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到着
しおりを挟む馬車がウィンター王国の首都アルケスに到着したのは午後7時過ぎだった。やっぱり12時間くらいかかってる。
もう遅い時間なので、一旦アルケスの宿に泊まることになった。レオに持たされた身分証を提示して部屋を取る。
貴族が移動するとき、大抵は経由する別の貴族の家に泊まることが多いが、ここは隣国。知り合いの貴族などいるはずもなく、またいつ到着するかわからなかったので公爵家に連絡をいれてもおらず。
腐っても公爵家のはずだからいきなり訪ねて受け入れるくらいは出来るだろうが、配慮に欠ける。
という考えのもと、今日は宿でお休みだ。
次の日。
いつもと同じくらいの時間に起床し、朝ごはんを食べ、ふかふかで快適な馬車に乗る。
ラトランドと変わらないにぎやかな町並み。歩いている人も筋肉隆々の人がラトランドよりも多くいるが、みんな元気そうだ。
ゆっくりと進んだ馬車が止まったのはウィンター王国第一騎士団の事務所と訓練場がある敷地の前だった。
僕の結婚相手であるシリウス・ローズブレイド公爵は第一騎士団で団長を務めていてとても忙しいらしく、僕の出迎えも出来ないだろうと。
だからこの事務所を僕が訪ね、訓練している公爵を呼び出し、そこで初顔合わせをして、その足で王宮に向かうというのが今日の一連の流れ。
これは事前に公爵から送られてきた手紙にかいてあったことだ。
王宮では、ウィンター王国の国王、ガスパール・ウィンターに到着したことを報告するらしい。
一応、特例だからね、僕。
レオには「普通にあいさつするだけだと思うから、大丈夫」と言われたので、普段通りの謁見と同じ対応でいいだろう。
緊張する。
公爵は団長だけど、怖い人じゃないといいなと祈りながら従者の手を借りて馬車を降りた。
目の前の柵の向こうに広がっていたのはとても広い庭に大勢の騎士たち。模擬戦でもしているのだろうか、砂ぼこりをたてながら激しく戦闘している様子がうかがえる。
ラトランドにも一応、魔法を主戦力としない騎士団が存在していたが……一目見ただけでわかる。ここまでの実力はない。
まあうちは魔法特化だから、いいよね?
大丈夫、大丈夫。
訓練の様子を横目に事務所へ向かうと、すぐに受付で
「ルシア・ウォレス様でしょうか?」
と声をかけられた。
肯定すると、すぐに団長を呼んでくるので待っていて欲しいと奥の部屋に通される。
ちゃんと指導されている。僕が来るという情報伝達もしてある。
公爵はしっかりした人なのかな?
少しして、汗を拭きながら背の高い男性が部屋にやって来た。
「待たせてすまない」
「いえ」
現れたのは汗で濡れているはずなのにサラサラな黒髪の、金色に光る瞳を持つ美丈夫だった。
「私がシリウス・ローズブレイドだ。爵位は公爵。ご存じかと思うが、第一騎士団の団長をしている。これからよろしく頼む」
まるであの彼を成長させたような容姿をしていたから、つい目の前の公爵をじっと見つめてしまった。
それにハッと気づいて慌てて自分も名乗る。
「初めまして。ルシア・ウォレスと申します。ラトランドで魔導騎士団に所属しています。公爵様、これからよろしくお願いします」
公爵は微笑んで右手を差し出してきたので握手する。
彼の大きな手の掌はマメでゴツゴツしてたくましさを感じられたが、それとは対照的に優しく握り返してくれた。
ものすごく簡単なあいさつを済ませた僕たちは、早速王宮に向かうことになった。
これから乗る馬車は、先ほど僕が乗ってきたラトランド王家のものではなく、公爵が用意したもの。
王家のものではないが、貴族筆頭の公爵家のもの。つまり最高級の馬車である。
公爵は扉を開け、僕に手をさしのべ、エスコートしてくれる。ぎこちなさを感じさせない完璧なエスコート。
二人とも乗り込むと、馬車はゆっくりと進み始める。
向かい合って座っていて気まずくなりそうだ、何を話そうか、と考えていると先に口を開いたのは公爵だった。
「ルシア。これから結婚するのだから、私のことを"公爵様"ではなく、名前で呼んでくれないか?」
「シリウス様、と呼ぶということですか?」
「いや、"様"もいらない。シリウスでいい。あと、敬語もいらない」
「わかりま……わかった、シリウス」
「それでいい」
シリウスがにっこり笑う。
窓から太陽の光が差し込んできて、彼のサラサラな黒髪を照らし、瞳がキラキラ光る。
その姿が、あの彼に重なって。
あぁダメだ。
別の誰かと結婚したらもしかしたら、と思ったが。
ますます初恋を忘れられなくなるやつだ、これ。
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