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02:『愛されたかった濡れ仔犬』(約30分)
後半パート
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○地下劇場あるかでぃあ(夜)
少花(しょうか):「では、そちらのお席へどうぞ。客席はひとつしかないから、わかりやすいでしょう?」
乞雨(こさめ):「………」
万希(まき):「うわ~、普段舞台に立つ側の奴を相手にやるの、緊張するな~」
少花(しょうか):「でも知らないんでしょ?」
万希(まき):「知らないけど! 知っちゃったし!」
少花(しょうか):「万希くんはいつも緊張感がないから、このぐらいがちょうどいいかもしれないね」
万希(まき):「緊張感のなさならアンタのが上だろ」
乞雨(こさめ):「あ、あの……」
万希(まき):「ん? あぁ、悪ぃな。客のこと忘れてた」
乞雨(こさめ):「またですか!?」
少花(しょうか):「…それでは、朗読劇でお会いしましょう。きみのためだけに、心を込めて上演致します」
乞雨(こさめ):「………」
○乞雨の心中
乞雨(こさめ):愛されなければ、ひとりぼっちになってしまう。
乞雨(こさめ):ボクは、友達を作るのが得意じゃなかった。最初は、1人2人でも仲の良い子ができればそれでいいと思っていたけれど、教室の隅でぽつんとしていると、自然とみんなの中心にいるクラスの人気者に目がいってしまうようになった。
彼がなぜ人気なのかはすぐにわかった。それは、スポーツが得意だからだ。
そんなことで、と思われるかもしれない。でも、子供のコミュニティというのは、案外そんなものだったりするんだ。
乞雨(こさめ):ボクは彼が羨ましくて、彼のようになりたくて、………そしてサッカーを始めた。
毎日遅くまで必死に練習して、たくさん怪我もして、何度もやめたいと思ったけれど、それでも死ぬ気で練習し続けた。
乞雨(こさめ):ボクは、クラスで一番サッカーが上手くなり、それだけで本当に人気者になってしまった。
乞雨(こさめ):人気者になった毎日は夢のように楽しくて、クラス中みんなが友達だった。
だから、もうスポーツを頑張らなくてもみんな友達でいてくれるんだと思った。…それで、気を抜いていたんだろう。
あまりやりがいを感じなくなったサッカーの練習中、ヘマをして右足を骨折した。試合に出られなくなったボクが、ふと周りを見たら………ボクの周りには、誰もいなくなっていた。
乞雨(こさめ):愛されることを一度知ってしまうと、知る前よりも、孤独が更に冷たいものに変わっていた。耐えられなかった。どうしてもみんなの輪の中に戻りたい。そう思ったボクは、努力が足りなかったことを反省した。
乞雨(こさめ):もう一度頑張ってみよう。少し成長して、スポーツだけで人気者に慣れる時代を越えたボクが次に注目したのは、勉強のできる奴だった。
彼の周りには、特に授業の前後などにはたくさんの友人達が集まっている。羨ましい。彼のようになりたい。そう思って、必死に勉強を頑張った。
乞雨(こさめ):好きな漫画もゲームも何もかも我慢して、ひたすらに勉強する日々を続けると、いつの間にかボクの成績は学年トップになっていた。
すごいね! 勉強教えて! と、またボクの周りにたくさんの友人達が集まってきた。冷たい孤独から抜け出して、愛される喜びを取り戻したのだ。
乞雨(こさめ):しばらくみんなの輪の中にいたボクは、…また気を抜いてしまったのだろう。ある日愚かにも、みんなと勉強以外の話もしたいなどと思ってしまったのだ。
封印していた漫画やゲームを引っ張り出して、これまでの反動から、毎日夢中になって友人達と遊んだ。夢のように楽しい日々だった。
乞雨(こさめ):次のテストでボクは、学年トップどころか、一気に平均以下になってしまった。周りを見たら、誰もいなくなっていた。
乞雨(こさめ):ボクは、アイドルになった。
乞雨(こさめ):もう、みんなを繋ぎ止めるにはこれしかないと思ったのだ。
勉強やスポーツの比ではないくらい、学校中の人達がボクに群がってきた。見た目が多少良かったのは幸運だったにしても、その裏にどれだけの努力があったのかなんて、きっと彼らの誰も知らない。
乞雨(こさめ):でもボクは、アイドルを辞めた。
乞雨(こさめ):それは、わかっているからだった。辞めた瞬間に、どうせみんなは離れていく。わかっているからこそ、予想が外れて欲しかった。だから、外れることを期待して、みんなを繋ぎ止める手段を手放した。予想が外れることは、なかった。
乞雨(こさめ):やっぱりそうなるんだ。努力をし続けなければ一瞬でみんないなくなってしまう。
そこで絶望していたら、……もしかしたら、楽になれたのかもしれない。
それでもボクは、希望を持つことしか知らなかったから。何度見捨てられても、頑張り続けていれば必ずまた愛してもらえる。そう信じて、次の目標を探した。
今ボクの目に映っているのは、………クラスで一番、金持ちの奴。アイドルを辞めてしまって、自分で金を稼ぐ手段はなくなったけれど、……彼のように金を使うことができれば、ボクもまた、みんなに愛してもらえるはずなんだ……。
少花(しょうか):『それは全て幻です』
乞雨(こさめ):「………え?」
少花(しょうか):『きみは、人間として生まれてきてなどいない。本当のきみは………この絵本の主人公。雨に濡れて震えている、一匹の仔犬なのです』
乞雨(こさめ):「………………」
○朗読劇『捨てられた仔犬のおはなし』
少花(しょうか):その姿を一目見れば、きっと誰もが虜になってしまう。そんな、とても愛らしい一匹の仔犬のお話です。
温かい家庭で、家族の一員として大事に飼われていた仔犬。彼はただ純粋に、家族達が自分に向けてくれる愛情を信じて、毎日元気いっぱいにしっぽを振っていました。
万希(まき):『ワンワン! お父さん、お母さん、お兄ちゃん! 見て! ボクね、お手ができるようになったんだ! えらい? えらい?』
少花(しょうか):家族達も、もちろん仔犬を愛していました。…少なくとも、彼ら自身はそのつもりでいました。
万希(まき):『この子は本当に可愛いねぇ。家族の一員なんだから、ずっと大事にするんだよ』
『もちろんだよ! この先何があっても、コイツを手放すことなんて考えられないよ!』
少花(しょうか):やがて都会へ引っ越すことになった飼い主一家は、連れていくことのできない仔犬を箱に入れて、油性マジックで『拾ってください』と書くと、……あんなに大事にしていたはずの仔犬を置いて、あっという間に立ち去って行ったのでした。
万希(まき):『じゃあね。優しい人に拾ってもらうんだよ』
『お兄ちゃん、どこに行くの? おうちはそっちじゃないよ? なんでボクはハコに入れられたの? 「じゃあね」って……どういうこと?』
少花(しょうか):去って行く飼い主の後を追いかけては、何度も何度も箱へ戻されてしまう。
…やがて、賢い仔犬は悟ったのでした。理由はわからないけれど、さよならをしなければいけないのだと。
万希(まき):『新しい飼い主のところに行きなさい』
少花(しょうか):躾の行き届いた、物分りの良い仔犬です。大好きな飼い主の最後の言いつけを、彼は精一杯守ることにしたのでした。
万希(まき):『わかりました。さよならは悲しいけれど、ボクは新しい家族のところに行って、ちゃんと愛してもらうから、大丈夫!』
『………でも、やっぱりちょっとだけ…寂しいな。不安だな』
少花(しょうか):晴れ渡っていた空は、仔犬の心情を写し取ったかのように冷たい雨空に変わり、箱の中でずぶ濡れになった仔犬が、家族達が雨に濡れていないか心配していた頃、引っ越しトラックの中ではこんな言葉が交わされていました。
万希(まき):『すぐに新しい仔犬を買ってあげるからね』
『わかった。それならいいよ』
乞雨(こさめ):「………」
少花(しょうか):……さて、ひとりぼっちで冷たい雨に打たれ続け、小さな仔犬はどうなってしまうのでしょう?
乞雨(こさめ):(………そこで、終わる…。ボクの物語は、続きを描かれないまま………)
万希(まき):『あら? かわいい仔犬ちゃん! 可哀想に、捨てられてしまったの?』
乞雨(こさめ):(………………え……?)
少花(しょうか):突然差し伸べられた傘に、驚いて上を見上げると。…一人の少女が、心配そうに仔犬を見つめていました。
乞雨(こさめ):「……! 新しい飼い主…? 拾ってくれるの……? ………また、ボクの周りに、みんなが……!」
万希(まき):『ボクを連れて行ってくれるの? 新しい家族になってくれるの? ねえ、ボクは好き嫌いしないで何でも食べるし、おトイレの場所もちゃんと守れるよ! 家族の人達が自慢できるように、お手も覚えたんだ! 新しい芸が必要なら、頑張って覚えるよ!』
『まあ、初対面なのに、怖がらないでしっぽを振ってくれるのね。人間に慣れていてとってもいい子だわ。それに、こんなにかわいいんだから、連れて帰ったっていいわよね。仔犬ちゃん、私の家で一緒に暮らしましょう』
乞雨(こさめ):「ほら………ほらね!? 頑張り続ければ、希望を捨てなければ、必ず愛してもらえるんだ! 仔犬は、また幸せになれるんだ! 何度だって…!」
少花(しょうか):そこへ、彼女と同年代の少女がもう一人、たまたまそこを通りかかりました。
乞雨(こさめ):「……?」
万希(まき):『あれー? こんなところで何してるの?』
『あら、こんにちは。今ね、かわいい仔犬を拾ったの。これからうちで飼ってあげるのよ』
『え、仔犬? 私これからちょうど、あなたに仔犬の話をしに行こうと思っていたのよ?』
『え?』
乞雨(こさめ):「………?」
万希(まき):『あのね! うちの犬が、仔犬をたくさん産んだの! あなたにも一匹もらって欲しくて!』
乞雨(こさめ):「………え?」
万希(まき):『えー、でも、私の家では一匹しか飼えないわよ?』
『それなら、うちの子を一匹選んでよ! …うわ~、その子、ずぶ濡れで汚いじゃない。そんな子よりも、うちにいる産まれたての仔犬のほうがずっとかわいいわよ!? ほら見て、この写真!』
『え~、どれ? …わぁ、ほんとだ! 真っ白でふわふわで……凄くかわいい!』
『でしょ? ね、そんな汚い捨て犬は置いて、今からうちに綺麗な仔犬を見に来てよ』
『そうね。そうしましょう。ごめんね、仔犬ちゃん。優しい人に拾ってもらうのよ』
『あ………』
乞雨(こさめ):「……そんな………なんで………………」
少花(しょうか):嬉しそうに去ってゆく少女達の背中を、仔犬はいつまでもいつまでもぼんやりと眺めていました。
それ以降、新しい飼い主は一人として現れぬまま、……仔犬は雨に打たれ続け、ひとりきりで冷たくなってゆくのでした。
○『捨てられた仔犬のおはなし』終演
少花(しょうか):「………これが、この物語の真の結末でした」
乞雨(こさめ):「………………」
少花(しょうか):「残酷なようですが、これが真実なのです」
乞雨(こさめ):「………………嘘だ」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「……何度見捨てられても、必ずまた愛してもらえる。そう信じて、きみは努力を続けてきた」
乞雨(こさめ):「………」
少花(しょうか):「希望を持ち続けられるきみは、とても強い。…けれど、その希望があるから、この終わったはずの悲しみが、解かれることなく無限に繰り返されてしまう」
乞雨(こさめ):「………………」
少花(しょうか):「…真実を受け止めることは、できませんか?」
乞雨(こさめ):「ボクは………」
少花(しょうか):「………」
乞雨(こさめ):「……信じるもんか。ボクは捨てられた仔犬なんかじゃない。ボクはこれからも、みんなの中心に立って、みんなに愛されることができるんだ!!」
万希(まき):「おまえ……」
乞雨(こさめ):「こんなことしてる場合じゃない。これからお金を取りに行くんだから! 金持ちのアイツみたいに、ボクも金をたくさん手に入れれば、またみんなに愛してもらえる…!!」
万希(まき):「………コイツっ!!!」
少花(しょうか):「あ、こら……!」
乞雨の頬をグーで殴る万希
乞雨(こさめ):「(殴られて)!? ……え……?」
少花(しょうか):「あ~……お客様を殴るなんて。カフェでやってたら営業停止だったよ」
万希(まき):「うるせー!」
乞雨(こさめ):「………」
万希(まき):「おまえバカじゃねーの!? なに自分のいいとこ自分でぶち壊そうとしてんだよ!!」
乞雨(こさめ):「………え……?」
万希(まき):「なんでわかんねーんだよ! おまえの良さは、スポーツができることでも、勉強ができることでも、テレビに出てることでもなくて、そこまで努力を重ねることができる一生懸命さだろうが!」
乞雨(こさめ):「….…………!」
万希(まき):「もともと得意でもなかったことを、努力だけでトップになれるほど結果出せる奴なんて、探したってそう居るもんじゃねーんだよ。そんな立派なモン持ってんのに、ここまで来て急に金で解決しようとすんじゃねえ! 何でも金に結びつけるのなんて、うちの店長だけで十分なんだよ!」
少花(しょうか):「えっ! ひどい!」
乞雨(こさめ):「………………」
少花(しょうか):「………いつかは誰かに【本質を見てもらえる】時が来る。きみが信じたかったのは、それなんでしょう?」
乞雨(こさめ):「………ボクは……」
少花(しょうか):「どうか真実を受け容れて、在るべき場所へ戻って欲しい。……いつか、ちゃんと人間として生まれ変わってこられたら、トモダチになってくれそうな子もいるしね」
万希(まき):「誰のことだよ」
乞雨(こさめ):「………………」
乞雨(こさめ):「………わかりました。……ありがとう」
少花(しょうか):「また、いつか。どこかで会えるといいですね」
○数日後・カフェArcadia・店内(夜)
万希(まき):「ありがとうございましたー! (伸びをしながら)あ~、今日も無事閉店! おつかれ俺!」
少花(しょうか):「お疲れ様。今日もよく働いてくれました」
万希(まき):「……なあ、テレビって、いくらぐらいするの?」
少花(しょうか):「え、買うの?」
万希(まき):「いや、まだ決まったわけじゃないけど……あ、でも今から買ってもしょーがねーかな…」
少花(しょうか):「?」
万希(まき):「………俺はもともと知らないからよくわかんないけど、アイツが活躍してたことって、最初からなかったことになっちゃったのか?」
少花(しょうか):「……んー…そのあたりは、どういう仕組みになっているのか、僕にもよくわからないんだよね」
万希(まき):「そっか……」
少花(しょうか):「君の言ったように、あったことがなかったことに変わっちゃったのか、それとも……」
万希(まき):「?」
少花(しょうか):「…もともとなかったものを、僕たちだけが見ていたのか?」
万希(まき):「…え~………」
少花(しょうか):「まあ、どちらにしても結局同じことだからね」
万希(まき):「そうだけどさ」
少花(しょうか):「……?」
万希(まき):「…俺、アンタが【循環】の話なんてするの、初めて見た気がする」
少花(しょうか):「…えー? したっけ?」
万希(まき):「…アンタ自身は、別にまた会いたいなんて思ってないだろうから。……あれって、俺の気持ちを汲んでくれてたのかなって」
少花(しょうか):「僕自信が変化していくのは、考えられないことかい?」
万希(まき):「え?」
少花(しょうか):「……ふふ。あ、そうだ」
万希(まき):「話逸らすなよ?」
少花(しょうか):「トマトゼリー食べない?」
万希(まき):「逸らすなっつったのに! しかもまた出たよトマトゼリー!」
少花(しょうか):「そんな嫌そうな顔をしないでよ。今日のはこの前のとは違うんだから」
万希(まき):「はぁ?」
少花(しょうか):「じゃ~ん。生まれ変わったトマトゼリー!」
万希(まき):「なんだよ………って、うわぁ! なんか金魚の形してる…」
少花(しょうか):「かわいいでしょ?」
万希(まき):「……かわいいっつーか、キモイっつーか……どうやって作ったんだよ…」
少花(しょうか):「このインパクトなら、バエそうじゃない?」
万希(まき):「ば、ばえ…」
少花(しょうか):「SNSで話題沸騰間違いなしだと思わない?」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「?」
万希(まき):「……はぁ~。なんか調子抜けた。もう帰るからな!」
少花(しょうか):「え~? 金魚ゼリーの感想は?」
万希(まき):「知るか。あと金魚ゼリーって呼ぶな!」
万希、退室
少花(しょうか):「……う~ん、最近の若い子はよくわからないなぁ」
少花(しょうか):「……蝶子さん。あなたの探し物は、……いつか、僕の探し物に変わるのかもしれませんね」
02・END
少花(しょうか):「では、そちらのお席へどうぞ。客席はひとつしかないから、わかりやすいでしょう?」
乞雨(こさめ):「………」
万希(まき):「うわ~、普段舞台に立つ側の奴を相手にやるの、緊張するな~」
少花(しょうか):「でも知らないんでしょ?」
万希(まき):「知らないけど! 知っちゃったし!」
少花(しょうか):「万希くんはいつも緊張感がないから、このぐらいがちょうどいいかもしれないね」
万希(まき):「緊張感のなさならアンタのが上だろ」
乞雨(こさめ):「あ、あの……」
万希(まき):「ん? あぁ、悪ぃな。客のこと忘れてた」
乞雨(こさめ):「またですか!?」
少花(しょうか):「…それでは、朗読劇でお会いしましょう。きみのためだけに、心を込めて上演致します」
乞雨(こさめ):「………」
○乞雨の心中
乞雨(こさめ):愛されなければ、ひとりぼっちになってしまう。
乞雨(こさめ):ボクは、友達を作るのが得意じゃなかった。最初は、1人2人でも仲の良い子ができればそれでいいと思っていたけれど、教室の隅でぽつんとしていると、自然とみんなの中心にいるクラスの人気者に目がいってしまうようになった。
彼がなぜ人気なのかはすぐにわかった。それは、スポーツが得意だからだ。
そんなことで、と思われるかもしれない。でも、子供のコミュニティというのは、案外そんなものだったりするんだ。
乞雨(こさめ):ボクは彼が羨ましくて、彼のようになりたくて、………そしてサッカーを始めた。
毎日遅くまで必死に練習して、たくさん怪我もして、何度もやめたいと思ったけれど、それでも死ぬ気で練習し続けた。
乞雨(こさめ):ボクは、クラスで一番サッカーが上手くなり、それだけで本当に人気者になってしまった。
乞雨(こさめ):人気者になった毎日は夢のように楽しくて、クラス中みんなが友達だった。
だから、もうスポーツを頑張らなくてもみんな友達でいてくれるんだと思った。…それで、気を抜いていたんだろう。
あまりやりがいを感じなくなったサッカーの練習中、ヘマをして右足を骨折した。試合に出られなくなったボクが、ふと周りを見たら………ボクの周りには、誰もいなくなっていた。
乞雨(こさめ):愛されることを一度知ってしまうと、知る前よりも、孤独が更に冷たいものに変わっていた。耐えられなかった。どうしてもみんなの輪の中に戻りたい。そう思ったボクは、努力が足りなかったことを反省した。
乞雨(こさめ):もう一度頑張ってみよう。少し成長して、スポーツだけで人気者に慣れる時代を越えたボクが次に注目したのは、勉強のできる奴だった。
彼の周りには、特に授業の前後などにはたくさんの友人達が集まっている。羨ましい。彼のようになりたい。そう思って、必死に勉強を頑張った。
乞雨(こさめ):好きな漫画もゲームも何もかも我慢して、ひたすらに勉強する日々を続けると、いつの間にかボクの成績は学年トップになっていた。
すごいね! 勉強教えて! と、またボクの周りにたくさんの友人達が集まってきた。冷たい孤独から抜け出して、愛される喜びを取り戻したのだ。
乞雨(こさめ):しばらくみんなの輪の中にいたボクは、…また気を抜いてしまったのだろう。ある日愚かにも、みんなと勉強以外の話もしたいなどと思ってしまったのだ。
封印していた漫画やゲームを引っ張り出して、これまでの反動から、毎日夢中になって友人達と遊んだ。夢のように楽しい日々だった。
乞雨(こさめ):次のテストでボクは、学年トップどころか、一気に平均以下になってしまった。周りを見たら、誰もいなくなっていた。
乞雨(こさめ):ボクは、アイドルになった。
乞雨(こさめ):もう、みんなを繋ぎ止めるにはこれしかないと思ったのだ。
勉強やスポーツの比ではないくらい、学校中の人達がボクに群がってきた。見た目が多少良かったのは幸運だったにしても、その裏にどれだけの努力があったのかなんて、きっと彼らの誰も知らない。
乞雨(こさめ):でもボクは、アイドルを辞めた。
乞雨(こさめ):それは、わかっているからだった。辞めた瞬間に、どうせみんなは離れていく。わかっているからこそ、予想が外れて欲しかった。だから、外れることを期待して、みんなを繋ぎ止める手段を手放した。予想が外れることは、なかった。
乞雨(こさめ):やっぱりそうなるんだ。努力をし続けなければ一瞬でみんないなくなってしまう。
そこで絶望していたら、……もしかしたら、楽になれたのかもしれない。
それでもボクは、希望を持つことしか知らなかったから。何度見捨てられても、頑張り続けていれば必ずまた愛してもらえる。そう信じて、次の目標を探した。
今ボクの目に映っているのは、………クラスで一番、金持ちの奴。アイドルを辞めてしまって、自分で金を稼ぐ手段はなくなったけれど、……彼のように金を使うことができれば、ボクもまた、みんなに愛してもらえるはずなんだ……。
少花(しょうか):『それは全て幻です』
乞雨(こさめ):「………え?」
少花(しょうか):『きみは、人間として生まれてきてなどいない。本当のきみは………この絵本の主人公。雨に濡れて震えている、一匹の仔犬なのです』
乞雨(こさめ):「………………」
○朗読劇『捨てられた仔犬のおはなし』
少花(しょうか):その姿を一目見れば、きっと誰もが虜になってしまう。そんな、とても愛らしい一匹の仔犬のお話です。
温かい家庭で、家族の一員として大事に飼われていた仔犬。彼はただ純粋に、家族達が自分に向けてくれる愛情を信じて、毎日元気いっぱいにしっぽを振っていました。
万希(まき):『ワンワン! お父さん、お母さん、お兄ちゃん! 見て! ボクね、お手ができるようになったんだ! えらい? えらい?』
少花(しょうか):家族達も、もちろん仔犬を愛していました。…少なくとも、彼ら自身はそのつもりでいました。
万希(まき):『この子は本当に可愛いねぇ。家族の一員なんだから、ずっと大事にするんだよ』
『もちろんだよ! この先何があっても、コイツを手放すことなんて考えられないよ!』
少花(しょうか):やがて都会へ引っ越すことになった飼い主一家は、連れていくことのできない仔犬を箱に入れて、油性マジックで『拾ってください』と書くと、……あんなに大事にしていたはずの仔犬を置いて、あっという間に立ち去って行ったのでした。
万希(まき):『じゃあね。優しい人に拾ってもらうんだよ』
『お兄ちゃん、どこに行くの? おうちはそっちじゃないよ? なんでボクはハコに入れられたの? 「じゃあね」って……どういうこと?』
少花(しょうか):去って行く飼い主の後を追いかけては、何度も何度も箱へ戻されてしまう。
…やがて、賢い仔犬は悟ったのでした。理由はわからないけれど、さよならをしなければいけないのだと。
万希(まき):『新しい飼い主のところに行きなさい』
少花(しょうか):躾の行き届いた、物分りの良い仔犬です。大好きな飼い主の最後の言いつけを、彼は精一杯守ることにしたのでした。
万希(まき):『わかりました。さよならは悲しいけれど、ボクは新しい家族のところに行って、ちゃんと愛してもらうから、大丈夫!』
『………でも、やっぱりちょっとだけ…寂しいな。不安だな』
少花(しょうか):晴れ渡っていた空は、仔犬の心情を写し取ったかのように冷たい雨空に変わり、箱の中でずぶ濡れになった仔犬が、家族達が雨に濡れていないか心配していた頃、引っ越しトラックの中ではこんな言葉が交わされていました。
万希(まき):『すぐに新しい仔犬を買ってあげるからね』
『わかった。それならいいよ』
乞雨(こさめ):「………」
少花(しょうか):……さて、ひとりぼっちで冷たい雨に打たれ続け、小さな仔犬はどうなってしまうのでしょう?
乞雨(こさめ):(………そこで、終わる…。ボクの物語は、続きを描かれないまま………)
万希(まき):『あら? かわいい仔犬ちゃん! 可哀想に、捨てられてしまったの?』
乞雨(こさめ):(………………え……?)
少花(しょうか):突然差し伸べられた傘に、驚いて上を見上げると。…一人の少女が、心配そうに仔犬を見つめていました。
乞雨(こさめ):「……! 新しい飼い主…? 拾ってくれるの……? ………また、ボクの周りに、みんなが……!」
万希(まき):『ボクを連れて行ってくれるの? 新しい家族になってくれるの? ねえ、ボクは好き嫌いしないで何でも食べるし、おトイレの場所もちゃんと守れるよ! 家族の人達が自慢できるように、お手も覚えたんだ! 新しい芸が必要なら、頑張って覚えるよ!』
『まあ、初対面なのに、怖がらないでしっぽを振ってくれるのね。人間に慣れていてとってもいい子だわ。それに、こんなにかわいいんだから、連れて帰ったっていいわよね。仔犬ちゃん、私の家で一緒に暮らしましょう』
乞雨(こさめ):「ほら………ほらね!? 頑張り続ければ、希望を捨てなければ、必ず愛してもらえるんだ! 仔犬は、また幸せになれるんだ! 何度だって…!」
少花(しょうか):そこへ、彼女と同年代の少女がもう一人、たまたまそこを通りかかりました。
乞雨(こさめ):「……?」
万希(まき):『あれー? こんなところで何してるの?』
『あら、こんにちは。今ね、かわいい仔犬を拾ったの。これからうちで飼ってあげるのよ』
『え、仔犬? 私これからちょうど、あなたに仔犬の話をしに行こうと思っていたのよ?』
『え?』
乞雨(こさめ):「………?」
万希(まき):『あのね! うちの犬が、仔犬をたくさん産んだの! あなたにも一匹もらって欲しくて!』
乞雨(こさめ):「………え?」
万希(まき):『えー、でも、私の家では一匹しか飼えないわよ?』
『それなら、うちの子を一匹選んでよ! …うわ~、その子、ずぶ濡れで汚いじゃない。そんな子よりも、うちにいる産まれたての仔犬のほうがずっとかわいいわよ!? ほら見て、この写真!』
『え~、どれ? …わぁ、ほんとだ! 真っ白でふわふわで……凄くかわいい!』
『でしょ? ね、そんな汚い捨て犬は置いて、今からうちに綺麗な仔犬を見に来てよ』
『そうね。そうしましょう。ごめんね、仔犬ちゃん。優しい人に拾ってもらうのよ』
『あ………』
乞雨(こさめ):「……そんな………なんで………………」
少花(しょうか):嬉しそうに去ってゆく少女達の背中を、仔犬はいつまでもいつまでもぼんやりと眺めていました。
それ以降、新しい飼い主は一人として現れぬまま、……仔犬は雨に打たれ続け、ひとりきりで冷たくなってゆくのでした。
○『捨てられた仔犬のおはなし』終演
少花(しょうか):「………これが、この物語の真の結末でした」
乞雨(こさめ):「………………」
少花(しょうか):「残酷なようですが、これが真実なのです」
乞雨(こさめ):「………………嘘だ」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「……何度見捨てられても、必ずまた愛してもらえる。そう信じて、きみは努力を続けてきた」
乞雨(こさめ):「………」
少花(しょうか):「希望を持ち続けられるきみは、とても強い。…けれど、その希望があるから、この終わったはずの悲しみが、解かれることなく無限に繰り返されてしまう」
乞雨(こさめ):「………………」
少花(しょうか):「…真実を受け止めることは、できませんか?」
乞雨(こさめ):「ボクは………」
少花(しょうか):「………」
乞雨(こさめ):「……信じるもんか。ボクは捨てられた仔犬なんかじゃない。ボクはこれからも、みんなの中心に立って、みんなに愛されることができるんだ!!」
万希(まき):「おまえ……」
乞雨(こさめ):「こんなことしてる場合じゃない。これからお金を取りに行くんだから! 金持ちのアイツみたいに、ボクも金をたくさん手に入れれば、またみんなに愛してもらえる…!!」
万希(まき):「………コイツっ!!!」
少花(しょうか):「あ、こら……!」
乞雨の頬をグーで殴る万希
乞雨(こさめ):「(殴られて)!? ……え……?」
少花(しょうか):「あ~……お客様を殴るなんて。カフェでやってたら営業停止だったよ」
万希(まき):「うるせー!」
乞雨(こさめ):「………」
万希(まき):「おまえバカじゃねーの!? なに自分のいいとこ自分でぶち壊そうとしてんだよ!!」
乞雨(こさめ):「………え……?」
万希(まき):「なんでわかんねーんだよ! おまえの良さは、スポーツができることでも、勉強ができることでも、テレビに出てることでもなくて、そこまで努力を重ねることができる一生懸命さだろうが!」
乞雨(こさめ):「….…………!」
万希(まき):「もともと得意でもなかったことを、努力だけでトップになれるほど結果出せる奴なんて、探したってそう居るもんじゃねーんだよ。そんな立派なモン持ってんのに、ここまで来て急に金で解決しようとすんじゃねえ! 何でも金に結びつけるのなんて、うちの店長だけで十分なんだよ!」
少花(しょうか):「えっ! ひどい!」
乞雨(こさめ):「………………」
少花(しょうか):「………いつかは誰かに【本質を見てもらえる】時が来る。きみが信じたかったのは、それなんでしょう?」
乞雨(こさめ):「………ボクは……」
少花(しょうか):「どうか真実を受け容れて、在るべき場所へ戻って欲しい。……いつか、ちゃんと人間として生まれ変わってこられたら、トモダチになってくれそうな子もいるしね」
万希(まき):「誰のことだよ」
乞雨(こさめ):「………………」
乞雨(こさめ):「………わかりました。……ありがとう」
少花(しょうか):「また、いつか。どこかで会えるといいですね」
○数日後・カフェArcadia・店内(夜)
万希(まき):「ありがとうございましたー! (伸びをしながら)あ~、今日も無事閉店! おつかれ俺!」
少花(しょうか):「お疲れ様。今日もよく働いてくれました」
万希(まき):「……なあ、テレビって、いくらぐらいするの?」
少花(しょうか):「え、買うの?」
万希(まき):「いや、まだ決まったわけじゃないけど……あ、でも今から買ってもしょーがねーかな…」
少花(しょうか):「?」
万希(まき):「………俺はもともと知らないからよくわかんないけど、アイツが活躍してたことって、最初からなかったことになっちゃったのか?」
少花(しょうか):「……んー…そのあたりは、どういう仕組みになっているのか、僕にもよくわからないんだよね」
万希(まき):「そっか……」
少花(しょうか):「君の言ったように、あったことがなかったことに変わっちゃったのか、それとも……」
万希(まき):「?」
少花(しょうか):「…もともとなかったものを、僕たちだけが見ていたのか?」
万希(まき):「…え~………」
少花(しょうか):「まあ、どちらにしても結局同じことだからね」
万希(まき):「そうだけどさ」
少花(しょうか):「……?」
万希(まき):「…俺、アンタが【循環】の話なんてするの、初めて見た気がする」
少花(しょうか):「…えー? したっけ?」
万希(まき):「…アンタ自身は、別にまた会いたいなんて思ってないだろうから。……あれって、俺の気持ちを汲んでくれてたのかなって」
少花(しょうか):「僕自信が変化していくのは、考えられないことかい?」
万希(まき):「え?」
少花(しょうか):「……ふふ。あ、そうだ」
万希(まき):「話逸らすなよ?」
少花(しょうか):「トマトゼリー食べない?」
万希(まき):「逸らすなっつったのに! しかもまた出たよトマトゼリー!」
少花(しょうか):「そんな嫌そうな顔をしないでよ。今日のはこの前のとは違うんだから」
万希(まき):「はぁ?」
少花(しょうか):「じゃ~ん。生まれ変わったトマトゼリー!」
万希(まき):「なんだよ………って、うわぁ! なんか金魚の形してる…」
少花(しょうか):「かわいいでしょ?」
万希(まき):「……かわいいっつーか、キモイっつーか……どうやって作ったんだよ…」
少花(しょうか):「このインパクトなら、バエそうじゃない?」
万希(まき):「ば、ばえ…」
少花(しょうか):「SNSで話題沸騰間違いなしだと思わない?」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「?」
万希(まき):「……はぁ~。なんか調子抜けた。もう帰るからな!」
少花(しょうか):「え~? 金魚ゼリーの感想は?」
万希(まき):「知るか。あと金魚ゼリーって呼ぶな!」
万希、退室
少花(しょうか):「……う~ん、最近の若い子はよくわからないなぁ」
少花(しょうか):「……蝶子さん。あなたの探し物は、……いつか、僕の探し物に変わるのかもしれませんね」
02・END
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