【R18.BL】千里結言

麦飯 太郎

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4.別れ

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 防犯意識の欠けらも無い、鍵の開いている玄関を思い切り開く。ずぶ濡れのレインコートを脱ぎ捨て、部屋に急ぐ。

「じぃちゃん!!」

 寝室の真ん中でいつものように横になっているじぃちゃんに寄り添うように、蓮、恭吾、風花、そして風花に抱かれた銀花が座っていた。

「六花、遅い」

 案の定、風花は棘のある声をこちらに放つ。それに何も返せずに言葉に詰まっていると、蓮がそっと自身の横の畳に触れた。

「六花。こちらにいらっしゃい」
「……はい」

 そっと近付き、じぃちゃんの顔の横に座る。昨日までは楽そうだった呼吸が、今はヒューヒューと抜けるような音を出し、今にも途切れそうなほどに細く力が無い。
 あと何回、この呼吸をすることが出来るのだろうか。これが終われば苦しまずに死ぬのだろうか。魂はどこに向かい、また戻ってくるのだろうか。また会えるのだろうか。
 鬼の自分はきっと長生きするから、同じ魂の人間と……いや。同じ魂でも、じぃちゃんは一人だ。今まで、遊んでくれて、沢山のことを教えてくれたじぃちゃんはただ一人だ。

「じぃ……ちゃん」
「おぉ、六花、か」
「遅くなってごめんね」
「いや、――ハルトは、ゴホッゴホッ、無事か?」

 やはり、病院が連絡していたのはじぃちゃんだった。痩せ細ったじぃちゃんの手を取り、ニコリと笑う。

「うん。手術は成功したって。安定してるらしい。僕は……家族じゃないし、大人じゃないから会えなかった」

 そう言うと、隣の蓮と恭吾が何かを察したようで視界の端でピクリと動いた気がした。しかし、今はじぃちゃんとの会話中なので、敢えて元気に「じぃちゃん、今度はお見舞いに行こう」と言うと、じぃちゃんは困ったように笑った。

「ゴホッ、無事なら良かった……でも、見舞いは……無理じゃろうな」
「そんな! 元気になるんだよ!! 絶対!! だから、蓮様達が来たんだよね?」

 縋るような目で蓮を見たが、蓮はいつもの笑顔を消して至極真面目な顔で真っ直ぐと見つめてきた。その瞳が、今から決定的なことを告げると言ってきているようで、逸らしたくなる。

「六花。私達は、おじいさんにお礼を言いに来たんです」
「お礼……?」
「いつも六花を良くして下さり、ありがとうございました……と」

 ありがとうございます。ではなく、ありがとうございました。……終わりだ。全てが終わるのだ。頭を鈍器で叩かれたような気分に、涙がツーッと頬を伝う。
 言葉に出来ないでいると、じぃちゃんは咳をしながら握る手に力を入れてくれた。

「ゴホッゴホッ、いやいや、いつも楽しかった。こちらこそ、ありがとうございました」

 じぃちゃんまで何を言っているんだ。きっと、蓮ならばどうにか出来るのではないか。何か打開策があるはずだ。働かない思考回路を必死になって叩き起こそうとしていると、じぃちゃんはふっと笑いながら手を伸ばし頬に触れてきた。

「六花、ワシの名をしってるか?」
「え? もちろん知ってる。華藤六次。六花と六次って似てるよねって話したよね。じぃちゃんの本当の孫みたいだって」
「ああ、大事な大事な孫だよ。ゴホッ、それでな。これからは、お前が六次になればいい」
「は?? 何言って」
「ゴホッゴホッ、お前が人では無いのは昔から知っておったよ。この老いぼれ、嫁も貰わずただ田舎で死ぬだけなのに、ゴホッ、散々話し相手になってくれた上に看取られる幸せを貰ったよ。……だから、六次をお前にやるよ。ゴホッゴホッ、うーん、もう八十を超えたじじいだが、まぁお前達ならどうにかできるだろ? ワシの名前が生きれば……それは幸せだ」

 何を言っているんだろうか。本当にその意味を分かっているのだろうか。死んだ六次を妖に明け渡すということは、今までの六次の記憶が改竄されることになる。年齢が近ければ、周囲の記憶を大きく改竄することは無い。しかし、今のじぃちゃんと自分では全てを変えるほか無いだろう。

「じぃちゃんは、じぃちゃんしかいない……」
「ゴホッ、ワシはあの空き家の主だから、お前が六次になれば、きっとハルトと会えるだろうよ」
「そうかもしれないけど!!」
「なに。ワシは代々の墓もない。ゴホッゴホッ、ただこの家とあの空き家、それに畑だけが生きがいだったからな。そんな老いぼれの最後の願いだ。六花、六次をお前の中で生かしてくれんか」

 そうな言い方はズルいと思う。そんな事しなくても、六次という人間は一生忘れられない人だ。でも、自分が六次になることによって、また新たな六次が生きていけるのだろうかと思うと……。

「なぁ、六花。お前、あの人間を好いてるんだろ?」
「――うん」
「え!? そうなの!? 懐いてただけじゃなくて!?」

 驚愕した風花が声を上げたが、他の誰も驚いた様子は無い。蓮と恭吾はこの想いに気付いていたのだろう。

「ワシには出来なかったけど、好いたやつが近くにいるのはきっと楽しかろうよ」
「じぃちゃん……」

 きっと、ずっと考えてくれていたのだろう。じぃちゃんの目には全く迷いが無く、ただこちらを慈しむような優しい眼差しで見てくれていた。

「さて、きっとあんたらは神様なんじゃろ? あぁ、若い頃は色々とあったが、いい余生だった。それに最後は神様たちに看取られるなんて、最高だ。ありがとう、六花」

 その言葉を最後に、じぃちゃんの手の力がふっと抜けた。

「じぃちゃん!! じぃちゃん!! ありがとう、ありがとう!! 僕、六次になるから!! じぃちゃんのことずっと忘れないから!!」

 すると、もう声は出ないらしく、先程よりも細い呼吸が途切れ途切れに何かを発した。

「――!? ありがとう、じぃちゃん。僕も大好きだよ!!」

 すると、じぃちゃんは満足そうににっこりと笑い、瞼を閉じた。
 息の間隔が長くなり、そしてゆっくりと華藤六次は息を引き取ったのだった。
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