6 / 22
4.別れ
しおりを挟む
防犯意識の欠けらも無い、鍵の開いている玄関を思い切り開く。ずぶ濡れのレインコートを脱ぎ捨て、部屋に急ぐ。
「じぃちゃん!!」
寝室の真ん中でいつものように横になっているじぃちゃんに寄り添うように、蓮、恭吾、風花、そして風花に抱かれた銀花が座っていた。
「六花、遅い」
案の定、風花は棘のある声をこちらに放つ。それに何も返せずに言葉に詰まっていると、蓮がそっと自身の横の畳に触れた。
「六花。こちらにいらっしゃい」
「……はい」
そっと近付き、じぃちゃんの顔の横に座る。昨日までは楽そうだった呼吸が、今はヒューヒューと抜けるような音を出し、今にも途切れそうなほどに細く力が無い。
あと何回、この呼吸をすることが出来るのだろうか。これが終われば苦しまずに死ぬのだろうか。魂はどこに向かい、また戻ってくるのだろうか。また会えるのだろうか。
鬼の自分はきっと長生きするから、同じ魂の人間と……いや。同じ魂でも、じぃちゃんは一人だ。今まで、遊んでくれて、沢山のことを教えてくれたじぃちゃんはただ一人だ。
「じぃ……ちゃん」
「おぉ、六花、か」
「遅くなってごめんね」
「いや、――ハルトは、ゴホッゴホッ、無事か?」
やはり、病院が連絡していたのはじぃちゃんだった。痩せ細ったじぃちゃんの手を取り、ニコリと笑う。
「うん。手術は成功したって。安定してるらしい。僕は……家族じゃないし、大人じゃないから会えなかった」
そう言うと、隣の蓮と恭吾が何かを察したようで視界の端でピクリと動いた気がした。しかし、今はじぃちゃんとの会話中なので、敢えて元気に「じぃちゃん、今度はお見舞いに行こう」と言うと、じぃちゃんは困ったように笑った。
「ゴホッ、無事なら良かった……でも、見舞いは……無理じゃろうな」
「そんな! 元気になるんだよ!! 絶対!! だから、蓮様達が来たんだよね?」
縋るような目で蓮を見たが、蓮はいつもの笑顔を消して至極真面目な顔で真っ直ぐと見つめてきた。その瞳が、今から決定的なことを告げると言ってきているようで、逸らしたくなる。
「六花。私達は、おじいさんにお礼を言いに来たんです」
「お礼……?」
「いつも六花を良くして下さり、ありがとうございました……と」
ありがとうございます。ではなく、ありがとうございました。……終わりだ。全てが終わるのだ。頭を鈍器で叩かれたような気分に、涙がツーッと頬を伝う。
言葉に出来ないでいると、じぃちゃんは咳をしながら握る手に力を入れてくれた。
「ゴホッゴホッ、いやいや、いつも楽しかった。こちらこそ、ありがとうございました」
じぃちゃんまで何を言っているんだ。きっと、蓮ならばどうにか出来るのではないか。何か打開策があるはずだ。働かない思考回路を必死になって叩き起こそうとしていると、じぃちゃんはふっと笑いながら手を伸ばし頬に触れてきた。
「六花、ワシの名をしってるか?」
「え? もちろん知ってる。華藤六次。六花と六次って似てるよねって話したよね。じぃちゃんの本当の孫みたいだって」
「ああ、大事な大事な孫だよ。ゴホッ、それでな。これからは、お前が六次になればいい」
「は?? 何言って」
「ゴホッゴホッ、お前が人では無いのは昔から知っておったよ。この老いぼれ、嫁も貰わずただ田舎で死ぬだけなのに、ゴホッ、散々話し相手になってくれた上に看取られる幸せを貰ったよ。……だから、六次をお前にやるよ。ゴホッゴホッ、うーん、もう八十を超えたじじいだが、まぁお前達ならどうにかできるだろ? ワシの名前が生きれば……それは幸せだ」
何を言っているんだろうか。本当にその意味を分かっているのだろうか。死んだ六次を妖に明け渡すということは、今までの六次の記憶が改竄されることになる。年齢が近ければ、周囲の記憶を大きく改竄することは無い。しかし、今のじぃちゃんと自分では全てを変えるほか無いだろう。
「じぃちゃんは、じぃちゃんしかいない……」
「ゴホッ、ワシはあの空き家の主だから、お前が六次になれば、きっとハルトと会えるだろうよ」
「そうかもしれないけど!!」
「なに。ワシは代々の墓もない。ゴホッゴホッ、ただこの家とあの空き家、それに畑だけが生きがいだったからな。そんな老いぼれの最後の願いだ。六花、六次をお前の中で生かしてくれんか」
そうな言い方はズルいと思う。そんな事しなくても、六次という人間は一生忘れられない人だ。でも、自分が六次になることによって、また新たな六次が生きていけるのだろうかと思うと……。
「なぁ、六花。お前、あの人間を好いてるんだろ?」
「――うん」
「え!? そうなの!? 懐いてただけじゃなくて!?」
驚愕した風花が声を上げたが、他の誰も驚いた様子は無い。蓮と恭吾はこの想いに気付いていたのだろう。
「ワシには出来なかったけど、好いたやつが近くにいるのはきっと楽しかろうよ」
「じぃちゃん……」
きっと、ずっと考えてくれていたのだろう。じぃちゃんの目には全く迷いが無く、ただこちらを慈しむような優しい眼差しで見てくれていた。
「さて、きっとあんたらは神様なんじゃろ? あぁ、若い頃は色々とあったが、いい余生だった。それに最後は神様たちに看取られるなんて、最高だ。ありがとう、六花」
その言葉を最後に、じぃちゃんの手の力がふっと抜けた。
「じぃちゃん!! じぃちゃん!! ありがとう、ありがとう!! 僕、六次になるから!! じぃちゃんのことずっと忘れないから!!」
すると、もう声は出ないらしく、先程よりも細い呼吸が途切れ途切れに何かを発した。
「――!? ありがとう、じぃちゃん。僕も大好きだよ!!」
すると、じぃちゃんは満足そうににっこりと笑い、瞼を閉じた。
息の間隔が長くなり、そしてゆっくりと華藤六次は息を引き取ったのだった。
「じぃちゃん!!」
寝室の真ん中でいつものように横になっているじぃちゃんに寄り添うように、蓮、恭吾、風花、そして風花に抱かれた銀花が座っていた。
「六花、遅い」
案の定、風花は棘のある声をこちらに放つ。それに何も返せずに言葉に詰まっていると、蓮がそっと自身の横の畳に触れた。
「六花。こちらにいらっしゃい」
「……はい」
そっと近付き、じぃちゃんの顔の横に座る。昨日までは楽そうだった呼吸が、今はヒューヒューと抜けるような音を出し、今にも途切れそうなほどに細く力が無い。
あと何回、この呼吸をすることが出来るのだろうか。これが終われば苦しまずに死ぬのだろうか。魂はどこに向かい、また戻ってくるのだろうか。また会えるのだろうか。
鬼の自分はきっと長生きするから、同じ魂の人間と……いや。同じ魂でも、じぃちゃんは一人だ。今まで、遊んでくれて、沢山のことを教えてくれたじぃちゃんはただ一人だ。
「じぃ……ちゃん」
「おぉ、六花、か」
「遅くなってごめんね」
「いや、――ハルトは、ゴホッゴホッ、無事か?」
やはり、病院が連絡していたのはじぃちゃんだった。痩せ細ったじぃちゃんの手を取り、ニコリと笑う。
「うん。手術は成功したって。安定してるらしい。僕は……家族じゃないし、大人じゃないから会えなかった」
そう言うと、隣の蓮と恭吾が何かを察したようで視界の端でピクリと動いた気がした。しかし、今はじぃちゃんとの会話中なので、敢えて元気に「じぃちゃん、今度はお見舞いに行こう」と言うと、じぃちゃんは困ったように笑った。
「ゴホッ、無事なら良かった……でも、見舞いは……無理じゃろうな」
「そんな! 元気になるんだよ!! 絶対!! だから、蓮様達が来たんだよね?」
縋るような目で蓮を見たが、蓮はいつもの笑顔を消して至極真面目な顔で真っ直ぐと見つめてきた。その瞳が、今から決定的なことを告げると言ってきているようで、逸らしたくなる。
「六花。私達は、おじいさんにお礼を言いに来たんです」
「お礼……?」
「いつも六花を良くして下さり、ありがとうございました……と」
ありがとうございます。ではなく、ありがとうございました。……終わりだ。全てが終わるのだ。頭を鈍器で叩かれたような気分に、涙がツーッと頬を伝う。
言葉に出来ないでいると、じぃちゃんは咳をしながら握る手に力を入れてくれた。
「ゴホッゴホッ、いやいや、いつも楽しかった。こちらこそ、ありがとうございました」
じぃちゃんまで何を言っているんだ。きっと、蓮ならばどうにか出来るのではないか。何か打開策があるはずだ。働かない思考回路を必死になって叩き起こそうとしていると、じぃちゃんはふっと笑いながら手を伸ばし頬に触れてきた。
「六花、ワシの名をしってるか?」
「え? もちろん知ってる。華藤六次。六花と六次って似てるよねって話したよね。じぃちゃんの本当の孫みたいだって」
「ああ、大事な大事な孫だよ。ゴホッ、それでな。これからは、お前が六次になればいい」
「は?? 何言って」
「ゴホッゴホッ、お前が人では無いのは昔から知っておったよ。この老いぼれ、嫁も貰わずただ田舎で死ぬだけなのに、ゴホッ、散々話し相手になってくれた上に看取られる幸せを貰ったよ。……だから、六次をお前にやるよ。ゴホッゴホッ、うーん、もう八十を超えたじじいだが、まぁお前達ならどうにかできるだろ? ワシの名前が生きれば……それは幸せだ」
何を言っているんだろうか。本当にその意味を分かっているのだろうか。死んだ六次を妖に明け渡すということは、今までの六次の記憶が改竄されることになる。年齢が近ければ、周囲の記憶を大きく改竄することは無い。しかし、今のじぃちゃんと自分では全てを変えるほか無いだろう。
「じぃちゃんは、じぃちゃんしかいない……」
「ゴホッ、ワシはあの空き家の主だから、お前が六次になれば、きっとハルトと会えるだろうよ」
「そうかもしれないけど!!」
「なに。ワシは代々の墓もない。ゴホッゴホッ、ただこの家とあの空き家、それに畑だけが生きがいだったからな。そんな老いぼれの最後の願いだ。六花、六次をお前の中で生かしてくれんか」
そうな言い方はズルいと思う。そんな事しなくても、六次という人間は一生忘れられない人だ。でも、自分が六次になることによって、また新たな六次が生きていけるのだろうかと思うと……。
「なぁ、六花。お前、あの人間を好いてるんだろ?」
「――うん」
「え!? そうなの!? 懐いてただけじゃなくて!?」
驚愕した風花が声を上げたが、他の誰も驚いた様子は無い。蓮と恭吾はこの想いに気付いていたのだろう。
「ワシには出来なかったけど、好いたやつが近くにいるのはきっと楽しかろうよ」
「じぃちゃん……」
きっと、ずっと考えてくれていたのだろう。じぃちゃんの目には全く迷いが無く、ただこちらを慈しむような優しい眼差しで見てくれていた。
「さて、きっとあんたらは神様なんじゃろ? あぁ、若い頃は色々とあったが、いい余生だった。それに最後は神様たちに看取られるなんて、最高だ。ありがとう、六花」
その言葉を最後に、じぃちゃんの手の力がふっと抜けた。
「じぃちゃん!! じぃちゃん!! ありがとう、ありがとう!! 僕、六次になるから!! じぃちゃんのことずっと忘れないから!!」
すると、もう声は出ないらしく、先程よりも細い呼吸が途切れ途切れに何かを発した。
「――!? ありがとう、じぃちゃん。僕も大好きだよ!!」
すると、じぃちゃんは満足そうににっこりと笑い、瞼を閉じた。
息の間隔が長くなり、そしてゆっくりと華藤六次は息を引き取ったのだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
クソザコ乳首アクメの一日
掌
BL
チクニー好きでむっつりなヤンキー系ツン男子くんが、家電を買いに訪れた駅ビルでマッサージ店員や子供や家電相手にとことんクソザコ乳首をクソザコアクメさせられる話。最後のページのみ挿入・ちんぽハメあり。無様エロ枠ですが周りの皆さんは至って和やかで特に尊厳破壊などはありません。フィクションとしてお楽しみください。
pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。
なにかありましたら(web拍手)
http://bit.ly/38kXFb0
Twitter垢・拍手返信はこちらから
https://twitter.com/show1write
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
男の子たちの変態的な日常
M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。
※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。
世話焼きDomはSubを溺愛する
ルア
BL
世話を焼くの好きでDomらしくないといわれる結城はある日大学の廊下で倒れそうになっている男性を見つける。彼は三澄と言い、彼を助けるためにいきなりコマンドを出すことになった。結城はプレイ中の三澄を見て今までに抱いたことのない感情を抱く。プレイの相性がよくパートナーになった二人は徐々に距離を縮めていく。結城は三澄の世話をするごとに楽しくなり謎の感情も膨らんでいき…。最終的に結城が三澄のことを溺愛するようになります。基本的に攻め目線で進みます※Dom/Subユニバースに対して独自解釈を含みます。ムーンライトノベルズにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる