17 / 41
人身御供ではない 1
しおりを挟む
龍神の姿を見送ってから、おとめは山を降りた。
こっそりとトヨと合流し、龍神は無事だったと伝えた。突然の雨も龍神の力だと察してくれたようだが、贄がなくても降らせられるという事実はあまり知られない方が良いと思ったらしく、口を噤んで抱き締めてくれた。
それから三日間、龍神の言う通り雨が降り続き山火事は無事に鎮火した。
けれど、いくつかの家は全焼、他にも半壊してしまった家々もあり、雪が降る前にどうにかせねばと手伝いに駆り出され、気付けばあっという間に一週間が過ぎていた。
ようやく少しだけ落ち着いてきたので、おとめはトヨに龍神へお礼をしに行きたいと伝えると、二つ返事で許可してくれた。
そして今、おとめは再び崖の上に立っている。
(なんとなく、覚えてるかなって確認したくてこっちの道で来たけど……着いちゃった)
あの時は、急を要する事態で勢いもあったけれど、今は畔から入っても良いはずだ。
「うーん」
畔から入っても、飛び込んでも、どちらにせよ龍神の屋敷上空から落ちるのには変わらない。
むしろ、落ちなくて良い方法があるなら知りたいくらいだ。
そう。落ちない方法……。
「龍神様を……呼び出す?」
それならば、落ちるおとめを受け止めるという苦労を龍神にさせなくて済むが、結局はお迎えの御足労を頂くことになる。
どっちもどっちだ。
悩みつつ湖を見下ろしていると、隣にいつの間にか美しく少し小さめの狐が座っていた。
「こんにちは、狐さん」
「コン」
「動物達は、山火事……大丈夫だった?」
「コン!」
言葉は分からないけれど、大きな被害は免れたのだと思う。
「良かったね。……私ね、龍神様にお礼をしに来たんだけど、毎回飛び込むのもどうかと思うんだよね」
「コン!!」
「受け止めるの、重いだろうし」
「コン!?」
「迷惑だろうし」
「コ、コン!? ココン、コンコン!!」
「正直、落ちることよりも……私が行ったら迷惑かも?」
「コンコンコンコンコン!!」
「……そうだよね。龍神様と私じゃ……それに何度も同じ人間を抱きたくないかもしれないし」
「コンゥゥゥ!!」
よし、帰ろう。そう決心して、立ち上がった瞬間。おとめは後ろから何かに突き飛ばされた。
「え!?」
崖から湖に落ちながら振り向くと、二足で立ち上がった狐が軽く額を前足で拭っている。それはまるで 良い仕事をしたー とでも言っているようだ。
「ちょっ!? 狐さん!?」
おとめの叫びも虚しく、身体は湖に着水し、そして龍神の庭へと落ちていった。
「おとめ!!」
「龍神様!!」
無事にいつも通り龍神の腕に抱えられたおとめは、この場所に来ることを躊躇っていたことを忘れて口をパクパクとさせる。
「あの、その、龍神様。今ね、狐が、二足で立って、狐が立ってドンッて」
「狐……あぁ、狐か。それで、村は落ち着いたか?」
なんだか、山火事の時の狸と似たような反応をした龍神だが、やはり同じように話を逸らされた。
きっとおとめが知らないだけで、そんな獣はよくいるのかも知れない。……あまり考えない方が良さそうだ。
狐は一旦忘れることにして、呼吸を整えて龍神を見る。
「はい。全焼した家も、とりあえず冬は越せるように建て直しました!」
「なら良かった」
「…………心配した」
抱えてくれる龍神の腕の力が少しだけ増す。
「何の? です?」
「その、贄がなくとも……雨は降らせられる。から、その、今までその事を言わなかった俺を……嫌になったかと」
「!? え!? それはないです!!」
「そうか! 良かった」
そう言うと、龍神はほんわかと優しい笑みを浮かべた。
「雨を降らせるために、贄は全く意味がなかったんですか?」
「いや、そんなことはない。人間の生命力に触れることによって力は増すからな。だから、おとめの力を貰っていたことになる。まぁその程度だと寿命が縮んだりすることもないから、安心しろ」
「そっか、なら……それ……後払いもできますか?」
その言葉に、龍神は一瞬分からないというように首を傾げ、すぐに顔を真っ赤にした。
「え!? そ、れは――それはできる、だが」
自ら抱いて欲しいと伝えるのはとても恥ずかしいが、おとめは龍神をしっかりと見つめる。そんなおとめの視線を少し逸らした龍神は、ほんの少しだけ悩んだように呟いた。
「そうなると、贄……ではなく、普通に、その抱くことになるが……」
その言葉におとめは首を傾げた。
今までも普通に抱いていたと思う。
特に神だからと龍の姿で抱かれたわけでもないし、肉塊は二本あるけれど、それ以外は人間のそれと同じだろう。
ゆきとこうの情報と猥談程度の知識しかないけれど……。
「はい。普通に抱いて下さい」
「――おとめ」
「あ、その前に! してみたいことがあるんです! いいですか??」
「なんだ? おとめなら構わぬ。なんでも言え」
そう言われると、なんだか龍神の特別になったような気がして心がくすぐったい。
「あの、お風呂を一緒に――どうですか?」
「風呂?」
「はい!! あんな広いお風呂初めてで、是非お背中流させて下さい!!」
父親がいれば普通にするらしいことを、おとめは経験したことがなかった。だから、広い風呂があるならしてみたいなと思ったのだ。
「……良いが」
「本当!? 嬉しい!!」
「湯の準備をするから、少し縁側で茶でも飲もう」
そう言って、龍神はおとめを抱えたまま縁側へ移動していった。
こっそりとトヨと合流し、龍神は無事だったと伝えた。突然の雨も龍神の力だと察してくれたようだが、贄がなくても降らせられるという事実はあまり知られない方が良いと思ったらしく、口を噤んで抱き締めてくれた。
それから三日間、龍神の言う通り雨が降り続き山火事は無事に鎮火した。
けれど、いくつかの家は全焼、他にも半壊してしまった家々もあり、雪が降る前にどうにかせねばと手伝いに駆り出され、気付けばあっという間に一週間が過ぎていた。
ようやく少しだけ落ち着いてきたので、おとめはトヨに龍神へお礼をしに行きたいと伝えると、二つ返事で許可してくれた。
そして今、おとめは再び崖の上に立っている。
(なんとなく、覚えてるかなって確認したくてこっちの道で来たけど……着いちゃった)
あの時は、急を要する事態で勢いもあったけれど、今は畔から入っても良いはずだ。
「うーん」
畔から入っても、飛び込んでも、どちらにせよ龍神の屋敷上空から落ちるのには変わらない。
むしろ、落ちなくて良い方法があるなら知りたいくらいだ。
そう。落ちない方法……。
「龍神様を……呼び出す?」
それならば、落ちるおとめを受け止めるという苦労を龍神にさせなくて済むが、結局はお迎えの御足労を頂くことになる。
どっちもどっちだ。
悩みつつ湖を見下ろしていると、隣にいつの間にか美しく少し小さめの狐が座っていた。
「こんにちは、狐さん」
「コン」
「動物達は、山火事……大丈夫だった?」
「コン!」
言葉は分からないけれど、大きな被害は免れたのだと思う。
「良かったね。……私ね、龍神様にお礼をしに来たんだけど、毎回飛び込むのもどうかと思うんだよね」
「コン!!」
「受け止めるの、重いだろうし」
「コン!?」
「迷惑だろうし」
「コ、コン!? ココン、コンコン!!」
「正直、落ちることよりも……私が行ったら迷惑かも?」
「コンコンコンコンコン!!」
「……そうだよね。龍神様と私じゃ……それに何度も同じ人間を抱きたくないかもしれないし」
「コンゥゥゥ!!」
よし、帰ろう。そう決心して、立ち上がった瞬間。おとめは後ろから何かに突き飛ばされた。
「え!?」
崖から湖に落ちながら振り向くと、二足で立ち上がった狐が軽く額を前足で拭っている。それはまるで 良い仕事をしたー とでも言っているようだ。
「ちょっ!? 狐さん!?」
おとめの叫びも虚しく、身体は湖に着水し、そして龍神の庭へと落ちていった。
「おとめ!!」
「龍神様!!」
無事にいつも通り龍神の腕に抱えられたおとめは、この場所に来ることを躊躇っていたことを忘れて口をパクパクとさせる。
「あの、その、龍神様。今ね、狐が、二足で立って、狐が立ってドンッて」
「狐……あぁ、狐か。それで、村は落ち着いたか?」
なんだか、山火事の時の狸と似たような反応をした龍神だが、やはり同じように話を逸らされた。
きっとおとめが知らないだけで、そんな獣はよくいるのかも知れない。……あまり考えない方が良さそうだ。
狐は一旦忘れることにして、呼吸を整えて龍神を見る。
「はい。全焼した家も、とりあえず冬は越せるように建て直しました!」
「なら良かった」
「…………心配した」
抱えてくれる龍神の腕の力が少しだけ増す。
「何の? です?」
「その、贄がなくとも……雨は降らせられる。から、その、今までその事を言わなかった俺を……嫌になったかと」
「!? え!? それはないです!!」
「そうか! 良かった」
そう言うと、龍神はほんわかと優しい笑みを浮かべた。
「雨を降らせるために、贄は全く意味がなかったんですか?」
「いや、そんなことはない。人間の生命力に触れることによって力は増すからな。だから、おとめの力を貰っていたことになる。まぁその程度だと寿命が縮んだりすることもないから、安心しろ」
「そっか、なら……それ……後払いもできますか?」
その言葉に、龍神は一瞬分からないというように首を傾げ、すぐに顔を真っ赤にした。
「え!? そ、れは――それはできる、だが」
自ら抱いて欲しいと伝えるのはとても恥ずかしいが、おとめは龍神をしっかりと見つめる。そんなおとめの視線を少し逸らした龍神は、ほんの少しだけ悩んだように呟いた。
「そうなると、贄……ではなく、普通に、その抱くことになるが……」
その言葉におとめは首を傾げた。
今までも普通に抱いていたと思う。
特に神だからと龍の姿で抱かれたわけでもないし、肉塊は二本あるけれど、それ以外は人間のそれと同じだろう。
ゆきとこうの情報と猥談程度の知識しかないけれど……。
「はい。普通に抱いて下さい」
「――おとめ」
「あ、その前に! してみたいことがあるんです! いいですか??」
「なんだ? おとめなら構わぬ。なんでも言え」
そう言われると、なんだか龍神の特別になったような気がして心がくすぐったい。
「あの、お風呂を一緒に――どうですか?」
「風呂?」
「はい!! あんな広いお風呂初めてで、是非お背中流させて下さい!!」
父親がいれば普通にするらしいことを、おとめは経験したことがなかった。だから、広い風呂があるならしてみたいなと思ったのだ。
「……良いが」
「本当!? 嬉しい!!」
「湯の準備をするから、少し縁側で茶でも飲もう」
そう言って、龍神はおとめを抱えたまま縁側へ移動していった。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。
水鏡あかり
恋愛
姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。
真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。
しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。
主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
【R18】軍人彼氏の秘密〜可愛い大型犬だと思っていた恋人は、獰猛な獣でした〜
レイラ
恋愛
王城で事務員として働くユフェは、軍部の精鋭、フレッドに大変懐かれている。今日も今日とて寝癖を直してやったり、ほつれた制服を修繕してやったり。こんなにも尻尾を振って追いかけてくるなんて、絶対私の事好きだよね?絆されるようにして付き合って知る、彼の本性とは…
◆ムーンライトノベルズにも投稿しています。
黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました
Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。
そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて――
イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる