上 下
4 / 84

第4話 約束

しおりを挟む
 霧が晴れた後の静寂。魔物が消滅する際に立ち込めていた瘴気さえも、俺の息使いと共に消え去っていった。そんな俺の耳に、【レベルアップしました】という機械的だが、どこか心地よい声が響き渡った。俺は身を翻し、天川さんを見ながら訊ねた。

「天川さん、今レベルがどうこう聞こえなかった?」

 俺は天川さんにもその声が聞こえたか尋ねたが、彼女は首を横に振り
 小さな声で呟くに留まった。「聞こえなかったわ」

 この時の天川さんの瞳に映る俺の姿は、単なる一高校生から彼女にとって特別な何者かへと昇華していた。

「タケル君はすごいのね。お陰で助かったわ」

 深い感謝を込めて俺のことを見つめる彼女の視線。俺はその純粋な言葉に少し赤ら顔をしてしまった。この美少女にこのように言われる日が来ようとは。 俺はすぐに自分を落ち着かせ、現状を把握した。魔物の死後に落ちた魔石を手に入れ、俺が放った矢を回収した。

「何だろうこれ!?魔物が死んで出てきたから、何かの役に立つかな?取り敢えず拾っとこう!」

 けれども、その一連の行動の中で、いつの間にか姿が見えなくなってしまった井口と和田のだと思われる断末魔のような「ぎゃああああ」という叫び声が聞こえてきた…。

「タケル君、断末魔の叫びが・・・」

 彼らの居場所が、地球ではなく命がけの異世界であることを改めて思い知らされた。 井口と和田の救援へと俺は天川さんを案じながら走り出した。

 冷たい床に映る自分たちの影を後にし、必死に仲間に追いつこうとする足取り。俺の心境を知る者はおらず、しかしほんのわずかかもしれないが、俺の見事な働きが、俺を苦しめてきた者たちに対する証明になったのかもしれない。 今は彼らにとって試練の時。俺の隠れた能力と、俺が内密に抱いていたある願望が、高校生活という脆弱な殻を破り出すかもしれない瞬間だった。この旅が俺の夢に一歩近づけるかどうか、それを見つける答えをもとめる冒険が今、始まっていた。 

 それまでの苗字呼びからタケル君との呼び方の変化に微かな違和感を覚えつつ、心地良くも感じた。

「タケル君、私の事はシズクでいいわ」

 ふと呼び名につて思い至ったシズクが告げた。
 本来の精神状態なら今する話ではないのだが、今の状況にそぐわない会話をしていたのはまだ召喚時の精神侵食の影響下にあったからだ。

「じゃあ、タケルで」

 俺も呼び捨てにするのに同意した。シズクはその変化を受け入れ、二人の間に流れる空気がこの異界でより深い絆を結ぶことを感じ取った。 だが生きた井口と和田の元へ辿り着くことはできなかった。俺たちが目にしたのはもはや本来の精神状態なら直視できるとは思えないような無残な姿。

 シズクが躊躇いながらも2人の元に近づき、そっと脈を確かめた。指先に感じたのはただの肉の塊と化した動かぬ肌。
 そして彼女の唇からポツリと現実が漏れた。

「死んでいる・・・」

 その言葉は既に冷たい空気をさらに凍りつかせた。 俺はシズクにとんでもないことを頼んだ。

「シズク、悪いけど2人の鞄の中を見てくれ。役に立ちそうなもの、武器になるようなものがあれば回収してくれ」

 2人のカバンの中にある荷物を漁り、使えるものを探すよう促したのだ。鬼畜としか思えないが、生き残るためのことだ。
 また、俺がやらずに彼女を顎で使ってやらせたのには理由がある。
 見張りが必要だからだ。
 シズクもそれが分かっており、自然と役割分担をしていた。

 彼らの荷物から見つけたのは教科書、筆記用具、タオル、水筒、お菓子。

 生き延びるためのごく僅かなおやつを含め、俺たちはそれを取り分け合った。重しにしかならない無価値な教科書は置き去りにし、今生きるのに必要なもののみを選ぶ。

  そして俺はふと思い地面に落ちていた石を拾い、その石とタオルと組み合わせて即席の武器として通用するブラックジャックを2つ作る。
 以前何かで見た記憶から作ったんだ。

 そのうちの1つをシズクに手渡すと彼女の目は驚きで大きく見開かれた。
 直ぐにこれが武器だと理解したようだ。

「ありがとう。何かお礼しなきゃね」

 そう彼女が感謝を表す中、俺はふと冗談を飛ばす。

「ここを無事に出たらキスでもしてもらおうかな」

 シズクが顔を赤らめながらも真に受けた回答をする。

「私、キスしたことないから・・・頬でいい?」

 そう答えたのは、まさかの内容で真摯的なものだった。 
 もう初体験なんて済ませているのだろうなとの悔しい想いがあったのに、意外な答えに俺は密かにその言葉に喜んだ。

 そんな会話を交わすのは、まだ俺はこの異常な事態を完全に認識していなかったからだ。
 何故か?別に頭の中がお花畑になっているのではなく、まだ召喚術式に組み込まれていた精神侵蝕の影響下にあったからだ。
 しかし死んだ井口と和田の2人は、いち早く正気に戻った為にパニックに陥っており、それが生死を別けたと言っても過言ではない。

 友人たちの死を目の前にし、それでも虚脱したりパニックを起こさずにいたが、既に異世界の厳しさは俺たち二人を変えていたのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。 バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。 『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか? ※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です ※カクヨム・小説家になろうでも公開しています

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...