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27.それから
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このひと月が夢だったかのように、銀も子狐たちの姿も消えてしまった。
だけど私のスマホには、屋敷の写真と毎日のごはんと共に銀の姿がしっかりと残っていた。沢山、沢山だ。
「夢じゃない……はず」
私は病院のベッドの上で虹色の領巾を握り締め、呟いた。
◆
季節は移り変わり、今は桜の時期。
銀が言っていた山の枝垂れ桜はもう咲いているだろうか?
結果から言うと、おばあちゃんの屋敷の取り壊しはなくなった。
あの後、町からの申し出で、裏山の土砂崩れでもたらされた梅や桜、竹林を公園として整備することになった。ここは元々が綺麗な庭だったから、少し手を入れるだけで何とかなる。
今はまだ公園造成途中だけど、せっかく桜が綺麗に咲いているのでと、とりあえずのプレオープン中だ。
人の入りはまぁまぁ。駐車場用の空き地はいっぱいあるし、きっと来年には、自然を楽しみたい都会人の日帰り観光スポットになるだろう。
屋敷の方は、そのまま残すのは難しかったが、農作物の直売所やカフェとして作り替えられることになっている。それからお狐様の祠もそのまま、変わらずこの地で祀られている。
そして私。
私はここに住み込みの管理人となった。ああ、仕事はこれだけじゃやっていけないから、在宅でできる仕事を地味にやっている。
ここに住むと言った時、こんな淋しい場所に一人なんて危ない! と両親は反対したけど、町立公園となったことでそれなりのセキュリティも入ったし、街灯も増えたし、徐々にだけど人も増えてきている。
それに――。
「美詞、今日の夕食は?」
「銀は何が食べたい? 候補はアクアパッツァか肉じゃが」
「んん……どちらも捨てがたいが、今夜は来客があったな。山のモノだからアクアパッツァが良いか」
公園を訪れる人がいなくなった逢魔が時。
私は屋敷の離れでお狐様と再会する。
実は銀、昼間は耳と尻尾を仕舞って、人として私と一緒にここの管理人をしているのだ。目立つ長い髪は、人間の時は短く化かしているので、見た目は完全に格好良い外国の人。町の人や観光に来た女の子たちからは熱い視線を送られていて、私としてはちょっとモヤっとしてしまう。
そんな銀だけど、両親にはまだ正体を明かしていない。でも紹介した時のあの母の顔。多分、きっと銀を知っている。だからかもしれないけど、ここに二人で住む事はあっさりと認められたのだ。
正体を知らないだろう父は二つの意味で危険だ! 気に入らない! と言っていたけど……まあ、あの人もここへ来て銀を知れば大丈夫だろう。
◆
そして夜。この公園はあやかし屋敷へと姿を変える。
LEDの街灯は狐火に。公園を散策する賑やかな声は、台所の付喪神が踊り歌いながら料理をする声に。
「今夜のお客様は鹿の神様だっけ?」
「そうだ。山菜は飽きたから何か他のものをと言っていてな。ああ、それから先日、子狐が悪戯したので詫びに酒でも……」
「もー子狐ちゃん! 悪戯は程々にね!? そろそろ怒られると思うよ?」
「きゅーん?」
「きゅきゅ~ん?」
「きゅん?」
「まったく。都合が悪い時だけただの狐の振りをするんだから!」
「お前たちの独り立ちはまだまだ掛かりそうだな」
そんな銀は、ここで私の守護兼、旦那様として一緒に過ごしている。私たちの縁はちゃんと繋がったままだ。
それから子狐ちゃんたちも井戸神さんも、竈神さんも一緒だ。賑やかな付喪神たちも皆いる。竈神さんはまだ力が足りないようで、たまにしか姿を見せることはないけど、竈で炊くごはんはとっても美味しいので元気だそうだ。
「銀」
「ん?」
「明日はお仕事お休みなんだよね」
「そうだったな」
「久しぶりにお弁当持って、裏山の散策に行かない?」
「ああ、喜んで。俺しか知らない山の枝垂れ桜を見に行こう」
私たちは微笑み合い、そっと指を絡めた。
「うん」
遠い先の事はまだ分からないけど、とりあえず明日は二人でお花見に行こう。お弁当のおにぎりは、野沢菜漬の葉で包んだおにぎりと、肉巻きおにぎり、それからやっぱり外せないのは甘めのお稲荷さん!
そうだ。祠にお供えしたら、一足先に独り立ちした子狐の長男にも届くかな……?
だけど私のスマホには、屋敷の写真と毎日のごはんと共に銀の姿がしっかりと残っていた。沢山、沢山だ。
「夢じゃない……はず」
私は病院のベッドの上で虹色の領巾を握り締め、呟いた。
◆
季節は移り変わり、今は桜の時期。
銀が言っていた山の枝垂れ桜はもう咲いているだろうか?
結果から言うと、おばあちゃんの屋敷の取り壊しはなくなった。
あの後、町からの申し出で、裏山の土砂崩れでもたらされた梅や桜、竹林を公園として整備することになった。ここは元々が綺麗な庭だったから、少し手を入れるだけで何とかなる。
今はまだ公園造成途中だけど、せっかく桜が綺麗に咲いているのでと、とりあえずのプレオープン中だ。
人の入りはまぁまぁ。駐車場用の空き地はいっぱいあるし、きっと来年には、自然を楽しみたい都会人の日帰り観光スポットになるだろう。
屋敷の方は、そのまま残すのは難しかったが、農作物の直売所やカフェとして作り替えられることになっている。それからお狐様の祠もそのまま、変わらずこの地で祀られている。
そして私。
私はここに住み込みの管理人となった。ああ、仕事はこれだけじゃやっていけないから、在宅でできる仕事を地味にやっている。
ここに住むと言った時、こんな淋しい場所に一人なんて危ない! と両親は反対したけど、町立公園となったことでそれなりのセキュリティも入ったし、街灯も増えたし、徐々にだけど人も増えてきている。
それに――。
「美詞、今日の夕食は?」
「銀は何が食べたい? 候補はアクアパッツァか肉じゃが」
「んん……どちらも捨てがたいが、今夜は来客があったな。山のモノだからアクアパッツァが良いか」
公園を訪れる人がいなくなった逢魔が時。
私は屋敷の離れでお狐様と再会する。
実は銀、昼間は耳と尻尾を仕舞って、人として私と一緒にここの管理人をしているのだ。目立つ長い髪は、人間の時は短く化かしているので、見た目は完全に格好良い外国の人。町の人や観光に来た女の子たちからは熱い視線を送られていて、私としてはちょっとモヤっとしてしまう。
そんな銀だけど、両親にはまだ正体を明かしていない。でも紹介した時のあの母の顔。多分、きっと銀を知っている。だからかもしれないけど、ここに二人で住む事はあっさりと認められたのだ。
正体を知らないだろう父は二つの意味で危険だ! 気に入らない! と言っていたけど……まあ、あの人もここへ来て銀を知れば大丈夫だろう。
◆
そして夜。この公園はあやかし屋敷へと姿を変える。
LEDの街灯は狐火に。公園を散策する賑やかな声は、台所の付喪神が踊り歌いながら料理をする声に。
「今夜のお客様は鹿の神様だっけ?」
「そうだ。山菜は飽きたから何か他のものをと言っていてな。ああ、それから先日、子狐が悪戯したので詫びに酒でも……」
「もー子狐ちゃん! 悪戯は程々にね!? そろそろ怒られると思うよ?」
「きゅーん?」
「きゅきゅ~ん?」
「きゅん?」
「まったく。都合が悪い時だけただの狐の振りをするんだから!」
「お前たちの独り立ちはまだまだ掛かりそうだな」
そんな銀は、ここで私の守護兼、旦那様として一緒に過ごしている。私たちの縁はちゃんと繋がったままだ。
それから子狐ちゃんたちも井戸神さんも、竈神さんも一緒だ。賑やかな付喪神たちも皆いる。竈神さんはまだ力が足りないようで、たまにしか姿を見せることはないけど、竈で炊くごはんはとっても美味しいので元気だそうだ。
「銀」
「ん?」
「明日はお仕事お休みなんだよね」
「そうだったな」
「久しぶりにお弁当持って、裏山の散策に行かない?」
「ああ、喜んで。俺しか知らない山の枝垂れ桜を見に行こう」
私たちは微笑み合い、そっと指を絡めた。
「うん」
遠い先の事はまだ分からないけど、とりあえず明日は二人でお花見に行こう。お弁当のおにぎりは、野沢菜漬の葉で包んだおにぎりと、肉巻きおにぎり、それからやっぱり外せないのは甘めのお稲荷さん!
そうだ。祠にお供えしたら、一足先に独り立ちした子狐の長男にも届くかな……?
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完結から一年半ほど経つこちらの作品、遅ればせながら拝読いたしました。もともと異類婚姻譚が好きで目を留めたのがきっかけでしたが、山奥での妖たちとのスローライフ、丁寧な食事作りの描写に感銘を受けました。日々仕事に忙殺され、食事は手早く作れるものばかりという己の味気ない生活を振り返り、キャリア最優先のいまの生き方は本当に望んだ生き方なのか、本当にこのままの生き方を続けてよいのだろうかと、価値観を見直すきっかけを与えられた作品でした。
大幅書き下ろし付きでの書籍化を熱望いたします!
感想をありがとうございます。
そんな風に感じていただけてとても嬉しいです。
『丁寧な食事作りの描写』とお褒めの言葉もありがとうございます。
実はもっと沢山の和食や洋食を、もっと丁寧に描きたかったな…と心残りに思っていました。でも書きたかった気持ちは伝わっていたのだなと、ねこたさんの感想に救われた気持ちです。
いつかじっくり書き直して、書籍化できたらいいなと思います。
感想を本当にありがとうございました!