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02:『愛されたかった濡れ仔犬』(約30分)
前半パート
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※登場キャラクター:少花、万希、赤衣
○蝶子の絵本・捨てられた仔犬のおはなし
少花(しょうか):その姿を一目見れば、きっと誰もが虜になってしまう。そんな、とても愛らしい一匹の仔犬のお話です。
温かい家庭で、家族の一員として大事に飼われていた仔犬。彼はただ純粋に、家族達が自分に向けてくれる愛情を信じて、毎日元気いっぱいにしっぽを振っていました。
家族達も、もちろん仔犬を愛していました。…少なくとも、彼ら自身はそのつもりでいました。
やがて都会へ引っ越すことになった飼い主一家は、連れていくことのできない仔犬を箱に入れて、油性マジックで『拾ってください』と書くと、……あんなに大事にしていたはずの仔犬を置いて、あっという間に立ち去って行ったのでした。
晴れ渡っていた空は、仔犬の心情を写し取ったかのように冷たい雨空に変わり、箱の中でずぶ濡れになった仔犬が、家族達が雨に濡れていないか心配していた頃、引っ越しトラックの中ではこんな言葉が交わされていました。
『すぐに新しい仔犬を買ってあげるからね』『わかった。それならいいよ』
……さて、ひとりぼっちで冷たい雨に打たれ続け、小さな仔犬はどうなってしまうのでしょう?
あなたはきっと彼を哀れみ、新しい飼い主の登場を願ってページを捲ることでしょう。
………しかし、残念。このお話は、ここでお終いなのです。かわいい仔犬はかわいそうな仔犬に変わって、ずっとあなたの心の隅で、ずぶ濡れになって震えているのです。
○カフェArcadia・店内(夜)
万希(まき):「お疲れ様でしたーっ! あ~、やっと終わった! 閉店だ閉店! もう誰も来んなよっ!?」
少花(しょうか):「ちょっと万希(まき)くん、近くにお客様が残ってたらどうするの」
万希(まき):「大丈夫だよ。俺がこれぐらいの毒吐いたところで、少花(しょうか)さんに会いに来る客が減ることなんてねーから」
少花(しょうか):「そういう問題じゃなくてね…。もう。君には接客の基本から教え直さないとだめかい?」
万希(まき):「それよりもホールの人手か俺の給料を増やした方がよっぽど早いと思うけど?」
少花(しょうか):「そのうち考えてあげるよ」
万希(まき):「いつもそう言う~」
ドアが叩かれる
少花(しょうか):「ん? 誰か来た?」
万希(まき):「へ?」
少花(しょうか):「いま誰か、ドア叩かなかった?」
万希(まき):「まじ?」
乞雨(こさめ):『(ドアを叩きながら)すみませーん』
万希(まき):「うわ、ほんとだ! 誰か来やがった」
少花(しょうか):「ほら、だから言ったのに。絶対さっきの暴言聞かれていたよ」
万希(まき):「え~、別によくね?」
乞雨(こさめ):『すみませーん』
少花(しょうか):「いいわけないでしょう。これは重罪だねぇ。どうしてくれようか」
万希(まき):「うわわっ、少花さん、目が怖いって。マジな目しないでよ」
乞雨(こさめ):『あ、あのぉ~?』
少花(しょうか):「ほら、遊んでいないで、そろそろ出てあげて」
万希(まき):「へ~い」
乞雨(こさめ):『???』
万希(まき):「ちょっと待ってろ! どーせ客じゃねーのはわかってんだからな」
○同・ドア前(夜)
万希、ドアを開ける
万希(まき):「(開けながら)さぁて、おまえは誰だ!」
乞雨(こさめ):「! あ、ど、どうも。こんにちは」
万希(まき):「(じーっと乞雨を眺め回す)」
乞雨(こさめ):「(笑顔で礼儀正しく)閉店後に突然お邪魔してすみません。店長さんはいらっしゃいますか?」
万希(まき):「……なんだコイツ? やけにキラキラしてっけど…。とにかく! 閉店だってわかってんなら何しに来たんだよ?」
乞雨(こさめ):「あ! その乱暴な感じ、素敵ですね!」
万希(まき):「………は?」
乞雨(こさめ):「でも、営業中はちゃんと笑顔で接客してるんですよね!? そのギャップがまた素晴らしい!」
万希(まき):「あ、…あぁ? そう、かよ」
乞雨(こさめ):「あ! よく見たら、ファッションも凄く素敵です! 飲食店に必要な清潔感を守りつつ、奇抜な個性もしっかり取り入れられていて! その絶妙な髪色も、さりげないけれど実はなかなか出せないんですよね~! 真似したくなっちゃうぐらいカッコイイです!」
万希(まき):「お、おう、……はは、そうか? まあ入れよ」
乞雨(こさめ):「はい! お邪魔します!」
万希(まき):「ふへへ…」
○同・店内(夜)
万希(まき):「少花さん、コイツいい奴だったわ」
少花(しょうか):「え? なに、連れて来ちゃったの?」
乞雨(こさめ):「わぁぁ~! あなたが『幻の』店長さんですね…! お会いしたかったんです!」
万希(まき):「は? まぼろし?」
少花(しょうか):「おや、きみは……」
乞雨(こさめ):「え、ボクのこと知ってるんですか!?」
少花(しょうか):「きみ、有名な人ですよね。テレビで見たことあります」
万希(まき):「え、そーなの?」
少花(しょうか):「万希くん知らない? 一時期すごく人気だったんだけど…えぇと…」
万希(まき):「あ~、俺げーのーじんとか疎いんだよな。テレビ持ってねぇし」
乞雨(こさめ):「え、テレビないんですか!?」
万希(まき):「そうなんだよ。買ってくれない?」
乞雨(こさめ):「ははは…(愛想笑い)」
少花(しょうか):「あぁ、思い出しました。きみ、元アイドルの乞雨(こさめ)くんでしょう!」
乞雨(こさめ):「! そうです! 知っててもらえたなんて、嬉しいなあ」
万希(まき):「へぇ~、おまえほんとに有名人だったのか」
少花(しょうか):「万希くんは本当に知らないの?」
万希(まき):「知らねー。逆になんでアンタはそんなに詳しいんだよ?」
少花(しょうか):「好きだからね、テレビとか」
万希(まき):「なんかイメージ狂うんだよなぁ~」
少花(しょうか):「だって、流行についていけないと、オジサンだと思われちゃうでしょう?」
万希(まき):「誰がアンタをオジサンだと思うんだよ…」
乞雨(こさめ):「あ、あのぉ~…」
万希(まき):「あぁ、悪ぃ。おまえのことすっかり忘れてた」
乞雨(こさめ):「えぇっ!?」
少花(しょうか):「どうぞ、お掛けください。今はコーヒーしかお出しできませんが、コーヒー飲めますか?」
乞雨(こさめ):「あ…はい! 飲めるようにしました!」
万希(まき):「?」
乞雨(こさめ):「付き合いとかがあって、飲めないと都合が悪かったりしたので」
万希(まき):「うわ~、ガキなのに大変なんだな」
乞雨(こさめ):「いいえ、大変だと思ったことなんて一度もないですよ」
万希(まき):「?」
× × ×
少花(しょうか):「お待たせしました。(カップを置いて)どうぞ」
乞雨(こさめ):「ありがとうございます」
じーっと少花を見つめる乞雨
少花(しょうか):「ん?」
乞雨(こさめ):「あの、ボク今日、あなたに会いに来たんです! もしよかったら、ボクに……あなたの人気の秘訣を教えてください!!」
少花(しょうか):「え……」
万希(まき):「………」
乞雨(こさめ):「(じっと待つ)」
少し間
万希(まき):「……(耐えきれなくて吹き出す)」
乞雨(こさめ):「???」
万希(まき):「だははは。いやぁ~、残念だったな少年。それさぁ、(笑いながら)この人に訊いてもなんにもわかんねーよ」
乞雨(こさめ):「ええっ!?」
万希(まき):「(笑いながら)だってほら、見てみろよこのポカンとしたカオ」
乞雨(こさめ):「あ………ほんとだ…」
万希(まき):「ひひひ、教えてやったら? 幻の店長サン」
少花(しょうか):「そんなこと言われても………。困ったなぁ。こんなことを訊いてくるお客様は初めてだから、何て答えたらいいのか」
万希(まき):「こんなことどころか、そもそもお客と話すこと自体ほとんどないじゃん」
少花(しょうか):「接客トークは万希くんに任せっきりだからねぇ」
万希(まき):「だから言ってるだろう。いつか困ったことになるぞって」
少花(しょうか):「ん~、でも、そんなに言うほど困ったことでもないよねぇ」
乞雨(こさめ):「……そう、これだ……これなんですよ!」
少花(しょうか):「ん?」
万希(まき):「んぁ?」
乞雨(こさめ):「ほとんど客前に姿を現すことがない。なのに店のお客さんのほとんどがその姿を見るためにやって来ている。……そんな幻の店長さんに、ぜひその技を伝授して頂きたくて、お客さんがいなくなるのを待っていたんです!」
少花(しょうか):「ちょ、ちょっと待ってください。技なんてものは、ないんですって」
乞雨(こさめ):「ない?」
少花(しょうか):「えぇ。ないです」
乞雨(こさめ):「……いやいやいや、何もないなんてそんなまさか」
万希(まき):「本当だぞ? この人なんもしねーんだから」
少花(しょうか):「ちょっと、その言い方だと仕事もしてないみたいじゃない。毎日裏で必死に働いてるんだから」
万希(まき):「裏で、な。そういう事だよ。裏に引っ込んでても、客のほうから勝手に集まって来んの」
乞雨(こさめ):「そんな………」
万希(まき):「? 何だよ、そんなにショック受けるようなことか?」
乞雨(こさめ):「だって…そんなことって………見てもらおう、愛されようって、努力もしてないのに周りが勝手に集まってくるなんて……そんなこと………あるはずない……」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「………………ふむ」
乞雨(こさめ):「あるはずないんだ……」
少花(しょうか):「一つだけ、僕からきみに教えてあげられることがあります」
乞雨(こさめ):「……え?」
万希(まき):「?」
少花(しょうか):「きみは、これからしようとしている悪いことをおやめなさい」
乞雨(こさめ):「………!」
万希(まき):「え、何? 悪いこと?」
乞雨(こさめ):「なんで………」
少花(しょうか):「きみは、カフェではなく劇場のほうのお客様だ。…今朝届いたばかりの絵本の主人公。あの子はそんなことをする子じゃない。…あの子はきみなのだから、きみも、ちょっとした気の迷いを振り払えば、本来の純真さを取り戻せます」
乞雨(こさめ):「……? 何の話を………」
少花(しょうか):「…そんなに怯えないで。僕のことが怖くなりましたか? ……仔犬のような目で見つめられるのは、得意じゃありません」
乞雨(こさめ):「………」
万希(まき):「……あぁ、おまえ、仔犬か。元気が良すぎてわからなかった。…でもそうだよな、アイツも最初はこんなふうに、ぶんぶんしっぽを振っていたんだ」
乞雨(こさめ):「………仔犬………ボクは………………」
少花(しょうか):「劇場においでください。…さぁ、万希くん。久々の本業だよ」
万希(まき):「はいよっ! あ~あ、なんでいつもこう、唐突に始まるんだかねぇ」
乞雨(こさめ):「…劇場………」
○蝶子の絵本・捨てられた仔犬のおはなし
少花(しょうか):その姿を一目見れば、きっと誰もが虜になってしまう。そんな、とても愛らしい一匹の仔犬のお話です。
温かい家庭で、家族の一員として大事に飼われていた仔犬。彼はただ純粋に、家族達が自分に向けてくれる愛情を信じて、毎日元気いっぱいにしっぽを振っていました。
家族達も、もちろん仔犬を愛していました。…少なくとも、彼ら自身はそのつもりでいました。
やがて都会へ引っ越すことになった飼い主一家は、連れていくことのできない仔犬を箱に入れて、油性マジックで『拾ってください』と書くと、……あんなに大事にしていたはずの仔犬を置いて、あっという間に立ち去って行ったのでした。
晴れ渡っていた空は、仔犬の心情を写し取ったかのように冷たい雨空に変わり、箱の中でずぶ濡れになった仔犬が、家族達が雨に濡れていないか心配していた頃、引っ越しトラックの中ではこんな言葉が交わされていました。
『すぐに新しい仔犬を買ってあげるからね』『わかった。それならいいよ』
……さて、ひとりぼっちで冷たい雨に打たれ続け、小さな仔犬はどうなってしまうのでしょう?
あなたはきっと彼を哀れみ、新しい飼い主の登場を願ってページを捲ることでしょう。
………しかし、残念。このお話は、ここでお終いなのです。かわいい仔犬はかわいそうな仔犬に変わって、ずっとあなたの心の隅で、ずぶ濡れになって震えているのです。
○カフェArcadia・店内(夜)
万希(まき):「お疲れ様でしたーっ! あ~、やっと終わった! 閉店だ閉店! もう誰も来んなよっ!?」
少花(しょうか):「ちょっと万希(まき)くん、近くにお客様が残ってたらどうするの」
万希(まき):「大丈夫だよ。俺がこれぐらいの毒吐いたところで、少花(しょうか)さんに会いに来る客が減ることなんてねーから」
少花(しょうか):「そういう問題じゃなくてね…。もう。君には接客の基本から教え直さないとだめかい?」
万希(まき):「それよりもホールの人手か俺の給料を増やした方がよっぽど早いと思うけど?」
少花(しょうか):「そのうち考えてあげるよ」
万希(まき):「いつもそう言う~」
ドアが叩かれる
少花(しょうか):「ん? 誰か来た?」
万希(まき):「へ?」
少花(しょうか):「いま誰か、ドア叩かなかった?」
万希(まき):「まじ?」
乞雨(こさめ):『(ドアを叩きながら)すみませーん』
万希(まき):「うわ、ほんとだ! 誰か来やがった」
少花(しょうか):「ほら、だから言ったのに。絶対さっきの暴言聞かれていたよ」
万希(まき):「え~、別によくね?」
乞雨(こさめ):『すみませーん』
少花(しょうか):「いいわけないでしょう。これは重罪だねぇ。どうしてくれようか」
万希(まき):「うわわっ、少花さん、目が怖いって。マジな目しないでよ」
乞雨(こさめ):『あ、あのぉ~?』
少花(しょうか):「ほら、遊んでいないで、そろそろ出てあげて」
万希(まき):「へ~い」
乞雨(こさめ):『???』
万希(まき):「ちょっと待ってろ! どーせ客じゃねーのはわかってんだからな」
○同・ドア前(夜)
万希、ドアを開ける
万希(まき):「(開けながら)さぁて、おまえは誰だ!」
乞雨(こさめ):「! あ、ど、どうも。こんにちは」
万希(まき):「(じーっと乞雨を眺め回す)」
乞雨(こさめ):「(笑顔で礼儀正しく)閉店後に突然お邪魔してすみません。店長さんはいらっしゃいますか?」
万希(まき):「……なんだコイツ? やけにキラキラしてっけど…。とにかく! 閉店だってわかってんなら何しに来たんだよ?」
乞雨(こさめ):「あ! その乱暴な感じ、素敵ですね!」
万希(まき):「………は?」
乞雨(こさめ):「でも、営業中はちゃんと笑顔で接客してるんですよね!? そのギャップがまた素晴らしい!」
万希(まき):「あ、…あぁ? そう、かよ」
乞雨(こさめ):「あ! よく見たら、ファッションも凄く素敵です! 飲食店に必要な清潔感を守りつつ、奇抜な個性もしっかり取り入れられていて! その絶妙な髪色も、さりげないけれど実はなかなか出せないんですよね~! 真似したくなっちゃうぐらいカッコイイです!」
万希(まき):「お、おう、……はは、そうか? まあ入れよ」
乞雨(こさめ):「はい! お邪魔します!」
万希(まき):「ふへへ…」
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万希(まき):「少花さん、コイツいい奴だったわ」
少花(しょうか):「え? なに、連れて来ちゃったの?」
乞雨(こさめ):「わぁぁ~! あなたが『幻の』店長さんですね…! お会いしたかったんです!」
万希(まき):「は? まぼろし?」
少花(しょうか):「おや、きみは……」
乞雨(こさめ):「え、ボクのこと知ってるんですか!?」
少花(しょうか):「きみ、有名な人ですよね。テレビで見たことあります」
万希(まき):「え、そーなの?」
少花(しょうか):「万希くん知らない? 一時期すごく人気だったんだけど…えぇと…」
万希(まき):「あ~、俺げーのーじんとか疎いんだよな。テレビ持ってねぇし」
乞雨(こさめ):「え、テレビないんですか!?」
万希(まき):「そうなんだよ。買ってくれない?」
乞雨(こさめ):「ははは…(愛想笑い)」
少花(しょうか):「あぁ、思い出しました。きみ、元アイドルの乞雨(こさめ)くんでしょう!」
乞雨(こさめ):「! そうです! 知っててもらえたなんて、嬉しいなあ」
万希(まき):「へぇ~、おまえほんとに有名人だったのか」
少花(しょうか):「万希くんは本当に知らないの?」
万希(まき):「知らねー。逆になんでアンタはそんなに詳しいんだよ?」
少花(しょうか):「好きだからね、テレビとか」
万希(まき):「なんかイメージ狂うんだよなぁ~」
少花(しょうか):「だって、流行についていけないと、オジサンだと思われちゃうでしょう?」
万希(まき):「誰がアンタをオジサンだと思うんだよ…」
乞雨(こさめ):「あ、あのぉ~…」
万希(まき):「あぁ、悪ぃ。おまえのことすっかり忘れてた」
乞雨(こさめ):「えぇっ!?」
少花(しょうか):「どうぞ、お掛けください。今はコーヒーしかお出しできませんが、コーヒー飲めますか?」
乞雨(こさめ):「あ…はい! 飲めるようにしました!」
万希(まき):「?」
乞雨(こさめ):「付き合いとかがあって、飲めないと都合が悪かったりしたので」
万希(まき):「うわ~、ガキなのに大変なんだな」
乞雨(こさめ):「いいえ、大変だと思ったことなんて一度もないですよ」
万希(まき):「?」
× × ×
少花(しょうか):「お待たせしました。(カップを置いて)どうぞ」
乞雨(こさめ):「ありがとうございます」
じーっと少花を見つめる乞雨
少花(しょうか):「ん?」
乞雨(こさめ):「あの、ボク今日、あなたに会いに来たんです! もしよかったら、ボクに……あなたの人気の秘訣を教えてください!!」
少花(しょうか):「え……」
万希(まき):「………」
乞雨(こさめ):「(じっと待つ)」
少し間
万希(まき):「……(耐えきれなくて吹き出す)」
乞雨(こさめ):「???」
万希(まき):「だははは。いやぁ~、残念だったな少年。それさぁ、(笑いながら)この人に訊いてもなんにもわかんねーよ」
乞雨(こさめ):「ええっ!?」
万希(まき):「(笑いながら)だってほら、見てみろよこのポカンとしたカオ」
乞雨(こさめ):「あ………ほんとだ…」
万希(まき):「ひひひ、教えてやったら? 幻の店長サン」
少花(しょうか):「そんなこと言われても………。困ったなぁ。こんなことを訊いてくるお客様は初めてだから、何て答えたらいいのか」
万希(まき):「こんなことどころか、そもそもお客と話すこと自体ほとんどないじゃん」
少花(しょうか):「接客トークは万希くんに任せっきりだからねぇ」
万希(まき):「だから言ってるだろう。いつか困ったことになるぞって」
少花(しょうか):「ん~、でも、そんなに言うほど困ったことでもないよねぇ」
乞雨(こさめ):「……そう、これだ……これなんですよ!」
少花(しょうか):「ん?」
万希(まき):「んぁ?」
乞雨(こさめ):「ほとんど客前に姿を現すことがない。なのに店のお客さんのほとんどがその姿を見るためにやって来ている。……そんな幻の店長さんに、ぜひその技を伝授して頂きたくて、お客さんがいなくなるのを待っていたんです!」
少花(しょうか):「ちょ、ちょっと待ってください。技なんてものは、ないんですって」
乞雨(こさめ):「ない?」
少花(しょうか):「えぇ。ないです」
乞雨(こさめ):「……いやいやいや、何もないなんてそんなまさか」
万希(まき):「本当だぞ? この人なんもしねーんだから」
少花(しょうか):「ちょっと、その言い方だと仕事もしてないみたいじゃない。毎日裏で必死に働いてるんだから」
万希(まき):「裏で、な。そういう事だよ。裏に引っ込んでても、客のほうから勝手に集まって来んの」
乞雨(こさめ):「そんな………」
万希(まき):「? 何だよ、そんなにショック受けるようなことか?」
乞雨(こさめ):「だって…そんなことって………見てもらおう、愛されようって、努力もしてないのに周りが勝手に集まってくるなんて……そんなこと………あるはずない……」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「………………ふむ」
乞雨(こさめ):「あるはずないんだ……」
少花(しょうか):「一つだけ、僕からきみに教えてあげられることがあります」
乞雨(こさめ):「……え?」
万希(まき):「?」
少花(しょうか):「きみは、これからしようとしている悪いことをおやめなさい」
乞雨(こさめ):「………!」
万希(まき):「え、何? 悪いこと?」
乞雨(こさめ):「なんで………」
少花(しょうか):「きみは、カフェではなく劇場のほうのお客様だ。…今朝届いたばかりの絵本の主人公。あの子はそんなことをする子じゃない。…あの子はきみなのだから、きみも、ちょっとした気の迷いを振り払えば、本来の純真さを取り戻せます」
乞雨(こさめ):「……? 何の話を………」
少花(しょうか):「…そんなに怯えないで。僕のことが怖くなりましたか? ……仔犬のような目で見つめられるのは、得意じゃありません」
乞雨(こさめ):「………」
万希(まき):「……あぁ、おまえ、仔犬か。元気が良すぎてわからなかった。…でもそうだよな、アイツも最初はこんなふうに、ぶんぶんしっぽを振っていたんだ」
乞雨(こさめ):「………仔犬………ボクは………………」
少花(しょうか):「劇場においでください。…さぁ、万希くん。久々の本業だよ」
万希(まき):「はいよっ! あ~あ、なんでいつもこう、唐突に始まるんだかねぇ」
乞雨(こさめ):「…劇場………」
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