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大罪魔法のその先

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 私が名前を叫ぶとゼルは振り返り、残念そうな顔をした。


「ちぇ~、俺がビリかよ。けど、この状況を見るにまだ挽回のチャンスはありそうだな」


 ゼルは二本の短剣(恐らくディスガイナが換装した武器)を構え、ジェイドと対峙する。


「ゴブリン、だと?」


 ゼルの姿を見たジェイドは眉をひそめる。


「先程飛んでいったのは、メイヴィスのように見えたが?」
「ああ、あの爺さんか。あの爺さんなら俺がぶっ飛ばしたぞ」
「貴様がメイヴィスを? くははははは! 冗談が過ぎるぞ。奴はゴブリンごときが勝てる相手ではない」
「そいつはどうかな? 何なら今すぐお前をぶっ飛ばしてやってもいいんだぜ?」
「それは無理ってもんだ。何故なら、俺は魔王になる男だからな」


 え? 今、魔王って言った? 魔王ってあの? おとぎ話に出てくる?


「なんだ? お前らは知らずにここへ来たのか?」
「何の話だ」
「七つある大罪魔法。これらすべてを手に入れた者は魔王になれるんだよ」


 大罪魔法についてはいくつかの都市伝説があることは知っている。
 でも、魔王になれるだなんて聞いたことがない。
 だけど、大罪魔法は一つ一つが強力なものだ。それを七つも所有する者がいるとしたら、それは世界を支配できるだけの力を持つに等しい。
 だけど、もしそれが本当だとしても……。


「そんなもの……」
「マナ!」


 なれるわけない。そう言おうとしたら、ゼルが私の声を遮ってそう叫んだ。


「それ以上は言うな」
「ゼル……?」


 私はゼルがどうしてそう言ったのか分からなかった。


「ほう、俺の夢を聞いて嗤わないのか」
「あたりめぇだろ。人の夢は嗤わない」
「ゴブリンにしては話が分かる奴みたいだな。なら、俺の話を少ししよう」
「…………」


 ゼルは短剣を下げた。それはジェイドの話を大人しく聞くという意思表示だった。


「俺の家系はヒューマンでありながら、エルフに匹敵する魔力を有していた。だから、ヒューマンしかいない俺の故郷の国は俺たちを恐れ、迫害した。そして、ある日、迫害していた俺たちに復讐されることを恐れた国は俺の家族を皆殺しにした。俺は運よく生き永らえたが、他の家族は誰一人生きちゃいなかった。ゴブリン、貴様なら分かるだろう? 何の前触れもなく理不尽に命を奪われる悔しさを、憎しみを」
「…………」


 ゼルはジェイドの問いには答えなかった。


「だから、俺は決めた。魔王になってこの世界を変えると。争いのない平和な世界を作る」
「なっ! 平和な世界って、あなたは今までどれだけの人を殺してきたと思うの!?」
「平和のため、多少の犠牲は仕方ない。俺の家族もその犠牲だと割り切ることにした」


 彼が何を言っているのか私にはさっぱり意味が分からなかった。


「どうだ、ゴブリン? 今なら俺の下につくことを許そう」


 ゼルは短をゆっくりを振り上げ、ジェイドに向ける。


「悪いな。弱い奴の下につくつもりはねぇよ」
「弱い? この俺がか?」
「家族の死にいちいち理由を付けなきゃ前に進めない。そんなお前を弱いと言ったんだ」
「お前なら多少話が分かると思ったんだがな。誇れよ? 未来の魔王に殺されることを」
「未来の魔王か。ならちょうどいい。未来の勇者がお前を救ってやるよ!」


 ゼルは一瞬でジェイドとの間合いを詰め、双剣を振るう。


「っ!」


 ジェイドは咄嗟に光魔法で高速移動し、ゼルの攻撃を回避する。


「は、速い……」


 ゼルの今のスピードは前とは比べ物にならないくらい速くなっていた。


「ゼル、今のは?」
「ああ、こいつの力だよ。風の双剣ツヴァイエメラル。風の魔力を喰ったこいつの能力を使って一時的に速度を上げたんだ」


 風? そう言えば、ディスガイナは吸収した魔力の属性によって変化する神器なんだっけ?
 でも、今度は双剣? この前は槍だったよね。
 属性ごとにそんなに武器がころころ変わるってことは、ゼルはあらゆる武器を使いこなせるってこと?
 剣一つとっても極めるのには相当な時間を要するはずなのに、一体彼は今までどれほどの努力を積んできたのだろう。彼を見ていて度々そう思う。


「にしても、あいつ速いな。風の魔力を使って速度上げたのに避けられた」
「当然だよ。光属性は全属性の中で最速だし。あれに対抗できるとしたら同じ光属性の魔法しかないよ」


 ディスガイナが喰らった魔法属性によって力を発揮するのなら、勝てる見込みは相手の光魔法を喰らって、ゼルも光の魔力を使えるようにすることだけど……。


「すばしっこいゴブリンだ。一瞬で殺してやろう。“天帝の光剣”」


 ジェイドは五本の剣を生成し、ゼルに向かって放った。
 来た! 光魔法! あの攻撃を喰らえば……。


「っ!」


 しかし、ゼルは魔法を喰らわず、剣で弾いた。


「……今の攻撃が見えたのか。であれば、メイヴィスを破ったと言うのはあながち嘘ではないのかもな」


 今のでジェイドから油断は消えた。
 これじゃあ、魔法を喰らって光属性の力を得ることがしづらくなってしまった。


「ゼル! なんで今の魔法を喰らわなかったの?」
「しゃーねぇだろ。魔法を喰らうことが出来るのはディスガイナの時だけだ。換装した後じゃ出来ねぇんだよ」
「それじゃあ、ディスガイナに戻せばいいじゃん」
「それも出来ない。一度喰った魔力を使い切らないとディスガイナに戻せない。さっき戦った爺さんの魔力がとんでもなく高くってよ。まだしばらくはツヴァイエメラルのままだ」


 ってことは、ジェイドを倒せる手段がもうないってことじゃん。
 ゼルだけが頼りだったのに、このままじゃ私たち三人とも殺されてお終いだ。


「無駄話とは余裕だな」
「っ!」


 話に夢中になっていた私たちはジェイドの攻撃に気が付かなかった。
 ジェイドの光の剣が私たち目掛けて飛んでくる。


「しま……っ!」


 やられる……!


「“アースシールド”!」


 けど、寸前で土の壁が生成され私たちを守った。


「ったく、油断してんじゃねぇぞ。クソゴブリン」


 ヘイヴィアがギリギリで守ってくれた。


「目障りな盾だ。削り切ってやる」


 ジェイドはとめどなく土の壁に攻撃を仕掛け、破壊しにかかった。


「おい、どうにかしろ。このままじゃジリ貧だぞ」


 必死で土の盾を作っているヘイヴィアが声を上げた。
 確かにこのままジェイドの攻撃が続けばいずれ土の盾は破られ、私たちに攻撃が届く。


「つってもなぁ。俺の速度じゃあいつ捉えきれねぇし。あの光魔法も弾いたり躱すのが精一杯で攻撃出来る隙なんかねぇしな」


 完全に手詰まり。
 ゼルにもヘイヴィアにもこの状況を打開する術がないようだ。
 このままじゃ本当に殺されて……お終いだ。
 ああ、やっぱり、騎士になんてなるんじゃなかった……。
 私なんかに務まるわけがなかったんだ。
 私なんか……。


「おい! マナ!」
「え?」


 現実逃避をしていたその時、ゼルに強く呼びかけられた。




「どうにかしてくれ」
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