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22.六日目:凍れる月
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みんなをお腹を空かせたままになんてしたくない。銀に、身を削って周りを生かすなんてこともさせたくない。
陽気に踊る台所の付喪神さんたちと一緒に料理をしたいし、まだ姿を見せてもらっていない竈神さんにもまた会いたい。
「どうしたらいいんだろう……」
じっと考えて、私は物置部屋探索のあとに銀と話した内容を思い起こしてみた。
銀は『世話人は、我と共に食し暮らす者。世話人からもらう気で、俺や屋敷は力を取り戻すのだよ。それが――屋敷への嫁入りだ』と言っていた。
私はこの条件をクリアしていると思う。ここで一緒に暮らし、食事を作っていた。
だけど井戸神さんは『世話人失格』だと怒っていた。
「……多分、違うんだ」
銀の解釈――『屋敷への嫁入り』では駄目だった……ううん、そうじゃないのかも。今まで通り、昔ながらの『家』の継承をしているうちはそれで良かったのかもしれない。
だって、ここの当主へ嫁ぎ、この家の嫁となる。そして共に暮らし食事を作ってお狐様へ献上する。
確かにそれなら、銀が言うように『お狐様への嫁入り』じゃなく『屋敷への嫁入り』って解釈にもなるのだろう。
「でも今は『家』なんてものはないし……私はこの小塚家にお嫁入りなんかしてない……」
ただの外孫だ。昔だったらきっと、あの家系図にも載らない立場なんじゃないかと思う。
この、狐ノ介の作った『家』を最後に継いだのはおばあちゃんだ。私はそのおばあちゃんから最後の世話人を引き受けただけ。
「はぁ。そっか……これじゃ狐ノ介が作った『守護の対価』にはならなくて、だから駄目だったんだ」
狐ノ介が作ったお屋敷の理は『守護の対価としての嫁の食事』だ。
「でも、私は百年目の世話人……狐ノ介が娶っていたのも百年毎だった……よね?」
私は頭の中に散らばっていた情報を、ひとつひとつ並べ直し組み合わせていく。バラバラだった欠片たちが、ゆっくりゆっくりパズルのピースのようにはまっていく。
私は、ここのみんなに元気で楽しく暮らしてほしい。
幼い頃の私を見守って、楽しく過ごさせてくれたことに報いたい。
「……銀と話そう」
きっと、百年目の世話人だけができる恩返しがあるはずだ。
◆
「……あれ? 銀ってどこで寝てるんだろ?」
私がここへ来た時は、座敷で子狐ちゃんたちと一緒に雑魚寝をしてたけど……?
私は布団から出て、パジャマの上にダウンのコートを羽織った。
だって屋敷の夜は本当に冷えるのだ。
「う~……とりあえず居間に行ってみるかな」
あの部屋はそこそこ暖かいはず。普段いることが多い台所と隣り合っているので、居間のエアコンは夜もつけたままにしている。
外身は丸っきり昔ながらの日本家屋だけど、室内は意外とリフォームされていて、よく使う部屋にはエアコンもあるし炬燵もある。トイレやお風呂もおばあちゃんが生活していた頃の最新式なのでまあまあ快適だ。まぁ、時間の経過で古くなっている物が多いので、怖くて使っていない家電もあるけども。
もこもこの靴下にスリッパを履いて、暗く静まり返っている廊下を歩く。雨戸を閉めているので外は見えないけど、この冷え込みだともしかしたら雪が降っているかもしれない。
たまにキシキシと音を立てる廊下が、なんだかやけに長く感じるのは夜のせいだろうか?
「美詞」
ドキン! と心臓が大きく跳ねた。
真っ暗な闇に、ぽっとオレンジ色の灯りが浮かび上がる。
「し、銀~……! はあ、びっくりした」
ぽっ、ぽぽっ、と私の足下まで灯りが延び寄った。
「こんな時間にどうしたのだ? 眠れないのか?」
銀の手が私の頬を包み、ぐいっと上向かせられる。
銀は、よくこんな風に私を心配してくれるけど、その仕草は意外と乱暴というか……そう、人が飼い犬にするように結構強引なのだ。
「ううん、寝てたんだけど……。銀、ちょっと話がしたいの」
そう言うと、銀の金の目が大きく見開かれ、そして小さな吐息と共に閉じられた。
「分かった」
今の吐息は溜息だったのだろうか。
ほんの一瞬でも、私は銀を悲しませたりなんてしたくないんだけどな。
そんな風に思った。
◇
「なんだ、ここで寝てたんだ」
「知らなかったのか? ああ、そうか。美詞が起きてくる時分には俺たちは散歩に出ているからな」
向かったのは居間。エアコンで程々に暖められていた。
子狐ちゃんたちも八匹でくっつき丸まって眠っている。お狐団子がとっても温かそうだ。
座敷の襖を少し開けると、台所の小窓から月が覗いていた。
ああ、雪は降っていなかったけど、やっぱり今夜は随分と冷え込んでいたようだ。外の水瓶に溜まった水が凍りつき、その表面にぼんやりと月を映していた。
「……滅亡の予言ってのが定期的にあるんだけどね?」
「物騒だな?」
「……言われてみればそうだね。まあ、それでね? 私は、もしも本当に終わりが来るなら、泣いて嘆いて滅亡までを暮らすより、楽しく暮らしたいなーって思うの」
「美詞らしいな」
銀はゆるりと笑う。
きっと、私が何の話をしたいのかうっすら気付いているのだろう。
「私は銀たちにも楽しく暮らしてほしいと思う。だから、どうせなら……一緒に楽しく暮らそう?」
――でも、ずっと一人だったこのお狐様は、私が用意している言葉を正しく察してくれているのだろうか?
私の心臓はあらゆる緊張でドキドキと鳴り続けているというのに。
「銀、伝わってる?」
「美詞は良い子に育ったな」
はぁ。
私は大きな溜息を吐いた。
これは伝わっていない。曖昧な言葉でハッキリ言わなかった私も悪いのだけど……困った。
多分、私と銀の向いている方向が違うのだ。だから伝わらない。
私は未来を見ている。だけど銀は、この屋敷の終焉を見ている。
陽気に踊る台所の付喪神さんたちと一緒に料理をしたいし、まだ姿を見せてもらっていない竈神さんにもまた会いたい。
「どうしたらいいんだろう……」
じっと考えて、私は物置部屋探索のあとに銀と話した内容を思い起こしてみた。
銀は『世話人は、我と共に食し暮らす者。世話人からもらう気で、俺や屋敷は力を取り戻すのだよ。それが――屋敷への嫁入りだ』と言っていた。
私はこの条件をクリアしていると思う。ここで一緒に暮らし、食事を作っていた。
だけど井戸神さんは『世話人失格』だと怒っていた。
「……多分、違うんだ」
銀の解釈――『屋敷への嫁入り』では駄目だった……ううん、そうじゃないのかも。今まで通り、昔ながらの『家』の継承をしているうちはそれで良かったのかもしれない。
だって、ここの当主へ嫁ぎ、この家の嫁となる。そして共に暮らし食事を作ってお狐様へ献上する。
確かにそれなら、銀が言うように『お狐様への嫁入り』じゃなく『屋敷への嫁入り』って解釈にもなるのだろう。
「でも今は『家』なんてものはないし……私はこの小塚家にお嫁入りなんかしてない……」
ただの外孫だ。昔だったらきっと、あの家系図にも載らない立場なんじゃないかと思う。
この、狐ノ介の作った『家』を最後に継いだのはおばあちゃんだ。私はそのおばあちゃんから最後の世話人を引き受けただけ。
「はぁ。そっか……これじゃ狐ノ介が作った『守護の対価』にはならなくて、だから駄目だったんだ」
狐ノ介が作ったお屋敷の理は『守護の対価としての嫁の食事』だ。
「でも、私は百年目の世話人……狐ノ介が娶っていたのも百年毎だった……よね?」
私は頭の中に散らばっていた情報を、ひとつひとつ並べ直し組み合わせていく。バラバラだった欠片たちが、ゆっくりゆっくりパズルのピースのようにはまっていく。
私は、ここのみんなに元気で楽しく暮らしてほしい。
幼い頃の私を見守って、楽しく過ごさせてくれたことに報いたい。
「……銀と話そう」
きっと、百年目の世話人だけができる恩返しがあるはずだ。
◆
「……あれ? 銀ってどこで寝てるんだろ?」
私がここへ来た時は、座敷で子狐ちゃんたちと一緒に雑魚寝をしてたけど……?
私は布団から出て、パジャマの上にダウンのコートを羽織った。
だって屋敷の夜は本当に冷えるのだ。
「う~……とりあえず居間に行ってみるかな」
あの部屋はそこそこ暖かいはず。普段いることが多い台所と隣り合っているので、居間のエアコンは夜もつけたままにしている。
外身は丸っきり昔ながらの日本家屋だけど、室内は意外とリフォームされていて、よく使う部屋にはエアコンもあるし炬燵もある。トイレやお風呂もおばあちゃんが生活していた頃の最新式なのでまあまあ快適だ。まぁ、時間の経過で古くなっている物が多いので、怖くて使っていない家電もあるけども。
もこもこの靴下にスリッパを履いて、暗く静まり返っている廊下を歩く。雨戸を閉めているので外は見えないけど、この冷え込みだともしかしたら雪が降っているかもしれない。
たまにキシキシと音を立てる廊下が、なんだかやけに長く感じるのは夜のせいだろうか?
「美詞」
ドキン! と心臓が大きく跳ねた。
真っ暗な闇に、ぽっとオレンジ色の灯りが浮かび上がる。
「し、銀~……! はあ、びっくりした」
ぽっ、ぽぽっ、と私の足下まで灯りが延び寄った。
「こんな時間にどうしたのだ? 眠れないのか?」
銀の手が私の頬を包み、ぐいっと上向かせられる。
銀は、よくこんな風に私を心配してくれるけど、その仕草は意外と乱暴というか……そう、人が飼い犬にするように結構強引なのだ。
「ううん、寝てたんだけど……。銀、ちょっと話がしたいの」
そう言うと、銀の金の目が大きく見開かれ、そして小さな吐息と共に閉じられた。
「分かった」
今の吐息は溜息だったのだろうか。
ほんの一瞬でも、私は銀を悲しませたりなんてしたくないんだけどな。
そんな風に思った。
◇
「なんだ、ここで寝てたんだ」
「知らなかったのか? ああ、そうか。美詞が起きてくる時分には俺たちは散歩に出ているからな」
向かったのは居間。エアコンで程々に暖められていた。
子狐ちゃんたちも八匹でくっつき丸まって眠っている。お狐団子がとっても温かそうだ。
座敷の襖を少し開けると、台所の小窓から月が覗いていた。
ああ、雪は降っていなかったけど、やっぱり今夜は随分と冷え込んでいたようだ。外の水瓶に溜まった水が凍りつき、その表面にぼんやりと月を映していた。
「……滅亡の予言ってのが定期的にあるんだけどね?」
「物騒だな?」
「……言われてみればそうだね。まあ、それでね? 私は、もしも本当に終わりが来るなら、泣いて嘆いて滅亡までを暮らすより、楽しく暮らしたいなーって思うの」
「美詞らしいな」
銀はゆるりと笑う。
きっと、私が何の話をしたいのかうっすら気付いているのだろう。
「私は銀たちにも楽しく暮らしてほしいと思う。だから、どうせなら……一緒に楽しく暮らそう?」
――でも、ずっと一人だったこのお狐様は、私が用意している言葉を正しく察してくれているのだろうか?
私の心臓はあらゆる緊張でドキドキと鳴り続けているというのに。
「銀、伝わってる?」
「美詞は良い子に育ったな」
はぁ。
私は大きな溜息を吐いた。
これは伝わっていない。曖昧な言葉でハッキリ言わなかった私も悪いのだけど……困った。
多分、私と銀の向いている方向が違うのだ。だから伝わらない。
私は未来を見ている。だけど銀は、この屋敷の終焉を見ている。
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