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12.顔面偏差値
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「依頼内容は考えてきましたか?」
「その前に、これって本当ですか?」
壁に貼られたメニュー表を安倍は指さした。
そこには『金曜日には探し物も見つけます』の文字。
俺が手伝うと決まる前にメニューに組み入れられていた。
姉の予知能力のせいなのか、単に絶対に断らせないという信念の現れなのか。
ともかく、俺は恋とは関係がなくとも依頼されれば探し物の在り処を占っていた。
「別料金になりますが、可能ですよ」
「じゃあお願いします。大事なシャープペンをなくしてしまって」
こちらの反応を窺うような表情を見てピンときた。
前回の占いは一応当たったが、本当にこいつは本物なのか、俺を試すつもりなのだ。
受けて立ってやろうではないか。
「ではそれを思い浮かべてください」
安倍に両手をテーブルに出してもらうと、その上に適当なタロットを置く。
それを挟むように俺の手を乗せた。
基本はタロットが無くても占えるが、掌全体というなかなか広い範囲を得体のしれない占い師と密着させるのはハードルが高いだろうと考えた案だった。
まぁ、今は猫の手(ピンクの肉球付き)だが。
このタロットも何気に力を増幅してくれるし、翌日の疲労が多少軽くなるので至る所で登場させるようにしている。
今夜のように依頼が立て続けにあると流石に魔力の効きが悪くなるというのもある。
そういえば安倍の番になると少し体力が回復する気がするが、なぜだろうか。
ざざ、と映像がまなうらを駆け抜ける。
……この変な猫が描いてあるペン、どこかで見た気がする。
「薄暗い……古いものがたくさん置いてある場所に猫のペンはあります。例えるなら蔵のような場所ですかね」
例えるならも何もはっきり蔵の映像が浮かんでいるが、そこは魔女でない魔女を名乗っている魔女なので濁す。
「蔵……」
心当たりがありそうに安倍は頷いた。
俺が手を放しタロットを仕舞うと、安倍は戻ってきた掌を見ながら何やら考え込んでいる。
「依頼内容なんですが、相手の気持ちが自分に向いているか確認することも可能ですか?」
「え!?」
本題に切り替わった途端、言われた台詞に驚いた。
安倍が不思議そうに黒猫を見る。
慌てて咳払いをした。
「可能です。YESかNOではっきり答えが出ます。……よろしいのですか?」
YESのときは勿論うれしいだろうが、NOの場合、重篤な心理ダメージを受ける。
この手の占いは、コースの終盤、相手の気持ちが明らかに当事者に向いてきているのが分かった後に告白前のダメ押しとして利用する客しかいない。
こんな序盤のNOの可能性が高い場面でする肝っ玉の据わった客などみたことがない。
恥ずかしながら俺もそんな度胸はない。
「NOならまた手を考えるだけです。むしろNOの方が燃えます」
「ひぇ、」
俺はまたもまぶしさで顔を覆った。
肉食系男子どころか狩猟民族みたいな男がまだこの日本に存在していたとは。
流石の武士道である。
「えーと、では……」
魔女にかける情熱もなかなかのものだし気骨があってうらやましい、と雑念が吹き出そうになるのを抑え、タロットを意味深な形で並べた。
「もう一度、手を置いていただけますか」
タロットを置いた左手を安倍の前に差し出すと、彼は少しためらった後で言われたとおりにした。
先ほどの言葉に嘘はないのだろが、緊張した面持ちに、暖かい掌に、なぜかこちらまでドキドキしてきた。
行きます。と声をかけ、タロットの上で手――前足――を滑らせる。
すぐに一枚が手に吸い寄せられてきた。
ⅩⅤ 悪魔
「NOですか」
「……そのようです」
俺が口を開けないでいるうちに安倍が助け舟を出してくれた。
彼はふー、と口から息を吐くと椅子にもたれかかった。
やはり多少なりともショックなのだろう。
しかも悪魔だ。
姉特製タロットには赤いバラに囲まれた金髪碧眼のイケメンが描かれているだけだが、紙片の下部に燦然と輝く『DEVIL』の文字は誤魔化しようがない。
「あの、悪魔には制限された感覚の兆候などもありますし、一口にNOと言っても相手が自覚していない、ハーレムラノベ主人公並みの鈍感馬鹿の場合も含まれますので、全く見込みがないわけではないですし」
後輩の落ち込む姿は見るに忍びない。
フォローしなければ、と猫の手を忙しなく動かしながら早口でまくし立てた。
「そんな気を落とさずに。あと四回ありますし、一緒にこれから頑張って、」
「大丈夫ですよ」
優し気な声に正面を向いた。網目状の少し見づらい視界の先で安倍が楽しそうに笑っていた。
「言ったでしょう? 鈍感馬鹿相手に次の手を考えていただけです」
眇められた綺麗な黒い瞳にこくりと喉が鳴った。
強がりとは思えない。
狩猟民族っぷりに呆然としていると、安倍はさらに信じられない要求をしてきた。
「これから毎回、最初にこの占いやってもらえますか」
俺はしばし口を開けっぴろげにした後、こくこくと猫の頭がもげそうになるほど頷いた。
なるほど、いくら男前と言ってもこれくらいの男気がないとマンモス――人妻――は落とせないのだ。
マンモスを落とせなければ狩猟民族を名乗ることなどできない。
そんな気づきを得ても、顔面偏差値並みの俺では今後役立ちそうもなかった。
「その前に、これって本当ですか?」
壁に貼られたメニュー表を安倍は指さした。
そこには『金曜日には探し物も見つけます』の文字。
俺が手伝うと決まる前にメニューに組み入れられていた。
姉の予知能力のせいなのか、単に絶対に断らせないという信念の現れなのか。
ともかく、俺は恋とは関係がなくとも依頼されれば探し物の在り処を占っていた。
「別料金になりますが、可能ですよ」
「じゃあお願いします。大事なシャープペンをなくしてしまって」
こちらの反応を窺うような表情を見てピンときた。
前回の占いは一応当たったが、本当にこいつは本物なのか、俺を試すつもりなのだ。
受けて立ってやろうではないか。
「ではそれを思い浮かべてください」
安倍に両手をテーブルに出してもらうと、その上に適当なタロットを置く。
それを挟むように俺の手を乗せた。
基本はタロットが無くても占えるが、掌全体というなかなか広い範囲を得体のしれない占い師と密着させるのはハードルが高いだろうと考えた案だった。
まぁ、今は猫の手(ピンクの肉球付き)だが。
このタロットも何気に力を増幅してくれるし、翌日の疲労が多少軽くなるので至る所で登場させるようにしている。
今夜のように依頼が立て続けにあると流石に魔力の効きが悪くなるというのもある。
そういえば安倍の番になると少し体力が回復する気がするが、なぜだろうか。
ざざ、と映像がまなうらを駆け抜ける。
……この変な猫が描いてあるペン、どこかで見た気がする。
「薄暗い……古いものがたくさん置いてある場所に猫のペンはあります。例えるなら蔵のような場所ですかね」
例えるならも何もはっきり蔵の映像が浮かんでいるが、そこは魔女でない魔女を名乗っている魔女なので濁す。
「蔵……」
心当たりがありそうに安倍は頷いた。
俺が手を放しタロットを仕舞うと、安倍は戻ってきた掌を見ながら何やら考え込んでいる。
「依頼内容なんですが、相手の気持ちが自分に向いているか確認することも可能ですか?」
「え!?」
本題に切り替わった途端、言われた台詞に驚いた。
安倍が不思議そうに黒猫を見る。
慌てて咳払いをした。
「可能です。YESかNOではっきり答えが出ます。……よろしいのですか?」
YESのときは勿論うれしいだろうが、NOの場合、重篤な心理ダメージを受ける。
この手の占いは、コースの終盤、相手の気持ちが明らかに当事者に向いてきているのが分かった後に告白前のダメ押しとして利用する客しかいない。
こんな序盤のNOの可能性が高い場面でする肝っ玉の据わった客などみたことがない。
恥ずかしながら俺もそんな度胸はない。
「NOならまた手を考えるだけです。むしろNOの方が燃えます」
「ひぇ、」
俺はまたもまぶしさで顔を覆った。
肉食系男子どころか狩猟民族みたいな男がまだこの日本に存在していたとは。
流石の武士道である。
「えーと、では……」
魔女にかける情熱もなかなかのものだし気骨があってうらやましい、と雑念が吹き出そうになるのを抑え、タロットを意味深な形で並べた。
「もう一度、手を置いていただけますか」
タロットを置いた左手を安倍の前に差し出すと、彼は少しためらった後で言われたとおりにした。
先ほどの言葉に嘘はないのだろが、緊張した面持ちに、暖かい掌に、なぜかこちらまでドキドキしてきた。
行きます。と声をかけ、タロットの上で手――前足――を滑らせる。
すぐに一枚が手に吸い寄せられてきた。
ⅩⅤ 悪魔
「NOですか」
「……そのようです」
俺が口を開けないでいるうちに安倍が助け舟を出してくれた。
彼はふー、と口から息を吐くと椅子にもたれかかった。
やはり多少なりともショックなのだろう。
しかも悪魔だ。
姉特製タロットには赤いバラに囲まれた金髪碧眼のイケメンが描かれているだけだが、紙片の下部に燦然と輝く『DEVIL』の文字は誤魔化しようがない。
「あの、悪魔には制限された感覚の兆候などもありますし、一口にNOと言っても相手が自覚していない、ハーレムラノベ主人公並みの鈍感馬鹿の場合も含まれますので、全く見込みがないわけではないですし」
後輩の落ち込む姿は見るに忍びない。
フォローしなければ、と猫の手を忙しなく動かしながら早口でまくし立てた。
「そんな気を落とさずに。あと四回ありますし、一緒にこれから頑張って、」
「大丈夫ですよ」
優し気な声に正面を向いた。網目状の少し見づらい視界の先で安倍が楽しそうに笑っていた。
「言ったでしょう? 鈍感馬鹿相手に次の手を考えていただけです」
眇められた綺麗な黒い瞳にこくりと喉が鳴った。
強がりとは思えない。
狩猟民族っぷりに呆然としていると、安倍はさらに信じられない要求をしてきた。
「これから毎回、最初にこの占いやってもらえますか」
俺はしばし口を開けっぴろげにした後、こくこくと猫の頭がもげそうになるほど頷いた。
なるほど、いくら男前と言ってもこれくらいの男気がないとマンモス――人妻――は落とせないのだ。
マンモスを落とせなければ狩猟民族を名乗ることなどできない。
そんな気づきを得ても、顔面偏差値並みの俺では今後役立ちそうもなかった。
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