4 / 22
2.5.秘事*
しおりを挟む
祭りから数日後、例の男は鬼が出たと随分騒いだらしい。しかし、酔っ払っいの戯言だと誰もまともに相手にしなかったようだ。
良かったと思う反面、それをハルトから直接聞かされた時はさすがに肝が冷えた。あの時は、あの行動が正解だと思っていたし、実際に今は誰かが誘拐されたという噂は耳に入らない。なので、角を出したことは良かったのだと思うことにした。
だが、どこから耳にしたのか……蓮にそっと危ないから気をつけるようにと耳打ちされてしまった。すぐに事情を説明すると、納得したように頷き「それでも危険だったことには変わりないですよ。風花さんには黙っておきますが、くれぐれも気をつけて」と念を押された。
その行動や言動から、蓮は人間であるハルトとの関わりを絶たせたくないのだろうと思えた。これは自分の良いように考えすぎかもしれない。でも、許されているという気持ちになり、遊びに行くことを止めることはしなかった。
遊びに行く頻度は変わらないものの、銀花の面倒が見れなくなる時間は増える。なので、遊びに行く日はあらかじめ風花に伝え、その日は朝食と洗濯、庭掃除を済ませ、昼食の下ごしらえをしてから行くという条件で妥協してもらった。
もちろん、家事の間も銀花の面倒はみている。風花は屋敷や浴槽の掃除をし、蓮達と見回りに同行することも多いのでそこは仕方ないと思っているが……大変には変わりない。
しかし、それさえ終えればその後は自由だ。日によって終わる時間は違うが、ハルトは大抵家にいるか、じぃちゃんの家、もしくは散歩しているのですぐ見つけられる。
そんな事が続いたある日。いつもは昼過ぎくらいには山を下れるのだが、天気がとても良かったので急遽布団を干したり蔵の大掃除になってしまい、すっかり時間が遅くなってしまった。
日々過ごしていればそんな日もあるだろうと、のんびりと夕方にハルトの家へ向かう。手には大きな風呂敷に包まれた根菜の煮物が入った鍋を抱えてだ。
「全く、風花のやつぅ! 気を使わなくていいのに……」
夕食をハルトにご馳走になることが多かったので、お礼を持っていけと持たせてくれたのだが、本心は蔵の大掃除によって遅くなったことへの詫びもあるのだろう。
この風呂敷のせいでいつものように山をかけ降りれないのだが、兄弟の気持ちは無下に断れない。
「まぁ、ハルトならこんな量は一瞬だろうな」
大きな鍋の煮物があっという間になくなる様子を想像し、思わず口元が緩んだ。
ハルトは美味しそうに食べる人だ。それを見ていると心が暖かくなる気がする。それに、とても綺麗に食べる。先日、魚を食べた時も山育ちで川魚に慣れたじぃちゃんよりも綺麗に食べていて、とても驚いたものだ。
「あれ?」
その姿を思い出し、ニコニコと笑っているうちに到着した家は、窓が全て閉まっている。窓だけではない。まだ夕方なのに雨戸も全てだ。
いつもならば、まだこの時間はハルトがいようといまいと開けっ放しになっている。
不思議に感じ玄関に向かうが、そこもしっかりと施錠されていた。
「?? どうしたんだろう??」
じぃちゃんの家かと思ったが、今日は合同の集落会があるので遅くなると言っていた。ならば散歩……いや、それならばハルトが鍵を閉めるとは思えない。
仕方ないので、勝手に上がり込んでいた時に使っていた鍵を植木鉢の下から取り出し、玄関を開けた。
そっと入るが、電気は点いている。
「なんだ、いるんじゃん」
安心して、草履を脱ぎ家に上がった。しかし、もしかしたら仕事で何かをしているのかもしれないと思い、そっと忍び足で進む。
磨りガラスから覗き込むが、台所にはいないようだ。仕方ないので、机に鍋を置いてから家の中をまた忍び足で進む。
次に居るとしたら、居間だろう。
しかし、そこにもハルトはいない。
「んー? 本当に出掛けてるのかも」
首を捻った瞬間、隣の部屋から大きく布の擦れる音がした。
ビクッと肩を揺らし振り返る。
音のした方は……寝室だ。
ゆっくり、先程よりも慎重に近付き耳を当てる。
「――……ッ、……ッ」
ハルトの声だ。間違いない。
しかし、この気配と声の種類を知っていたので思わず唾を飲み込んだ。
(誰かと……交わってる……?)
蓮と恭吾がしている行為を恥だと思ったことは全く無い。それは二人だけが紡ぐ、愛情という行為だからだ。
しかし、それを覗き見することは駄目だと分かっていたので、行為を目の当たりにしたことは無いのだ。
それをハルトは誰かとしているのだろうか。この襖の向こうで。
(そんな人……居たっけ? ハルトと仲が良いのは、僕とじぃちゃん。それと商店街まで行った時の八百屋のおっちゃんと雑貨屋のばぁちゃんだから……)
やはり思い付かない。そうなると、余計に気になってしまうものだ。
誰だろうか。知らない人なのか。その人とハルトは愛し合っているのだろうか……。
だんだんと胸が苦しくなり、涙すら出そうになった。
数分の葛藤を経て、このままでは叫び出してしまいそうな心に負けてしまい、襖に手を伸ばす。
ゆっくり、ほんの少しだけ。空気も通るのに苦労しそうな程の僅かな隙間を開けた。
目を瞑って深呼吸をしてから、そっと覗き込んだ。
布団の上に四つ這いになったハルトが、こちらに臀部を向けている。そして……その後孔には半透明の桃色の何かが刺さっている。
「んっ、あっ――」
それをハルトの手が忙しなく動かし、出入りを繰り返していた。
誰かと交わっていたのではないと分かり、ホッとしたのもつかの間。今度は、その光景に目が離せなくなってしまった。
臀部のソレが何という代物かは分からないが、きっと性的な快楽を与えるものなのだろう。その証拠に、四つ這いの太ももの間から勃起し涎のように先走りを垂らす肉棒が揺れているのが見えた。
「アッ、う、んッっ!! き、もちぃ」
「!?」
ハルトの言葉に喉を鳴らしそうになるのを抑え込み、口を少し開いて唇を舐めた。
(触りたい、……食べたい。ハルトの魔羅はきっと甘いだろうな)
すぐ目の前にあるのに、手を伸ばせないそれにもどかしさを感じつつ、でもその場を離れることも出来ずじっとその光景を見続けた。
するとハルトの嬌声が一層高くなり、ビクッと何度も痙攣したと思った瞬間に肉棒から大量の精が勢い良く飛び出た。
「んッ――ッ、はぁはぁはぁ……」
どうやら終わったらしい。後始末を始める前にこの場から離れなければと、立ち上がり、襖を閉めた。
「誰!?」
「!?」
ほんの僅かに立ててしまった襖の音に、ハルトが気付いてしまったようだ。返事をせずに後ずさる。すると、ハルトも寝室からこちらに向かう足音が聞こえた。
(まずい!!)
脱兎のごとく部屋から逃げ出し、草履を手にして裸足で山に逃げ込んだ。走って走って、きっとハルトの足では追いつくことはできないだろうし、裸のままで追いかけてくるとは思えない。
でも、どうしようもない複雑な思いが駆け巡り、走り続けるしかなかった。
ようやく一息ついたのは、いつも洗濯で使っている湖だ。昔はよく来て遊んでいたが、銀花が生まれ、洗濯係だけが来る作業場になっていた。
急いで服を脱ぎ捨て、湖に飛び込む。
(おさまれ!! おさまれ!!)
身体の熱は未だに駆け巡っているのに、子供の姿ではそれを発散する術がない。勃起も出来ずに、ただただモヤモヤとした興奮があり続ける。
湖の水は冷たく、身体の表面を冷やしていく。
しかし、冷えたと思えば、またハルトのあの淫らな姿を思い出して熱が溜まってしまった。
(ハルト、ハルト――!)
たった数週間しか関わっていない、ただの人間で、すぐにこの山から離れてしまうのに。
「ハルトが好きだぁ!!」
言葉にしてようやく理解した。懐いていたのは、惹かれていたのは好きだからだ。彼の屈託のない笑顔も、少年のようにはしゃぐ姿も、全部が好きだからだ。
(馬鹿だな……僕はこの山から離れられないのに)
当たり前のことを思い出し、一瞬で冷静になれた。
湖から上がり、濡れたまま切り株に座る。
「初恋は実らないって、前に恭吾に聞いた気がするなぁ」
自分が恋をするなんて思っていなかったあの頃は、可哀想だねーと適当に返していた。
「本当に可哀想だ。僕は告白も出来ないもんな。こんな姿じゃ」
長い時間、湖に浸かっていたらしく、空には星が輝いている。
「帰らないと……。あ、煮物忘れた。ふぅ……まぁじぃちゃんが持ってきたって思ってくれてれば良いけど……」
立ち上がり、手拭いで軽く身体を拭いてから着物をきっちりと着た。そのまま、何事も無かったように自分が住む屋敷に戻ることにしたのだった。
翌日、何食わなく顔で、何も知らないというようにハルトの家を訪れた。
すると、縁側に座るように言われ二人で並んで庭を眺める。出されたお茶と茶菓子はもう空になってしまったが、ハルトはまだ話を始めようとしない。
さすがに痺れを切らして、どうしたのかと聞いてやると、ハルトは少し困ったように微笑んでから口を開いた。
「あの根菜の煮物、美味かった。六花の家族が作ったんだろう? ありがとう。お礼を伝えておいてくれ。……それと六花……」
やはりバレてしまっていた。それもそうだ。じぃちゃんの煮物と、風花が作る煮物は味付けが全く違う。同じ材料、同じ調味料を使っても、何故こんなに違うのだろうと思うくらいだが、どちらもとても美味しいのだ。
返事を出来ずにいると、ハルトはそれを察して言葉を続けた。
「その、ごめんな。鍵を掛け忘れたらしくて。嫌なものを見せたな。昨日のことは忘れて欲しい」
「わ、忘れるのは……難しいかな」
忘れられるはずがない。昨晩だって何度も思い出しては布団の中で悶えたのだ。その度に叶わぬ恋と打ちのめされ、今朝は目が腫れていないか心配になったほどだ。
「だよなー。これって偶然でも虐待になるんだろうな」
「誰にも言わないよ!!」
「ははっ、ありがとう。六花は優しいな……」
再びの沈黙に耐えきれず、立ち上がり机に置いてあった煎餅を取って戻り、ハルトにも渡す。すると、少し驚いたように目を開いて今度はニコリと笑った。
「ありがとう。ちょっとだけ、オレの話聞いてくれるか?」
「いいよ」
「オレさ、実は同性愛者なんだ。男だけど、男を愛する。今でこそかなり世間的には受け入れられてるけど、まだまだ珍しいし、知られると嫌がられることも多い。男友達からもそんな目でみてたりするのか? なんて聞かれたりもした」
聞いたことがある。じぃちゃんの家でニュースを番組を見ていた時に、ある地域で結婚か認められたとか、どちらかの精子や卵子を使い産まれた子を同性で愛し合う二人が子として育てているというものだった気がする。
何故そんなことを? と思ったが、神や妖は性別は存在してもどのような性の伴侶でも子を成すということが出来るので、問題にもならなかったのだろう。だから、蓮と恭吾が結ばれた時も疑問すら浮かばなかった。ただただ、蓮が幸せになってくれて良かったと心から思っただけだ。
「六花も、気持ち悪いと思うか?」
「全然!! そんなことないよ!! れ……知ってる人も、男同士で結婚したよ!! 普通だよ!!」
「――本当に、六花は優しいな」
何か詰まるような言葉に、不安になりさらに励ますように言葉を続けた。
「それに一緒に住んでるその、男同士で結婚した人が昨日もそういうことしてるのも知ってる。そうやって、子を成すって知ってる!!」
「え、それはちょっと教育的に大丈夫か??」
「大丈夫!!」
「そうか?? まぁ、六花が大丈夫なら良いけど……」
そう言った後に、ハルトはジッとこちらを見てきた。その意味が分からず、首を傾げる。
「六花を彼氏に出来る人は、幸せだろうな」
「え!? 本当!?」
「あぁ。羨ましいよ」
胸が弾けるような気持ちになった。ハルトを知ったことで、さらにハルトが好きになった。
しかし、この恋が叶わないことに絶望しそうになることを抑え込むために、これは好奇心だと己の心に言い聞かせ満面の笑みをハルトに向けたのだった。
良かったと思う反面、それをハルトから直接聞かされた時はさすがに肝が冷えた。あの時は、あの行動が正解だと思っていたし、実際に今は誰かが誘拐されたという噂は耳に入らない。なので、角を出したことは良かったのだと思うことにした。
だが、どこから耳にしたのか……蓮にそっと危ないから気をつけるようにと耳打ちされてしまった。すぐに事情を説明すると、納得したように頷き「それでも危険だったことには変わりないですよ。風花さんには黙っておきますが、くれぐれも気をつけて」と念を押された。
その行動や言動から、蓮は人間であるハルトとの関わりを絶たせたくないのだろうと思えた。これは自分の良いように考えすぎかもしれない。でも、許されているという気持ちになり、遊びに行くことを止めることはしなかった。
遊びに行く頻度は変わらないものの、銀花の面倒が見れなくなる時間は増える。なので、遊びに行く日はあらかじめ風花に伝え、その日は朝食と洗濯、庭掃除を済ませ、昼食の下ごしらえをしてから行くという条件で妥協してもらった。
もちろん、家事の間も銀花の面倒はみている。風花は屋敷や浴槽の掃除をし、蓮達と見回りに同行することも多いのでそこは仕方ないと思っているが……大変には変わりない。
しかし、それさえ終えればその後は自由だ。日によって終わる時間は違うが、ハルトは大抵家にいるか、じぃちゃんの家、もしくは散歩しているのですぐ見つけられる。
そんな事が続いたある日。いつもは昼過ぎくらいには山を下れるのだが、天気がとても良かったので急遽布団を干したり蔵の大掃除になってしまい、すっかり時間が遅くなってしまった。
日々過ごしていればそんな日もあるだろうと、のんびりと夕方にハルトの家へ向かう。手には大きな風呂敷に包まれた根菜の煮物が入った鍋を抱えてだ。
「全く、風花のやつぅ! 気を使わなくていいのに……」
夕食をハルトにご馳走になることが多かったので、お礼を持っていけと持たせてくれたのだが、本心は蔵の大掃除によって遅くなったことへの詫びもあるのだろう。
この風呂敷のせいでいつものように山をかけ降りれないのだが、兄弟の気持ちは無下に断れない。
「まぁ、ハルトならこんな量は一瞬だろうな」
大きな鍋の煮物があっという間になくなる様子を想像し、思わず口元が緩んだ。
ハルトは美味しそうに食べる人だ。それを見ていると心が暖かくなる気がする。それに、とても綺麗に食べる。先日、魚を食べた時も山育ちで川魚に慣れたじぃちゃんよりも綺麗に食べていて、とても驚いたものだ。
「あれ?」
その姿を思い出し、ニコニコと笑っているうちに到着した家は、窓が全て閉まっている。窓だけではない。まだ夕方なのに雨戸も全てだ。
いつもならば、まだこの時間はハルトがいようといまいと開けっ放しになっている。
不思議に感じ玄関に向かうが、そこもしっかりと施錠されていた。
「?? どうしたんだろう??」
じぃちゃんの家かと思ったが、今日は合同の集落会があるので遅くなると言っていた。ならば散歩……いや、それならばハルトが鍵を閉めるとは思えない。
仕方ないので、勝手に上がり込んでいた時に使っていた鍵を植木鉢の下から取り出し、玄関を開けた。
そっと入るが、電気は点いている。
「なんだ、いるんじゃん」
安心して、草履を脱ぎ家に上がった。しかし、もしかしたら仕事で何かをしているのかもしれないと思い、そっと忍び足で進む。
磨りガラスから覗き込むが、台所にはいないようだ。仕方ないので、机に鍋を置いてから家の中をまた忍び足で進む。
次に居るとしたら、居間だろう。
しかし、そこにもハルトはいない。
「んー? 本当に出掛けてるのかも」
首を捻った瞬間、隣の部屋から大きく布の擦れる音がした。
ビクッと肩を揺らし振り返る。
音のした方は……寝室だ。
ゆっくり、先程よりも慎重に近付き耳を当てる。
「――……ッ、……ッ」
ハルトの声だ。間違いない。
しかし、この気配と声の種類を知っていたので思わず唾を飲み込んだ。
(誰かと……交わってる……?)
蓮と恭吾がしている行為を恥だと思ったことは全く無い。それは二人だけが紡ぐ、愛情という行為だからだ。
しかし、それを覗き見することは駄目だと分かっていたので、行為を目の当たりにしたことは無いのだ。
それをハルトは誰かとしているのだろうか。この襖の向こうで。
(そんな人……居たっけ? ハルトと仲が良いのは、僕とじぃちゃん。それと商店街まで行った時の八百屋のおっちゃんと雑貨屋のばぁちゃんだから……)
やはり思い付かない。そうなると、余計に気になってしまうものだ。
誰だろうか。知らない人なのか。その人とハルトは愛し合っているのだろうか……。
だんだんと胸が苦しくなり、涙すら出そうになった。
数分の葛藤を経て、このままでは叫び出してしまいそうな心に負けてしまい、襖に手を伸ばす。
ゆっくり、ほんの少しだけ。空気も通るのに苦労しそうな程の僅かな隙間を開けた。
目を瞑って深呼吸をしてから、そっと覗き込んだ。
布団の上に四つ這いになったハルトが、こちらに臀部を向けている。そして……その後孔には半透明の桃色の何かが刺さっている。
「んっ、あっ――」
それをハルトの手が忙しなく動かし、出入りを繰り返していた。
誰かと交わっていたのではないと分かり、ホッとしたのもつかの間。今度は、その光景に目が離せなくなってしまった。
臀部のソレが何という代物かは分からないが、きっと性的な快楽を与えるものなのだろう。その証拠に、四つ這いの太ももの間から勃起し涎のように先走りを垂らす肉棒が揺れているのが見えた。
「アッ、う、んッっ!! き、もちぃ」
「!?」
ハルトの言葉に喉を鳴らしそうになるのを抑え込み、口を少し開いて唇を舐めた。
(触りたい、……食べたい。ハルトの魔羅はきっと甘いだろうな)
すぐ目の前にあるのに、手を伸ばせないそれにもどかしさを感じつつ、でもその場を離れることも出来ずじっとその光景を見続けた。
するとハルトの嬌声が一層高くなり、ビクッと何度も痙攣したと思った瞬間に肉棒から大量の精が勢い良く飛び出た。
「んッ――ッ、はぁはぁはぁ……」
どうやら終わったらしい。後始末を始める前にこの場から離れなければと、立ち上がり、襖を閉めた。
「誰!?」
「!?」
ほんの僅かに立ててしまった襖の音に、ハルトが気付いてしまったようだ。返事をせずに後ずさる。すると、ハルトも寝室からこちらに向かう足音が聞こえた。
(まずい!!)
脱兎のごとく部屋から逃げ出し、草履を手にして裸足で山に逃げ込んだ。走って走って、きっとハルトの足では追いつくことはできないだろうし、裸のままで追いかけてくるとは思えない。
でも、どうしようもない複雑な思いが駆け巡り、走り続けるしかなかった。
ようやく一息ついたのは、いつも洗濯で使っている湖だ。昔はよく来て遊んでいたが、銀花が生まれ、洗濯係だけが来る作業場になっていた。
急いで服を脱ぎ捨て、湖に飛び込む。
(おさまれ!! おさまれ!!)
身体の熱は未だに駆け巡っているのに、子供の姿ではそれを発散する術がない。勃起も出来ずに、ただただモヤモヤとした興奮があり続ける。
湖の水は冷たく、身体の表面を冷やしていく。
しかし、冷えたと思えば、またハルトのあの淫らな姿を思い出して熱が溜まってしまった。
(ハルト、ハルト――!)
たった数週間しか関わっていない、ただの人間で、すぐにこの山から離れてしまうのに。
「ハルトが好きだぁ!!」
言葉にしてようやく理解した。懐いていたのは、惹かれていたのは好きだからだ。彼の屈託のない笑顔も、少年のようにはしゃぐ姿も、全部が好きだからだ。
(馬鹿だな……僕はこの山から離れられないのに)
当たり前のことを思い出し、一瞬で冷静になれた。
湖から上がり、濡れたまま切り株に座る。
「初恋は実らないって、前に恭吾に聞いた気がするなぁ」
自分が恋をするなんて思っていなかったあの頃は、可哀想だねーと適当に返していた。
「本当に可哀想だ。僕は告白も出来ないもんな。こんな姿じゃ」
長い時間、湖に浸かっていたらしく、空には星が輝いている。
「帰らないと……。あ、煮物忘れた。ふぅ……まぁじぃちゃんが持ってきたって思ってくれてれば良いけど……」
立ち上がり、手拭いで軽く身体を拭いてから着物をきっちりと着た。そのまま、何事も無かったように自分が住む屋敷に戻ることにしたのだった。
翌日、何食わなく顔で、何も知らないというようにハルトの家を訪れた。
すると、縁側に座るように言われ二人で並んで庭を眺める。出されたお茶と茶菓子はもう空になってしまったが、ハルトはまだ話を始めようとしない。
さすがに痺れを切らして、どうしたのかと聞いてやると、ハルトは少し困ったように微笑んでから口を開いた。
「あの根菜の煮物、美味かった。六花の家族が作ったんだろう? ありがとう。お礼を伝えておいてくれ。……それと六花……」
やはりバレてしまっていた。それもそうだ。じぃちゃんの煮物と、風花が作る煮物は味付けが全く違う。同じ材料、同じ調味料を使っても、何故こんなに違うのだろうと思うくらいだが、どちらもとても美味しいのだ。
返事を出来ずにいると、ハルトはそれを察して言葉を続けた。
「その、ごめんな。鍵を掛け忘れたらしくて。嫌なものを見せたな。昨日のことは忘れて欲しい」
「わ、忘れるのは……難しいかな」
忘れられるはずがない。昨晩だって何度も思い出しては布団の中で悶えたのだ。その度に叶わぬ恋と打ちのめされ、今朝は目が腫れていないか心配になったほどだ。
「だよなー。これって偶然でも虐待になるんだろうな」
「誰にも言わないよ!!」
「ははっ、ありがとう。六花は優しいな……」
再びの沈黙に耐えきれず、立ち上がり机に置いてあった煎餅を取って戻り、ハルトにも渡す。すると、少し驚いたように目を開いて今度はニコリと笑った。
「ありがとう。ちょっとだけ、オレの話聞いてくれるか?」
「いいよ」
「オレさ、実は同性愛者なんだ。男だけど、男を愛する。今でこそかなり世間的には受け入れられてるけど、まだまだ珍しいし、知られると嫌がられることも多い。男友達からもそんな目でみてたりするのか? なんて聞かれたりもした」
聞いたことがある。じぃちゃんの家でニュースを番組を見ていた時に、ある地域で結婚か認められたとか、どちらかの精子や卵子を使い産まれた子を同性で愛し合う二人が子として育てているというものだった気がする。
何故そんなことを? と思ったが、神や妖は性別は存在してもどのような性の伴侶でも子を成すということが出来るので、問題にもならなかったのだろう。だから、蓮と恭吾が結ばれた時も疑問すら浮かばなかった。ただただ、蓮が幸せになってくれて良かったと心から思っただけだ。
「六花も、気持ち悪いと思うか?」
「全然!! そんなことないよ!! れ……知ってる人も、男同士で結婚したよ!! 普通だよ!!」
「――本当に、六花は優しいな」
何か詰まるような言葉に、不安になりさらに励ますように言葉を続けた。
「それに一緒に住んでるその、男同士で結婚した人が昨日もそういうことしてるのも知ってる。そうやって、子を成すって知ってる!!」
「え、それはちょっと教育的に大丈夫か??」
「大丈夫!!」
「そうか?? まぁ、六花が大丈夫なら良いけど……」
そう言った後に、ハルトはジッとこちらを見てきた。その意味が分からず、首を傾げる。
「六花を彼氏に出来る人は、幸せだろうな」
「え!? 本当!?」
「あぁ。羨ましいよ」
胸が弾けるような気持ちになった。ハルトを知ったことで、さらにハルトが好きになった。
しかし、この恋が叶わないことに絶望しそうになることを抑え込むために、これは好奇心だと己の心に言い聞かせ満面の笑みをハルトに向けたのだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
クソザコ乳首アクメの一日
掌
BL
チクニー好きでむっつりなヤンキー系ツン男子くんが、家電を買いに訪れた駅ビルでマッサージ店員や子供や家電相手にとことんクソザコ乳首をクソザコアクメさせられる話。最後のページのみ挿入・ちんぽハメあり。無様エロ枠ですが周りの皆さんは至って和やかで特に尊厳破壊などはありません。フィクションとしてお楽しみください。
pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。
なにかありましたら(web拍手)
http://bit.ly/38kXFb0
Twitter垢・拍手返信はこちらから
https://twitter.com/show1write
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる