お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜

織部ソマリ

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12.二日目:お前の狐

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 廊下を二人で歩く。狐火のおかげか、深々と冷えていた廊下も寒くない。

「あの、ところで狐ノ介の二度目のお嫁さんって……」
「ああ、彼女は最初の嫁の生まれ変わりだそうだ」

 そんな事が本当にあるのか。いや、あやかしが目の前にいる今、今更なんだけども。

「狐ノ介の嫁は、一度目は人のまま寿命を終え、二度目は狐ノ介が我らの世界へ連れ去った。多分、二度目の嫁はあやかしになったのだと思う」
「ひぇ……」

『神隠し』ってやつだろうか。人が、人でない者の世界へ連れ去られる昔話は沢山ある。この屋敷にいると、きっと本当にあったことなのだろうと思ってしまう。

 ――でも、昔話も狐ノ介のお嫁さんも、それを望んだのだろうか?

 人でなくなることを。あやかしの世界へ行くことを。

「……じゃあ、この家の守護の対価が嫁のご飯っていうのは? どうして?」
「ああ、それは……」

 銀は口篭る。言い難い理由なのだろうか?
 私は隣の狐をじっと見上げた。

「狐ノ介が、嫁の飯が好きで……その様に嫁と約定を結んだらしい」
「のろけか……!」

 まさかの理由だった。
 狐ノ介……自由過ぎる……!


「ね、それじゃあ銀は? 狐ノ介の跡を継いだのはどうして?」
「ああ、俺は狐ノ介に拾われたんだ。ほれ、俺は風変わりな銀色の毛並みだかは親に捨てられてしまったようでな。一人でいたところを狐ノ介に保護された。だから俺はその恩返しとして、この守護を継いだのだよ」

「……家族はいないの?」
「うーん……狐ノ介が親代わりだが、あ奴は子供っぽかったからなあ。どうにも親というものとはちょっとばかし違うが……」

 銀は懐かし気に目を細め微笑む。
 私が知らない大昔。江戸の頃を思い出しているのだろう。

「だが今は、子狐たちと美詞が家族のようなもの。三百年目にして……楽しい」

 キュッと心臓が掴まれた。
 なんだそれは。子狐の頃から一人ぼっちで、役目を負わされて、ずっとここで大家族を見守って――。

「銀はどうしてお嫁さんを貰わなかったの? チャンスはあったでしょう?」
「……寂しいではないか。人を嫁にしても俺は置いていかれる。それにここの守護をやめることはできない」

 何それ。何よそれ? 銀に自由はないの?

「……狐ノ介さんは好きなようにしてたのに」
「それは奴の性格よ。俺は……この屋敷で付喪神たちと守護を、一族を遠くから見守るのが幸せであった」

 ふっと零れたのは寂しげな笑み。
 ああ、きっと銀は知っているんだ。もう、この屋敷も家もなくなってしまうことを。

「……銀、ひと月だけだけど……一緒にいようね? 楽しいことをいっぱいしよう? 美味しいごはんをいっぱい食べて、銀は我儘を沢山言ってね?」
「なんだ、甘やかしてくれるのか? 優しい子だな、美詞は」

 銀は私を横から抱き込んで、尻尾で腰ごと包み込む。
 ぐりぐりと頬ずりする肌は温かくて、たまにあたる耳がこそばゆい。そして――やっぱりちょっと恥ずかしい。

 でも、嫌ではないし、銀が嬉しそうだからか、何だか私も口元が緩んでしまう。

「美詞、さっそく我儘を申して良いか? おつを所望したい」
「え? おやつ?」
「子狐たちが腹が減ったと騒いでいてな」





「……うーん、あ、お芋! スイートポテトにしようかな?」

 私は野菜を入れたダンボールを覗き込み、さつま芋を手に取った。じゃが芋、里芋、さつま芋と、各種芋が山盛りで、どう使うか悩みどころだったけど、オヤツで消費するのは良いアイデアだ。

 それにスイートポテトは、子供の頃お祖母ちゃんとよく作った思い出のオヤツだ。もしかしたら銀も食べたことがあるかもしれない。

「ね、銀! お祖母ちゃんのスイートポテト、お供えとかで食べたことある? さつま芋で作った丸いやつで、甘いの!」
「すいーとぽてと……丸いさつま芋の……?」

 銀は、何故かじっと私を見つめ、ふっと小さく笑った。ほんの少し苦い顔をして。

「もしかして苦手? さつま芋」
「いいや。懐かしいと思っただけだ。しかし……俺ばかりが憶えていて、忘れられてしまっているのは寂しいものだな」

 隣にしゃがんだ銀の、銀色の尻尾と耳がぺたりと下がっていた。

「俺の美詞は少々意地が悪い」

 しんと冷えた土間。外は雪がちらついている。竈神さんの火が台所を徐々に温めているけど、未だ冷える空気は、銀の声に混じった悲しみを拾ってしまう。

「ごめん。憶えてなくて」

 銀はどうしてこんなに私を好いてくれるのだろう。世話人だから?
『俺の美詞』だなんてそんな目で言われると、さすがにドキリとしてしまうし――。ああ、そういえば銀は、自分のことを『お前の狐』とも言っていた。

「……ねぇ、銀? どうして私は銀のもので、銀は私のものなの?」
「んん?」

 銀が盛大に首を傾げ、戸惑うように尻尾を揺らした。

「屋敷神と世話人であるからな、当然――。待て、知らないのか?」
「う、うん。私何も知らないんだけど……ねえ、どういうこと?」

「――千代め。孫に説明なしで世話役を任せたか……」

 まったく千代は悪戯っ子だ。と、銀がお祖母ちゃんの名を口にし何やらぼやいた。
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