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12.本心
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天花を部屋で休ませ、華月は一人である部屋に向かった。一人きりにしてしまう天花には、部屋に結界をかけていると伝えたので少しは不安が解消していると思いたい。しかも、それは外界から入れないだけで、天花は自由に出れるものだ。
それは閉じ込めているのではなく、守っているという華月なりの気持ちの現れだった。
(伝わってるかは……分からねぇけど)
自嘲気味の笑顔を浮かべたが、それをすぐに引き締め賑やかな声が溢れている目的の部屋の襖を開いた。
声掛けも無しに突然開いた襖に、部屋で遊んでいた子らは驚きの表情で華月を見上げている。しかし目的の人物は、何食わぬ顔でニコリと笑った。
「おや、華月じゃないか」
「悠月……!!」
子供達と双六をしていた悠月は、駒を床に置いて華月に身体を向ける。
「どうしたんだい?」
「てめぇ、良い顔じゃねぇか」
「ははっ、男らしくなったかな?」
腫れた頬を隠しもしない悠月は、ニコリと笑う。
「あぁ。少しはマシになったんじゃないか?」
嫌味で返してやったが、悠月は気にする素振りもなく隣に座っている我が子の頭を撫でた。
「皐月。皆を連れて庭で遊んでおいで」
皐月と呼ばれた子は、人の年齢ならば十二歳くらいの子供の見た目、そして悠月の長子だ。悠月の初の子供であり長を継ぐ男天狗だが、悠月よりさらに妖力が無い。空を飛ぶこともできず、幼い子天狗ですら使える妖術もままならないほどだ。
しかし、皐月は頭が良かった。父親の悠月に似て、美しい容姿と聡明で優しい性格であり、たとえ妖力が無くとも天狗の里の者から慕われていた。
皐月は父親である悠月の言葉に柔和な笑みを浮かべ「はい」と一言だけ発し、赤子を抱き上げ、幼子の手を引いて庭へと連れ出した。
「悠月……いや、兄上。皐月は良く出来てるな」
「華月様、悠月様は」
「お前に聞いてねぇよ」
皐月の母親であり、悠月の嫁である女天狗の言葉を遮ると、シンとその場が静まる。悠月の嫁である女天狗四人は、全員妖力があり天狗の血統を守る一族の出自だ。
最初は妖力の無い悠月に嫁ぐことを躊躇った者もいたようだが、今は悠月を全員が慕い、仲睦まじくやっていると聞いている。
しかし、それは今の華月には全く関係の無い話だ。
「兄上、今回の所業について問いたい」
至極冷徹に声を発すると、困ったように悠月は眉を下げた。そして、優しく諭すような声でふんわりと微笑んだ。
その表情に、華月は嫌な予感が走る。
「その前に、華月。私の話を聞いてくれ。私は、天狗の次期長を降りる」
「はぁ??」
思わぬ発言に、華月は開いた口が塞がらない。しかし悠月はそれに気付いて尚、言葉を続けた。
「長に相応しいのは、華月だよ」
「待てよ。何言ってんだ? 悠月、長子はお前だ。それは天地がひっくり返っても変わらねぇから」
長子が変わらないということは、天狗の里の長となるべく序列も変わらない。今まで、それは一度も違うことなく続いてきた。
そして華月にとっても、それは違うことなく続くものだと信じて疑うことはなかったのだ。それを今、目の前の継承すべき者が何を言っているのか……、理解に苦しむ。
「そうだね。でも時代は変わる。私が長になれば、天狗はいつか弱い子達ばかりになるだろう。それに私は頼りがいがないと……いつか誰かに謀反を起こされるだろう」
「そんなことなるか!!」
「なるよ。いつかね。それに我が子らを巻き込みたくないんだ。万一、それが起こった後に、天狗同士で憎しみ合うのは……さらに嫌だ」
「俺が阻止する。俺は悠月を支える。謀反を起こそうとする奴は片っ端から潰してやるよ!! ずっと父上からもそう言われてきただろぉが!! 頭脳で支える悠月と、力を誇示する俺。それで良いじゃねぇか!! 嫌々じゃない。俺はそれが正しいと思ってんだ!!」
怒鳴るような声の華月に、悠月は微笑んだ。
「ありがとう。華月は本当に優しいね。でも……父上には……長には継承権放棄の許可を得ている」
「うそ、だろ!? あの父上が!? 根っからの長子第一主義だろ!? どうして!!」
「皐月を人間の元で育てようと思うんだ」
「はぁぁあ!? なんでだよ!?」
悠月の継承権放棄でもかなり混乱している華月だが、追い討ちをかけるように長となるべき天狗を人間の元で育てると言われ、更に頭が混乱し始めた。
育てるということは人間のことを知るために、多少人間界を見学するのとは訳が違う。そこで人間とあらゆる関係を築かねばならない。天狗という存在を隠すだけでも大変なのに、学校に通ったり、働いたりするのだ。
「華月も知っての通り、皐月はね……あの子は聡明だが妖力は全く無い。それなら、人間のもとで学ばせ、多くの知識を付けさせるべきだと思うんだ。ここでも学べるが、人間の知識量はこことは比べ物にならないだろう? その後に、皐月自身で天狗の里に戻るか、人間と共に暮らすかを決めさせたい。皐月も人間の知識を得たいと、父上に申し出たんだ。もっと拗れるかと思ったけど、父上にも思うところがあったのだろう。華月が認めるなら構わない、と仰ってくれたよ」
確かに人間の豊富な知識と、山で暮らす天狗の知識は雲泥の差だ。他の妖よりも書物も何もかも充実しているが、それでも足りない。しかしそれを網羅しなくても良いのが妖でもある。何故ならば、役割が違うからだ。人間の領域、神の領域、鬼の領域、妖の領域、そして天狗という妖の中でも別格の領域。全て別の次元だ。
華月は皐月を人間の元で育てれば、きっとこの山には帰って来ないだろうと思った。皐月のような聡明だが妖力が無い妖は、知識を得れば妖である事実を妖力がない故に簡単に隠すことができ、人間として生活していく未来を見つけることができるからだ。
もしも、皐月が天狗の里の次期長の長子でなければ「それもいいかもな」と言っていたかもしれないと華月は思う。しかし、やはり皐月は次期長の長子なのだ。
もしも、皐月自身が望んだことであろうと、それは天狗の里の伝統を破壊することになる。
苦虫を噛み潰したような表情で、華月は低く声を出す。
「……そんなことをすれば、いつか天狗は居なくなる」
「そうかな? もしも私が長になれば、天狗が存続出来なくなる未来は早まるだろうね。しかし、華月の強さと統率力があればそれは遠ざかるだろう」
「――……」
言葉に詰まった。それは華月にも多少は理解出来たからからだ。弱い長は下々に舐められ、その弱い長から弱い長へ継承が続けば蟠りが生まれる。
今の華月や、長の座に興味が無い兄弟達ならば問題無い。それに、華月の目の届く範囲であればそんなことは絶対にさせない。
しかし、その後の世代はどうだろうか。兄弟だけでなく、別の力を持って産まれた天狗ならば……妖力が少なく弱い長に不満を抱き爆発し、謀反を起こす可能性はある。
今ではなく、悠月はさらに数百年先の未来を考えてのことだろう。そうだと分かっていても、急に長を降りると言われ「分かった」と言えるほど華月も考え無しで生きていた訳ではない。
言葉に出来ずにいると、悠月は話を続ける。
「華月。華月が長になり更に強い嫁を貰えば、長の力は強大になるだろう。そうすれば天狗の里は先の数百年、いや千年は大丈夫だ。私の子たちは全員純血だから、嫁は天狗でなくても構わない」
「………………おい、まさか」
頭から血の気が引くような戦慄が身体に走る。そして、ふわりと悠月が笑った。その笑みに、華月の怒りが爆発した。
一気に詰め寄った華月が悠月の襟元を掴み、顔を寄せる。分かりきっていたというような、驚きもしない悠月の表情に華月はますます怒りが込み上がる。
「てめぇ!! だから天花を閉じ込めたのか!! 最初から俺と天花を……くそっ!! あんな香焚きやがって!!」
「天花は華月を好いているようだからね。それに華月だって、天花のことを」
「うるせぇ!!!!」
自身が獣だったならば、きっと今は牙を剥き出しにして唸っているに違いない。実際、ギリギリと奥歯が鳴るほど噛み締め、悠月を殴り飛ばしたい衝動をすんでのところで抑えているのだ。
「もし――、そうだとしても!! 里の問題に天花を巻き込むな!! 天花は蓮の小鬼だ!! 全ては蓮とその伴侶の恭吾があっての天花だ!! それに奴は一人の立派な鬼だぞ!! 天花の気持ちを無視するな!!」
最初から悠月が天花とどうこうなりたいと思っていないことは、華月もよく分かっていた。悠月は四人の嫁たちをとても愛していたし、それぞれを娶るにも理由があった。嫁は一人でいいだろうという思いもあるが、悠月の平等に愛する姿勢を華月は尊敬していた。
それなのに、他者の想いを自己の都合でどうにかしようなど反吐が出る。そして、それにまんまと嵌められた自分自身が酷く苛立たしい。少し考えれば、冷静になればこんな分かりやすい策は見抜けたはずなのに。
華月は指先の色が変わるほど、悠月の服を握り締めた。
「しかし、あのままでは天花は翡翠と共になってもおかしくなかった」
「そうだとしても!! これは俺と天花の問題だ!!」
小さく そうですね…… と呟いた悠月は視線を華月から下げたが、またすぐに顔を見て微笑む。普段ならば優しいその微笑みが、今は恐ろしいとすら思えた。
「しかし、まぁちょっと意外でした」
「今度は何だ!!」
「華月が天花の救出より先に、私を殴りに来たことです。殴ってすぐに去ったので一瞬でしたが」
その言葉に華月はこれ以上ないくらいに目を開いた。確かに、何故真っ先に天花の救出をしなかったのか。助けてと言っていたのに。
頭に血が上っていたとはいえ、心の片隅で燻っていた後悔を刺激され唇を強く噛んだ。
「――チッ。お前のせいだろぉが」
立ち上がり悠月の襟元から手を離し、放り投げるように床に落とす。驚いた嫁達が駆け寄るが、悠月はそれを手で制した。
「大丈夫。……あんな檻は華月なら妖力で壊せただろう? 私が作ったものだから……なるべく壊したくないという心根の優しさが出たのだろうね」
「…………」
「華月。私は本気だ。いや、私達は、だな。話したこと全て、これは嫁達も子供達にも話してある。私の……悠月家の総意だ」
「……知るかよ」
これ以上話すことは無い。納得できるか否かは別として、聞きたいことは聞けた。そう思い、華月は振り向かずに部屋を出た。
それは閉じ込めているのではなく、守っているという華月なりの気持ちの現れだった。
(伝わってるかは……分からねぇけど)
自嘲気味の笑顔を浮かべたが、それをすぐに引き締め賑やかな声が溢れている目的の部屋の襖を開いた。
声掛けも無しに突然開いた襖に、部屋で遊んでいた子らは驚きの表情で華月を見上げている。しかし目的の人物は、何食わぬ顔でニコリと笑った。
「おや、華月じゃないか」
「悠月……!!」
子供達と双六をしていた悠月は、駒を床に置いて華月に身体を向ける。
「どうしたんだい?」
「てめぇ、良い顔じゃねぇか」
「ははっ、男らしくなったかな?」
腫れた頬を隠しもしない悠月は、ニコリと笑う。
「あぁ。少しはマシになったんじゃないか?」
嫌味で返してやったが、悠月は気にする素振りもなく隣に座っている我が子の頭を撫でた。
「皐月。皆を連れて庭で遊んでおいで」
皐月と呼ばれた子は、人の年齢ならば十二歳くらいの子供の見た目、そして悠月の長子だ。悠月の初の子供であり長を継ぐ男天狗だが、悠月よりさらに妖力が無い。空を飛ぶこともできず、幼い子天狗ですら使える妖術もままならないほどだ。
しかし、皐月は頭が良かった。父親の悠月に似て、美しい容姿と聡明で優しい性格であり、たとえ妖力が無くとも天狗の里の者から慕われていた。
皐月は父親である悠月の言葉に柔和な笑みを浮かべ「はい」と一言だけ発し、赤子を抱き上げ、幼子の手を引いて庭へと連れ出した。
「悠月……いや、兄上。皐月は良く出来てるな」
「華月様、悠月様は」
「お前に聞いてねぇよ」
皐月の母親であり、悠月の嫁である女天狗の言葉を遮ると、シンとその場が静まる。悠月の嫁である女天狗四人は、全員妖力があり天狗の血統を守る一族の出自だ。
最初は妖力の無い悠月に嫁ぐことを躊躇った者もいたようだが、今は悠月を全員が慕い、仲睦まじくやっていると聞いている。
しかし、それは今の華月には全く関係の無い話だ。
「兄上、今回の所業について問いたい」
至極冷徹に声を発すると、困ったように悠月は眉を下げた。そして、優しく諭すような声でふんわりと微笑んだ。
その表情に、華月は嫌な予感が走る。
「その前に、華月。私の話を聞いてくれ。私は、天狗の次期長を降りる」
「はぁ??」
思わぬ発言に、華月は開いた口が塞がらない。しかし悠月はそれに気付いて尚、言葉を続けた。
「長に相応しいのは、華月だよ」
「待てよ。何言ってんだ? 悠月、長子はお前だ。それは天地がひっくり返っても変わらねぇから」
長子が変わらないということは、天狗の里の長となるべく序列も変わらない。今まで、それは一度も違うことなく続いてきた。
そして華月にとっても、それは違うことなく続くものだと信じて疑うことはなかったのだ。それを今、目の前の継承すべき者が何を言っているのか……、理解に苦しむ。
「そうだね。でも時代は変わる。私が長になれば、天狗はいつか弱い子達ばかりになるだろう。それに私は頼りがいがないと……いつか誰かに謀反を起こされるだろう」
「そんなことなるか!!」
「なるよ。いつかね。それに我が子らを巻き込みたくないんだ。万一、それが起こった後に、天狗同士で憎しみ合うのは……さらに嫌だ」
「俺が阻止する。俺は悠月を支える。謀反を起こそうとする奴は片っ端から潰してやるよ!! ずっと父上からもそう言われてきただろぉが!! 頭脳で支える悠月と、力を誇示する俺。それで良いじゃねぇか!! 嫌々じゃない。俺はそれが正しいと思ってんだ!!」
怒鳴るような声の華月に、悠月は微笑んだ。
「ありがとう。華月は本当に優しいね。でも……父上には……長には継承権放棄の許可を得ている」
「うそ、だろ!? あの父上が!? 根っからの長子第一主義だろ!? どうして!!」
「皐月を人間の元で育てようと思うんだ」
「はぁぁあ!? なんでだよ!?」
悠月の継承権放棄でもかなり混乱している華月だが、追い討ちをかけるように長となるべき天狗を人間の元で育てると言われ、更に頭が混乱し始めた。
育てるということは人間のことを知るために、多少人間界を見学するのとは訳が違う。そこで人間とあらゆる関係を築かねばならない。天狗という存在を隠すだけでも大変なのに、学校に通ったり、働いたりするのだ。
「華月も知っての通り、皐月はね……あの子は聡明だが妖力は全く無い。それなら、人間のもとで学ばせ、多くの知識を付けさせるべきだと思うんだ。ここでも学べるが、人間の知識量はこことは比べ物にならないだろう? その後に、皐月自身で天狗の里に戻るか、人間と共に暮らすかを決めさせたい。皐月も人間の知識を得たいと、父上に申し出たんだ。もっと拗れるかと思ったけど、父上にも思うところがあったのだろう。華月が認めるなら構わない、と仰ってくれたよ」
確かに人間の豊富な知識と、山で暮らす天狗の知識は雲泥の差だ。他の妖よりも書物も何もかも充実しているが、それでも足りない。しかしそれを網羅しなくても良いのが妖でもある。何故ならば、役割が違うからだ。人間の領域、神の領域、鬼の領域、妖の領域、そして天狗という妖の中でも別格の領域。全て別の次元だ。
華月は皐月を人間の元で育てれば、きっとこの山には帰って来ないだろうと思った。皐月のような聡明だが妖力が無い妖は、知識を得れば妖である事実を妖力がない故に簡単に隠すことができ、人間として生活していく未来を見つけることができるからだ。
もしも、皐月が天狗の里の次期長の長子でなければ「それもいいかもな」と言っていたかもしれないと華月は思う。しかし、やはり皐月は次期長の長子なのだ。
もしも、皐月自身が望んだことであろうと、それは天狗の里の伝統を破壊することになる。
苦虫を噛み潰したような表情で、華月は低く声を出す。
「……そんなことをすれば、いつか天狗は居なくなる」
「そうかな? もしも私が長になれば、天狗が存続出来なくなる未来は早まるだろうね。しかし、華月の強さと統率力があればそれは遠ざかるだろう」
「――……」
言葉に詰まった。それは華月にも多少は理解出来たからからだ。弱い長は下々に舐められ、その弱い長から弱い長へ継承が続けば蟠りが生まれる。
今の華月や、長の座に興味が無い兄弟達ならば問題無い。それに、華月の目の届く範囲であればそんなことは絶対にさせない。
しかし、その後の世代はどうだろうか。兄弟だけでなく、別の力を持って産まれた天狗ならば……妖力が少なく弱い長に不満を抱き爆発し、謀反を起こす可能性はある。
今ではなく、悠月はさらに数百年先の未来を考えてのことだろう。そうだと分かっていても、急に長を降りると言われ「分かった」と言えるほど華月も考え無しで生きていた訳ではない。
言葉に出来ずにいると、悠月は話を続ける。
「華月。華月が長になり更に強い嫁を貰えば、長の力は強大になるだろう。そうすれば天狗の里は先の数百年、いや千年は大丈夫だ。私の子たちは全員純血だから、嫁は天狗でなくても構わない」
「………………おい、まさか」
頭から血の気が引くような戦慄が身体に走る。そして、ふわりと悠月が笑った。その笑みに、華月の怒りが爆発した。
一気に詰め寄った華月が悠月の襟元を掴み、顔を寄せる。分かりきっていたというような、驚きもしない悠月の表情に華月はますます怒りが込み上がる。
「てめぇ!! だから天花を閉じ込めたのか!! 最初から俺と天花を……くそっ!! あんな香焚きやがって!!」
「天花は華月を好いているようだからね。それに華月だって、天花のことを」
「うるせぇ!!!!」
自身が獣だったならば、きっと今は牙を剥き出しにして唸っているに違いない。実際、ギリギリと奥歯が鳴るほど噛み締め、悠月を殴り飛ばしたい衝動をすんでのところで抑えているのだ。
「もし――、そうだとしても!! 里の問題に天花を巻き込むな!! 天花は蓮の小鬼だ!! 全ては蓮とその伴侶の恭吾があっての天花だ!! それに奴は一人の立派な鬼だぞ!! 天花の気持ちを無視するな!!」
最初から悠月が天花とどうこうなりたいと思っていないことは、華月もよく分かっていた。悠月は四人の嫁たちをとても愛していたし、それぞれを娶るにも理由があった。嫁は一人でいいだろうという思いもあるが、悠月の平等に愛する姿勢を華月は尊敬していた。
それなのに、他者の想いを自己の都合でどうにかしようなど反吐が出る。そして、それにまんまと嵌められた自分自身が酷く苛立たしい。少し考えれば、冷静になればこんな分かりやすい策は見抜けたはずなのに。
華月は指先の色が変わるほど、悠月の服を握り締めた。
「しかし、あのままでは天花は翡翠と共になってもおかしくなかった」
「そうだとしても!! これは俺と天花の問題だ!!」
小さく そうですね…… と呟いた悠月は視線を華月から下げたが、またすぐに顔を見て微笑む。普段ならば優しいその微笑みが、今は恐ろしいとすら思えた。
「しかし、まぁちょっと意外でした」
「今度は何だ!!」
「華月が天花の救出より先に、私を殴りに来たことです。殴ってすぐに去ったので一瞬でしたが」
その言葉に華月はこれ以上ないくらいに目を開いた。確かに、何故真っ先に天花の救出をしなかったのか。助けてと言っていたのに。
頭に血が上っていたとはいえ、心の片隅で燻っていた後悔を刺激され唇を強く噛んだ。
「――チッ。お前のせいだろぉが」
立ち上がり悠月の襟元から手を離し、放り投げるように床に落とす。驚いた嫁達が駆け寄るが、悠月はそれを手で制した。
「大丈夫。……あんな檻は華月なら妖力で壊せただろう? 私が作ったものだから……なるべく壊したくないという心根の優しさが出たのだろうね」
「…………」
「華月。私は本気だ。いや、私達は、だな。話したこと全て、これは嫁達も子供達にも話してある。私の……悠月家の総意だ」
「……知るかよ」
これ以上話すことは無い。納得できるか否かは別として、聞きたいことは聞けた。そう思い、華月は振り向かずに部屋を出た。
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