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14 俺たちらしい結果

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 魚介だしと醤油の匂いが鼻孔を擽る。裏路地にあるうらぶれたラーメン屋は、店構えに対して案外味が悪くなかった。向かい合ってラーメンを啜っていると、先ほどまでセックスをしていたとは思えない。本当にコイツがさっきまで俺の尻に突っ込んでいたんだろうか。普段温厚の癖に、ヤる時はあたりが強い。まあ、俺のせいだろうけど。

 店内には他に客はおらず、店主は暇そうに新聞を読んでいる。カウンターはうっすら埃が積もっていて、正直入る店を間違えたような気もする。二人でオシャレな店に行くのは気恥ずかしく、最寄りに知っている店がなかったせいだ。味玉をいつ仕込んだのか不安になって丼の端に避けた。

「ったく、結局お前とかよ……」

 ブツブツ文句を言いながら麺を啜る。本当ならあのガタイの良いイケメンにバックで掘ってもらう予定だったのに。

「お前、もうああいう場所に行くの辞めろ」

「は? SNSの次は店かよ。お前は俺の何なワケ? まさか本当に彼氏ヅラしたいの?」

「そうじゃないけど」

 そう言って良輔は味玉を齧る。

「じゃあ何だよ。味玉大丈夫だった?」

「美味いから大丈夫だろ。お前はこういうの、完全に遊びなんだろうけど。向こうもそうとは限らないだろ。それに、悪意を持ってたらどうする」

「そりゃあ――」

 味玉を引き寄せ、レンゲに載せる。白身の部分は茶色くて、良く味が染みていそうだ。

「いつか刺されるかも?」

「バカかテメエは」

「はぁ? じゃあ、お前は何なんだよ。常識ぶって説教垂れる癖に、二回も出しやがって」

 なんなら三回目ヤろうとしてただろ。

 指摘してやると、良輔は顔を赤くして睨んできた。その様子に満足して、味玉を齧る。

「美味っ」

「だろ?」

「案外、良い店だったな」

「そうだな。店構え超不安だったけど」

 看板は消えかけているし、電気は一か所点いていない。ザ・昭和って感じの店内はあまり人が入らないのか奥の方の席は物置状態だ。どういう客が入るのだろうか。近くには萬葉町があるのだから、利用するのは水商売の人間かもしれない。

「お前童貞の癖になんであんな巧いんだよ」

「渡瀬が褒めるのは珍しいな。童貞、童貞いうけど、別に未経験じゃねーからな。最後まで出来なかっただけだ」

 つまり何だ? 今まで付き合った女性を満足させるために、それなりの努力をしたってことか。挿入出来ないんだもんな。その分、他の部分を頑張ったってことだ。

「なんで、別れたんだ?」

 俺が知る限り、二人ほど付き合っていた女性が居たはずだ。一人は俺が紹介した。良輔は性格も悪くないし、酒もほどほどにしかやらない。思いつく限り悪い部分はない。

「子供が欲しいっていわれりゃ、そりゃ」

「――」

 なるほど。そりゃ、そうか。

 今じゃないのだろうが、将来は子供が欲しい。セックスで子供が望めないなら、望めそうな人のところに行くのは解る。どうしても良輔と、というのなら医療の手を借りることも出来るのだろうが、そうはならなかったらしい。

「余計な事聞いた」

「いや、別に」

「げ、元気出せよ。俺みたいな女探そうか? 多分、居るぞ」

 緩い女。とか言ったら殺されそうだ。とはいえ、世間は広いものだ。凶暴なモノが好きな女もいる。

「ヤメロよ。マジで」

「あ、うん」

 ジロリと睨まれ、委縮する。本気で嫌がられた。仕方がないので話題を変える。

「ま、まあ、お前の言うことは解るけどよ。俺はスポーツとして楽しみたいワケ。全然、健全だろ?」

「何処がだ」

 良輔はあくまで、俺の考えには同調しないようだ。別に理解して欲しいわけではないが。

(邪魔されそう、なんだよなぁ……)

 なんだかんだ、邪魔ばっかりされている。結果として良輔とヤってるから良いんだけど。

(良輔は別に、男と寝ること自体は否定してないんだよな)

 男と寝ることも、なんなら自分が相手になることも、別に抵抗があるわけではないらしい。気に入らないのは、不特定多数の相手とワンナイトラブを繰り返していること。多分相手が女だったとしても、こういう遊び方をしているのを咎めるのだと思う。良輔の言葉は、いつも俺の心配ばかりだ。

「お前の心配はな、事故を起こしたら怖いから車を乗るのをやめろって言ってるようなもんだぞ」

「その通りだよ」

「えー……」

 それはちょっと引くんだが? お前なに言ってんの?

「解ってるよ。俺も。……干渉し過ぎだって」

「あ、そう……」

 解ってはいるのか。

 良助は苦虫とショートケーキを一緒に食べてしまったみたいな顔をしながら、もうスープしか残っていないラーメン丼を箸でかき混ぜている。

 その様子を眺めながら、俺はテーブルに肘を突いた。困ったやつだが、可愛くも見える。俺のことを心配する人間は少ない。良輔ほど心配してくれる人間は他に居ないだろう。良輔だって、俺ほど心配する人間はいないはずだ。良輔の周囲の人間はみんな出来が良いから、心配をかけるようなヤツはいない。そう思えば、ちょっとだけ俺は良輔にとって特別なんだろう。良い意味かどうかは怪しいものだが。

「……じゃあさ。付き合う? 俺たち」

「――なんだって?」

 この後もう一軒行く? くらいの気安さで言った俺に、良輔は意味が飲み込めなかったのか聞き返してきた。

「ん? だって何処のわけわからんヤツと寝るのが心配なんだろ? じゃあ、お前で良いじゃん。俺は別に誰でも良いんだもん」

「……お前な」

「お前は心配が減る。俺は棒が手に入る。WIN-WINじゃん?」

「棒とかいうなっ……! 俺のどこにメリットがあるんだよっ」

「え? お前、俺の穴好きじゃん」

 舐めるくらいに。

「っ……」

 図星だったのか、良輔は顔を赤くしてそっぽを向いた。身体の相性が良いと思ってるから、誘えば乗るんだろう。まあ、確かにメリットなんかないだろうけど。俺としては小言も減るし万々歳なんだけどな。

「……そんなこと言って、お前浮気するだろ」

「しねーよ。それに、付き合ったら彼氏ヅラされても腹立たない」

「……」

 納得してしまったらしく、良輔はしばらく黙り込んだ。浮気なんかしないさ。3Pとか4Pがしたくなったら良輔も誘えば良いんだし。そのうち慣れてきたら乱パも連れて行ってやれば良いんだろう?

「お前俺と、『恋愛』する気なの?」

「え? 恋愛?」

「違うだろ。男と恋愛する気ないんだもんな?」

 ハァ、と溜め息を吐かれ、何故そんなことを言われたのか分からず動揺する。なんだよ。何が悪いんだよ。

「何だよ。何が悪いんだよ。どうせお前、俺の心配ばっかしてんじゃん」

「そうだよ。お前俺を心配させることはしても、喜ばせるようなことはしねえだろ。ああ、変な意味に取るなよ」

 釘を刺された。そういう意味で喜ばせるってなら、喜んでするのに。

「……っていうか、お前って何したら喜ぶの?」

 別に困らせたいわけでも、心配させたいわけでもない。喜んでくれるなら、そういう事だってして良いと思ってる。思い浮かばないんだが。

「普通のことだよ。ちなみにお前の話はちっとも嬉しかったことがない」

「う」

 ぐうの音も出ない。正直、自分でもなんで友達やってくれてるんだろうと疑問に思う時があるからな。

(それは解るけどさぁ。っていうか、良輔だって別に俺を喜ばせてくれてはいないじゃん。むしろ困らせてるし、迷惑だし……)

 ああ、イライラする。そもそも、付き合う気がないなら「嫌だ」って言えば良いのに。俺ばっかり悪いみたいに言って、結局の所返事なんかしてないじゃん。俺のこと下げるようなことばっかり言ってさ。

「全く、適当なことばっかり言いやがって」

 良輔の溜め息に、カチンと来る。俺は、適当な気持ちで言ったわけじゃない。

「嫌なら嫌って言えば良いだろ! 俺だって良輔なら良いと思って言ってんのに、なんで嫌な事ばっかり言うんだよ! お前が嫌がることしたくないから提案してんのにさぁ!!」

 バン! とテーブルを叩いた音に、店主が新聞から顔を上げた。だがすぐに興味を失くして視線を新聞に戻す。良輔は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、俺を見つめた。

「――ご、めん」

「……もう良い」

 ムスッと顔を顰めて、顔を背けた。沈黙のまま、二人とも黙り込む。席を立つタイミングも見失って、随分長い間そうしていた。

「……よく考えたら」

 ポツリ、先に唇を開いたのは、良輔だった。

「よく考えたら、セフレになろうって言われるより、ずっとマシな提案だった」

「……お前にそんなこと言えないよ」

 さすがに。俺を何だと思ってんだ。

「俺は私生活、口出すぞ」

「……もう出してる」

 テーブルに置かれた良輔の手に、自分の手を重ねる。返事が「はい」じゃないのは良輔なりのささやかな抵抗だろうか。

 とにかく、俺と良輔はこの日から、なんとなく付き合うことになったのだった。




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