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1-1 あの日の真相
しおりを挟む東屋から帰ってきたクレイグ視点。
―――――――――――――――――
クレイグが蝶国の王宮から戻りアジトの扉を開けると、皆の視線が一斉に集まった。
珍しく朝から大人数だ。
こちらの動向を固唾を呑んで見守っているような雰囲気に、近々俊が戻ってくると告げると団員たちは色めき立った。
満月のため早めに自室へ戻ろうかと思ったが、カールが菓子を焼いてくれるというのでしばらく残ることにした。
俊のお陰で心身ともに余裕がある。
だが遅くとも夕暮れまでには戻った方が良いだろうと算段しつつ、蝶国における王位簒奪の儀についての本を開いた。
「あーなんか変な汗かいた。つーか毎日毎日風呂入るのだりぃよな。しかも野郎しかいねぇ事務所に来るために」
ギンが頭を抱えながらソファに腰かけた。
「いや女がいなくても入れよ。汚ねぇな」
頭痛を覚えたような表情のロイがその横でさらに顔を顰める。
「しゅわわーって風呂入った後みたいになるすげー高位の魔術。あれ出来たら楽なのにな」
「しゅわわーって語彙力がひでぇ。清めの術だろ。俺もできねぇけどな」
エバンの返事を皮切りに、俺も俺も、と魔術の不人気さが浮き彫りになっていく。
「上級者の暇つぶしって感じだよな。クレイグならできるんじゃねぇ?」
ジータの言葉にギンがまじか、と期待の眼差しで上体を起こした。だがクレイグが答える前にディアンがやれやれと頭を掻いた。
「魔力の量なら問題ないがな、あれは他人に使うには特殊な条件がある。習っただろ」
「全然覚えてねぇ」
ギンどころかほぼ全員が口を揃えた。
ディアンのため息の後、講義が始まったので、クレイグはまた本へと視線を戻した。
一か月の猶予の間に可能な限り情報を集める必要がある。団員の身の安全は勿論配慮する必要があるが、戦闘能力が高く、場数も踏んでいるのでそこまで難しくはないとクレイグは考えていた。
だが問題は俊だ。
権謀術数が渦巻く継承権争いを躱すには、俊は素直すぎる。やはり身を隠すのが最善だが、何かあった場合に備えて戦闘能力は上げておく必要がある。
昨夜話し合った内容を脳内で反芻する。
以前に比べれば格段に魔術も剣の腕も上達したし、筋肉も付いたが、まだあんなに細い腰で……。
「あー……」
クレイグは浮かんだ映像を搔き消すように目頭を揉んだ。
先月より何倍も御しやすいが、やはり発情期に変わりはない。菓子を食べたらさっさと部屋に籠ろうとクレイグは台所を見た。
だが燻っている熱は消えないままだ。
漂ってきた甘い匂いが俊の匂いと重なる。
東屋の頼りない光に照らされた濡れた黒い瞳や肌理の細かい肌がまなうらに蘇る。
「な?」
ギンに肩を叩かれ、我に返った。
聞いてなかったんじゃね? 珍しいな、などと団員の言葉が飛び交う。
酷い! とギンがさめざめと泣き真似をするので悪い、と笑った。
「清めの術は慣れれば簡単だ。今朝も俊にやってきた。まぁ、敵を排除する攻撃系の方が俺は得意だけどな」
場がざわめき、皆の目が一斉にクレイグを見た。
本を手に立ち上がると、ギンとロイが後ずさった。
「やっぱり休暇を取らせてもらうことにする。悪いけど菓子はまた今度な」
唯一その言葉に反応したディアンに部屋か地下にいる旨を告げ、皆に背を向けた。
クレイグが出ていくまで、平生騒がしい団員たちは珍しく何も言わず、その場に立ち尽くしていた。
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