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29 「好き」
しおりを挟むちゃぷんと音を立て、顎まで湯に浸かる。実家の湯船は狭いが、寮ではずっとシャワーで済ませているから、久し振りの湯船だ。
ほぅと息を吐いて、浴槽に頭をもたれ掛かる。明日も肉体労働だと言うのに、畳の上で交わって、布団に移動して絡まり合った。不安など吹き飛ぶほど濃密に抱かれて、充足感に満ちている。
(……ちょっと、覚悟してたんだけどな)
泊まりとなった時点で、素顔を晒すのを覚悟していたのに、良輔に気を遣われてしまった。「俺は見ないから」とばかりに先に休まれてしまっては、「見てください」とは言いにくい。見て欲しい顔ではないのだ。
明日も、俺より先に起きるつもりがないのだろう。気遣いに少しだけホッとする。
(そのうち……。そのうちだ)
育った環境だって、打ち明けられたのだ。徐々に、自分を見せることが出来るはず。
「……」
湯を手のひらで掬って、『お似合いだ』と言ってくれた言葉を思い出す。良輔の優しさに触れる度、じわりと胸が暖まる気がした。
(俺……、良輔が、好き……なんだな)
実感したら、ドキドキと胸が高鳴った。好きになって欲しい。その理由は、俺が良輔を好きだからだ。
良輔とは恋人同士なのだから、好きになるのは自然なことだ。ダメじゃないはずだ。
(良輔は、好きになってくれたかな。いま、どのくらい好きなんだろう)
榎井よりは好きかもしれない。星嶋よりは好きじゃないかも。良輔の周りの人間は、俺なんかより良いヤツばっかりだ。
強引に貰った『特別枠』。そこに据えてくれたことを、後悔して欲しくない。
良輔に好きになって欲しい。
良輔の一番になりたい。
これから先、何年も――ずっと、ずっと、傍にいて欲しい。
二人で寮を出て、この家で暮らす生活を、夢想する。畑で作った野菜で料理をして、良輔の好きなどら焼きを食べながらおしゃべりして。時にはケンカをしたりしながら、ずっとずっと、仲良く過ごす。時折、友人たちが訪ねて来てくれて、懐かしい話をしながら過ごすのだ。
そんな、自分には到底、手に入れられないと思っていた、あたたかい幸せ。
「良いん、だよな? 良輔……」
手を伸ばしても、良いんだよな? 欲しがっても良いんだよな?
一度手に入れてしまったら、きっと甘美で離せなくなる。良輔のことも、もう手放せない。
(幸せになる。幸せにする。絶対)
ぎゅっと手のひらを握り、目蓋を閉じる。
幸せになるのだ。良輔とともに。
(良輔……)
俺は小さく「好き」と呟いた。
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