昔会った彼を忘れられないまま結婚します

羽波フウ

文字の大きさ
上 下
1 / 12

追憶

しおりを挟む



「そこでなにしてるの?」

 家から少し離れたサディル川の河川敷で流れる水を座って眺めていると、自分より少し年上の、夜空を写し取ったような髪色の少年が話しかけてきた。

「ここにずっとしずんだらしあわせになれるかかんがえてたの」

 そう答えると、少年は隣にしゃがんだ。

「しあわせにはなれないとおもう。くるしくはないかもしれないけど」

「そうかなあ。ルシアはいまよりずっとしあわせになれるとおもったんだけど」

 季節は雪が降ってもおかしくないほど寒い冬。川の水は透き通っているが大変冷たそうに見える。

「いまはしあわせじゃないの?」

「うん」

「なんで?」

「ルシアはなんだって。まりょくがおおいのはわるいことなんだって。まりょくがね、でちゃうとママがおこるの」

「それでそのあざ?」

 彼はこちらの青紫色になっている足首を指さした。

「そう」

「あざは、ひやさなきゃだめだよ」

 彼はそう言うと川の水を掬い、足にかけてきた。

「ひゃぁ!つめたい!!」

「んふ、ちょうどいいとおもって」

「もう!おかえし!!…あはは!」

「けっこうつめたいな、これ。ほら!」

 二人で笑いながら川の水を掬ってお互いにかけて遊んでいたが、手が冷えて赤くなり、全身がびしょびしょになった頃、「坊っちゃま~、坊っちゃま~!」と誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。
 その声は隣の彼を呼んでいるようだった。

「そろそろかえらなくちゃ」

 独り言のように聞こえたそれは、明らかに自分に聞こえるように発せられた言葉だった。

「あしたもここにくるね。きみがどうやったらしあわせになれるか、かんがえてくるから」

 少年は立ち上がって、こちらを見下ろした。
 太陽に照らされたさらさらの髪が輝きながら揺れていた。

「またね、ルシア」


 彼は自分のことを呼んでいる男性のもとへ走っていった。





 その次の日、昨日と同じくらいの時間に河川敷に行くと少年が既にしゃがんで水を掬って遊んでいた。
 近付くと、彼は足音に気づいたのか顔を上げた。

「ルシア」

 少年はこちらに手招きをしてきたので、昨日と同じように彼の隣に座った。

「ぼくね、ルシアがたくさんしあわせになれるをかんがえてきた」

「たくさんしあわせになれる?」

「うん。みずにしずむよりもずっと」

「どうしたらいいの?」

 首をかしげると、彼はこちらの両手を彼の両手で包んで言った。

「おおきくなったら、ルシアはぼくのおよめさんになればいいんだよ」

「およめさん?」

「そう。けっこんしたら、ぼくがいっぱいルシアのことをしあわせにするの」

「でも、まだルシアはけっこんできないよ、8さいだもん」

 そう言うと彼はうーん、と考えてこう言った。

「けっこんできるとしになったら、ぼくがまたルシアにあいにくるよ。それまで、まってて」

「わかった。ぜったいだよ?」

「うん、ぜったい、むかえにくる」

 にっこりと笑って彼は小指を差し出してきた。

「ゆびきりげんまん」
「ゆびきりげんまん」


「いまからルシアはぼくのこんやくしゃだね」

「こんやくしゃ?」

「けっこんをやくそくしてるひとってことだよ」

 こんやくしゃ。素敵な言葉に不思議と胸に広がる暖かさを感じた。
 そして、彼と出会ってからずっと気になっていたことを聞いた。

「ねえねえ、きみはなんてなまえなの?」

 すると彼は眉毛を下げて困ったような顔をした。

「ぼくのなまえは…いえない。ごめんね、ははうえにいっちゃだめだっていわれてるんだ」

 彼はごめんね、ともう一度謝って頭を撫でてくれた。

「ルシアとけっこんするときにおしえるよ。ヒントはのなまえ、かな。それまでかんがえててよ。こんどあったときにこたえあわせしよう」

「うん」

「そろそろかえらなきゃ。おこられちゃう。じゃあ、またね。ルシア。ぜったいあいにくるから」

 彼は、こちらの左手をとって薬指に口づけた。
 そんなことをされるとは思っていなかったから、手を振って去っていく彼に、顔を真っ赤にして手を振り返すことしかできなかった。









 それが、僕の15年前の記憶。
 新月で、星がいつもより美しく輝く夜。そんな遠い昔の夢を見た。

 あのときの彼はただ純粋に、家での暴力に苦しみ自殺しようとする僕を助けたい一心でそう言ってくれたんだろう。子供ながらに一生懸命考えて。

 ありがとう。あのときの星の名前を持つ優しい彼。
 きっと高貴な家の人だったから名前を言えなかったんだろうけれど。
 君はずっと僕の支えだった。そして僕の初恋だった。



 この国で結婚出来るようになる18歳をとうに過ぎて。
 明日、僕は昔出会った彼のことを忘れられないまま、彼とは別の人と結婚する。
















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 男爵家出身のレーヴェは、婚約者と共に魔物討伐に駆り出されていた。  婚約者のディルクは小隊長となり、同年代の者たちを統率。  元子爵令嬢で幼馴染のエリンは、『医療班の女神』と呼ばれるようになる。  だが、一方のレーヴェは、荒くれ者の集まる炊事班で、いつまでも下っ端の炊事兵のままだった。  先輩たちにしごかれる毎日だが、それでも魔物と戦う騎士たちのために、懸命に鍋を振っていた。  だがその間に、ディルクとエリンは深い関係になっていた――。  ディルクとエリンだけでなく、友人だと思っていたディルクの隊の者たちの裏切りに傷ついたレーヴェは、炊事兵の仕事を放棄し、逃げ出していた。 (……僕ひとりいなくなったところで、誰も困らないよね)  家族に迷惑をかけないためにも、国を出ようとしたレーヴェ。  だが、魔物の被害に遭い、家と仕事を失った人々を放ってはおけず、レーヴェは炊き出しをすることにした。  そこへ、レーヴェを追いかけてきた者がいた。 『な、なんでわざわざ総大将がっ!?』  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

末っ子王子は婚約者の愛を信じられない。

めちゅう
BL
 末っ子王子のフランは兄であるカイゼンとその伴侶であるトーマの結婚式で涙を流すトーマ付きの騎士アズランを目にする。密かに慕っていたアズランがトーマに失恋したと思いー。 お読みくださりありがとうございます。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...