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09.二日目:物置部屋

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「美味しいな……千代の玉子焼きは出汁の利いたものだったが、美詞の甘いこれも良い!」
「よかった。あ、子狐ちゃんたちもゆっくり食べてね? まだ熱いからフーフーして……」

「きゅん?」
「くきゅっ」
「きゅんきゅんー!」

 そんなことしてられるか! と言う様に、八匹がお皿に群がりハフハフしながら我先にと食べている。

「あはは、美味しい?」
「きゅーん!!」

 そんなやり取りの間に、すっかり空になったお皿が流しへ歩いて行っている。子狐ちゃんたち様に焼いた厚切りハムもとっくにない。

「……もっと焼いてあげれば良かったかな」
「いや、十分であろう。我らの食事は量ではないからな」
「そうなの?」
「ああ。世話人が作ったということが重要なのだよ。勿論美味しい方が嬉しいがな」
「そっか。じゃあお昼ごはんも頑張るね」

 美しい所作で食事を続ける銀を横目で眺めつつ、やっぱり『世話人』って何なんだろう? と考えてしまった。
 世話人が作るそのことが、食事の量よりも味よりも大切だというのはどういう事だろう。それに井戸神さんに言われた『嫁入り』のことも気になるし……。記録があるって言ってた離れの物置部屋を見に行きたいなぁ。

「銀、今日の予定は?」
「いつも通りだな。子狐たちを連れて山を見回ってくる。十年の間に随分と猪と鹿が増えていたのでな、彼らと話しをしてくる」
「えっ、猪と鹿がいるんだ! えっ? 熊もいる……?」
「いるぞ。今は冬眠中だろうが」

 いるのか……!

「春になったら――いや、まあ良い。美詞は山には入らぬようにな?」
「はい」

 銀は子狐たちにする様に、私の頭をそうっと撫でた。





「ここか。うわぁ……寒い!」

 山へ出掛ける銀に、お昼のおにぎりを持たせ見送ると、私は離れへの物置部屋へと向かった。この部屋には、例の火事で焼け残った物が仕舞われているらしい。

 私は着込んだダウンジャケットの前を閉め、フードも被る。だって寒いのだ。あと埃っぽい。

「記録……記録……」

 きっと古文書的なものになるのだろう。確か銀は『三百年ここを守護している』と言っていたから……江戸時代だよね。江戸時代なら本になってるだろうか。

「うーん……掛け軸とか多いなぁ。箱も多いけど……ああ、これは食器か」

 物置部屋といっても広さはそれなりにある。減っただろうが蔵に収納されていた物ならば、それなりの数だ。幾つも並んだ棚には物がビッシリと並べ慣れている。しかしある程度の分類がされている様なので、お目当ての物はきっと見つかるだろう。

「あ、そっか。奥から見てみよう」

 私が探しているのは古い記録。部屋の手前にあるのは、多分昭和あたりの物だった。昔からの記録で家に関する大事なものならば、きっと奥の方に特別大事に仕舞われているはず。


「――あった。多分これだ」

 紐で閉じられていて、表紙には『狐塚家系図』と書かれていた。

「元々はこれで『こづか』だったんだ……」

 この家の名字は『小塚』(私は父方の名字を名乗っているから伊庭だけど)だが、この本では『狐塚』となっている。あからさまにお狐様絡みだ。

 きっと私が知りたい『世話人』や『嫁入り』のことも書かれているはず。そう期待してページをめくった。――が。

「……読めない」

 私は天を仰いだ。
 だって、ミミズがのたくった様な文字なのだ! 筆で書かれていて、達筆すぎて全く読めない。表紙の文字が読めたのは、もしかして表装し直したからなのかもしれない。

「ん? 直したとしたら……あ! あった!」

 箱の底、何冊かの古文書の下に、新しめの紙で作られた書き付けの束があった。

 こちらも筆で書かれているが、原本よりは全然読める。それでも片仮名や旧仮名遣いで書かれていて、私にはかなり読みにくいものだけど。

「家系図を補足する感じで書かれてるのかな」

 一ページ目の初代については、かなり詳細に書かれている様だ。

「えっと……『きょう……ろくかな? 元年』――待って、享禄っていつ」

 私はスマホで『享禄』を調べてみた。すると出て来たのは「1528年~1532年」の文字。約五百年前か。ああ、戦国時代なんだ、へぇー……。

「あれ? 銀は三百年って言ってたのに……初代は……『狐ノ介』か。『このすけ』? えぇ……めちゃくちゃ狐感ある」

 まさかなぁ、と思いつつ、私は読み進めていった。
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