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06.一日目:縁側でお茶を飲む
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窓越しの日差しが暖かい板張りのくれ縁で、二人並んで食後のお茶を飲んでいた。
「――ところで美詞、俺のことをまだ思い出さんか?」
「うーん……」
銀さんのこの口振りだと、きっと子供の頃に会っているのだろう。でも、どうにも思い出せない。憶えていない。こんなに特徴的で忘れないでしょう!? って容姿なのに! 格好良いだけでなく、お耳と尻尾は衝撃的なはずなのに!
「……あ、でも」
「ん?」
「声……銀さんの声、聞き覚えがあるような気がします」
「……そうか。よし。では沢山話しをしよう。お前が思い出すまでずっと耳に問いかけよう」
フワッと抱き込まれ、耳元でご機嫌そうに呟かれる。
「し、銀さん!?」
「ああもう、他人行儀で気に入らん。『さん』など付けてくれるな、銀で良い」
「し、しろがね……」
「うん。昔よりは少し落ち着いた声になったが、可愛らしい美詞の声には変わりない」
スリスリと頬ずりをして、嬉しそうに私の耳に口付ける。
「ッ……え!?」
――いや、これ、食まれてる? あっ、もしかして動物がやってるグルーミング的な? 愛情表現的な?
「どうした? む、顔が赤いな……やはり熱が出てしまったか? 寒くない様に俺と子狐たちで添い寝をしたんだが……」
「そ、添い寝……!? 銀さんが!? はぁ!?」
「しろがね、だ」
「し、しろがね!」
更に色付く頬を隠せないまま復唱すると、銀さんは満面の笑みで「よろしい」と頷いた。
「毛皮のない人間にここは寒すぎる。まだ美詞から食事を貰っていない俺の力では、大した事はできん。だから暖めながら寝たのだが……風邪をひかせてしまったか?」
「いっ、いえ、いえ! 大丈夫……」
これは、言わないといけない。
この人(人?)分かってない。
「あのね、銀さ……銀。あなたから見たら私はまだ子供のままかもしれないけど、私はもう大人なの。で、銀は男の人だよね? だから、こ、こんな風にされると、私は困ります……!」
「……困る? お前が? 何故」
何を言っているのだと言うように、銀は眉根を寄せる。
「だって、恥ずかしいでしょう!? わ、私は狐じゃないし、狐だんごになって丸まって寝たりしないの!」
「俺だってただの狐ではないぞ」
そんな事はとっく分かっている。ただの狐でもただの男の人でもないだろう。
考える事を放棄した、踊る台所用品も子狐たちも自然に受け入れていたけど、やっぱり一応、聞いておいた方が良いかもしれない。
「じゃあ、あなたは何?」
顔を上げると、隣に座る銀が障子窓からの柔らかい日差しに照らされて、その銀髪をキラキラ輝かせていた。
人間離れした金の瞳も、長い髪も真っ白な装束も、何だか神々しく見えてしまう。
「……銀って……神様なの?」
私は彼がお狐様と呼ばれていること、それから庭の祠に祀られていることしか知らない。
「いいや。俺は妖狐、あやかしだ。この家と共に三百年を生き、守護をしてきたお前の狐」
「……私の? どういう意味?」
「お前はこの家の娘で、十年に一度の『世話人』で……」
銀が何故か言い淀み、金の目で私を窺っている。
「美詞は『百年に一度の習わし』を知らないのだったな?」
「知らないけど……何? もしかして今年が百年目なの? 教えて、銀。私は何をすれば良いの?」
「――いや、知らないのなら知らないままで良い。ああ、そんな顔をするな。『世話人』は十年に一度、ひと月の食事を奉納する者で、俺はその食事を糧にし、この家を守護する為の力を蓄えるのだよ」
「そう……なんだ」
『世話人』の意味は分かった。銀がここを守護する為に食事を欲する意味も分かった。でも、はぐらかされてしまった『百年に一度の習わし』が気になる。
私はじっと銀を見つめる。だけど銀は微笑み返すだけ。
「大丈夫。美詞はここで食事を作って、ひと月後にまた帰れば良いだけだ」
銀はそう言ってお茶を飲み「子狐たちの世話をしてくる」と言って裏山へと向かった。
「……ひと月後か」
呟いて、胸がツキンと痛んだ。
だって、このお屋敷はひと月が過ぎればもう――。
「――ところで美詞、俺のことをまだ思い出さんか?」
「うーん……」
銀さんのこの口振りだと、きっと子供の頃に会っているのだろう。でも、どうにも思い出せない。憶えていない。こんなに特徴的で忘れないでしょう!? って容姿なのに! 格好良いだけでなく、お耳と尻尾は衝撃的なはずなのに!
「……あ、でも」
「ん?」
「声……銀さんの声、聞き覚えがあるような気がします」
「……そうか。よし。では沢山話しをしよう。お前が思い出すまでずっと耳に問いかけよう」
フワッと抱き込まれ、耳元でご機嫌そうに呟かれる。
「し、銀さん!?」
「ああもう、他人行儀で気に入らん。『さん』など付けてくれるな、銀で良い」
「し、しろがね……」
「うん。昔よりは少し落ち着いた声になったが、可愛らしい美詞の声には変わりない」
スリスリと頬ずりをして、嬉しそうに私の耳に口付ける。
「ッ……え!?」
――いや、これ、食まれてる? あっ、もしかして動物がやってるグルーミング的な? 愛情表現的な?
「どうした? む、顔が赤いな……やはり熱が出てしまったか? 寒くない様に俺と子狐たちで添い寝をしたんだが……」
「そ、添い寝……!? 銀さんが!? はぁ!?」
「しろがね、だ」
「し、しろがね!」
更に色付く頬を隠せないまま復唱すると、銀さんは満面の笑みで「よろしい」と頷いた。
「毛皮のない人間にここは寒すぎる。まだ美詞から食事を貰っていない俺の力では、大した事はできん。だから暖めながら寝たのだが……風邪をひかせてしまったか?」
「いっ、いえ、いえ! 大丈夫……」
これは、言わないといけない。
この人(人?)分かってない。
「あのね、銀さ……銀。あなたから見たら私はまだ子供のままかもしれないけど、私はもう大人なの。で、銀は男の人だよね? だから、こ、こんな風にされると、私は困ります……!」
「……困る? お前が? 何故」
何を言っているのだと言うように、銀は眉根を寄せる。
「だって、恥ずかしいでしょう!? わ、私は狐じゃないし、狐だんごになって丸まって寝たりしないの!」
「俺だってただの狐ではないぞ」
そんな事はとっく分かっている。ただの狐でもただの男の人でもないだろう。
考える事を放棄した、踊る台所用品も子狐たちも自然に受け入れていたけど、やっぱり一応、聞いておいた方が良いかもしれない。
「じゃあ、あなたは何?」
顔を上げると、隣に座る銀が障子窓からの柔らかい日差しに照らされて、その銀髪をキラキラ輝かせていた。
人間離れした金の瞳も、長い髪も真っ白な装束も、何だか神々しく見えてしまう。
「……銀って……神様なの?」
私は彼がお狐様と呼ばれていること、それから庭の祠に祀られていることしか知らない。
「いいや。俺は妖狐、あやかしだ。この家と共に三百年を生き、守護をしてきたお前の狐」
「……私の? どういう意味?」
「お前はこの家の娘で、十年に一度の『世話人』で……」
銀が何故か言い淀み、金の目で私を窺っている。
「美詞は『百年に一度の習わし』を知らないのだったな?」
「知らないけど……何? もしかして今年が百年目なの? 教えて、銀。私は何をすれば良いの?」
「――いや、知らないのなら知らないままで良い。ああ、そんな顔をするな。『世話人』は十年に一度、ひと月の食事を奉納する者で、俺はその食事を糧にし、この家を守護する為の力を蓄えるのだよ」
「そう……なんだ」
『世話人』の意味は分かった。銀がここを守護する為に食事を欲する意味も分かった。でも、はぐらかされてしまった『百年に一度の習わし』が気になる。
私はじっと銀を見つめる。だけど銀は微笑み返すだけ。
「大丈夫。美詞はここで食事を作って、ひと月後にまた帰れば良いだけだ」
銀はそう言ってお茶を飲み「子狐たちの世話をしてくる」と言って裏山へと向かった。
「……ひと月後か」
呟いて、胸がツキンと痛んだ。
だって、このお屋敷はひと月が過ぎればもう――。
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