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【第三部】第一章 新生活のはじまり

2 朝の風景2

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「ただいまー! 遅くなってごめん!」

 大きなバゲットを抱え階段を駆け上がる。

『あ、ロイ! おそかったね~』

 プラムがポヨンポヨンと階段の踊り場で跳びはねる。どうやら小窓に飾った花籠にも水をあげてくれていたようだ。

「ごはんにしよ、プラム」
『はーい』

 プラムは手(?)を上げ、嬉しそうにプルルルン! とゆらゆら踊る。
 スライムは雑食性だ。【分解】のスキル目当てで飼育されるスライムの食事は残飯が多い。だけど僕は、プラムには好きなものを食べてほしいと思ってる。

 前世の僕は、飢えることはなかったけど、食べたいものを美味しく食べてたわけじゃない。
 だからプラムやロペルには、僕の手が届く範囲――【友誼】を結んだスライムたちには、美味しいものを食べ楽しく生きてほしいと思うんだ。

 僕の自己満足だけどね。

『プルン?』

 どうしたの? とプラムが僕の肩に飛び乗り首を傾げた。
 前世をことを思い浮かべたからか、滲んだ寂しい気持ちが《以心伝心》で伝わってしまったようだ。

「なんでもないよ。ロペルはまだキッチンかな? ロペル、お待た……わぁ! すごい!」
『ごちそう!』

 ビョン、ビョン! と、プラムが伸び上がった。
 食卓にはこんがり焼けたソーセージが山盛りになっていた。どのくらいの量かと言えば、大皿三つに山盛り。
 大容量の氷冷庫ひょうれいこに浮かれた僕が、どっさり買い溜めしたもの全てだと思う。

『ロイ、おかえり。ソーセージやけたよ』
「う、うん……ちょっと多いけど、ありがとうロペル」
『これ、ちょっとおおかった……?』

 僕の言葉にロペルが首を傾げた。
 そうだった。ロペルは器用にいろいろこなすけど、それはドッペルスライムが持つ、人の姿や行動を特性によるもの。
 今はまだ、物事を理解して行動しているわけじゃないんだった。

「うん。多いけど大丈夫! 素材の保存に使いなさいって、ベアトリスさんが錬金術で『保管庫』を作ってくれたから!」

 この『保管庫』はすごい。倉庫の一室丸ごとに【状態保存】の効果が付いているんだ!

 この倉庫の中は時が止まっていて、〝時止めの保管庫〟なんて呼ばれている。
 新鮮なものは新鮮なまま、ちょうどよく熟成されたものも、その熟成度を保つことができる。

【状態保存】は珍しい効果ではないけど、ここまで大きな空間に付与されることはなかなかない。

 よくあるのは小箱や袋、金庫のような少し大きな箱に付与されている。僕には手が届かないけど【状態保存】付きの『収納バッグ』もある。
 こんなすごい倉庫、もし製作を依頼したら、金貨どころか白金貨が何枚も必要になると思う。

 だというのにベアトリスさんは、「弟子になったお祝いよぉ」と言って、ぽーんと贈ってくれたのだ。さすが国一番の錬金術師さんだ。

「あれ? そういえば【状態保存】って匂いはどうなるんだろう……状態が保存されるんだから匂いだってそのままか」

 ちゃんと密閉してしまわないと、倉庫がソーセージのいい匂いになってしまう。
 素材や作った薬を保存するための倉庫なのに、最初に入れるのが食材ってだけでもちょっと申し訳ないのに、いい匂いまでさせてたら師匠に怒られそうだ。ふふふ。

『え? これしまっちゃうの? ぼくいっぱいたべたいなー』

 テーブルに飛び乗ったプラムはソーセージの周りをクルクル踊るように歩いて言う。

『ロイ。おおかったぶん、あとでおしえて? おおくないぶんは、ロイとプラムとククルルとたべたい』

 ロペルはそんなプラムを見つめ、真剣な顔でそう言った。

「うん、パンも冷めちゃうし早く食べよ……っていうか、あれ? ククルルくんはどこ?」

 見回すが、テーブルの下にも戸棚の陰にも姿はない。

 まさか、まだ寝てる……? そう思い階段をひょっこり覗くと、上のほうから『トコン。トトン』という小さな音が聞こえてきた。
 ここで暮らし始めて数日。そろそろ聞き慣れてきた足音だ。

「ククルルくーん! 朝ごはんだよ」
「ンー……眠いのにゃ……でもいい匂いなのにゃ……んにゃ! 山盛りソーセージにゃ!」
「おはよう、ククルルくん」

 これも毎朝のこと。寝ぼけ眼のククルルくんの目を覚ますには、美味しそうな匂いが効くようだ。

「おはようにゃ! 朝ごはんにゃね!」

 起きてよかったにゃーと、ククルルくんがトンタタ、タッタと寝ぼけたリズムで床を踏み鳴らす。

「ふふっ。ククルルくんは仕方ないなぁ」
『ポヨヨン!』

 ほんとにね! とプラムも笑い、現金なククルルくんに『テーブルのよういをてつだって』と言い、フォークとスプーンを渡している。

「はいにゃ! ククルルもお手伝いするにゃ」

 早く食事にありつきたいククルルくんは、手際よくカトラリーを並べていく。

『ロイ、ぼくはなにする?』
「じゃあロペルはパンを切ってくれる? 昨日教えた通りだよ」
『わかった』

 頷くロペルにまだ温かいパンを渡したら、僕はスープをよそおう。
 一昨日の朝に教えた通り、ロペルは食器の用意をしてくれたようだ。とっても覚えがよくて優しい子だなぁと思う。

 今日のスープは野菜もたっぷりのミネストローネだ。
 お昼はこれにパスタを入れて食べようかな? 僕はそんなことを考えながら、まだ十分に買い揃えていないせいで、深い浅いまちまちの皿によそっていく。

「ロイ、ロイ、パセリを散らすにゃ。パラにゃら~」

 てててっと駆け寄ってきたククルルくんが、プランターから摘んできたパセリを手でちぎる。
 赤いミネストローネに鮮やかな緑色が浮かび、さらに食欲をそそる色合いになった。

「さあ、食べよう!」

 僕、プラム、ロペル、ククルルくん。四人揃って食卓に着く。

 パンとスープとソーセージのシンプルな朝食だけど、塗ったバターが溶けるような温かいパンも、具だくさんのスープも、山盛りソーセージも、どれも美味しくて頬が緩んじゃう。
 尽きないソーセージのおかげで、今日は特におなかいっぱいになりそうだしね!

「ふふ! 美味しいね」
『プルルン!』

 そうだね! とプラムが嬉しそうに揺れ、ロペルは普段あまり変化を見せない顔に微笑みを浮かべて頷く。ククルルくんは「うみゃい、おいしいにゃ」と言いながら爆食いだ。

 ――本当に、いい朝だなぁ

 今、一緒に暮らしているのはこの四人だ。
 でもリディもここに住みたいって言ってたし、ここに来てまだ数日だけど、ベアトリスさんは気が向いた時に突然来るし、そのうちもっと賑やかな食卓になるかもしれない。

 ギュスターヴさんは初日以降まだ来てないけど、冒険者ギルドのみんなも来たいって言ってたし、今度は僕がパーティーを開いて招待するのもいいかも!

 僕はそんなことを思いつつ、唇をテカらせているだろうバターをペロリと舐めにんまりと笑った。
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