽しい。

「じゃあ……」

 そう言って、岩崎はオレンジジュースを一気飲みして空いたグラスを差し出した。別のグラスを用意しても良かったのだが、本人が良いのなら良いかと、グラスにビールを注ぐ。琥珀色をしたビールがなみなみと注がれ、泡が僅かに溢れるのを、慌てて岩崎が啜った。つんと尖った唇に、一瞬目を奪われる。

「にが」

「あんま飲まないのか?」

「うー、飲まない」

 顔を顰めながらビールをチビチビと舐める岩崎に、勧めたのを悪かったなと思い直す。

「無理しなくていいぞ」

「ん、これは、あんたが注いだヤツだから」

 変な義理堅さを出して、岩崎はじっとグラスを見つめる。そんなに、真剣にならなくとも。そう思っていると、岩崎は思い切りよくグラスの中身を一気に飲み干した。

「あっ! 馬鹿、危ないぞ!」

 グラス一杯とはいえ、一気飲みするようなもんじゃない。そう思い、慌てて止めるが、既にグラスには僅かな泡が残るばかりで残っていなかった。

「う」

 顔を顰める岩崎に、(悪いことをしたな……)と反省する。考えてみれば岩崎は新入社員。まだたったの二十二歳だ。酒の良し悪しもまだ良くわかっていないだろう。

「大学の時とかあんま飲まなかったクチか」

「俺はサークルで飲みまくって吐きまくった」

 須藤たちが苦笑して岩崎を見る。鮎川はふと、ふらつく岩崎の顔が髪の色のように真っ赤なのに気が付き、慌てて肩を支える。

「あっ、おい、大丈夫か? お前もしかして、飲めない!?」

「ぅ、うー……? 頭、ぐらぐら……する」

「鮎川さん、横にしておいた方が良いかも。俺、水貰ってきます」

 栗原の言葉に「ああ、そうだな」と頷き、岩崎を畳に寝せる。まさかグラス一杯で酔いつぶれるとは思っておらず、飲ませたことを後悔する。

(あー。飲ませなきゃ良かった……)

 幸い、アルコール中毒というほど酷いことにはなっていないようだ。真っ赤な頬に、無意識に触れる。

「ん……」

「今、水持ってくるから」

「鮎川さん、コレ、おしぼり使ってないんで……」

 そう言って、向かいの席に居た鈴木がおしぼりを手渡してくる。少しでも冷やしてやるかと、額におしぼりを載せようとした、その瞬間。

「あゆ」

 岩崎の腕が、鮎川を引き寄せた。

(え)

 一瞬のことで、反応できなかった。ぐいと首を引っ張られ、唇に噛みつかれる。カチと歯がぶつかり、舌が鮎川の舌に絡みつく。

「―――」

 あっけに取られて、何をされているのか反応するまでに、しばし間があった。あれほど騒がしかった宴会場が、一瞬のうちに静かになる。

「先輩、水――」

 栗原の声に、意識が引き戻される。

「っ……!」

 鮎川は慌てて岩崎の腕を掴むと、自分から引きはがし畳の上にねじ伏せる。

「イテテ」

「舌を入れるな!」

 思わず叫んで、注目されていることに気が付いて真っ赤になる。寮生たちから「仏の鮎川が怒ったぞ」「鮎川も怒るんだ……」と声が上がる。

(岩崎のヤツ……! よりによって、皆いるってのに……!)

 本当は引き起こして文句を言いたかったが、目立つ言動は避けたかった。同情するような目で栗原が水を手渡す。

「岩崎、酔っぱらっちゃったみたいですね。もう部屋に帰った方が良いかも……。俺、送っていきますよ」

「あ―――。ああ、いや、お前はせっかくの歓迎会なんだから、最後まで居ろよ。岩崎は俺が送ってくから」

 そう言って鮎川は岩崎を引っ張り、肩に担ぐ。気が付いた藤宮がやって来る。

「潰れちゃったのか」

「ああ。部屋に送ってくる」

「悪いな」

 ポンと肩を叩かれ、口端を上げた。岩崎を抱えて帰る背中に「襲うなよー」と茶化す声が聞こえたが、聞こえないふりをした。






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