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二十五話
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いつだったか覚えてはないけれど、しかしそれでも鮮明に、脳内で記憶をしている物を感じたことは無いだろうか。自分で記憶をしようとして覚えた訳では無いけれど、意識した訳でもないのに、ふと昔の事柄を思い出す、これはどちらかと言うと、記憶と言うより刻み込みと読んだ方が正しいのかもしれないが、頭の中の記憶を司る部位に、その思い出というか出来事を、まるで罫書をしたように、忘れる事もせず、意にすらしてないのにふらりと思い出す。
さほど大事でもなかったあの頃の事が、風に浮く綿毛のように、気にもしなければ見えないのに、気にしだしたらその眼中に納められるかのように、ある種の気味の悪さを覚える感覚。曖昧な中にある確実。不確かだが確か。ともかく、私はたった今、その感覚に苛まれていた。
忘れていたに等しい記憶が、いつの間にか私の意識の下に敷き詰められていた。
身体が浮くような感覚をまず全身で受ける。それは自室の床だった。寝かされているのは分かるのだが、この身体の中枢がふらつく感覚はただの熱なのか風邪なのかは分からない。体に異変があるのは確実で、胃が絞られるような倦怠感、背筋にぞわつく嫌な感触は、幼少時代によく共にした体調不良の前兆だった。
というか、この状況は既に罹った後のことなのだろう。特に新鮮さがないのは、この記憶が特に覚えておく必要が無いほど、記憶に残す必要が無いほど、小さかった私は病弱気質でよくこうやって病床に耽っていたからだろうか。よく体調を崩す、なんて言葉では言い終わらせられない程、私の身体は病原菌と親しかったらしい。
今に思い出すが、父は、こういった場合は、私にまたかという呆れたような表情を見せ、その姿を私の前に現すことはしなかった。現にこの時、次に父の姿をこの目に映すのは、それこそ完治したそのあとの飯時位だった気がする。勿論だが病み上がり直後の私にねぎらいの言葉一つもかけやしなかった。かけられたこともなかった。
逆に母はそんな私を励ましてくれながら、その看病をしてくれたものだ。辛うじて、彼女が蒸れた身体を拭いてくれたことも、生姜入の粥を食べさせてくれた事も覚えている。あんまり親父っぽい言葉になってしまいかねないが、そのお粥の美味しさは正に五臓六腑に染み渡るものだった。ただの粥だったのだけれど、それでも、精神的にも身体的にも追い込まれた私にとってそれは、唯一休息の取れる時間だったと思う。同時に、あまり甘えることが出来なかった私が、唯一母に対して子供らしく甘えられた時間でもあった。
体調を促進する食事が終われば、食器を片して母は私の部屋から去る。「養生なさい」と刺すようにピシャリと言って退散する母を横目に見ることが、その頃のお約束だった。優しくゆっくりと襖を閉じて、軋む廊下を足跡に私の部屋から遠ざかる。気配の一切が消えた室内。聞こえるのは多少荒い私の息遣いと、身をよじれば擦れる布同士の摩擦音。咳のひとつすらが、空洞に石ころを投げたように忽ち音が部屋中を駆け巡る程の清閑さ。
静かで暗い部屋に残された私だけれど、それでもどこか、寂しさはなかった。勿論孤独は私にも効くが、それでも、その孤独が部屋を支配するのはもう少し先の話になる。
私には少しだけ、騒がしさが舞い戻る時間を与えられていた。施されていたと言うべきか、なんにせよ、この静けさのままに朝を待つことは無い。国民學校を休んだ暁には、お節介焼きが私の部屋に現れることになっていた。
食事を取り、身体の汗も取り払った後、つまり、母も父もこの部屋に来ないことが伺える状況になった直後、そのお節介焼きは窓を叩いてその存在を私に示す。
間もなくして響く小さな物音。彼はいつだってこんな時は、どこから持ってきたか出処不明の真っ赤なりんごを持って家に侵入する。父はそれを野良猫と呼び、邪険に扱っていたけれど、私にとってその野良猫の到来は、床の間で待つ密かな楽しみでもあった。
野良猫の合図に重い腰を上げてそれを出迎える、そんな大層な内容もない、記憶である。
「りんご・・・」
そうつぶやくと同時に、目の前の景色が真っ暗にガラッと変わり、いつしか私は闇の中にいた。視界が真っ暗で何も映さない。そしてその暗黒は、閉じられた瞼のものによるものだと気づく。
夢を見ていたようだ。夢であったというのに、これほどまではっきりと内容を覚えているのも珍しい。明晰夢、というものだろうか。
夢の中であった体調不良のようなものは未だ続いていた。この気持ち悪い感覚は、記憶が呼び戻したものではなく、現に私の身体が蝕まれているからのようだった。引き続き寒気と臓器の収縮に苦痛を覚える。
恐ろしく瞼が重い。意識は万全、覚醒と称せるほどにしっかりとあるのに、世界を視認するための薄皮一枚が、まるで漬物石でも載せられたかと思うほどに開けられなかった。理由は分からないが、兎も角、指先や足先は仄かに動けど、どうしても眼を開くことだけが億劫極まりなかった。
そもそもここはどこなのだろうか。記憶が正しければ、あの現実の続きが今ならば、道路にヘタってしまった直後あたりからの記憶はない。どの辺からが夢で、どこまでが現実なのか、区別の付けようがなかった。もしかすれば先程の夢も実は現実で、今は自宅にこの身を置いているかもしれないし、違うならば私は汚らしく道路に仰向けにあるという事なのだろうか。風邪をひいてしまう。
背に伝わる硬さというか感触は、土や舗装された道の感触ではない。もっと柔らかな何かが背中全体を包んでいる。少しばかりの凹凸を経て、摩るようにして指を這わせると、爪には砂の感触でなく、細かな網目を拵えた床であることに気づく。誰だってわかる、これは畳だ。正体を知ると同時に嗅ぐわう井草の香りに、私はついにここが屋内であることに気づく。
であるなら、実際私は誰の家にいるのだろう。本当に、立花家に連れ戻されたのだろうか。現実で考えるならその説がかなり濃厚で、状況も状況が故に、父も母も死に物狂いで私を探しているに決まっている。幾ら我武者羅に逃走したとしても、体力のない私が、童でしかない私が短期間で走破できる距離等は実にたかがしれている。加えて倒れてあるのだから、捜索で発見されるのなどよもや当然に等しい。
かくも続く不安に尚更、その目を開けずにいると、襖が開く音が響いた。床越しに感じた地鳴りのように伝う薄い衝撃波に少しばかり私はビクついた。父かもしれない。
「起きたか。・・・いや、まだか」
父ではなかった。厳格さのない、しかしどこか落ち着きを感じさせる若い男性の声だ。聞き覚えがあるような、ないような、実に微妙な線を行く声の種だ。だけれど、不思議とその声に私は恐怖を感じない。父でない誰か、最も、学友の殆どもおらず、もとより顔見知りが存在しない私にとって、父ではない男性などというものは、限りなく赤の他人であることに近いはずだ。
現に今、耳に届いた声色をして、誰のものかというのもピンと来ない。勿論これは、地主の息子、言うなれば私の婚約者でないことの裏付けが取れる。
「全く。面倒事になってくれる。どうして立花の人間はそうなのだ。お前にしろ、お前の親父にしろ、いつだって忙しそうに身を振ってやがるよな。昔から変わらない。実に金持ちの気持ちと言うのが理解し得ん」
すぐ側に陣取った男性はそう言いながら、何かの作業をし始めたらしい。ザリザリという決して聴き心地の良くない音が、静かな空間に響いてきた。少し経って、若干の青い香りが立ち込める。決してその匂いは濃くはなく、実に仄かで、隙間風が入ればそれだけで掻き消えてしまいそうなほどのものだった。鼻が少しでも詰まってしまえば、かの芳醇な弱い香りはきっと感じはしまい。爽やかで甘酸っぱく、そしてその独特な青さを感じる匂いに、私は一瞬呼吸をすることを忘れてしまう。
途端に、様々な記憶が蘇ってくるようだった。体調を崩した日に頂いた果実も、その時にあの人が言っていた言葉も口癖も、心配そうに眉を潜めながらも、屈託のない笑みを浮かべて見舞いに来てくれていた、あの光景も。
鼻の頭が熱くなる。途端に胸が痛くなって、体調不良がさらに悪化したのかと思った。これは明らかに動悸だ。呼吸も絶え絶えになってしまって、不安定な息遣いになる。こらえられないような熱い波が押し寄せて、瞳からこぼれた。これを皮切りに、平静を装おうとしていた自我が、完全に崩れた。
「・・・実に間が悪いんですよ。あなたは。いつだって、そうやって私の決意を鈍らせる」
心にのみ留めようとしていた言葉が口をついて出る。どうせならこのまま寝たふりを決め込んでやったほうがよかったかもしれない。気づかないふりであったほうがお互いのためではあったろう。朝まで何とか目を覚まさずにしていれば、かれは床につくであろうし、あとのことは起床した彼の母親にすべてを任せてこの場を離れるのが、最善だと心の中ではすでに答えは出ていた。
にも関わらず、結局そんなにしたたかなことができる人間ではなかった。彼の声を不意に耳にしただけで、我慢がならない。できもしない。器に注がれた水がやがてこぼれるように、私の弱さが浮彫りになる。
「なんでこんな時に限ってあなたは、そうやって私の前に軽率に現れるんです。・・・人の気も知らないで」
わたしはしゃくりあげながらそう皮肉った。声がぐしゃぐしゃである。何が何だかわからないが、とりあえず彼に対しての感情の半分が怒りであることは自ずと理解した。
「よく言う。お前だって、何にもわかっちゃいない。医者を志望して家を飛び出た人間が、道端で昏倒している奴をほっとけると思っているのか」
そう彼はあきれた口調で宣った。私は漸く瞼を開いた。ろうそく程度の光の中で、頬がやせこけた青年がそこにいた。
「・・・久しぶりだな麗か。見ないうちに綺麗になった。会えて嬉しいよ」
一目見てやはり変わらないなと、私は思う。花道の兄さんは、そう言いながら口元に笑みをこぼした。
さほど大事でもなかったあの頃の事が、風に浮く綿毛のように、気にもしなければ見えないのに、気にしだしたらその眼中に納められるかのように、ある種の気味の悪さを覚える感覚。曖昧な中にある確実。不確かだが確か。ともかく、私はたった今、その感覚に苛まれていた。
忘れていたに等しい記憶が、いつの間にか私の意識の下に敷き詰められていた。
身体が浮くような感覚をまず全身で受ける。それは自室の床だった。寝かされているのは分かるのだが、この身体の中枢がふらつく感覚はただの熱なのか風邪なのかは分からない。体に異変があるのは確実で、胃が絞られるような倦怠感、背筋にぞわつく嫌な感触は、幼少時代によく共にした体調不良の前兆だった。
というか、この状況は既に罹った後のことなのだろう。特に新鮮さがないのは、この記憶が特に覚えておく必要が無いほど、記憶に残す必要が無いほど、小さかった私は病弱気質でよくこうやって病床に耽っていたからだろうか。よく体調を崩す、なんて言葉では言い終わらせられない程、私の身体は病原菌と親しかったらしい。
今に思い出すが、父は、こういった場合は、私にまたかという呆れたような表情を見せ、その姿を私の前に現すことはしなかった。現にこの時、次に父の姿をこの目に映すのは、それこそ完治したそのあとの飯時位だった気がする。勿論だが病み上がり直後の私にねぎらいの言葉一つもかけやしなかった。かけられたこともなかった。
逆に母はそんな私を励ましてくれながら、その看病をしてくれたものだ。辛うじて、彼女が蒸れた身体を拭いてくれたことも、生姜入の粥を食べさせてくれた事も覚えている。あんまり親父っぽい言葉になってしまいかねないが、そのお粥の美味しさは正に五臓六腑に染み渡るものだった。ただの粥だったのだけれど、それでも、精神的にも身体的にも追い込まれた私にとってそれは、唯一休息の取れる時間だったと思う。同時に、あまり甘えることが出来なかった私が、唯一母に対して子供らしく甘えられた時間でもあった。
体調を促進する食事が終われば、食器を片して母は私の部屋から去る。「養生なさい」と刺すようにピシャリと言って退散する母を横目に見ることが、その頃のお約束だった。優しくゆっくりと襖を閉じて、軋む廊下を足跡に私の部屋から遠ざかる。気配の一切が消えた室内。聞こえるのは多少荒い私の息遣いと、身をよじれば擦れる布同士の摩擦音。咳のひとつすらが、空洞に石ころを投げたように忽ち音が部屋中を駆け巡る程の清閑さ。
静かで暗い部屋に残された私だけれど、それでもどこか、寂しさはなかった。勿論孤独は私にも効くが、それでも、その孤独が部屋を支配するのはもう少し先の話になる。
私には少しだけ、騒がしさが舞い戻る時間を与えられていた。施されていたと言うべきか、なんにせよ、この静けさのままに朝を待つことは無い。国民學校を休んだ暁には、お節介焼きが私の部屋に現れることになっていた。
食事を取り、身体の汗も取り払った後、つまり、母も父もこの部屋に来ないことが伺える状況になった直後、そのお節介焼きは窓を叩いてその存在を私に示す。
間もなくして響く小さな物音。彼はいつだってこんな時は、どこから持ってきたか出処不明の真っ赤なりんごを持って家に侵入する。父はそれを野良猫と呼び、邪険に扱っていたけれど、私にとってその野良猫の到来は、床の間で待つ密かな楽しみでもあった。
野良猫の合図に重い腰を上げてそれを出迎える、そんな大層な内容もない、記憶である。
「りんご・・・」
そうつぶやくと同時に、目の前の景色が真っ暗にガラッと変わり、いつしか私は闇の中にいた。視界が真っ暗で何も映さない。そしてその暗黒は、閉じられた瞼のものによるものだと気づく。
夢を見ていたようだ。夢であったというのに、これほどまではっきりと内容を覚えているのも珍しい。明晰夢、というものだろうか。
夢の中であった体調不良のようなものは未だ続いていた。この気持ち悪い感覚は、記憶が呼び戻したものではなく、現に私の身体が蝕まれているからのようだった。引き続き寒気と臓器の収縮に苦痛を覚える。
恐ろしく瞼が重い。意識は万全、覚醒と称せるほどにしっかりとあるのに、世界を視認するための薄皮一枚が、まるで漬物石でも載せられたかと思うほどに開けられなかった。理由は分からないが、兎も角、指先や足先は仄かに動けど、どうしても眼を開くことだけが億劫極まりなかった。
そもそもここはどこなのだろうか。記憶が正しければ、あの現実の続きが今ならば、道路にヘタってしまった直後あたりからの記憶はない。どの辺からが夢で、どこまでが現実なのか、区別の付けようがなかった。もしかすれば先程の夢も実は現実で、今は自宅にこの身を置いているかもしれないし、違うならば私は汚らしく道路に仰向けにあるという事なのだろうか。風邪をひいてしまう。
背に伝わる硬さというか感触は、土や舗装された道の感触ではない。もっと柔らかな何かが背中全体を包んでいる。少しばかりの凹凸を経て、摩るようにして指を這わせると、爪には砂の感触でなく、細かな網目を拵えた床であることに気づく。誰だってわかる、これは畳だ。正体を知ると同時に嗅ぐわう井草の香りに、私はついにここが屋内であることに気づく。
であるなら、実際私は誰の家にいるのだろう。本当に、立花家に連れ戻されたのだろうか。現実で考えるならその説がかなり濃厚で、状況も状況が故に、父も母も死に物狂いで私を探しているに決まっている。幾ら我武者羅に逃走したとしても、体力のない私が、童でしかない私が短期間で走破できる距離等は実にたかがしれている。加えて倒れてあるのだから、捜索で発見されるのなどよもや当然に等しい。
かくも続く不安に尚更、その目を開けずにいると、襖が開く音が響いた。床越しに感じた地鳴りのように伝う薄い衝撃波に少しばかり私はビクついた。父かもしれない。
「起きたか。・・・いや、まだか」
父ではなかった。厳格さのない、しかしどこか落ち着きを感じさせる若い男性の声だ。聞き覚えがあるような、ないような、実に微妙な線を行く声の種だ。だけれど、不思議とその声に私は恐怖を感じない。父でない誰か、最も、学友の殆どもおらず、もとより顔見知りが存在しない私にとって、父ではない男性などというものは、限りなく赤の他人であることに近いはずだ。
現に今、耳に届いた声色をして、誰のものかというのもピンと来ない。勿論これは、地主の息子、言うなれば私の婚約者でないことの裏付けが取れる。
「全く。面倒事になってくれる。どうして立花の人間はそうなのだ。お前にしろ、お前の親父にしろ、いつだって忙しそうに身を振ってやがるよな。昔から変わらない。実に金持ちの気持ちと言うのが理解し得ん」
すぐ側に陣取った男性はそう言いながら、何かの作業をし始めたらしい。ザリザリという決して聴き心地の良くない音が、静かな空間に響いてきた。少し経って、若干の青い香りが立ち込める。決してその匂いは濃くはなく、実に仄かで、隙間風が入ればそれだけで掻き消えてしまいそうなほどのものだった。鼻が少しでも詰まってしまえば、かの芳醇な弱い香りはきっと感じはしまい。爽やかで甘酸っぱく、そしてその独特な青さを感じる匂いに、私は一瞬呼吸をすることを忘れてしまう。
途端に、様々な記憶が蘇ってくるようだった。体調を崩した日に頂いた果実も、その時にあの人が言っていた言葉も口癖も、心配そうに眉を潜めながらも、屈託のない笑みを浮かべて見舞いに来てくれていた、あの光景も。
鼻の頭が熱くなる。途端に胸が痛くなって、体調不良がさらに悪化したのかと思った。これは明らかに動悸だ。呼吸も絶え絶えになってしまって、不安定な息遣いになる。こらえられないような熱い波が押し寄せて、瞳からこぼれた。これを皮切りに、平静を装おうとしていた自我が、完全に崩れた。
「・・・実に間が悪いんですよ。あなたは。いつだって、そうやって私の決意を鈍らせる」
心にのみ留めようとしていた言葉が口をついて出る。どうせならこのまま寝たふりを決め込んでやったほうがよかったかもしれない。気づかないふりであったほうがお互いのためではあったろう。朝まで何とか目を覚まさずにしていれば、かれは床につくであろうし、あとのことは起床した彼の母親にすべてを任せてこの場を離れるのが、最善だと心の中ではすでに答えは出ていた。
にも関わらず、結局そんなにしたたかなことができる人間ではなかった。彼の声を不意に耳にしただけで、我慢がならない。できもしない。器に注がれた水がやがてこぼれるように、私の弱さが浮彫りになる。
「なんでこんな時に限ってあなたは、そうやって私の前に軽率に現れるんです。・・・人の気も知らないで」
わたしはしゃくりあげながらそう皮肉った。声がぐしゃぐしゃである。何が何だかわからないが、とりあえず彼に対しての感情の半分が怒りであることは自ずと理解した。
「よく言う。お前だって、何にもわかっちゃいない。医者を志望して家を飛び出た人間が、道端で昏倒している奴をほっとけると思っているのか」
そう彼はあきれた口調で宣った。私は漸く瞼を開いた。ろうそく程度の光の中で、頬がやせこけた青年がそこにいた。
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