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25.十四日目から

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 十四日目

 エアコンが壊れた。だけどだいぶ力を取り戻してきた竈神さんの助言に従って、火鉢を探してきたり、ネットで昔の炬燵のやり方を調べて、銀と二人で何とか設置してみたりした。
 勿論、火種と火の管理は竈神さんがやってくれるので安全面の心配はない。

「ううう寒い」
「美詞、近くへ来い。俺の前に入って……どうだ? 温かいだろう?」

 二人で炬燵へ入り、銀は背中から私を抱き込み頬ずりをしている。猫だったらきっとゴロゴロゴロゴロ喉を鳴らしているだろう。

「ふふふ、あったかい! ああ~……銀の尻尾もふっかふかだぁ……」

 腰にくるんと巻き付けてくれているもふもふを掌で堪能し、思わず私も頬ずりをしてしまう。
 銀はお狐様だけど、狐の姿を見たことは未だない。ずっと人の姿のまま、私より頭一つも大きくて、いつでもこうして包み込んでくれている。

「……子供の頃みたいだな? 美詞」
「そう? でももう子供じゃないよ」

 クスクス笑いながら、私は背中に振り向き「ほら!」と銀をギュッと強く抱きしめた。力一杯だ! 私は笑ってくれているだろうと、胸元から見上げた銀は予想外の微妙な顔。

「銀?」
「……いや……美詞」

 ゆっくり逸らされたその目尻には、うっすらと朱が滲んでいる。

「なんだか……妙な気分というか……何だろうなこれは。鼓動が速まり血が騒々しく巡っている」

 そんな銀の言葉に、ドキン、と私の心臓が大きく鳴った。
 緊張だろうか戸惑いだろうか。私の口は言葉を止めて、ただじっと、銀の金の瞳がこちらを向くのを待ってしまう。

「……美詞」

 その金目に自分が映って、その瞬間私は目を瞬いた。
 銀に抱き締め返されて、耳の後ろで「ハァ」と落された熱い吐息を感じたら、もう体は金縛りにあってしまったように動けなかった。いや、動きたくなかったのかもしれない。

 ドクン、ドクンと大きな鼓動が体に響きはじめる。

「美詞」

 銀が呼ぶ自分の名は、何だかとても綺麗で特別な宝物のよう。

「美詞……?」

 ううん、違う。
 特別なのはこの声だ。銀だ。

 私にとって、銀は特別なんだ。




 その日、炬燵の中で。
 私たちは恋に落ちてしまったんだと確信してしまった。


 ◆


 それからの毎日は四六時中一緒にいた。
 ずっとずっと一緒。

 銀は毎朝の敷地内の見回りに行って、私は朝ごはんを作って、一緒に食べて。昼ごはんは一緒に作って、その後はのんびり縁側で日向ぼっこをして、銀の尻尾をブラッシングして、一緒に映画を沢山観た。銀のお気に入りは夜の博物館のお話だった。

 夜は一日置きくらいに晩酌をして、寒い中くっついて星も見た。プラネタリウムよりすごかった。


 ◆


 二十九日目


「銀、今日はすっごく天気も良いし、暖かいからピクニック行こう! 子狐ちゃんたちも一緒に行こ?」


 お弁当は台所用品たちに教わった野沢菜漬の葉で包んだおにぎりと、昨日の生姜焼きの残りの肉巻きおにぎり、あとはやっぱり甘めのお稲荷さんでしょう! それから卵焼きは甘いのと出汁巻きの二種類で。ポテトサラダには凄く甘いミニトマトを添えた。子狐ちゃんたちが好きなソーセージは、ボイルと炭火焼きの二種類。沢山詰めた。ああ、飲み物も忘れてはいけない。

 銀はお弁当の入ったトートバッグを肩に掛けそわそわしている。私は竈神と鉄瓶さんが沸かしてくれたお湯で、手早く緑茶を淹れてポットの蓋を閉める。ポットは私が持って来たものなので、まだ踊らない。この屋敷で踊るのは古い道具たちなのだ。


「梅! 咲いてるね!」
「ああ。そろそろ冬も終わるな」

 紅白の梅は五分咲き。梅のお花見には少し早いけど、香りを楽しむには十分だ。

「梅の次は桜だね」
「そうだなぁ……。山の枝垂れ桜が見事なんだが、残念だ」

 銀はスニーカーの足を止め、まだ蕾も付いていない桜の林に目をやった。

「銀」
「俺の花見はこの梅で見納めだ」

 ああ、この笑顔。これまでにも何度か見た顔だ。
 私を抱き締める時、炊き立てのご飯を食べる時、子狐たちが少し大きくなって賢さを見せた時。その時々の片隅で見せていた、穏やかすぎる微笑みだ。

「……見納め、なの?」
「千代から『仕舞いの言葉』を貰っている。俺の守護狐の役割はここで仕舞いだ」

「でも――」
「美詞。毎日とは言わないが、せめて月に一度は供物がないと、俺は守護狐ではいられないのだ。再会したあの夜に見せた狐火が精一杯の、ただの化け狐でしかいられない」

 そうか。だから最初の頃の銀は「食べなければ力が戻らん!」って沢山食べていたんだ。管理会社の人があげていた、月に一度のお供えだけじゃ全然足りていなかったんだ。

「さて、美詞。離縁をしよう」
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