異世界はスマッシュと共に

第27話 男の悲しき性とリサリアの葛藤

　リサリアはまだ健斗を完全に信頼できていなかった。正確には、男性そのものに対する不信を拭いきれずにいたのだ。リサリアはB級やA級の冒険者並みの実力があると言われていたが、健斗の力はそれを遥かに凌駕し、受付嬢からはS級の実力があるとさえ言われていた。その差は圧倒的であり、彼から見れば自分はただの小娘に過ぎないと感じていた。力ずくで来られたら、何もできない。その無力さが彼女の心に不安を植え付けていた。

　宿の部屋に戻り、エレナが眠りについたのを確認すると、リサリアは健斗に向き直った。彼女の表情は真剣そのもので、言葉を選びながら話し始めた。

「健斗様、もし女性の肌を求めることを我慢できないようでしたら、無作法ながら私がお相手いたします。ですから、どうかお嬢様には手を出さないでくださいまし。もし健斗様が本気で女として求められましても、私の力では止めることができません。」

　リサリアの言葉に驚いた健斗は、彼女が自分をそんな風に見ているとは思いもよらなかった。リサリアは健斗の人となりをまだ完全には理解しておらず、不安と疑念が交錯していた。自分の身体を彼に見られていることを感じながらも、エレナを守るために彼に取り入らなければならないという思いが彼女を突き動かしていた。

「そんなことしないって！俺を何だと思っているんだよ！」

　健斗の驚きと困惑に、リサリアはさらに言葉を続けた。彼の目が時折自分の身体に向けられるのを感じていた彼女は、その視線が彼の欲望を示しているのではないかと疑心暗鬼になっていた。

「その・・・時々私の胸を見られていましたので・・・」

　健斗は言い訳ができなかった。確かにリサリアの胸は目を引くほど大きく、その顔は美しかった。しかし、それが彼女に不快感を与えていたとは気づかなかった。

「ごめん！それは悪かった！リサリアが綺麗だなって、こんな女性が恋人だったらなぁと、つい見惚れてしまったんだ！本当にそんなことしないって誓うから！」

　リサリアは健斗の言葉を聞き、少しだけほっとしたが、完全に納得したわけではなかった。彼女は再び健斗に向き直り、その目を真っ直ぐに見つめた。

「お上手なのですね。本当にしないと言えるのですか？お嬢様は公爵家のご令嬢なのですよ！もしお嬢様を手籠めにしたその時は、公爵家が黙っていませんよ！そうなってからでは遅いのです！」

　リサリアの言葉に健斗はため息をつきながら答えた。

「そこまで言うなら、娼館に行って発散したら信用してくれるのか？確かに俺も男で、君は若く綺麗だ。俺がそうしないか心配になるのは分かるが、この状況でそんなことしないって！」

「ですからお嬢様にその欲望を向けられないよう、私で発散してはと言っているのです。健斗様に自制心があるのか疑わしいのです。」

「信用できないって言うんなら本当にリサリアに相手をしてもらうぞ！」

　健斗は売り言葉に買い言葉で言ったが、その瞬間、寝ていたはずのエレナが強く反応した。

「駄目！そんなところに行ったら駄目！リサリアも自分を大事にしなさい！健斗様も自重なさってください！」

　エレナの言葉に部屋の中が一瞬静まり返った。先に休んでいたはずのエレナが起きており、しかも聞かれてしまった。彼女の涙に健斗は胸が痛んだ。彼は自分の軽率な発言がエレナを悲しませてしまったことを深く後悔した。

「ごめん、エレナ。そんなつもりじゃなかったんだ。俺もちゃんと自重するから、泣かないでくれ。ついムキになってしまったんだ。」

　健斗はエレナを宥めながら、リサリアにも目を向けた。リサリアもまた、健斗の言葉に対して困惑し、心配している様子だった。

　泣いてしまったエレナをなだめ、少し落ち着いてからきちんと話し合うことになった。

　今の状況を考慮し、健斗とリサリアは宿での警備について話し合った。結論として、部屋を分ける選択肢は取れなかった。エレナの安全を守るため、リサリアと健斗は交代で寝ずの番をすることに決めた。エレナも寝ずの番をすると主張したが、体力的には寝て欲しいというリサリアと健斗の意見が通った。

「健斗様、私たちはあなたを信じています。でも、お嬢様の安全が第一ですから、何かあればすぐに知らせてください。」

　リサリアは真剣な目で健斗に訴える。

「わかった。俺もエレナの安全を守るために全力を尽くす。もちろん2人が寝ている間、指1本触れる者がいないようにするさ！」

　健斗は真顔で2人の目を見て頷き、リサリアとエレナを安心させた。

　その日の夜、健斗はエレナとリサリアが安心して眠れるよう、部屋の隅で目を光らせていた。彼の心には、彼女たちを守るという強い決意が宿っていた。そして彼自身もまた、この世界での自分の役割を少しずつ理解し始めていた。

　しかし、それでも悲しき男の性として、横になっているリサリアの胸が上下するのをちらりと見ては、ゴクリと唾を飲み込み、頭の中に響く据え膳・・・の悪魔の囁きを祓うべく頬を叩いて見張りを続けていった。