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35 どうして
しおりを挟む寮に帰るなり俺は、「一度部屋に荷物置いてくる」と言って、自然な形で部屋に戻った。セーターが入った紙袋をベッドに放り投げ、ヘアバンドで前髪を上げると、洗顔料を手に鏡に向かう。
(早いとこ落とさないと)
俺が顔にのせているのは、コンシーラーとパウダー。シャドウ少しとアイライン、アイブロウである。化粧に詳しい女子なら気がつくが、普通の男ならまず気づかないナチュラル風メイク。
クリームで落としてきめ細かい泡で洗い流すと、素肌が現れる。赤みがさしやすい肌と、薄くそばかすがある頬。アイラインを落とすとややボヤけた印象の瞳。
(う。眉だけでも描いて……)
そう思いながら、同時に(いや)と否定する。
良輔に素顔を晒すと決めたのだ。腹をくくろう。
化粧水を肌になじませ、洗いあがりの肌を整える。ドキドキして、変な気分だ。裸で外を歩くような、そんな気持ちになる。
(大丈夫。大丈夫)
通りすぎてきた、たくさんの言葉を押しやって、俺はすぅっと空気を肺に吸い込んだ。
◆ ◆ ◆
いざ部屋の扉を前にすると、緊張で胃がぎゅっと痛くなってきた。心臓がバクバク鳴り響き、指先が震える。今日じゃなくても良いんじゃないか? という想いが頭を過り、足をすくませた。
どうしよう。どうしよう。不安な気持ちがざわざわと胸を過る。
(大丈夫、大丈夫……)
深呼吸して、ドアチャイムを鳴らす。人気のない寮の廊下が、やけに静かに思えた。いつもなら誰かしら通るのに、今日に限って誰もいない。
部屋の中から、「開いてるから入って」と声が聞こえた。意を決して、ドアを開く。
「――っ、お邪魔します」
他人行儀な声をかけ、部屋には入る。良輔はテレビの前にちゃぶ台を出して、その上に酒やコップを並べていた。
「最初ビールにする? お前が気になってた日本酒もあるけど」
言いながら準備をする良輔の背を眺める。ドクドクと、心臓が鳴る。顔が熱い。恥ずかしい。素っ裸で居るみたいだ。
「あっ、あの」
頬に手を当て、顔を背ける。どんな顔で、なんて言えば良いんだろうか。
「ん?」
良輔が顔を上げた。
「っ、その、今日は……」
化粧を落としてきたことを、どう伝えれば良いのか解らず、しどろもどろになる。良輔は何かに気づいた顔で目を開いて、立ち上がって俺の前に来た。
「――渡瀬……?」
指先が、頬に触れる。
ああ、視線が、頬に突き刺さる。
もっと、手入れすれば良かった。ソバカス、恥ずかしい。ブスって言われたら、どうしよう。
ドクドク。心臓が、おかしくなりそうだ。
気恥ずかしさを滲ませた瞳で見上げた、良輔の瞳に、ドキリ。胸がきゅっと鳴った。
(あ、れ……?)
驚き、固まった表情。単純な驚きとは、違うような。
答えを、良輔の唇が紡ぐ。
「――整形、してたのか」
ポツリ。呟いた言葉に、今度は俺のほうが目を見開いた。
「は?」
想いもよらなかった言葉に、思わず、声が出る。良輔がハッとして口許を押さえた。だが、発言は取り返せない。
「っ――ごめっ」
「――え?」
顔を歪ませ、良輔を見る。
なんで、そんな。
胃が、締め付けられる。なんで、そんなことを。
大学時代に、バイトして少しだけ顔を弄った。目が、鼻が、気に入らなかった。不細工だと、言われ続けていた。
「ごめん……」
良輔が、青白い顔で吐き出す。
「化粧の、せいだと……」
「……なに、が?」
「化粧を落としたら、昔の顔が……あると、思ってて……」
項垂れて、足元を見る良輔の顔は、俺からは良く見えなかった。どんな顔で、そんなことを言っているのか。なんで、そんなことを言うのか。
(昔の、顔?)
何を言っている。どういうことだ。
喉が、カラカラと渇いた。
「お前、誰だ」
俺の唇からこぼれた言葉に、良輔はビクッと肩を揺らした。
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