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32 キスの分だけ
しおりを挟む寮に帰ってからも、実家で過ごした濃密な時間が思い出されてならなかった。寮のように他人の目線を気にしながら過ごす必要もなく、別々の部屋で眠る必要もない。もう一つ言えば、俺が素顔を晒してさえいれば、眠るその瞬間までくっついていられるし、起きてからもダラダラと一緒に居られたはずだ。
(これは、怖がっている場合じゃないかも)
一日の終わりのルーティンである、スキンケアをしながら、鏡の前で自問自答する。将来一緒に暮らすのなら、いずれ素顔を晒すときは来る。それは、解っているのだ。
「将来……か」
漠然と、一緒に過ごす未来を想像する。良輔と付き合う前は、いずれ夜遊びしていたツケを払うように、孤独に生きて行くのだと思っていた。一人で死んでいくことを疑問に思わなかったのは、一人で生きて来たからだろう。
けれど、良輔がいる。来年も一緒に居ようと言った。きっと大きいケンカをしても、なんだかんだ一緒にいられると信じられる。そんな相手が。
「好き、だ」
鏡に向かって、そう呟く。素顔の自分は、やっぱり少し気に入ってない。けれど良輔は、顔で判断するような男じゃないから。
(顔を晒して、好きだって、告白する……)
漠然と、決意のようなものが沸き上がる。好きだと自覚してから、どうしようもなく愛おしい気持ちが溢れて、唇から紡がれようとしていた。
良輔が好きだ。良輔が好き。
その、たった一言の簡単な言葉を吞み込んで、キスを重ねた。もしかしたら、伝わっただろうか。もしかしたら、気づいている? そんなことを思いながら、良輔の瞳を覗いた。良輔は、俺のことを好きになっただろうか。あれから何十回も、何百回も、キスをした。キスの分だけ俺を好きになるのなら、もうそろそろ好きになったかもしれない。それくらいの情を、良輔から感じている。
でも、言葉で、欲しい。
そう思うのは、我がままだろうか。
鏡の前でスキンケアを再開し、フゥと溜め息を吐き出す。
(素顔晒すにしても、もう少しケアしないと……)
荒れた肌を見ながら、むぅと唇を尖らせる。もっと高い化粧水に変えようか。それともエステにでも行ってみようか。食生活の問題もあるかもしれない。何より自覚しているのは運動不足だ。
「くっ……。もっちり素肌なんか、どうやって手に入れるんだよ!」
思わず悪態を吐きながら、俺は化粧水を顔に叩く。
「はぁ……、もう少し唇が厚ければな……。自信持てるのに」
どこかで聞いたようなセリフを吐いて、俺はため息を吐いた。
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