上 下
29 / 43

ヴィーナス・ヴァレット

しおりを挟む
「ついにこの日が来たか」


 慣れないスーツに身を包んだ俺はアウローラの最上階である300階のパーティー会場に来ていた。


「伊織さん、どうかしら? この衣装」


 俺の隣では紫紺のドレスで着飾った紫苑が見せびらかすようにターンを決めている。
 清楚ぶって口調まで変えてきやがった。
 さん付けで呼ぶな気持ち悪い。


「びっくりするくらい色気ねぇな」


 メイクさんにお化粧をしてもらい、髪もなんかオシャレな感じにしていて、肌の露出も多いんだが、なんでこんなんになっちゃったんだろう。
 日頃の印象?


「な! ちょっとそれは乙女心分かってないんじゃないかな!? こういうのはお世辞でも『可愛いよ、この世界の誰よりも』って言うんだよ!」
「そんなキモいこと平然と言える精神力は持ち合わせてないわ」


 というか、なんでちょっとイケボで囁く感じで言ったんだよ。その声、俺のと交換してほしいわ。
 そんな無駄口を叩いていると、今パーティーの主賓であるアンリエッタ王女が姿を現した。
 誘拐事件の時、着ていたのと同じドレス。違うのはいつもの双子メイドが脇にいないことだろう。


「伊織、パーティー始まったよ」
「分かってる」
「美味しそうな料理がいっぱいあるよ」
「見ればわかる」
「食べてくる」
「ああ……はぁ!? 何言って……ってもういねぇし」


 いつの間にか紫苑の姿が消えていた。
 この後大事な作戦が控えてるってのに、あいつ何考えてんだ、マジで。
 俺はパーティー会場を見渡し、紫苑の姿を探す。


「あ、いた」


 すると、両手に骨付き肉を持ち、口の中は既に何かの食べ物を放り込んだのか、パンパンに膨れ上がっていた。


「食うのはえよ。食欲お化けめ」


 とにかく、あいつを早く連れ戻そう。
 流石にあの戦力を遊ばせておく余裕なんかない。


「おい、紫苑……」
「おやおや、もしやあなたは序列1位の結城さんではありませんか?」
「え? 領域の絶対者!?」
「わー! 僕サインが欲しい!」
「わたしは一緒に写真とりたい!」


 と、紫苑に呼びかけようとしたが、知らないおっさんや子供たちに割り込まれてしまって、紫苑の元にたどり着けなくなってしまった。
 相変わらず、すごい人気だな。


「ふんふんほっとまって」


 口の中に物が入っていて紫苑が何を言っているのか聞き取れなかった。


「んぐ、オッケー。で、なに? サイン? いいよ」


 食べ物を飲み込んだ紫苑はそのまま子供から渡された色紙にサインを書き始める。
 そして、紫苑のファンサに期待してか長蛇の列が出来てしまっている。
 主賓のアンリエッタより人集まってんじゃねぇか。
 仕方ない。このままじゃしばらく時間がかかりそうだし、紫苑抜きで動き始めるか。
 俺は紫苑に見切りをつけ、パーティー会場の中を歩きながら、ある人物を探す。


「お、いたいた」


 思ったより早く見つけられた。まぁ、目立つしな。


「っと、会場の外に出た。展望エリアか?」


 300階は中央が今俺たちのいるダンスホール、そしてその外側を覆う様に展望フロアが広がっている。
 展望フロアは外側の壁が全面ガラス張りになっており、外を見渡せ有名な観光名所となっている。
 ただ、今日はフロア全体が貸し切りの為、一般客はいない。


「とりあえず、後を追うか」


 俺もダンスホールから展望フロアへと移動する。


「人っ子一人いないな」


 どうやらパーティー参加者は全員中に入っているようだ。多分紫苑の影響かな?
 いつでも見れる景色よりたまに見る有名人を取ったってところだろう。
 って今はそんなことどうでもいいんだよ。それよりもあの人は……。


「……いた」
 その人は一人で外の景色を眺めていた。
 俺はその人物の後ろに立ち、声をかける。


「こんなところで会うなんて偶然だな」
「あら? そう? 偶然ではないと、私は思っているわ」


 彼女は振り返らずそう答えた。


「その反応、俺たちがここに来ることが分かっていたみたいだな……クロエさん」


 ワイングラスを片手に彼女はゆっくりと俺たちの方を向く。
 胸元が大きく空いた赤いドレスを着ている彼女はいつものように強い香水の匂いを漂わせていた。


「私のとこに来たと言うことは全部わかったと思っていいのかしら?」
「ああ。あんたの正体も大体は分かっている。クロエさん……いや、ヴィーナス・ヴァレット」


 DDD所属のハンドラー、クロエ・テール。それは彼女の仮の姿。
 その正体は吸血鬼の真祖ヴィーナス・ヴァレットその人である。


「あら? いつ頃気づいたのかしら? そこに辿り着けるまでの情報を与えた覚えはないけど?」
「いいや、そうでもないさ。例えば、その香水とかな」


 最初嗅いだ時は香水が強い人だという認識しかなかった。


「偶然、あんたの香水と同じ匂いを嗅いだんだよ。つい最近、ある事件でな」


 それは黒柳議員暗殺事件の時。


「それで分かったんだよ。あんたがミントヴルムの香水で魔族の匂いを消していることがな」


 ミントヴルムの香水なんて違法な代物の匂いなんか嗅いだことなかったから、初めてあの香水の匂いを嗅いだ時は気が付かなかったんだけどな。


「でも、それだけじゃ、私がヴィーナス・ヴァレットであることにはならないと思うのだけれど? ただの魔族かもしれないわよ?」
「他にもあんだよ。そう、違和感ならあんたと最初に会った時からな」


 それはつい先日、紫苑に連れられて病院に行った時のことである。


「左手がなくなったってのに平気そうな顔してるのが違和感ありまくりだったぜ。普通ならパニックになってしばらく現実を受け入れられずに入院しているはずだ。それがないのは慣れているから、それしかありえない」


 吸血鬼の真祖は不死身だ。腕を切り落とされようが、首を切り落とされようが死にはしない。
 それに加えて不老。
 長く吸血鬼として生きていれば腕がなくなることなんて苦でもない。


「その切り落とされた左手を治さないのは、人間のフリをする為だろ?」
「ええ、そうよ。でも、その必要はもうないわね」


 ヴィーナスは包帯を取る。すると、一瞬にして左手が再生した。


「やはり真祖か。それさえ知れれば、十分だ」
「十分ていうのは?」
「今この瞬間、俺の推理は現実となった。と言うことさ」
「では、せっかくだし、聞きましょうか。その推理を」
「いいぜ、少し長くなるがな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

異世界勇者~それぞれの物語~

野うさぎ
ファンタジー
 この作品は、異世界勇者~左目に隠された不思議な力は~の番外編です。 ※この小説はカクヨム、なろう、エブリスタ、野いちご、ベリーズカフェ、魔法のアイランドでも投稿しています。  ライブドアブログや、はてなブログにも掲載しています。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

処理中です...