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3、天花、風花、六花

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 足が重い。何かに括り付けられているような感覚がする。
 雪山で遭難していたはずの恭吾は、見知らぬ和室で目を覚ました。
 外は既に吹雪が止んだのか、擦りガラスからは日差しが差し込んでいる。

「あ、目が覚めた!」

 声の方を見ると、吹雪の中で見た子供が三人揃って恭吾を珍しそうに見ていた。

「水飲む? それとも食べる?」
「それより、蓮さまに言わなきゃ」
「でも、蓮さまはお仕事してるよ?」

 そっくりな顔をした三人は皆、日本人形のように可愛らしく、鮮やかな着物を着ていた。
 どうすると首を傾げる子供達の見た目は現代の子供変わらないが、どう考えても時代錯誤な格好をしている。その様子を恭吾は黙って眺めていた。

 黄色い着物を着た子供が、何かを思い出したように手を叩く。

「あ、そうだ。お兄さん、足に板がついてるよ。取ろうと思ったけど、僕達も蓮さまもとれなかったの」
「え?……つっ!」

 体を起こそうと力を入れると、足に鋭い痛みが走る。どうにか我慢して上半身を起き上がらせると、布団が足の部分だけ妙に膨らんでいた。どかしてみると案の定、セットしたスノーボードがそのままになっている。
 ゆっくりと右足のビンディングを外し、ブーツの紐を緩める。

 その様子を子供達はじっと見つめていた。
 どうにか右足をブーツから抜き取り、左足に取り掛かる。だが、どうやら左足は脛の部分が折れているかヒビが入っているらしく少しの振動が痛覚を過敏に刺激した。

「つぅ!」
「痛い?」

 顔を心配そうに覗きこんだ、群青色の着物を着た子供に大丈夫と一言だけ伝え、一気にビンディングを外し勢いのまま紐を最大限に緩めブーツを一気に剥ぎ取った。

「くっそ……!」

 鈍痛が全身を巡り、汗が吹き出た。
 眺めていた黄色い着物の子供が手ぬぐいを差し出してくれる。素直に受け取り汗を拭い、手ぬぐいを握り締めて痛みを我慢する。しばらく動かさずにいると、少し痛みが引き始めた。

「ありがとう」
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。助けてくれたんだな……ありがとう」

 心配そうに眉を下げていた小さな子供の顔が笑顔になる。黄色い着物の子供がブンブンともげそうな程首を振り、違うのと大きな声を出した。

「違うの!助けたのは蓮さまなの。僕達は遊んでたの、お兄さん寝てたから見てたの。でも動かないから、天花が蓮さまを呼んで来てくれたの」
「てんか?」

 スッと襖の開く音が聞こえ、子供達がそちらを向く。習って向くと、雪山で見た美しい人がフワリと優しい笑顔と共に入ってきた。

「体調はいかがですか?」

 自然な動きで恭吾の布団の横に膝を付き、手を額に当てられる。風邪を引いているのか、骨折での発熱なのか、その手はとても冷たく気持ちよかった。

「足は折れているみたいだけど、他は大丈夫そうです。助かりました」
「あの長い板が取れなくて、治療できなくてごめんなさい。外れたなら添え木だけでもしておきましょう」

 足元へ移動する際に、その人の周りの空気が動いた。そこだけ異様に冷えてしまったような空気だ。
 そして、ウエアをずらし簡易的に添え木をしてくれる。
 その流れるような様子に見惚れていると、にこにこと黄色い着物の子が腕にしがみついてきた。

「僕ね、六の花でりっかっていうの。その朱色の着物の子が天国の天に花でてんか。それで群青色の子が風に花でふうか。お兄さんは?」
「俺は五十嵐恭吾だ。ありがとうな、六花」

 うん! と笑う六花はとても人懐っこいようで、恭吾の腕から離れない。天花は添え木の手伝いをして、風花はその様子を少し離れた所で見ている。
 同じような可愛らしい顔といわゆるおかっぱと言われる髪型で、着物の色しか判別が付かないと思ったがそれぞれに個性がありそうだ。

 六花は、恭吾を見つけた時に外でかくれんぼをしていたのだと楽しそうに話す。
 だがあの時、外は酷い吹雪だったはずだ。たまたま止んでいたにしても、子供だけで雪山に入るなんて危険すぎる。

「雪の中、着物で遊んで寒くないのか?」

 遠まわしにカマをかける。素直に聞けばいいのだが、何故かそれをするのは躊躇われた。
 聞いたら後に戻れない……そんな気がしたのだ。そして、やはり聞くのでは無かったとすぐに後悔に変わった。

「ん?  だって鬼だから寒くないよ」
「あ、バカ!」

 風花が慌てたように六花を恭吾から引き離す。処置をしてくれていた蓮と呼ばれた人と天花の動きも止まった。
 言われた言葉を一文字ずつ解釈しているのか、脳が言葉の意味を理解することを遮断しているのか、恭吾はそのまま時が止まった様な部屋を見渡した。

「蓮さま、お話されては如何ですか。六花は隠し事ができません」

 天花の言葉に困ったように笑い、その人は口を開いた。

「嘘を付くつもりではなかったのですが……、そうですね。お話しましょうか」

 そして、恭吾の返事を待たずに話を始める。

「私は蓮と書いて れん と申します。ここにずっと住まう、妖かし……いえ妖怪と言った方がわかりやすいでしょうか。この子達は預かっている鬼の子です」

 意味の分からない冗談のような情報に、恭吾は騙されているとしか思えなかった。
 見るからに普通の大人に、普通の子供。妖怪や鬼と言われても尻尾も無ければ角も無い。

「えっと……なんの冗談? 新手のドッキリ?」
「そうですよね。信じられなくても仕方ないです。天花、今できるかい?」

 はいと頷いた朱色の着物を着た天花が、両手を胸の前で合わせて力を入れる。
 幼稚園児がお遊戯をしているようなポーズから、少しずつモヤがかかる。そして、合わせた手を思い切り叩くと額に集まり角となった。

「できました!」
「はい、上出来ですよ」

 頭を撫でられた天花は、得意げにへへへと笑う。

「わかりましたか?」

 恭吾に向けられた蓮の笑顔は、とてつもなく美しかった。
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