月華後宮伝

織部ソマリ

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虎猫姫は冷徹皇帝と白銀に誓う

虎猫姫は冷徹皇帝と白銀に誓う-2

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 ◆


 ――この月華後宮には、現在、凛花を含め四人の月妃がいる。
 上から順に、宦官かんがんの長を祖父に持つ、弦月妃げんげつひとう白春はくしゅん。元高位月官で紫曄や側近である双嵐そうらんの幼馴染み、暁月妃ぎょうげつひかく朱歌しゅか。武の名門の娘だが柔らかな気質の、薄月妃はくげつひりく霜珠そうじゅ。そして、『神託の妃』である朔月妃・虞凛花。
 本来、月妃は皇后・望月妃を含め九人揃っているもの。即位から三年が経過した皇帝の妃としては異例の少なさだ。それが許容されているのも、『白銀の虎が膝から下りる時、月が満ちる』という、月――皇帝を“満たす”という神託が下った凛花がいるからだった。だが今、その前提が変わりつつある。
 佳月宮に滞在する、琥国の王女・月夜の存在だ。まだ月妃ではないが、月祭の夜に下った神託がある。
 凛花が紫曄の隣で、望月妃として立つことを望むなら時間はない。

「紫曄。私、すぐにでも雲蛍州に行こうと思います」

 兎杜が運んだ朝餉あさげを平らげた凛花は、執務へ向かう紫曄の背にそう言った。
 二人の間では、凛花が雲蛍州に行くことはとっくに決定していた。機を見よう、もう少しだけ凛花の状態を見よう。そんなことを言っているうちに、凛花の父よりふみが届いてから数日が経ってしまったのだ。
 王女が月華宮に来てからは二人の時間が取れなかった。だからこの、ぬるま湯のような束の間の日々は愛おしく、手放しがたいもの。
 しかし、これ以上のんびりはしていられない。

「紫曄……主上。お願いです。わたくし朔月妃に後宮から出るご許可を」
「……そういう言い方はずるいぞ。凛花」

 振り返った紫曄は苦虫を噛み潰したような顔。かしこまった言葉と所作を見せる凛花を抱きしめると、はぁーと大きな溜息を吐いた。

「分かっている。このまま様子を見ても、凛花の体はこれ以上は改善しないのだろうな」

 卓の上には、毎食後に飲んでいる『解毒の茶』の杯が。朝の様子を見ても分かるよう、たとえ人の姿であっても、凛花には日増しに虎の性質が色濃く出ていた。

「早く望月妃になりたいのです。紫曄」
「俺も、早くお前を望月妃にしたい……が、腹をくくったつもりでも行かせたくないと思ってしまうな」

 はぁーとまた大きな溜息を吐き、凛花の肩にもたれかかる。凛花は自分よりも大きな紫曄を抱きしめ、その背をぽんぽんと撫でる。

(どうしてこの人はこんなに可愛いのだろう?)

 甘えてもらえることが嬉しい。だが、そう思う気持ちの裏側で、この姿を見せるのは自分だけにしてほしい。そうでなくては許せないと思う。
 そんな獰猛どうもうな気持ちを持つ自分に、凛花は最近気が付いてしまった。これも虎化の影響なのか、紫曄を想うあまりなのかは分からないが。

「ぐずぐずしていると、痺れを切らした月夜殿下にまた襲われちゃいますよ? 私は嫌だけど……紫曄はそれでいいの?」
「……よくない。はぁ……分かっている。だが、お前を丸腰のまま放り出すようなことはしない。あらためて腹をくくるぞ、凛花」
「はい」

 凛花は力強い声で頷く。
 きっと紫曄は、ぐだぐだと言いながらも下準備や調査をしていたのだろう。後宮や月妃に関する決まり事はもちろん、過去に里帰りをした月妃がいたか、その妃は戻ってきたかなど、過去の例を提示できれば周囲を説得しやすい。
 それに凛花の帰郷は、ある程度長期になることも考えられる。ほんの数日間、行って戻ってくる里帰りとは訳が違うのだ。

「一旦帰郷し、後宮に戻ってくるには協力者が必要だ。だが、何もかも隠したままでは協力を得るのは難しい」

 紫曄は不安げだが、真っ直ぐ凛花を見つめて言う。

「はい。私の秘密……虎化の秘密を打ち明けましょう」
「いいんだな?」

 凛花にとって虎化の秘密は、隠すのが当たり前。隠さなければならない、絶対に知られてはいけない秘密だと、幼い頃からすり込まれてきたこと。紫曄に知られたのだって、偶然でしかなかったのだ。

「正直……虎化なんて信じ難いことを話すのは恐ろしいです」

 人は普通、虎を猛獣もうじゅうだと怖がるし、人が人でないものに変化するなど、あり得ないと思っている。だというのに、それを信じてもらった上で、さらに怖がらないでほしい、無茶に協力してほしいと頼み込まなければならない。
 これが恐ろしくないはずがない。

「でも、話します。私があなたの隣にいるために必要なら……やるしかないでしょう?」

 凛花がニッと笑い、紫曄は凛花をきつく抱きしめる。

「はぁ~……なんて頼もしい妃だろうな。それでこそ、俺の虎猫だ」
「ふふ! もう虎猫じゃなくなるかもしれませんけどね」

 もしも虎化しなくなったとして……でも、この内なる虎はいなくならない気がする。

(だって、血に組み込まれた虎だもの。もしも虎化しない体に変わっても、私の中に流れる白虎の血脈は変わらない)

 凛花はそんなふうにも思い、また、こんなふうにも思った。
 ――私、本当に虎を手放したいのかな。手放せるのかな……と。


 ◆◆◆


 麗麗が凛花の膳を下げに厨房ちゅうぼうへ行くと、思いがけない人物がいた。

「兎杜。どうしたのですか?」
「あ、麗麗! あなたを待っていたのです」

 兎杜はしばしば差し入れの器を返却しに来ているので、厨師ちゅうしたちとも顔馴染みだ。
 日が沈む前、夕暮れのこの時分は、どこの宮でも夕餉ゆうげの膳が戻ってくる頃。さすが兎杜はよく把握しているものだと感心する。
 兎杜は、麗麗が凛花の不在を隠していることを知っている。ということは、きっと凛花絡みで伝えたいことがあるのだろう。気はくが、凛花の話なら他者に聞かれないほうがいい。

「分かりました。では、ご用件はあちらでゆっくり伺いましょう」
「いいえ、急ぎですのでここでお伝えしますね! 麗麗。主上が輝月宮にお呼びです」

 簡潔なその言葉に、麗麗は目を見開いた。

(主上がお呼び……!? まさか、凛花さまにお会いできるのか!?)

 嬉しい! 麗麗が喜びのあまり声を出せずにいると、厨房ちゅうぼうが静まりかえっていることに気が付いた。なんだ? 麗麗がそう首を傾げた時、女官の膳を持って来た宮女が「えっ」と声を上げた。

「れ、麗麗さま、月妃に召し上げられるのですか……!?」
「なんだと?」

 思いも寄らぬ言葉が聞こえ、麗麗から思わず素の口調が出た。
 そして、ざわわっと厨房ちゅうぼう中がざわめいた。同じように思っていた皆からも、驚きや動揺の言葉が漏れる。

「兎杜!」

 とんでもない! どういうことかと問い詰めるように言うと、兎杜はことさら大きな声で「違いますよ!?」と言った。 

「違います! 皆さんも、おかしなことは言わないでください! そんな噂が主上の耳に入ったら僕の首が飛びます!」
「ならば兎杜、どういうことですか? 私はてっきり……」

 凛花に会えるのだと思ったが違うのか。麗麗はしゃがみ込み、口に出せない言葉を目で伝える。

「はい。輝月宮に滞在されている、朔月妃さまのお支度をお願いしたいそうです。麗麗、僕も手伝いますので、急いでお衣装を準備してください!」

 今度は、どよっと空気が揺れた。
 厨師ちゅうしや宮女たちは、兎杜は今『輝月宮に滞在している朔月妃さま』と言ったか? 待て、ではこのお膳は? 何がどうなってるんだ? いや、ご病気でなかったのならよかった……! と囁き合う。

「ああ、皆さん。これは噂してもいいですよ。朔月妃さまを独占していたことを知られるのが、主上にとってお嫌であるはずがありませんから」

 兎杜はふふふっ! と笑うと、目の前で固まっている麗麗の手を取った。

「麗麗、さあ早く! 日が沈む前にお支度を調ととのえてほしいそうなんです!」
「なに!? それでは本当に急がねば!」

 麗麗は頬を上気させ立ち上がると、兎杜を肩に担ぎ衣装部屋へと走った。
 このところ静かだった朔月宮に、兎杜の「うわぁああ!」という声が響く。
 そして厨房ちゅうぼうからは、『朔月妃さまは輝月宮で、主上のご寵愛ちょうあいを受けていたようだ』そんな噂が広まっていった。


 ◆◆◆


 輝月宮。徹底的に人払いされた紫曄の私室には、紫曄と凛花、麗麗、黄老師に雪嵐せつらん晴嵐せいらんが揃い、さらにへきと琥珀も神月殿しんげつでんから呼び出されていた。

「皆、急遽きゅうきょの呼び出しにもかかわらずよく来てくれた。さっそくだが話をさせてもらう」

 気心の知れた間柄の者が多いというのに、紫曄は少々かしこまった口調。老師と双嵐そうらんは紫曄の緊張を感じ取り、何事かと背筋を伸ばす。

「まず、これから話す内容について一切の口外を禁じる。これを破れば、皆であっても厳しい処分をする。また、話を聞いた後は必ず協力してもらう。例外はなしだ」

 続く言葉に、凛花は瞳を伏せ、碧と琥珀は静かに頷く。
 麗麗は、何を言われようが揺るぎないと真っ直ぐ紫曄を見つめ、老師は眉を寄せ、双嵐そうらんの二人はよく似た顔を見合わせた。

(皆……信じてくれるだろうか)

 凛花の心は不安でいっぱいだった。これまで自分から虎化を明かしたことはない。絶対的な秘密だと、ずっとずっと隠してきた。それを、今は秘密を共有している紫曄の口から明かしてもらう。

(私が言うべきかもしれないけど……)

 まずは紫曄から話す。事前に凛花と紫曄で話し合い決めたことだ。
 ここに集まった者たちは、凛花にとっても比較的親しい間柄だ。だが、ここは皇宮、月華宮。身分が存在している。

(小国の雲蛍州出身で、たかが最下位の月妃である私より、皇帝である紫曄の言葉のほうが何倍も重い。親しい間柄であってもだ)

 凛花は俯きそうな顔を押し止める。
 不安でも俯いてはいけない。これは自分の話なのだ。紫曄に代弁してもらうからこそ、堂々としていなければ。そう思い、青い目で前を向く。
 紫曄はほんの一時の間を置き、全員が承知したのを見計らって再び口を開く。

「時間がないので端的に話す。俺は凛花を望月妃にすると決めた。だが、凛花は現在、少々問題を抱えており、このまま望月妃になるのは難しい」

 紫曄はそこで言葉を区切り、皆を見回す。
 まずは一つ。受け入れてもらえるか不安はあるが……と紫曄は言葉を続けた。

「問題を解決するため、凛花は一時的に後宮を出て雲蛍州へ行く。皆にはどうか、その協力をしてもらいたい」

 後宮を出る。その言葉に驚く者、眉をひそめる者、表情を変えぬ者。
 皆それぞれの反応を見せたが、凛花が望月妃になることに異論はない様子だ。紫曄が決めたなら協力するのが当然だと、お互いに信頼し合っていることが窺われる、そんな顔で紫曄に視線を返す。

「それで、朔月妃さまが抱えている問題とは?」
「さっさと解決しようぜ。言ってくれ」

 雪嵐、晴嵐は、時間がないと言いつつ口が重い紫曄に促す。

「……凛花は人虎だ。月夜に虎へ変化する」

 しん、と場が静まり返った。
 碧はなぜか誇らしげに微笑み、琥珀は『人虎』『虎へ変化する』という言葉を理解できない様子の周囲を鋭く見つめる。琥珀は万が一、集まった面々が虎化の事実を受け入れられず、騒ぎになった時のために呼ばれたからだ。
 虎の影響で、人の姿でも身体能力が常人よりも高い琥珀なら、怪力の麗麗でも、武芸に秀でた双嵐そうらんでも押さえ込める。
 虎化の事実をすんなり信じる人間のほうがまれ。紫曄の雰囲気から、ふざけているわけではないと理解できても、協力すると瞬時に頷くのは麗麗だけだと予想されていた。
 予想通り、麗麗は驚いた顔を見せたものの、凛花に満面の笑みを向け頷く。黄老師は、目を閉じひげを撫ぜると、やはり頷き微笑んだ。
 そして、琥珀が特に警戒を向けていた雪嵐と晴嵐は、戸惑いまじりの険しい表情を見せていた。
 双嵐そうらんは紫曄の側近であり、気安い間柄のいとこ同士。双子のほうが紫曄より年上で、兄のような存在でもある。そのせいか、紫曄が「厳しい処分をする」と告げていても、情報も真実味も、何もかもが足りないままで頷くことはできないのだろう。

(やっぱり、雪嵐さまと晴嵐さまを言葉だけで頷かせるのは難しいか……でも、まずは虎化を信じてもらわなくちゃ話がはじまらない)

 凛花は静かに深呼吸をし、口を開く。

「私は元々、月に願うことで虎の姿に変化していました。ですが今は〝月が出る夜〟がくると、意思とは無関係に朝まで虎になってしまいます。それが抱えている問題です」
「凛花の生まれ故郷、雲蛍州にその問題の解決策がありそうだと分かった。お前たちには、凛花の帰郷と後宮への帰還、そして望月妃にする協力をしてほしい」

 スッと双子が揃って挙手をした。

「紫曄。質問をよろしいでしょうか。朔月妃さまが虎に変化されるという証拠はあるのですか?」
「紫曄や朔月妃さまを疑うわけじゃないが、話だけじゃ信じられない。俺たちが信じ、協力するってことは、軽くないだろう? 紫曄」

 紫曄を見つめる薄紫色の瞳は澄んでいる。彼らは紫曄のいとことして無条件にではなく、皇帝の側近として判断をすると言っている。

(これも予想通り。だからこのお二人は信用できるし、味方につけたい)

 雪嵐と晴嵐。『双嵐そうらん』という呼称は二人の名だけが由来ではない。
 三年前、紫曄と双子が主導した、皇帝の交代劇は嵐のようだった。
 雪嵐と晴嵐は、父や叔父を説得し、心ある官だけでなく野心のある者まで抱き込み、紫曄を皇帝に押し上げた。二人が心を決めて力を振るえば、その名の通りあらがうことは困難な嵐をも起こせる。『双嵐そうらん』にはそんな意味もあるのだとか。

(紫曄を通して見てきたお二人は、その人柄も能力も信頼できる。まぁ……後宮に入ったばかりの頃、公開調練で弓矢を向けられた時はとんでもない双子だと思ったけど)

 後から考えれば、あれはあれで最善だったのだと凛花は思う。

(あの時、指揮をしていたのは兎杜。見習いとはいえ皇帝の従者が、そのめいで軍師役をしていた。その兎杜の指示に従わなかった弦月妃さまと眉月妃びげつひさまは、斬られてもおかしくなかった)

 おかげで、それだけで済んだ。凛花や麗麗、霜珠が助けに入ったからよかった、ということではない。
 別に紫曄や双嵐そうらんにとって、あの矢は命令違反をした二妃に当たっても構わなかったし、当たらなくとも構わなかった。もしかしたら、最初から当てる気などなかったのかもしれない。

(軍師役の兎杜の命令は、皇帝の命令。だけど彼女たちは後ろ盾のしっかりした月妃。罰するのは難しいが、罰せなければ紫曄が侮られ、立場をなくす。だから雪嵐さまと晴嵐さまは、遊び半分というていで弓矢を放った)

 皇帝の側近から直接罰を下せば重い。だが戯れで脅しただけなら、正式な処罰の経歴は付かずも、罰として十分に見せつけることができる。

(危ういけど、どちらも立てた絶妙な対応だったと思う。――私が月妃のまま雲蛍州に行き戻ってくるためには、慧眼けいがんに優れた二人の協力は絶対に必要……!)

 隣り合う凛花と紫曄は頷き合い、そして凛花が席を立つ。

「人虎だという証拠はある。雪嵐、晴嵐。老師と麗麗にも見てもらいたいものがある。――凛花」
「はい」

 窓の外は美しい夕焼け。ここから見えない山裾は、もう紫色に染まり夜が迫っている頃だ。
 凛花は窓際に立ち、空を見上げる。もうそろそろだ。ざわざわと、凛花の中の虎が表に出ようとそこまで迫ってきている。もうあと僅かで月が出る。

「皆さま。よくご覧ください」

 空がよいに落ちる間際。凛花はそう言い――衣装だけ残して姿を消した。

「凛花さま!!」

 麗麗が叫び窓際にひとっ飛びでけ付けた。凛花が立っていた場所には、先ほど麗麗が着せた衣装がもぬけの殻となっている。
 雪嵐、晴嵐は立ち上がり、黄老師も目を見開き、凛花が立っていた場所を見つめた。

「凛花さま! 凛花さま! 主上、凛花さまは一体!!」
「大丈夫だ、麗麗。ああ、待て待て! 衣装を乱暴に持ち上げるな、危ない……っ、凛花!」

 紫曄が思わず手を伸ばし、その名を呼んだ時。


 ――ぽてん。ころりん。


 そこに凛花がいるはずがない。麗麗がそう思いつつ、床に膝をつき掻き分けていた衣装の中から、コロリと白い毛玉が落下した。しかも一回転して、その場にちょこんと座っている。

「…………がぉ」

 間近の麗麗は潤んだ目をまん丸にして床にぺたりと座り込み、双嵐そうらんの二人は声もなく見つめ、黄老師は「あっはは!」と大きな声で笑った。
 虎になった凛花は、足下に散らばる衣装をえっちらおっちら太く短い足でまたぎ、驚き固まる麗麗の側へ寄る。

「にぇいにぇい」

 凛花は青い瞳で見上げ、精一杯「麗麗」と呼んでみる。

(私だって分かってくれる? 信じてくれる? 恐れず受け入れてくれる……?)

 どきどき、ばくばくと心臓が激しく鳴っている。

「……猫のような大きさだが、それが虎になった凛花だ」

 紫曄は凛花の傍へ寄り、その小さな頭に手を乗せ言った。

「凛花さ……ま?」
「がぅ!」

 はい! と手を上げ、うんうんと大きく頷く。

「なるほど…………人虎とは……こういうお姿なのですね……分かりました! このりょう麗麗、承知いたしました! ひたすら真摯しんしにお仕えいたします!!」

 バシィッと拳を打ち付ける音がして、麗麗はその場に膝をつき拱手きょうしゅした。

「ああっ! 本日もなんて愛らしくも神々しいお姿! ねえ、皆さま!! よくご覧下さい! こちらが古い月のしもべである琥国において、最も尊ばれている白虎ですよ!!」
「……碧先生。全てが場違いだ。やめておけ」

 凛花の前にべったり平伏し白虎を薦める碧と、うんざり顔だが全く様子を変えない琥珀。

「はっはは! まさかまさか、お伽噺とぎばなしでしかないと思われていた、人虎が真に存在しておったとは! いやぁ研究がはかどるぞ! 碧殿! この爺も薄々、まさかとは思いつつも凛花殿はそうではないかと思っとったが、黙っておったとはひどい!」
「あはっ。申し訳ございません、黄太傅たいふ。主上と朔月妃さまに口止めされまして……あははっ」

 虎猫の凛花を中心に、賑やかな声が広がっていく。
 だが雪嵐は、どこか腑に落ちない表情で口を開いた。

「紫曄。神月殿のお二人は、朔月妃さまの秘密を知っていたのですね?」

 なぜ側近である自分たちにも秘密にしていたことを、最近まで接点のなかった月官や、琥国出身の侵入者と共有していたのか。そんな感じだ。

「碧に凛花の秘密を話したのは最近だ。だが琥珀は……」

 紫曄は琥珀にチラリと視線を向ける。

「オレも虎だ。もっとも、白虎姫とは似ても似つかぬ黒虎だが」
「こっこ……黒い虎ですか」
「待て。なら、もしやあの王女も虎なのか?」

 今度は晴嵐が疑問を口にした。

「そうだ。あれは金虎。人虎は白虎が最上位で金虎は普通。黒虎は……例外の虎だ」

 雪嵐と晴嵐はしばらく無言で顔を見合わせると、すっきりした顔で頷き、虎猫の凛花の前に屈み込む。

「朔月妃さま。あなたが抱える秘密と問題について、理解いたしました」
「朔月妃さま。紫曄が選び望月妃に望むなら、俺たちは協力を惜しまない」

 双子は顔を上げると、凛花を守るように寄り添う紫曄に向け、ニッと笑った。

(……というか、雪嵐さまも晴嵐さまも、老師も私のことを全然怖がっていない! 私だって虎なんだから! 少しくらいは怖がってもいいのに……!!)

 凛花は少し不満げにガウガウ鳴き、抱き上げられた紫曄の腕にあごを乗せ、ふて腐れ顔をした。
 只人ただびとに、虎化しない体になりたい。虎化を制御したい。そう思っていても、凛花の中の虎がやっぱりそんな顔をさせる。

「がぅ……」
「ああそうだ。それから俺たち胡家にも、人虎の血が流れているらしい」

 紫曄のその一言に、雪嵐と晴嵐の「は?」という声が重なった。


「――ということだと、琥国には伝わっている」

 紫曄の言葉を補足したのは琥珀だ。
 月魄国の皇家である胡家。凛花の出身地である雲蛍州の虞家。どちらも琥国の琥王家から分かれた元同族だということ。さらに虞家は、胡家と共に月魄国を興した一族であったが、後に雲蛍州となる土地に移っていったと話した。

「なるほど。いかにもありそうな話よ」

 老師は静かに頷き、麗麗は何か言いたそうな顔で凛花と紫曄を見つめる。そして雪嵐と晴嵐は、やはり無言だった。


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