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軌跡(前編)
しおりを挟むとても快適な馬車に乗ってしばらく。道はまだ都心部だから整備されていて揺れが少ない。
ふかふかシートのおかげか、おしりも痛くないし、足は存分に伸ばせるし、不満など全くない。ついでに従者もレオがつけてくれた人だから信用できる。
大感謝だよ、レオ。今度手紙を送ろう。
馬には反動がほとんど起きない体力強化魔法をかけてある。反動なしのものは長時間の効果維持に結構な魔力消費をするから、あまり使われることがない魔法だけれど、僕は昔から魔力量だけは人に誇れるほどあるから使えるのだ。
そんな感じでのんびりと。
まわりは始めは街だったが、だんだんと山が増えてきた。
東側の遠くに見える大きな山を越えてしばらくすると、ウィンター王国にたどり着く。半日後にはウィンター王国にいるんだよね、ちょっと緊張するかも。
僕の生きているこの世界の第二の大陸には、西にラトランド、東にウィンター王国があり、この二つの国はしばらく戦争状態にあった。
それぞれの国は遠い昔、ある一組の魔法使いと軍人が造り、しばらくは仲良く交流をしていたが、ある時からそれぞれに差別意識が生まれた。
ラトランドでは「武力よりも魔法が優れている」
ウィンター王国では「魔法より武力が素晴らしい」
それから争いが生まれ、100年前までは戦争が絶えず続き、10年前まで休戦していたのだった。しかし近年、どちらの国の領地でない地域から魔法も武力も備えた自由民がこちらに攻め入ろうと計画していると情報が入ったことから、魔法と武力に特化したそれぞれを補うために条約締結まで関係性が戻ったのだった。
そのとき、ウィンター王国は国境付近の地域エウテルペをラトランドへ渡した。そこは昔、ラトランドの領地だったところだった。
さらに、新しく生まれ変わったのだと示すためにどちらの国の王も交代した。
ラトランドの国王はレオナルド・ラトランドに。
ウィンター王国の国王はガスパール・ウィンターに。
どちらの新王もまだ若いため、しばらくは前王が支えながら。
これが昔から今、未来へと伝えられる歴史だ。
ちょうどウィンター王国との国境付近に僕の故郷がある。そこは先ほどの条約締結時にウィンター王国からラトランドに引き渡された地、エウテルペ。
僕がそこで生まれたときはウィンター王国の領地であったから、魔法使いを差別する地域だった。
だから生まれた時から多くの魔力を持っていた僕は母から虐待を受けた。父は多くの魔力を持った僕が生まれたと同時に母と僕を捨てて家を出たらしい。
息子が魔力を多く持って生まれたことで村の人から忌避された母のストレスの矛先は当然僕だった。
この世界の生物は少なからず魔力を持っているが、魔力量は遺伝しやすく、魔力が少ない人が集まっているウィンター王国で生まれる子供は当然魔力が少ない。そのはずなのに大量の魔力を持って生まれ、幼いためにまだ制御ができない圧倒的な魔力の塊である僕を人々は怖がった。
だから僕の幼少期は、十分なご飯を与えられず、暴力を振るわれ、家畜のほうがマシとさえ思える、とても人間とは思えない扱いを受けた。
ウィンター王国にいる普通の子供なら数か月で死んでいるはずだ。今思うと足りない栄養も傷の治療もすべてはあふれるほどあった魔力が補っていたのだろうけれど。
そんな生活の中で"自殺"を考えるのは自然なことだった。
家の近くに流れているサディル川を覗き込み、いつかそこで流れながら死のうと思っていた日。
彼に出逢った。
黒一色ではない、色とりどりの星が光る夜空のような色のサラサラの髪。
北の空にずっと輝いている星ですら勝てない輝きを放つ黄金の瞳。
15年経った今も鮮明に思い出せる。
きっと一生忘れることない初恋だから。
ただ、身なりが絶対に汚かったはずの見ず知らずの僕に、なぜ彼が声をかけてくれたのかが未だにわからない。自殺をしようとしていたから気になっただけなのかもしれないが、僕なら声をかけて結婚の約束までするほど気にかけないだろう。
そんな優しい心を持った彼だったからこそ好きになったとも言えるが。
初恋は叶わない、と言うのは本当なのだろうな。
僕が彼との約束を守るために頑張って生きて13歳になったとき、二国が条約を結んだことで僕の住んでいたエウテルペがラトランドの領地になった。その時点で、ウィンター王国の彼は僕に会いに来ることができなくなった。
そのうえ、エウテルペには調査団が入り、ウィンター王国では珍しく魔力の多かった僕は魔法学校に通うためにラトランドの首都ティスに連れていかれた。ちゃんと学べばすごい魔法使いになれる素質があるからとか言われて。
だから、そもそも彼は僕を探しようがないのだ。僕が既にどこにいるかわからないのだから。
きっとそれが運命だったのだろうし、だいたい彼があの約束を覚えているかすら謎だけどね。
(後編へ続く)
カタカナ多いですが、地名とかちゃんと覚えなくて大丈夫です。
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