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6.募る想い
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蓮の屋敷に別れを告げ、六次の家……これからは自宅となる家に華月から貰った服を置いてから、ハルトの入院している病院に向かった。
その途中、チラチラと人に見られている気がしたが、どうやらそれはこの着物姿にあったらしい。知らないおばあさんに「良い着物だね、よく似合ってる」と言われた上に、病院で知らない女性にも「素敵です」なんて言われてしまった。
目立ちたくない訳では無いが、動きやすさも考慮して普段は洋服に変えた方が良いかもしれない。
「ハルト、体調はどう?」
病室に入ると、寝ていたハルトが身体を起こす。
「無理しないで」
サッと近付いて背中を支えると、ハルトはクスクスと笑った。
「なんで笑うの?」
「いや、見てよ。包帯も取れたし、あと数日で退院できるんだよ? 重病でも重傷でもないんだから、そんなに気を使わないでよ」
「死にかけたくせに」
確かに死に際をさ迷ったハルトだが、脅威の回復力と怪我の場所はどこも致命傷に至らない所だったらしい。医師も、記憶喪失だけが残念な部分だが全てが奇跡に近いと言っていた。
「お父さんには?」
「連絡したよ。生きてるならオッケーだってさ、辺鄙な所にいるらしくて通話で充分って言われた」
「そっか、いいね。信頼してるんだよ」
そう言うとハルトは放置しているだけだと笑ったが、本当に信頼しているのだと思う。でなければ、下手したら一年に一度も会えない息子が知らない土地で怪我をしたと知れば、もうそんなことは辞めろと言うと思う。辞めろまでいかなくとも、とりあえず合流を勧めるだろう。
「六花は?」
「え?」
「六花の家族は? いるんでしょ?」
どこまで話そうかと悩むが、隠すことは特にない。後々、六次の戸籍なんかを見られたらおかしいと気付くだろうが、僕自身ですら、今後見る機会はほとんど無いと思うからだ。
「いるよ。僕は三つ子なんだ」
「え!? 三つ子!?」
目を瞬かせて驚くハルトに、笑いながら話を続ける。
「そう。でも両親は知らないんだ。幼い頃に引き取ってくれた人が親代わりに育ててくれたんだ。今は一人は嫁に行って、一人は家に残ってる、で、僕は一人て暮らしてる感じかな。その育ての親に素敵な人が現れてね、今はその人との間に子供が産まれて賑やかだよ」
「そっかぁ。いいなぁ。俺は兄弟がいないから羨ましい。六花は一番下?」
「え? うん。なんで?」
「なんとなく。そっか。そしたらお兄さんとお姉さんがいるの? それともお姉さん二人?」
「みんな男だよ?」
そう言うと、ハルトはまた目を開き小さく「そっか」と呟いた。
「あぁ、そうだ。退院したらしばらくの間は僕の家に泊まるといいよ」
「え? でも」
「さっき先生に廊下で会って、退院しても急に倒れたりってあるから出来る限り傍にいられるかって頼まれたんだよ。うちなら部屋も余ってるし、ハルトなら大歓迎なんだけど?」
少し悩んだようだが、ハルトはすぐに頷いてくれた。決まったならば、今日は帰ってから大掃除をしなければ。
ここ数日で、六次が着ていた服や使っていたものを箱に入れて屋根裏にしまった。それはきっと捨ててもいいようなものなのだろう。でも、彼の生きた証は残しておきたかった。
華藤六次は確かに生きていた。と。
それでも人に見つかれば「誰のものだ」と怪しまれる可能性もあるので、厳重に封をしたのだ。
少し思いに耽ってから、顔を上げる。
ハルトが不思議そうに首を傾げたが、ただ笑顔で「二人暮しなんて楽しみだな」と伝えたのだった。
ハルトは何事もなく退院し、その日から共に暮らすようになった。最初の三日こそ、のんびりと過ごしてもらっていたが、その後は料理や掃除、洗濯やハルトの住んでいた家の掃除もして、更には六次が残していた畑の作業を手伝ってくれた。
毎日、何かしらやることがあるので、そこそこ忙しい。
それに、たまに風花が顔を見せに来てくれた。ハルトが風呂に入っている時を見計らって、料理の差し入れをしてくれるので、こちらも買っておいた調味料等々を渡している。今では「六花が人間になったから正直助かってる」と笑って話すので、なんだか不思議な気分だ。
人間として上手くやっていると思う。最初は戸惑っていた様々な機械も今ではほぼ使えるようになった。説明書があれば、どうにかなるものだ。
「明日の朝、雑貨屋に行くけどハルトはどうする?」
「一緒に行く! おばぁさん、今度はなんだって?」
「扇風機の調子が悪いってさ」
もはや、街の何でも屋さんのような仕事だが、どうやらそれは六次がずっと続けていたことだったようなのでそれを引き継いでいる。
収穫を手伝って欲しい、修理をして欲しい、少しの間だけ子供の面倒を見ておいて欲しい等々……内容は多岐にわたるが、どれも街では不可欠なようだ。
しかし、その手伝い賃は微々たるものだった。時には食事をご馳走になって終わり、なんてこともあるほどだ。
それだけでは収入はあってないようなものだが、ありがたいことになんと六次は都心にマンションを持っていたのだ。なので豪華な生活をしなければ、田舎暮しには事足りる所得がある。それを大事にして、今後も生活を続けていこうと考えている。
「おばぁさんさ。六花のこと大好きだよな」
「え、そう?」
「うん。この前だって呼び出してただろ?」
「あれは、エアコンが本当に壊れてたじゃん」
「そうだけどさ」
何故かハルトは不満そうに呟き、縁側に座った。
既に初夏の日が何日も続く七月初旬。事故から一ヶ月が経過し、医者から通院はもうしなくていいと言われた。借家として家賃は払ってくれているので、戻ってもいいのだと伝えたが、ハルトはここが居心地が良いと言って出ていかなかったので、今も二人で暮らしている。
「明日は午後から夏祭りの神輿出したり忙しいんだし、朝くらいゆっくりすればいいのに」
「羽の部分を掃除すればすぐ直るよ。ハルトは寝てる?」
「だから、行くって!!」
「ハルトが居てくれて、僕も助かる。ありがとう」
冷たいお茶を入れたコップを渡すと、一気に飲み干して寝転ぶ。
「暑い……」
「もっと暑くなるよ」
「日本の夏は、湿度が酷いから髪がまとまらない」
目を閉じたハルトの髪をひと房持ち上げる。サラサラと滑り落ちていく髪は、いつだって輝きを放ち美しい。
そんな臭い言葉を言えずに、手を離した。
「秋になれば、ここは紅葉が美しいんだよ。山の中に入れば木の実も沢山あるし、キノコも取り放題だ。冬は寒いけど、温泉が身に染みる。この家は温泉を直接ひいてるから、温度調節は難しいけど」
「冬……か……」
ハルトは薄く瞼を開き、眩しそうに手をかざす。その言葉と行動で、ハルトは冬まではいるつもりが無いのだと悟った。
もともと数ヶ月の滞在予定だったのが、事故で伸びていただけだ。……いつまで、ハルトは隣にいてくれるのだろう。
人間になって、一緒に暮らして、親しくなったつもりでいたが、それでもあくまでも家の貸借の関係でしかない。
「そ、冬!! 鍋も美味しいし、餅もつかないと。寒ければ寒いほど忙しくなるよ」
しんみりとするのが嫌でわざと大袈裟に明るく言うと、ハルトは小さく「手伝うよ」と言ってくれた。
その途中、チラチラと人に見られている気がしたが、どうやらそれはこの着物姿にあったらしい。知らないおばあさんに「良い着物だね、よく似合ってる」と言われた上に、病院で知らない女性にも「素敵です」なんて言われてしまった。
目立ちたくない訳では無いが、動きやすさも考慮して普段は洋服に変えた方が良いかもしれない。
「ハルト、体調はどう?」
病室に入ると、寝ていたハルトが身体を起こす。
「無理しないで」
サッと近付いて背中を支えると、ハルトはクスクスと笑った。
「なんで笑うの?」
「いや、見てよ。包帯も取れたし、あと数日で退院できるんだよ? 重病でも重傷でもないんだから、そんなに気を使わないでよ」
「死にかけたくせに」
確かに死に際をさ迷ったハルトだが、脅威の回復力と怪我の場所はどこも致命傷に至らない所だったらしい。医師も、記憶喪失だけが残念な部分だが全てが奇跡に近いと言っていた。
「お父さんには?」
「連絡したよ。生きてるならオッケーだってさ、辺鄙な所にいるらしくて通話で充分って言われた」
「そっか、いいね。信頼してるんだよ」
そう言うとハルトは放置しているだけだと笑ったが、本当に信頼しているのだと思う。でなければ、下手したら一年に一度も会えない息子が知らない土地で怪我をしたと知れば、もうそんなことは辞めろと言うと思う。辞めろまでいかなくとも、とりあえず合流を勧めるだろう。
「六花は?」
「え?」
「六花の家族は? いるんでしょ?」
どこまで話そうかと悩むが、隠すことは特にない。後々、六次の戸籍なんかを見られたらおかしいと気付くだろうが、僕自身ですら、今後見る機会はほとんど無いと思うからだ。
「いるよ。僕は三つ子なんだ」
「え!? 三つ子!?」
目を瞬かせて驚くハルトに、笑いながら話を続ける。
「そう。でも両親は知らないんだ。幼い頃に引き取ってくれた人が親代わりに育ててくれたんだ。今は一人は嫁に行って、一人は家に残ってる、で、僕は一人て暮らしてる感じかな。その育ての親に素敵な人が現れてね、今はその人との間に子供が産まれて賑やかだよ」
「そっかぁ。いいなぁ。俺は兄弟がいないから羨ましい。六花は一番下?」
「え? うん。なんで?」
「なんとなく。そっか。そしたらお兄さんとお姉さんがいるの? それともお姉さん二人?」
「みんな男だよ?」
そう言うと、ハルトはまた目を開き小さく「そっか」と呟いた。
「あぁ、そうだ。退院したらしばらくの間は僕の家に泊まるといいよ」
「え? でも」
「さっき先生に廊下で会って、退院しても急に倒れたりってあるから出来る限り傍にいられるかって頼まれたんだよ。うちなら部屋も余ってるし、ハルトなら大歓迎なんだけど?」
少し悩んだようだが、ハルトはすぐに頷いてくれた。決まったならば、今日は帰ってから大掃除をしなければ。
ここ数日で、六次が着ていた服や使っていたものを箱に入れて屋根裏にしまった。それはきっと捨ててもいいようなものなのだろう。でも、彼の生きた証は残しておきたかった。
華藤六次は確かに生きていた。と。
それでも人に見つかれば「誰のものだ」と怪しまれる可能性もあるので、厳重に封をしたのだ。
少し思いに耽ってから、顔を上げる。
ハルトが不思議そうに首を傾げたが、ただ笑顔で「二人暮しなんて楽しみだな」と伝えたのだった。
ハルトは何事もなく退院し、その日から共に暮らすようになった。最初の三日こそ、のんびりと過ごしてもらっていたが、その後は料理や掃除、洗濯やハルトの住んでいた家の掃除もして、更には六次が残していた畑の作業を手伝ってくれた。
毎日、何かしらやることがあるので、そこそこ忙しい。
それに、たまに風花が顔を見せに来てくれた。ハルトが風呂に入っている時を見計らって、料理の差し入れをしてくれるので、こちらも買っておいた調味料等々を渡している。今では「六花が人間になったから正直助かってる」と笑って話すので、なんだか不思議な気分だ。
人間として上手くやっていると思う。最初は戸惑っていた様々な機械も今ではほぼ使えるようになった。説明書があれば、どうにかなるものだ。
「明日の朝、雑貨屋に行くけどハルトはどうする?」
「一緒に行く! おばぁさん、今度はなんだって?」
「扇風機の調子が悪いってさ」
もはや、街の何でも屋さんのような仕事だが、どうやらそれは六次がずっと続けていたことだったようなのでそれを引き継いでいる。
収穫を手伝って欲しい、修理をして欲しい、少しの間だけ子供の面倒を見ておいて欲しい等々……内容は多岐にわたるが、どれも街では不可欠なようだ。
しかし、その手伝い賃は微々たるものだった。時には食事をご馳走になって終わり、なんてこともあるほどだ。
それだけでは収入はあってないようなものだが、ありがたいことになんと六次は都心にマンションを持っていたのだ。なので豪華な生活をしなければ、田舎暮しには事足りる所得がある。それを大事にして、今後も生活を続けていこうと考えている。
「おばぁさんさ。六花のこと大好きだよな」
「え、そう?」
「うん。この前だって呼び出してただろ?」
「あれは、エアコンが本当に壊れてたじゃん」
「そうだけどさ」
何故かハルトは不満そうに呟き、縁側に座った。
既に初夏の日が何日も続く七月初旬。事故から一ヶ月が経過し、医者から通院はもうしなくていいと言われた。借家として家賃は払ってくれているので、戻ってもいいのだと伝えたが、ハルトはここが居心地が良いと言って出ていかなかったので、今も二人で暮らしている。
「明日は午後から夏祭りの神輿出したり忙しいんだし、朝くらいゆっくりすればいいのに」
「羽の部分を掃除すればすぐ直るよ。ハルトは寝てる?」
「だから、行くって!!」
「ハルトが居てくれて、僕も助かる。ありがとう」
冷たいお茶を入れたコップを渡すと、一気に飲み干して寝転ぶ。
「暑い……」
「もっと暑くなるよ」
「日本の夏は、湿度が酷いから髪がまとまらない」
目を閉じたハルトの髪をひと房持ち上げる。サラサラと滑り落ちていく髪は、いつだって輝きを放ち美しい。
そんな臭い言葉を言えずに、手を離した。
「秋になれば、ここは紅葉が美しいんだよ。山の中に入れば木の実も沢山あるし、キノコも取り放題だ。冬は寒いけど、温泉が身に染みる。この家は温泉を直接ひいてるから、温度調節は難しいけど」
「冬……か……」
ハルトは薄く瞼を開き、眩しそうに手をかざす。その言葉と行動で、ハルトは冬まではいるつもりが無いのだと悟った。
もともと数ヶ月の滞在予定だったのが、事故で伸びていただけだ。……いつまで、ハルトは隣にいてくれるのだろう。
人間になって、一緒に暮らして、親しくなったつもりでいたが、それでもあくまでも家の貸借の関係でしかない。
「そ、冬!! 鍋も美味しいし、餅もつかないと。寒ければ寒いほど忙しくなるよ」
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