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28 自分の気持ち

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「お疲れさま」

「お疲れ」

 ビールの入ったグラスをちょんと打ち合って、笑い合う。良輔のお陰で、家の掃除は終わった。あとは庭だけだ。それも明日には終わるだろう。

「マジで助かったわ」

「いつも一人でやってたのか?」

「うん。手入れないとダメになるし、時々来ないと変なヤツ住んでたら困るし」

「あー」

 買ってきたツマミとビール。缶詰とカップラーメンという、労働の対価には見合わない晩飯だったが、二人だと気にならない。いつもなら侘しいだけなのに。

 こんな誰もいない場所で、良輔になら、打ち明けられる気がした。

「俺、高校の時に親が離婚してさ」

「――ああ」

 良輔が神妙な顔になる。自分のことを、誰かに言おうなんて初めてだ。同情して欲しかったことなどなく、ただ優しくして欲しかった。愛を求めたことはないが、愛されたかった。

 良輔は、やはり、俺の特別で。

「両親はどっちも、俺が要らないんだと」

「――」

 良輔には、話しておきたかった。

「それで、まあ、母親の叔父さん。俺は爺さんって呼んでんだ。爺さんが、引き取ってくれてさ」

「そう、だったのか……」

 ほとんど他人といっても差し支えのない、血の薄い親戚である、母親の叔父だという老人は、透析に通う足腰の悪い男で、晩年は入退院を繰り返した。介護の手が欲しかったのかもしれない。同情したのかもしれない。親戚として、体裁を気にしたのかもしれない。詳しいことは解らない。無口な人で、会話はほとんどなかった。

「まあ、お陰さまで、衣食住には困らなかったし、大学も行けたし。爺さんには感謝してんだ」

 爺さんは結婚しない変わり者で通っていたらしく、子供はいなかった。少しの遺産と土地と家は、俺のものになったのだ。そのように、爺さんが済ませていた。思えばそれも、愛だったのだろうか。彼もまた、愛しかたを知らなかったのかもしれない。

 そう言って、居間に置かれた仏壇にビールを掲げる。祭壇には缶詰とビール缶。一緒に飲んだことはなかったが、身体を壊すまでは酒豪だったと、近所の人に聞いた。

「位牌もあるし、小さいけど畑もあるし。まあ、歳とったら、ここで暮らすのもありかなー、とか」

「良いな、それ」

 ふっと笑う良輔に、ドキリとする。

 そんな生活の隣に、良輔は居るんだろうか。小さな畑で野菜を作って、二人で料理をする。穏やかな、暖かい日々。

 俺には、贅沢な。

 チクリ、胸が痛む。

「どうした? どこか痛いのか?」

 顔を曇らせた俺に、良輔が心配そうな顔をする。

「っ、なんでも……」

「何でもないって顔じゃねえだろ。どうした」

「――っ、やっぱ、俺には、不釣り合い過ぎて……」

「え?」

 ずくん、心臓が疼く。何で俺、こんなこと言ってるんだろう。

「良輔、完璧だから。星嶋と、言ってたんだ。悪いとこ、一つもないって……俺と違って」

 こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。自己嫌悪に陥る。こんなの、僻んでるみたいだ。

「そんなんじゃねえよ……」

「え?」

「俺は、良いヤツなんかじゃない。本当に……」

 慰めで言ってくれているのかと思ったが、顔を上げて見た良輔の顔は、どこか辛そうに歪められていた。

「そっ、そんなことないだろ。本当に、優しいし、誰からも好かれるし――」

 良輔が、ギュッと俺を抱き締める。

「っ」

「俺は、お前が思うほど、良い人間じゃないよ」

「け、けど」

「芳になんか言われたの?」

 顔をしかめる良輔に、首を振る。星嶋と良輔の友情にヒビをいれたい訳じゃない。そんなの、とんでもない。

「違うよ。俺が」

「俺に飽きたの?」

「あっ、飽きるわけねえだろっ!」

 そんなわけない。それなら、家にまで連れてこない。

「ちょっと、不安になって……。」

 言葉にして、初めて。不安だったと気がつく。

 良輔の人生を安易に変えてしまったこと。自分のこれまでの人生。

 良輔が、好きになってくれるか。

「――……」

 ドクン、心臓が鳴る。良輔の腕にしがみついて、じっと瞳を見つめた。

 顔が熱い。心臓が壊れてる。

(俺――)

 良輔に、好きになって貰いたい。

 良輔に、好きになって欲しい。

「良……」

 呟きを、良輔の唇が塞ぐ。舌が咥内を擽り、互いの舌が絡み合う。

 畳の上に押し倒され、良輔が覆い被さる。首筋に何度もキスされながら、服を脱がされていく。

「っ、あ……。良輔……」

「渡瀬……ごめんな。不安にさせたよな」

「っ、いや、それは……」

 良輔のせいじゃない。良輔のせいじゃ、ないのに。

「不釣り合いとか、言うなよ。俺は――」

「俺は……?」

 ドクドクと、心臓が鳴る。

「――案外、お似合いだと思ってるんだから」

「――」

 良輔の言葉に、胸がじわりと熱くなる。嬉しくて、嬉しくて。気恥ずかしくて。

 思わず、ごまかすように笑ってしまった。

「なんだよ、それ」

 クスクスと笑い合いながら、俺は良輔の背に腕を回した。



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