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序章

第9話 魔石抜き取りの覚醒

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 ロイは取り押さえられ、身動きが取れない状況にあった。ロイの服がメスのゴブリンによって破られ始めると、自分の身に何が起きようとしているのか理解した。
 特に強大なゴブリンンクイーンは、強力な後継者を生むために他種族の子種を必要としていた。馬車の中で最も強い存在と判断されたロイは、クイーンのターゲットになってしまったのだ。これから彼に待ち受けるのは、子種を奪われ、その後は雄のゴブリンによって無惨にも殺される運命だった。

 ズボンが下ろされて下半身が露出した瞬間、ロイは心の中で呟いた。

「はじめてがゴブリンって嫌だな...こんな惨めな死に方は嫌だ...」

 その時、クイーンの能力が彼に強制的に作用し、性行為が行える状態になり、もはや色々な意味でこれまでと諦め、ロイは最後の言葉を口にする。

「魔石抜き取りのギフトがこいつにも使えたらな」

 貞操がまさに奪われんとした時に自嘲気味に呟いたが、次の瞬間クイーンが抱きつくように重く覆いかぶさってきた。
 ロイはゴブリンに抱きつかれ、その肌の不快感や悪臭を感じながらも、なぜか右手には何かの塊が握られていることに気づいた。

 そして、さらにクイーンは息をしておらず、死んでいたのだ。
 ロイはハッとしてクイーンを押し退け、慌ててズボンを引き上げると再びゴブリンと対峙した。その間1秒の早業だ。

 何故か生きている相手に【魔石抜き取り】のギフトが発動し、メスのゴブリンを倒したのだった。
 一瞬何かが体に入ってきた気がするが、考えることを後回しにした。
 不思議なことに痛みがなくなり、むしろ力が湧いてくるのを感じていた。その理由は後に明かされることだった。

 クイーンを失った14体のゴブリンたちは怒りで襲いかかって来たが、戦いは猛烈に、そして容赦なくロイに襲い掛かる。ゴブリンたちは野蛮であり、彼らの動きは予測不可能だ。ロイの目の前のゴブリンを倒した瞬間、背後から別のゴブリンが棍棒でロイの背中を容赦なく叩きつけた。その衝撃でロイの肺が一瞬、空気を失い、「グハッ」という苦悶の声が漏れる。

 しかし、ロイは諦めない。己の内に燃える闘志は、痛みを超越する力を与えた。無手だったが、倒したゴブリンの地に落ちた棍棒を手に取り、振り返りながら「こなくそー!」と叫び、襲い来るゴブリンの顔面に棍棒を叩き込む。

 ゴブリンの醜悪な顔が痛みで歪むのを見た瞬間、ロイはそのゴブリンの腕を掴み、「魔石抜き取り」と唱える。

 言葉と共にゴブリンの体内から輝く魔石が抜け出し、ロイの手のひらに収まる。そのゴブリンは力を失って地面に崩れ落ちたが、戦いはまだ終わらない。他のゴブリンたちは仲間の倒れる様子を見てもなお、怯むどころか怒り狂いながら次々と襲い掛かって来る。

 ロイは一瞬の休息も許されず、絶え間なく襲いかかってくるゴブリンどもの攻撃を避けながら次々と触れる。

 その瞬間「魔石抜き取り」と唱える。 
 しかし、今だ多勢に無勢で腕を殴られたり腹を殴られ、体は痛みで覆われる。 息は荒くなり、汗と血で肌が濡れていく。

 それでもロイは立ち続ける。
 一撃ごとにロイの中の何かが鍛えられていく感覚に、ロイは戦いの中でさえ気づいていた。

 ついに、最後となったゴブリンがロイに襲い掛かる。
 ロイの体は限界に近づいていたが、その闘志はまだ折れていない。

 最後のゴブリンの攻撃をかわし、その手を掴むと、言葉足らずに「抜き取り」という言葉を力なく呟く。

 奇跡的にも魔石がゴブリンからロイの手へと移動し、最後のゴブリンは力尽きた。

 戦いが終わり静寂が訪れる。
 ロイはその場に膝をつき、息を整えながら戦いの後の静けさを感じた。
 自分が生きていること、そしてこれからも戦い続けなければならないことを知っていた。

 しかし今はただ、一時の安堵を味わうしかなく、最後の一体を倒した後はアドレナリンで薄らいでいた痛みと疲労が一気に襲いかかり、あっという間に意識を失った。

 翌朝、ロイは身体の痛みに耐えながら目覚めた。はっとなり己が戦いを制した直後に気絶したのだと思い出した。

 体のあちこちが痛むも、幸いなのは骨が折れておらず、問題なく動くことを確認した。

 回りを見渡しゴブリンの死体の数を数え、ゴブリンから抜き取った魔石を拾い集めるていった。
 カバンに収めたところで、『戻るか』と呟き街道に向け歩き出した。

 街道に戻ると、襲われた馬車は既に道端に退けられ、ゴブリンたちに殺された者たちの遺体は何者かによって片付けられていた。ロイは痛む体をかばいながらも、自身の足で町に向かい歩き始めた。

 時間は少し戻る。

 馬車が襲われた日の夕方、ギルドには馬車がゴブリンの群れに襲われたという報せが届いた。
 御者だけはいち早く逃げ、町に救援を乞いに来たのだ。
 この報せを受け、ギルドはその場にいた冒険者に緊急依頼を発行した。受諾した中ランクの冒険者たちは急ぎ討伐に向かったが、彼らが現場に到着したときにはゴブリンたちは既に逃げ去っていた。そのために冒険者たちは死体を回収すると、馬車を横に退けて町への帰還を急いだ。

 討伐隊がギルドに戻ると、発見された血に塗れた手紙がギルドマスターの元に届けられた。それはロイが持っていたものであり、彼が無事であることを願う人々の不安は増す一方だった。

 その不安は、彼が何とか生き延びてギルドに戻ることを願う心情を強く反映していた。
 もっともその人数は数名にとどまる。

 その頃、解体場長ガレスはソニアに悲しい知らせを届けた。ロイが乗っていた馬車が襲われ、生存者は一人もいないというのだ。死体はロイを含め一部未発見だと告げた。

 しかし、ソニアは死体を見るまではロイの生還を信じるのみだ。ロイはこれまで自分の信じる道を歩み、数多の困難を乗り越えてきた。そんな彼が今回ばかり、帰らないわけがないとソニアは確信していた。

 そして、彼女の信じる心はやがて報われることとなる。だがその時まで、町ではロイの安否についての不安というより、街道にゴブリンの群れが現れたことの噂が静かに、しかし確実に広がっていた。
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