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10.5.マラウイ
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(『』は英語での会話です)
華月の教え方は……厳しかった。多分、敢えてそうしていたのだと思う。サボったりはしなかったが、日本から、いや、都心にすら出たことのないこちらを心配してくれていたのだと思う。
飛行機に乗るまで、ずっと天花と付いてきてくれたくらいだ。本人は「天花とデートのついでだ」なんて言っていたが、わざわざ遠い国際空港まで付き添ってくれたのはやはり心強かった。
最低限の英語はすぐに教育係の天狗から太鼓判を貰った。その上で、更に会話を少し出来るくらいにはなった。言葉の違いは面白いと感じ、帰国してからもその天狗に教えを乞うことにしている。
日本から飛行機を二回乗り換え、首都のリロングウェまで約二日の移動時間はずっとソワソワとした気持ちであまり眠れなかった。
「リロングウェに到着したけど……なんか、飛行機乗ってるだけだから全然移動した感じはしない……のに、ここはアフリカなんだよなぁ……」
空港を出ると、日本とは違う湿度の少ない空気に思わず咳き込んだ。すぐに慣れたけれど、水分は十分に補給した方が良さそうだ。
「日本と違って、水はちゃんと買えって言われたもんなぁ」
川の水をごくごくと飲んでいた幼少期だったので、水道代という代金請求もそうだけれど、水を買うという行為が不思議だった。
改めて周りを見渡すと、日本人とは違う人種というのがよく分かる。怖いという感覚はないけれど、なんとなく日本語が通じないのだという緊張感はあった。
しかし、文字は読めなくともなんとなくそれが何を示すのかは分かった。
(とりあえず、移動中の食料調達しよう)
スーパーマーケット……とは言い難い小さな商店に入る。英語表記で『ウォーター』と書いていあるペットボトルの栓が開栓済でないことを確認し、多めに手に取る。米は持ってきたので火があれば炊けるだろう。あとは缶詰もあるのでおかずもひとまず心配無いが、食事以外の栄養補給のためにチョコレートや羊羹もある。
水だけの会計を済ませようとしたけれど、店員の女性はどうやら英語が通じないらしい。
『ごめん、英語で』
「――!? ――~!!」
何か怒っている雰囲気は感じるが、全く分からない。お金が足りないのか? 両替はしたので通貨は問題ないはずだ。
すると、後ろに並んでいたガタイの良い中年男性が割って入ってきた。
『どうした?』
『あ、僕は英語しか話せない』
『なるほど』
そう言うと男は店員と話し始めた。そして、店員は納得したようにお金を受け取り、釣りを渡してくれた。
男は自分の会計を済ませ、立ち去ろうとしたので思わず呼び止めてしまった。
『なんだ?』
『ありがとう』
『構わない。それより水だけでいいのか?』
『米がある』
『そうか。……お前、中国人か?』
『いや、日本人』
すると不思議そう眺めてから、背負っている荷物を指す。
『どこ行くんだ? 自転車か?』
『歩き』
自炊用品や簡易テント、最低限の服と食料品だけでもかなりの大荷物だ。両手が開くように大きなリュックはパツンパツンに膨れている。
重いけれど、歩けないほどではない。それに体力には自信がある……というか自転車に乗れないのだ。方法が歩きしかない。悲しいけれどそれだけだ。
『ふーん、歩いてどこまで行くんだ?』
『ムジンバ。知ってる? 方向教えて』
そう言うと、男は目を瞬かせた。訝しげにこちらを見下ろす。
『は? 歩きだよな?』
『うん!』
『本気か? あそこまで歩きだと何日かかるかわかってんだ? っていうか、途中なんもねぇぞ? 象はいないけど、野生の動物のパラダイスだ』
むしろ象は見てみたかったなと思いつつ、長くても時間がかかっても行かなきゃいけないと伝えると男は大笑いをした。
ひとしきり笑うと、突然肩を組まれ歩き出す。
『ストップストップ! どこ行くの?』
『俺はな、トラックの運転手だ! ムジンバまでは行かないけど、途中のカスングまでは行くぞ。そこまで乗せてってやる』
『いいの!?』
『あぁ、一人で暇してたしな。乗車賃は昼飯奢りでどうだ?』
それくらいならお安い御用だ。ありがとうと伝えると男は満面の笑みで『ジミーと呼べ』と返事をした。
ジミーのトラックは古い日本車だった。高かったが、故障も少なく長持ちしているらしい。それ故に、日本は大好きだという。日本贔屓のようだが、日本人に会ったのは初めてらしい。
『まぁ、日本がどこかって地図を見せられてもよく分からなんけどな。遠い小さな島国らしいな』
『こんな真っ直ぐで、何も無い道はほとんど無いよ』
と言ってみたが、自分自身もあの集落から殆ど出たことがないのでよく分からない。飛行機に乗る前に都市部に行き、人の多さに目が眩みそうになった。
都市部の暮らしに憧れはしたが、忙しなく歩く人々を見ていると、実際に住めるのだろうかと悩んでしまう。
鍵をかけ忘れても、隣のおばぁちゃんが作り過ぎた煮物を縁側に置いておくのも、それでも平気な集落だ。僕にはきっとそれくらいが合っているのだと今は思う。
一本の道をひたすら曲がることも無くトラックは走る。その間、たまにトラックとすれ違うだけで、乗用車を殆ど見かけない。
『トラックじゃない車は無いの?』
『ん? あぁ、全然無いな!! というか自転車を持ってる奴も少ないな。この国は』
『……ジミーはこの国の人じゃないの?』
『あぁ。俺は荷物運ぶのにたまたま来ただけだから。この国は特に貧しいぞ。移動手段は歩きだけだ。だから、水を運ぶのも、病院に行くのだって歩きだ。そもそも、病院に行けるのは金持ちだけだけど』
『水は……重いでしょ?』
そう言うと、ジミーは困ったように笑い、『飲まないと死ぬからな』と言った。
日本はそこかしこに山の恵みである清らかな水が流れている。しかし、ここは水を貯めておける山が少ない。山を流れた水は健やかな木々や土によって濾過されるが、それも無いのだろう。
昨今は日本も自然保護が進み、実際に集落のある山々は保護対象区域にしていされている。天狗の山もそうだ。……いや、天狗の山については天狗一族が保護区域にするように働いたらしいが、そのような地域が増えているのは事実だ。
そして、清らかな水を更に浄化設備で飲料可能にし、蛇口を捻ればとめどなく流れる水道水になる。本当に恵まれているのだ。
当たり前だったもののありがたさ……それは人にも言えることだ。当たり前に居てくれた蓮や兄弟、そして恭吾も華月も、人間になっても当然というように手助けをしてくれる。
その者達は僕よりもずっとずっと長生きをする。ずっとずっと短い命だからこそ、僕はその有り難さに感謝して生きなければ。
……そして、短いからこそハルトと一秒でも長く共に生きたいと願う。
「早く会いたい」
『何か言ったか?』
『いや、もっと話聞かせてよ!』
そう言うと、ジミーは太陽のように爽やかで眩しい笑顔で『昼飯にビール追加な』と言ってきた。
華月の教え方は……厳しかった。多分、敢えてそうしていたのだと思う。サボったりはしなかったが、日本から、いや、都心にすら出たことのないこちらを心配してくれていたのだと思う。
飛行機に乗るまで、ずっと天花と付いてきてくれたくらいだ。本人は「天花とデートのついでだ」なんて言っていたが、わざわざ遠い国際空港まで付き添ってくれたのはやはり心強かった。
最低限の英語はすぐに教育係の天狗から太鼓判を貰った。その上で、更に会話を少し出来るくらいにはなった。言葉の違いは面白いと感じ、帰国してからもその天狗に教えを乞うことにしている。
日本から飛行機を二回乗り換え、首都のリロングウェまで約二日の移動時間はずっとソワソワとした気持ちであまり眠れなかった。
「リロングウェに到着したけど……なんか、飛行機乗ってるだけだから全然移動した感じはしない……のに、ここはアフリカなんだよなぁ……」
空港を出ると、日本とは違う湿度の少ない空気に思わず咳き込んだ。すぐに慣れたけれど、水分は十分に補給した方が良さそうだ。
「日本と違って、水はちゃんと買えって言われたもんなぁ」
川の水をごくごくと飲んでいた幼少期だったので、水道代という代金請求もそうだけれど、水を買うという行為が不思議だった。
改めて周りを見渡すと、日本人とは違う人種というのがよく分かる。怖いという感覚はないけれど、なんとなく日本語が通じないのだという緊張感はあった。
しかし、文字は読めなくともなんとなくそれが何を示すのかは分かった。
(とりあえず、移動中の食料調達しよう)
スーパーマーケット……とは言い難い小さな商店に入る。英語表記で『ウォーター』と書いていあるペットボトルの栓が開栓済でないことを確認し、多めに手に取る。米は持ってきたので火があれば炊けるだろう。あとは缶詰もあるのでおかずもひとまず心配無いが、食事以外の栄養補給のためにチョコレートや羊羹もある。
水だけの会計を済ませようとしたけれど、店員の女性はどうやら英語が通じないらしい。
『ごめん、英語で』
「――!? ――~!!」
何か怒っている雰囲気は感じるが、全く分からない。お金が足りないのか? 両替はしたので通貨は問題ないはずだ。
すると、後ろに並んでいたガタイの良い中年男性が割って入ってきた。
『どうした?』
『あ、僕は英語しか話せない』
『なるほど』
そう言うと男は店員と話し始めた。そして、店員は納得したようにお金を受け取り、釣りを渡してくれた。
男は自分の会計を済ませ、立ち去ろうとしたので思わず呼び止めてしまった。
『なんだ?』
『ありがとう』
『構わない。それより水だけでいいのか?』
『米がある』
『そうか。……お前、中国人か?』
『いや、日本人』
すると不思議そう眺めてから、背負っている荷物を指す。
『どこ行くんだ? 自転車か?』
『歩き』
自炊用品や簡易テント、最低限の服と食料品だけでもかなりの大荷物だ。両手が開くように大きなリュックはパツンパツンに膨れている。
重いけれど、歩けないほどではない。それに体力には自信がある……というか自転車に乗れないのだ。方法が歩きしかない。悲しいけれどそれだけだ。
『ふーん、歩いてどこまで行くんだ?』
『ムジンバ。知ってる? 方向教えて』
そう言うと、男は目を瞬かせた。訝しげにこちらを見下ろす。
『は? 歩きだよな?』
『うん!』
『本気か? あそこまで歩きだと何日かかるかわかってんだ? っていうか、途中なんもねぇぞ? 象はいないけど、野生の動物のパラダイスだ』
むしろ象は見てみたかったなと思いつつ、長くても時間がかかっても行かなきゃいけないと伝えると男は大笑いをした。
ひとしきり笑うと、突然肩を組まれ歩き出す。
『ストップストップ! どこ行くの?』
『俺はな、トラックの運転手だ! ムジンバまでは行かないけど、途中のカスングまでは行くぞ。そこまで乗せてってやる』
『いいの!?』
『あぁ、一人で暇してたしな。乗車賃は昼飯奢りでどうだ?』
それくらいならお安い御用だ。ありがとうと伝えると男は満面の笑みで『ジミーと呼べ』と返事をした。
ジミーのトラックは古い日本車だった。高かったが、故障も少なく長持ちしているらしい。それ故に、日本は大好きだという。日本贔屓のようだが、日本人に会ったのは初めてらしい。
『まぁ、日本がどこかって地図を見せられてもよく分からなんけどな。遠い小さな島国らしいな』
『こんな真っ直ぐで、何も無い道はほとんど無いよ』
と言ってみたが、自分自身もあの集落から殆ど出たことがないのでよく分からない。飛行機に乗る前に都市部に行き、人の多さに目が眩みそうになった。
都市部の暮らしに憧れはしたが、忙しなく歩く人々を見ていると、実際に住めるのだろうかと悩んでしまう。
鍵をかけ忘れても、隣のおばぁちゃんが作り過ぎた煮物を縁側に置いておくのも、それでも平気な集落だ。僕にはきっとそれくらいが合っているのだと今は思う。
一本の道をひたすら曲がることも無くトラックは走る。その間、たまにトラックとすれ違うだけで、乗用車を殆ど見かけない。
『トラックじゃない車は無いの?』
『ん? あぁ、全然無いな!! というか自転車を持ってる奴も少ないな。この国は』
『……ジミーはこの国の人じゃないの?』
『あぁ。俺は荷物運ぶのにたまたま来ただけだから。この国は特に貧しいぞ。移動手段は歩きだけだ。だから、水を運ぶのも、病院に行くのだって歩きだ。そもそも、病院に行けるのは金持ちだけだけど』
『水は……重いでしょ?』
そう言うと、ジミーは困ったように笑い、『飲まないと死ぬからな』と言った。
日本はそこかしこに山の恵みである清らかな水が流れている。しかし、ここは水を貯めておける山が少ない。山を流れた水は健やかな木々や土によって濾過されるが、それも無いのだろう。
昨今は日本も自然保護が進み、実際に集落のある山々は保護対象区域にしていされている。天狗の山もそうだ。……いや、天狗の山については天狗一族が保護区域にするように働いたらしいが、そのような地域が増えているのは事実だ。
そして、清らかな水を更に浄化設備で飲料可能にし、蛇口を捻ればとめどなく流れる水道水になる。本当に恵まれているのだ。
当たり前だったもののありがたさ……それは人にも言えることだ。当たり前に居てくれた蓮や兄弟、そして恭吾も華月も、人間になっても当然というように手助けをしてくれる。
その者達は僕よりもずっとずっと長生きをする。ずっとずっと短い命だからこそ、僕はその有り難さに感謝して生きなければ。
……そして、短いからこそハルトと一秒でも長く共に生きたいと願う。
「早く会いたい」
『何か言ったか?』
『いや、もっと話聞かせてよ!』
そう言うと、ジミーは太陽のように爽やかで眩しい笑顔で『昼飯にビール追加な』と言ってきた。
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