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Roots Of Wrestling 最強

制裁

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斎川との試合を控えた3日前、プロレス専門誌から練習の様子を撮影したいという連絡があった。

オレは斎川との試合が終わるまでWWAの道場ではなく、総合格闘技の時に世話になったジムでトレーニングをしていた。

オレは撮影だろうが取材だろうか構わないが、ここは総合格闘技のジムだ。

許可無くプロレス雑誌の記者やカメラマンが入るワケにはいかない。

記者はジムの会長に話をして、他の練習生の邪魔にならないようにするので中に入って撮影を許可してもらえないだろうか?と交渉した。

会長もジムの様子を雑誌に載せるという事で喜んで引き受けてくれた。

ついでにジムの宣伝も頼む、とちゃっかりしている。

オレはいつも通りに打撃や寝技のスパー、ミットやサンドバッグにパンチやキックを打ち込むといったトレーニングを行い、最後はジムの練習生全員が集まり記念写真を撮った。

一通りトレーニングをこなしたオレに記者は斎川に関する事を少し話したいと言って場所を変えませんか?と言ってきた。

「大丈夫ですよ、ここの人達は皆好い人ばかりですから」

オレはこのジムで話を聞きたかったが、記者が言うには

「…出来ればプロレス関係者以外の人には聞かれたくない…まぁちょっとキナ臭い内容なものですから」

…成る程、業界内の裏話みたいなものか、オレは汗だくになった身体をシャワーで洗い流したいたいから少し待ってて欲しいと頼み、シャワー室へ向かった。

その間、記者はオレに総合格闘技をコーチしてくれたブラジル系アメリカ人が今度オレと闘う斎川の試合のビデオを観せた。

有刺鉄線が張り巡らしたリングで爆薬が仕掛けてあり、触れる度にもの凄い爆音と煙硝、
バットに有刺鉄線をグルグル巻きにして相手に叩きつけ、リングの上には画ビョウや蛍光灯、ガラスの破片等が散乱して、各コーナーにはベニヤ板に有刺鉄線が付いていて、コーチは顔をしかめながら観ていた。

「クレイジーだ、ジングウジはこんな試合をするのか?」

コーチは記者に尋ねた。

「イエス、これこそが何でも有りのルール、【ノー・ホールズ・バード】デスマッチです」

ノー・ホールズ・バードとは、簡単に言えば【バーリトゥード】と一緒で何でも有りという闘い方だ。

英語とポルトガル語の違いみたいなものだ。

「ノー、これはバーリトゥードでなく、単なるストリートファイトの延長だ…これじゃいつ死人が出てもおかしくない!
日本じゃこんなスタイルのプロレスがウケるのか?ジングウジはこんな試合をした大丈夫なのか?」

コーチはしきりに記者に問いかけた。

記者も日本には色々なスタイルのプロレス団体が乱立し、総合格闘技のような統一した団体で統一したルールに則る試合をして欲しいものだ、と話をしていた。

先程の斎川の試合を観たせいか、シャワーから上がったオレにコーチは心配そうな表情をしてオレに身を案じていた。

「ジングウジ、これは試合じゃない!しかも凶器使用OKだなんてイカれている!チンピラのケンカと一緒だ!」

コーチはプロレスをよく知らない。
ここであれこれと言うと、プロレスの裏事情もうっかり話してしまいそうなので、心配するコーチに

「もしヤバくなったら、とっとと逃げるから大丈夫!ノープロブレム!」

オレはコーチの肩をポンと叩いてジムを出た。

そりゃ確かにプロレスをよく知らない人にあんな試合観せたらクレイジーと言われても仕方ない。

ジムを出たオレと記者、そしてカメラマンは近くにある某有名コーヒーショップのテラスに座り、アイスコーヒーを飲みながら記者が先程話したいと言っていた斎川の件について聞いてみた。

「ここなら聞かれる心配もないと思うけど。斎川の件というのは一体どういう話です?」

記者とカメラマンは顔を見合せ、何から話せばいいのか迷っていた。

「あの、かなりキナ臭い話というのは?」

オレも斎川にはブラックな話があるという事は耳にしていた。

だが、この先交わる事は無いだろうと思い、その先の内容は聞いた事が無いし、興味も無かった。

「あの、以前Dangerに茅場という若手がいたのをご存知でしょうか?」

カメラマンがそのテラスの日差しをモロに浴びて、眩しそうにしながら口を開いた。

茅場…あぁ、確かデスマッチで再起不能になった有望な若手レスラーだったはず。

「あ、はい。茅場俊介(かやばしゅんすけ)ですよね?ウチや帝国プロレスも彼を狙ってたんですよ」

茅場俊介23才。
ハタチでDangerに入門して以来、メキメキと頭角を表した若手期待の選手だった。

彼はデスマッチ主流のDangerのリングでは、オレと同じグレコローマンスタイルのレスリングで、正統派プロレスで勝負していた。

何故こんなレスリングセンスのある若手レスラーがデスマッチだらけの団体にいるのか?

あれじゃ彼の持ち味をいかんなく発揮出来ない。

彼はデスマッチの試合でも凶器を使わずに正統派レスリングで闘いに挑んだ。

「この若いのこんな所にいるより、ウチか帝国プロレスに移った方が持ち味を発揮できるぞ。
身体つきもいいし、センスも抜群だ。少なくなとも5年以内にはチャンピオンになれる器だ」

ウチの団体のトップクラスのレスラーが絶賛していた程、天性のレスリングセンスと鍛えぬかれた身体。187㌢101㌔とジュニアヘビー級のウエイトだったが、グレコローマンスタイルのレスリングをベースにあらゆる試合に対応できる能力を持ち併せており、プロレス界の次世代のエース候補として、ウチや帝国プロレスが獲得に名乗り出た程だ。


だが茅場はその誘いを断った。

「今はデスマッチ主流のDangerですが、近い将来僕が必ず正統派レスリングの団体に変えて見せます」

こう言って帝国プロレスや我が団体からのオファーを断った。

デスマッチ主流のあの団体をどうやって正統派レスリングの団体に変えて見せるのだろうか?

この発言に一番面白くなかったのは斎川だった。

浅野から斎川に繋いだDangerは最初から最後までデスマッチという試合形式で、デビュー戦の新人もバットに有刺鉄線をグルグル巻きにしてたたきこまれる。

新人レスラーがデビュー戦で有刺鉄線をグルグル巻きにしたバットを打ち付け、身体中血だらけにされ、デスマッチの洗礼を受ける。

このやり方に各団体から批判を浴びた。

【デビュー戦で有刺鉄線のデスマッチだなんて何を考えてるんだ】

【前座からメインまでデスマッチ三昧だと?レスリングの基本をちゃんと教えてるのか、あの団体は】

だが斎川はそんな批判など気にせずに豪語した。

「オレたちの団体は新人からデスマッチをやってんだ!他の若いヤツらがこんな事出来るか?出来ないだろ!ウチの団体が一番危険でスリリングな団体だ!
文句があるならこのリングに上がって来い!」

浅野が引退し、Dangerから完全に身を引いた途端、斎川はDangerを乗っとるような形でトップに君臨した。

実弟を社長に就任させ、斎川は影で弟を操り、Dangerという団体を私物化していた。

選手のギャラのピンハネは当たり前で、他団体に選手を貸し出す際は高額なギャラを要求する。

そのギャラの半分近くを自分の懐に入れ、残った安いギャラを選手に支払う。

インディ団体ながら、ありとあらゆるデスマッチを敢行し、メジャー団体にひけを取らない程、大規模な会場でビッグマッチを開催させ、赤字続きの他団体に比べ、黒字経営でインディのトップへと躍り出た。

その斎川が目の上のタンコブ的な存在が茅場だ。

Dangerに所属している以上、団体の方針に従うしかない。

茅場は渋々デスマッチを行っているが、決して凶器は使わず、あくまでも正統派レスリングで勝負した。

浅野がエースだった頃のDangerはデスマッチ以外にも通常のプロレススタイルの試合も行われていた。

浅野は茅場が入門した時に、将来Dangerを背負ってエースになる存在だと見抜き、茅場のレスリングセンスは斎川よりも遥かに上で、茅場が一人前のレスラーに育てあげるまでの繋ぎのエースという存在としか思っていなかった。

この斎川は練習嫌いで有名で、デスマッチをするのに道場でのトレーニングやスパーリングをするより、どんな凶器を使って観客の度肝を抜こうか、その事ばかりを考えて、肝心のレスリングの事はハナっから頭に無い。

それに異を唱えたのがルーキーの茅場だった。

「最初から最後までデスマッチばかりでこんな調子じゃいずれファンはデスマッチに飽きてしまう。
もっとレスリングに真摯に向き合い、正統派レスリングでもメジャー団体にひけを取らない選手を育てるべきだ」

専門誌のインタビューで不満をぶちまけた。

「僕がエースになったらデスマッチを封印して、レスリングで勝負する団体に変えます。インディ=デスマッチという風潮はもう時代遅れだ」

このインタビューを見た斎川は茅場をこらしめようと、その数日後、メインで6人タッグマッチで試合を行った。

斎川と茅場は赤コーナー青コーナーに分かれ、いつものように有刺鉄線をグルグル巻きにしたバットを手に茅場を痛め付けた。

茅場は凶器を持たず、スープレックスや関節技で斎川に対抗した。
イデオロギーの対決と言ってしまえばそれまでなのだが、茅場は敵のコーナーに捕まり、めった打ちに遭う。

そして斎川は背後からバットをフルスイングした。

茅場の首に有刺鉄線の尖った先端が刺さり、バットで殴られた衝撃も加わり、茅場はその場で倒れピクリとも動かなかった。

首に刺さった有刺鉄線が頚椎を損傷し、茅場は担架で運ばれた。

斎川の制裁によって、茅場は23才という若さでベッドで寝たきりの生活を余儀なくされた。

斎川は試合後に

「普段からデスマッチ慣れしてないから、普通は背中で受けるはずなのに変な避け方をした為に首を直撃してしまった。
だが、オレたちはこうやって命を懸けてデスマッチをしてるんだ!
遊び半分でこんなバカげた試合してるワケじゃねえ!」

と興奮気味に捲し立てた。

 
だがこれは斎川が茅場を潰しにかかった攻撃で、故意で首を狙った。
もしこれがもう少し上の箇所を直撃したら、後頭部に有刺鉄線を巻いたバットで思いっきり殴られ、命を落としていた可能性もある。



ーーーーーー
オレは記者とカメラマンに茅場という将来有望なレスラーが斎川のデスマッチ路線を否定したが為に再起不能になった経緯を聞かされた。

「それで斎川は何もペナルティは無しですか?」

そんなバカげた凶器を使い、再起不能にして何のお咎めも無しなのか?

「それはDangerサイド、つまり斎川の弟や他の役員達が試合中に起きたアクシデントという事にして、茅場の治療費も契約者を楯に【如何なる場合でも負傷が起きた際、治療費の負担は個人で賄う事】という項目を茅場の親族に見せて一銭も出してないとかで…」

記者はそう話すと、アイスコーヒーを口にした。

「いくら契約者に書いてあるとはいえ、それじゃ親族は納得しないでしょ?」

思わず声を上げてしまった。

「裁判を起こすとか言って親族と揉めたみたいですが、裁判費用もかなりかかりますからね…
それに斎川サイドは技の受けが下手な茅場にも責任があると言って一歩も引かないらしく、おまけに見舞いにも来ない。
あの斎川という男はプロレスラー以前に人間として最低なヤツです。
我が物顔でプロレス界のデスマッチ王だと豪語してますが、いずれはプロレス界を追放されるんじゃないかって思ってたところに神宮寺さんがシュートを公言しましたよね?我々プロレス関係者にとって斎川の暴走を止められるのは神宮寺さんしかいないと思ってます」

カメラマンはオレに斎川を潰して欲しいと言ってるようなもんだ。

シュートは相手を潰す隠語だ。

それにしてもデスマッチを否定しただけでレスラー生命はおろか、残りの人生を寝たきりで過ごすはめになるとは…

今回のデスマッチはどんな内容になるか知らされていない。

だが、斎川という男は潰さなければならないヤツだという事だけは解った。
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