【R18】雨乞い乙女は龍神に身を捧げて愛を得る

麦飯 太郎

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平穏なひととき

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 あの日、おとめは山の中腹にある岩穴で目を覚ました。
 男物の着物の上で寝かされ、同じように男物の着物を掛けられていた。その香りから、着物は龍神のものだと分かり、丁寧に畳んで持ち帰って保管してある。
 着ていた打掛も畳まれていたので、とりあえず長襦袢を羽織って家に戻ると、山に入ってから、約一日経っていた。
 戻ってきたおとめに、母のトヨは号泣しながら飛びついてきた。
 仔細を報告し、龍神はとても優しかったと伝えたけれど……トヨとしては贄になることを止められなかったと後悔しているようだ。
 本当に、おとめは心から初めてが龍神で良かったと思っているのだけれど、きっと強がっていると思われているのだろう。
 それは村でも同様だ。
 まさかおとめが帰ってくると思わなかった村の人々は、奇跡の子として勝手に崇めるように扱ってくれた。
 まさに身を捧げて村を守った、純潔を失っても気丈に振る舞う神の遣いのような扱い。
 ……が、それも雨が降った一週間だけだった。
 村はまた日照りが続き、一ヶ月もすればまた田畑の砂から水分が消えていった。

「もうすぐ秋雨の季節なのにねぇ」

 よく晴れた雲ひとつ見えない空をトヨが見上げ、おとめも同じように見上げる。

「龍神様は本当に何もお怒りじゃなかったの?」
「何も。……むしろ……」

 この天気も龍神は何も知らないのだろう。ただの自然の摂理なのだと思う。それならば人間はそれを受け入れるべきだ。

「むしろ?」
「ううん! なんでもないの。川に行ってくるね」

 そんなことをトヨに話しても致し方ないと思い、おとめは家を出て川へやってきた。
 そこで、数人の見知った顔を見つけて手を振る。

「ゆきちゃん、こうちゃん!」
「あら、おとめちゃん。水汲み?」
「うん。二人も?」
「そ。おばぁが顔くらいは冷たい水がいいってわがまま言うんだよ。なら自分で汲んで欲しいわ」

 体格の良いゆきは文句を言いながらも、大きな桶に水を軽い手つきで入れていく。おとめもその隣で水を汲み始めた。

「でもさ、おばぁさんにも良くしてもらってんでしょ?」
「まぁねぇ~。娘みたいに可愛がってもらってるさ。こうちゃんだってそうでしょ?」
「そうだね。うちの同居は義父母だけだけど、旦那が一人っ子だからさ。女の子も欲しかったーとか言って、もう二人共すっかり私の味方よ」
「はははっ、さすが! したたか女!!」

 ゆきとこう。二人とも昨年結婚をしたけれど、珍しく二人とも村内での恋愛結婚だ。なので、どちらの家もどちらの実家も知っている気の知れた関係というやつで、おとめは少し羨ましくもある。
 ふと、結婚するなら……と龍神の顔を思い出し、そんなことは絶対無いと頭を振った。

「………………なによ」

 そんなおとめを、ニマニマと頬を緩めた悪い顔のゆきとこうが見ている。

「おとめちゃーん。龍神様のこと考えてたでしょぉ?」
「え!? そんな、いや!!」

 何故か嬉しそうなゆきが、一歩近づき真隣へ座る。すると反対側もこうが座り、完全におとめは挟み撃ちにされてしまった。

「もー!! 良いんだって!! また聞かせてよ! 龍神様の話!!」

 何を隠そう、おとめはもう既にこの二人には何もかも話しているのだ。
 実は、人身御供の話が決まり贄におとめが選ばれた時、おとめと仲が良いからという理由で二人には全く話が伝わっていなかったらしい。
 雨が降って、噂を聞いて、村長に二人で問いつめ 老人の男でも娶ってもらえるかもしれないわよ と冷たい目で脅したと聞いた時は大笑いしてしまった。

「もう全部話したってぇ!」
「そうだけどさぁ。おとめが男の人の話するなんて今までほとんどなかったでしょ? だから嬉しいのよ」

 こうが優しく微笑み、頭を撫でてくる。時折あるその行為を、おとめは嫌いではなかった。

「……新しいことなんてないけど……。ちょっとだけ、二人が羨ましいなって」
「………………おとめちゃん」

 ハッとしておとめは 平気だよ! と立ち上がる。その様子を二人はしゃがんだまま見上げてきた。

「ほら!! 確かにさ、龍神様が初めてだったから、私の中で特別には違いないんだけどね? でも、ちゃんと人間と結婚しなきゃでしょ? 大丈夫だから! 村……の男とは結婚できなくても、どっかもしかしたら帝都とかで奇特な人が貰ってくれるかもしれないでしょ?」

 わざとらしい明るさが、不自然過ぎるのはおとめにもよく分かっていた。なので、誤魔化すように頬をかいたが、より不自然さを増してしまった。

「おとめちゃん、龍神様と結婚したいの?」
「……………………できないよ」

 ゆきの言葉に、おとめは心の中が冷静になっていくのを感じた。まるで目の前の水の少ない頼りない川に頭まで浸かったように冷たい。

「私は人間だし、ただの人身御供の贄だったんだもん。儀式で抱いてもらっただけだから」

 ニコリと笑ったけれど上手く笑えていたか……おとめにはよく分からないけれど、二人の友人はおとめの代わりに至極辛そうな表情をしてくれた。
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