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人身御供ではない 1

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 龍神の姿を見送ってから、おとめは山を降りた。
 こっそりとトヨと合流し、龍神は無事だったと伝えた。突然の雨も龍神の力だと察してくれたようだが、贄がなくても降らせられるという事実はあまり知られない方が良いと思ったらしく、口を噤んで抱き締めてくれた。
 それから三日間、龍神の言う通り雨が降り続き山火事は無事に鎮火した。
 けれど、いくつかの家は全焼、他にも半壊してしまった家々もあり、雪が降る前にどうにかせねばと手伝いに駆り出され、気付けばあっという間に一週間が過ぎていた。
 ようやく少しだけ落ち着いてきたので、おとめはトヨに龍神へお礼をしに行きたいと伝えると、二つ返事で許可してくれた。
 そして今、おとめは再び崖の上に立っている。

(なんとなく、覚えてるかなって確認したくてこっちの道で来たけど……着いちゃった)

 あの時は、急を要する事態で勢いもあったけれど、今は畔から入っても良いはずだ。

「うーん」

 畔から入っても、飛び込んでも、どちらにせよ龍神の屋敷上空から落ちるのには変わらない。
 むしろ、落ちなくて良い方法があるなら知りたいくらいだ。
 そう。落ちない方法……。

「龍神様を……呼び出す?」

 それならば、落ちるおとめを受け止めるという苦労を龍神にさせなくて済むが、結局はお迎えの御足労を頂くことになる。
 どっちもどっちだ。
 悩みつつ湖を見下ろしていると、隣にいつの間にか美しく少し小さめの狐が座っていた。

「こんにちは、狐さん」
「コン」
「動物達は、山火事……大丈夫だった?」
「コン!」

 言葉は分からないけれど、大きな被害は免れたのだと思う。

「良かったね。……私ね、龍神様にお礼をしに来たんだけど、毎回飛び込むのもどうかと思うんだよね」
「コン!!」
「受け止めるの、重いだろうし」
「コン!?」
「迷惑だろうし」
「コ、コン!? ココン、コンコン!!」
「正直、落ちることよりも……私が行ったら迷惑かも?」
「コンコンコンコンコン!!」
「……そうだよね。龍神様と私じゃ……それに何度も同じ人間を抱きたくないかもしれないし」
「コンゥゥゥ!!」

 よし、帰ろう。そう決心して、立ち上がった瞬間。おとめは後ろから何かに突き飛ばされた。

「え!?」

 崖から湖に落ちながら振り向くと、二足で立ち上がった狐が軽く額を前足で拭っている。それはまるで 良い仕事をしたー とでも言っているようだ。

「ちょっ!? 狐さん!?」

 おとめの叫びも虚しく、身体は湖に着水し、そして龍神の庭へと落ちていった。

「おとめ!!」
「龍神様!!」

 無事にいつも通り龍神の腕に抱えられたおとめは、この場所に来ることを躊躇っていたことを忘れて口をパクパクとさせる。

「あの、その、龍神様。今ね、狐が、二足で立って、狐が立ってドンッて」
「狐……あぁ、狐か。それで、村は落ち着いたか?」

 なんだか、山火事の時の狸と似たような反応をした龍神だが、やはり同じように話を逸らされた。
 きっとおとめが知らないだけで、そんな獣はよくいるのかも知れない。……あまり考えない方が良さそうだ。
 狐は一旦忘れることにして、呼吸を整えて龍神を見る。

「はい。全焼した家も、とりあえず冬は越せるように建て直しました!」
「なら良かった」
「…………心配した」

 抱えてくれる龍神の腕の力が少しだけ増す。

「何の? です?」
「その、贄がなくとも……雨は降らせられる。から、その、今までその事を言わなかった俺を……嫌になったかと」
「!? え!? それはないです!!」
「そうか! 良かった」

 そう言うと、龍神はほんわかと優しい笑みを浮かべた。

「雨を降らせるために、贄は全く意味がなかったんですか?」
「いや、そんなことはない。人間の生命力に触れることによって力は増すからな。だから、おとめの力を貰っていたことになる。まぁその程度だと寿命が縮んだりすることもないから、安心しろ」
「そっか、なら……それ……後払いもできますか?」

 その言葉に、龍神は一瞬分からないというように首を傾げ、すぐに顔を真っ赤にした。

「え!? そ、れは――それはできる、だが」

 自ら抱いて欲しいと伝えるのはとても恥ずかしいが、おとめは龍神をしっかりと見つめる。そんなおとめの視線を少し逸らした龍神は、ほんの少しだけ悩んだように呟いた。

「そうなると、贄……ではなく、普通に、その抱くことになるが……」

 その言葉におとめは首を傾げた。
 今までも普通に抱いていたと思う。
 特に神だからと龍の姿で抱かれたわけでもないし、肉塊は二本あるけれど、それ以外は人間のそれと同じだろう。
 ゆきとこうの情報と猥談程度の知識しかないけれど……。

「はい。普通に抱いて下さい」
「――おとめ」
「あ、その前に! してみたいことがあるんです! いいですか??」
「なんだ? おとめなら構わぬ。なんでも言え」

 そう言われると、なんだか龍神の特別になったような気がして心がくすぐったい。

「あの、お風呂を一緒に――どうですか?」
「風呂?」
「はい!! あんな広いお風呂初めてで、是非お背中流させて下さい!!」

 父親がいれば普通にするらしいことを、おとめは経験したことがなかった。だから、広い風呂があるならしてみたいなと思ったのだ。

「……良いが」
「本当!? 嬉しい!!」
「湯の準備をするから、少し縁側で茶でも飲もう」

 そう言って、龍神はおとめを抱えたまま縁側へ移動していった。
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