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9.檻
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ゆっくりと頭が覚醒してきた。重たい瞼を開くと、天花の目の前には知らない天井が広がっていた。
身体のダルさはないが、とても腹が減っている。伸びをしながら身体を起こす。
「……悠月様が来たと思ったんだけど……あれ? ……っていうかここは」
布団から飛び起き、背筋が凍った。知らない天井で気付くべきだった。今、自身が置かれた環境は一切のんびりとしていられるものではないと天花は緊張して辺りを警戒する。
布団は完全な檻で囲われている。部屋自体はとても清潔で、客間のような雰囲気だ。掛け軸や壺、活けられた花々も瑞々しく、ここが捕虜を捕まえるような場所ではないことは分かる。
……なので、余計に目の前にあるドス黒く冷たさを感じる鉄の檻が異様に視界に飛び込んでくるのだ。
警戒しながら四方を確認したが、全てその檻で囲われている。
「……」
(こんなことをするのは……いや、出来るのは天狗の里の者だけ。それに私に最後に接触したのは……悠月様)
悠月が持ってきた粥を食べた直後から記憶が無いということは、檻に閉じ込めた犯人は十中八九……悠月だろう。しかし、それをする理由が天花には皆目見当もつかない。
そもそも、悠月とは座学以外では話したとは殆どない。そして、座学で迷惑をかけることは一切無かったはずだ。
常に隣の席に座っている翡翠は座学の試験の度に赤を取っているが、それも最近はようやく減ってきた。
怒りや……恨みを買うようなことはしていない。
部屋に誰の気配もないことを確認しから、檻に触れた。鉄の独特の冷たさが指先から伝わるが、結界や妖術がかけられた形跡は感じない。
(これなら、壊せるかもしれない)
両手で檻を掴み、それを曲げようと試みる。
「……――ふん!! んぅぅぅー!!」
少しでも動けば希望が見えるというものの、一切動かない。細腕である自覚はあるが、それは華月や翡翠と比べればの話であり、男としては普通だと思う。しかし、動かないのならば仕方ない。
「諦めて次を考える方が早いですね」
腕を組み、天井を見る。確かに天井には檻の柵は無いが、そこまで届くような背丈も羽も無い。
では床はどうだろうかと布団を捲り、畳に触れる。しかし、下に空間を感じることができず、この場所がこの檻の為に作られたのだと実感するだけだった。
(……居なくなったことに気付いた華月様が探しに来る……いや、共犯の可能性も……いやいや、それはないかな。もし華月様が関わっているなら、こんなことしなくとも私をいくらでも拐かすことは出来たはず)
それに、華月は確かに破天荒ではあるが、拐かし閉じ込めるなどという陰湿な行為は一切しないと天花は考えていた。
ここ数ヶ月、共にいる時間が長かった。その時間の中で、天花は華月に対しての信頼を厚くしていたので、余計に華月は関わっていないと確信していた。
そうなると、これは悠月一人の企てなのだろうか。
「……何が……何がしたいんだろう……?」
「おや、もう起きたんですね。まだ準備が整ってないのに」
「!? 悠月、様!」
まるで何事もないように声をかけてきた悠月に驚き、警戒しつつ顔を睨みつける。しかし、ニコリと笑みを浮かべた悠月は、優雅に着物の袖を揺らし近付いてきた。
「おはようございます。天花」
檻に触れ、覗き込む顔からは罪悪感を一切読み取れない。悪い事をしたという意識は無いのだろうかと考え、天花は恐怖を感じた。
「……これは、どういうことですか? 田舎の小鬼である私にこんなことをしても利点は何も無いでしょう?」
努めて冷静に、そして不利劣勢を気にしていないように天花は語尾を低くして問いかける。しかし、そんなこちらの反応を楽しむように悠月は困ったように笑った。
「天花に何も無い? 本当にそうでしょうか?」
「……どういことですか」
「まず、私の嫁達が四人居るのはご存知ですね。どの子も美しく気立て良く、それぞれがとても仲良くしてくれている。しかし、四人とも子宝……能力のある子宝に恵まれないのです。あぁ、嫁を悪く言ってるんじゃないですよ。私のせいです……」
悠月は悲しそうに目元を伏せる。しかし、天花はその話に絆されまいと舌打ちをするように言葉を吐く。
「それと、私に何の関係が?」
「お気付きでしょう? あなたはとても妖力が強い」
そう言って、悠月は今度は悪寒が走るほどの満面の笑顔を向けてきた。その笑顔に言葉の先を感じ取り、天花は思わず吐きそうになった。
胸の中が掻き回され、内臓を握られたような気分だ。
「……私に……子を孕めと……?」
「ええ」
「――ッ随分と身勝手ですね 」
「そうでしょうか? あなたを見ていれば……私は天花の想いに気付いていますよ」
笑みを絶やさない悠月に負けじと、天花も睨みを止めていない。しかし、根本的に悠月は良いことをしていると思っているのだろう。だから、天花の睨みなど怯える子猫の威嚇と変わらないのかもしれない。
「私の想い? 私は蓮様の小鬼だ。今までもこれからも。だから、子は産みません」
「そうですか。でも、悪くない話でしょう? いつまでもこの天狗の里にいれば、妖力も増えるでしょうし、あなたなら知識も豊富になる。それは素晴らしいことです。ね? 怖がらなくても想い合っているのだから大丈夫ですよ」
「想い合う? ふざけないで頂きたい! ここから出してください!! 悠月様!!」
しかし叫びは虚しく響き、笑顔の悠月は背を向け無言で部屋の隅で香を焚き始めた。そして振り向き、笑顔から更に笑みを顔に貼り付け出ていった。
天花には、どれが悠月の本当の笑顔か分からなくなっていた。むしろ、全て笑みではなかったのかもしれない。あのように、微笑んでいなければいけない状況下で過ごし、癖……になっているのだろうか。
そう考えると少しだけ同情心が湧かないでもないが、天花はいやいやと頭を振る。
(こんなことをする時点で同情の余地無し。それに……この香りは……長く吸わない方が良さそうだ)
息をなるべくしないように、深く吸わないように浅く呼吸を繰り返す。
それでも徐々に目が眩んできた。
(くそ、嫁になんて……なりたくない……)
目を閉じ呼吸に集中する。どれだけの時間こうしていなければいけないのか分からないが、今はじっと時が過ぎるのを待つだけだった。
身体のダルさはないが、とても腹が減っている。伸びをしながら身体を起こす。
「……悠月様が来たと思ったんだけど……あれ? ……っていうかここは」
布団から飛び起き、背筋が凍った。知らない天井で気付くべきだった。今、自身が置かれた環境は一切のんびりとしていられるものではないと天花は緊張して辺りを警戒する。
布団は完全な檻で囲われている。部屋自体はとても清潔で、客間のような雰囲気だ。掛け軸や壺、活けられた花々も瑞々しく、ここが捕虜を捕まえるような場所ではないことは分かる。
……なので、余計に目の前にあるドス黒く冷たさを感じる鉄の檻が異様に視界に飛び込んでくるのだ。
警戒しながら四方を確認したが、全てその檻で囲われている。
「……」
(こんなことをするのは……いや、出来るのは天狗の里の者だけ。それに私に最後に接触したのは……悠月様)
悠月が持ってきた粥を食べた直後から記憶が無いということは、檻に閉じ込めた犯人は十中八九……悠月だろう。しかし、それをする理由が天花には皆目見当もつかない。
そもそも、悠月とは座学以外では話したとは殆どない。そして、座学で迷惑をかけることは一切無かったはずだ。
常に隣の席に座っている翡翠は座学の試験の度に赤を取っているが、それも最近はようやく減ってきた。
怒りや……恨みを買うようなことはしていない。
部屋に誰の気配もないことを確認しから、檻に触れた。鉄の独特の冷たさが指先から伝わるが、結界や妖術がかけられた形跡は感じない。
(これなら、壊せるかもしれない)
両手で檻を掴み、それを曲げようと試みる。
「……――ふん!! んぅぅぅー!!」
少しでも動けば希望が見えるというものの、一切動かない。細腕である自覚はあるが、それは華月や翡翠と比べればの話であり、男としては普通だと思う。しかし、動かないのならば仕方ない。
「諦めて次を考える方が早いですね」
腕を組み、天井を見る。確かに天井には檻の柵は無いが、そこまで届くような背丈も羽も無い。
では床はどうだろうかと布団を捲り、畳に触れる。しかし、下に空間を感じることができず、この場所がこの檻の為に作られたのだと実感するだけだった。
(……居なくなったことに気付いた華月様が探しに来る……いや、共犯の可能性も……いやいや、それはないかな。もし華月様が関わっているなら、こんなことしなくとも私をいくらでも拐かすことは出来たはず)
それに、華月は確かに破天荒ではあるが、拐かし閉じ込めるなどという陰湿な行為は一切しないと天花は考えていた。
ここ数ヶ月、共にいる時間が長かった。その時間の中で、天花は華月に対しての信頼を厚くしていたので、余計に華月は関わっていないと確信していた。
そうなると、これは悠月一人の企てなのだろうか。
「……何が……何がしたいんだろう……?」
「おや、もう起きたんですね。まだ準備が整ってないのに」
「!? 悠月、様!」
まるで何事もないように声をかけてきた悠月に驚き、警戒しつつ顔を睨みつける。しかし、ニコリと笑みを浮かべた悠月は、優雅に着物の袖を揺らし近付いてきた。
「おはようございます。天花」
檻に触れ、覗き込む顔からは罪悪感を一切読み取れない。悪い事をしたという意識は無いのだろうかと考え、天花は恐怖を感じた。
「……これは、どういうことですか? 田舎の小鬼である私にこんなことをしても利点は何も無いでしょう?」
努めて冷静に、そして不利劣勢を気にしていないように天花は語尾を低くして問いかける。しかし、そんなこちらの反応を楽しむように悠月は困ったように笑った。
「天花に何も無い? 本当にそうでしょうか?」
「……どういことですか」
「まず、私の嫁達が四人居るのはご存知ですね。どの子も美しく気立て良く、それぞれがとても仲良くしてくれている。しかし、四人とも子宝……能力のある子宝に恵まれないのです。あぁ、嫁を悪く言ってるんじゃないですよ。私のせいです……」
悠月は悲しそうに目元を伏せる。しかし、天花はその話に絆されまいと舌打ちをするように言葉を吐く。
「それと、私に何の関係が?」
「お気付きでしょう? あなたはとても妖力が強い」
そう言って、悠月は今度は悪寒が走るほどの満面の笑顔を向けてきた。その笑顔に言葉の先を感じ取り、天花は思わず吐きそうになった。
胸の中が掻き回され、内臓を握られたような気分だ。
「……私に……子を孕めと……?」
「ええ」
「――ッ随分と身勝手ですね 」
「そうでしょうか? あなたを見ていれば……私は天花の想いに気付いていますよ」
笑みを絶やさない悠月に負けじと、天花も睨みを止めていない。しかし、根本的に悠月は良いことをしていると思っているのだろう。だから、天花の睨みなど怯える子猫の威嚇と変わらないのかもしれない。
「私の想い? 私は蓮様の小鬼だ。今までもこれからも。だから、子は産みません」
「そうですか。でも、悪くない話でしょう? いつまでもこの天狗の里にいれば、妖力も増えるでしょうし、あなたなら知識も豊富になる。それは素晴らしいことです。ね? 怖がらなくても想い合っているのだから大丈夫ですよ」
「想い合う? ふざけないで頂きたい! ここから出してください!! 悠月様!!」
しかし叫びは虚しく響き、笑顔の悠月は背を向け無言で部屋の隅で香を焚き始めた。そして振り向き、笑顔から更に笑みを顔に貼り付け出ていった。
天花には、どれが悠月の本当の笑顔か分からなくなっていた。むしろ、全て笑みではなかったのかもしれない。あのように、微笑んでいなければいけない状況下で過ごし、癖……になっているのだろうか。
そう考えると少しだけ同情心が湧かないでもないが、天花はいやいやと頭を振る。
(こんなことをする時点で同情の余地無し。それに……この香りは……長く吸わない方が良さそうだ)
息をなるべくしないように、深く吸わないように浅く呼吸を繰り返す。
それでも徐々に目が眩んできた。
(くそ、嫁になんて……なりたくない……)
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