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成長期
ラストバウト
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リング上では、佐々木が勝ち名乗りを挙げ、その横で今道が呆然と立ち尽くしている。
東郷がリングに上がる。
「今道クン、納得してないようですが、あのままだと靭帯が切れてたでしょう。
あなたはこれからのレスラーです。
悔しいでしょうが、ここは負けを認めましょう」
だが、今道は納得がいかない。
ギブアップしたわけではない。
セコンドが勝手にタオルを投げただけ。
だからこそ、この敗戦は到底受け入れるものではない。
「冗談じゃないっ!オレはギブアップしてないんすよ!
それなのに、何でコーチはタオルなんか投げるんですかっ!
オレは負けてないっ!今のは無効だ、仕切り直しでもう一度勝負だ!」
物凄い剣幕で捲し立てる。
「いい加減にしなさいっ!一体どうやってあの技から脱出出来たというのですか?
あなただって、脱出出来ないのは分かってたはずです!」
東郷はそんな今道を一喝する。
「…何で…何で負けたんだ、オレは…」
悔しさのあまり、目から大粒の涙が溢れる。
「クソォォォっ!膝が壊れても闘えたハズなのに☆♯ⅹ★♪←⊂」
泣き叫んでいるせいで、何を言ってるのか聞き取れない。
「とにかく、早くリングを降りましょう。
敗者は一刻も早く立ち去るのみです」
東郷に促され、力無い足取りでリングを降りた。
控え室では椅子に座ったまま、項垂れている。
「今道クン、そろそろ着替えて帰りましょう。
この悔しさをバネに、一からやり直しましょう」
東郷が声をかけるが、抜け殻のような状態で反応がない。
そんな時、控え室の扉がガチャっと開いた。
「よぉ、お疲れさん!膝の具合はどうだ?」
中に入ってきたのは、私服に着替えた佐々木だった。
「何しに来たっ!」
今道は敵意剥き出しの視線を投げかける。
「オイオイ、試合は終わったんだぜ。試合が終わればノーサイドだろ」
飄々とした表情をしている。
「佐々木さん、負けた相手に何を言いに来たのですか?」
「何って、闘った相手に挨拶をしに来ただけなんだが…」
何かを伝えたいみたいだ。
「挨拶なんていらないだろ!負けた相手をコケにしに来たのか!」
「オレはな、この試合が引退試合なんだよ」
「引退っ?引退って…どこか悪いところがあるんですか?」
まさかの告白に二人は驚く。
「いや、身体は既に満身創痍なんだが…ていうか、ここで目一杯稼いだからな。
後は悠々自適に過ごしたいから、ここらで終いにしようと思ってな」
ちなみに、今日のファイトマネーは2673万5863円だった。
オッズは殆ど変わらず、もし今道が勝利した場合、佐々木とほぼ同額のファイトマネーを手にしただろう。
「セカンドライフは、釣りでもやって、のんびりと過ごすさ」
「それはお疲れ様でした…でも、それだけを伝える為に来たのですか?」
佐々木は目の前に座っている今道の顔をジッと見つめる。
「おい、ルーキー。
オマエにアドバイスをしようと思ってここに来たんだよ」
「アドバイス?」
今道は怪訝そうな顔をする。
「そんな疑わしい顔すんなよ。
オレはさっきの試合で現役を引退したんだ。
そんなオレからのアドバイスを聞いた方がいいぞ」
「佐々木さん、是非ともご教授いただけませんか?」
代わりに東郷が答える。
「うん…プロレスってのは、基本フリースタイルなんだ。
オマエはカイザー大和から神宮寺直人と受け継いだストロングスタイルを売りにしているが、それでは先人達のコピーに過ぎない。
ストロングスタイルを全面に押し出すのは悪くない。
だが、そこにオマエのカラーを付け足すんだ。
オマエはいずれ、ここのチャンピオンになれるだろう。
それにはまず、型に拘らない柔軟なスタイルを身につけるべきだ」
プロレスは自由だ。
ファイトスタイルなんて、型にはまるようなものより、柔軟な思考でバリーエーションが豊富になる。
佐々木は元々サンボの選手だが、試行錯誤を繰り返し、エンターテインメント性のファイトスタイルを身につけるようになった。
「柔軟なスタイルって…どうすれば」
今道は戸惑う。
神宮寺直伝のストロングスタイルを残しつつ、プラスアルファが必要となれば、何をすればよいのか。
「『ロックできたら、ロックで踊れ。
ワルツできたら、ワルツで踊れ』
これがプロレスの極意だ」
「どういう事だ?」
「鈍いヤツだな!いいか、相手のスタイルに合わせて闘うんだよ!
それには、あらゆるファイトスタイルを身につけなきゃならない。
プロレスってのは、強ければいいってもんじゃない。
創造力を最大限に発揮して、観客を魅了しながら闘うのがプロレスラーだ」
「そんな事、出来るワケないだろ」
「プロレスラーはバカじゃ務まらないんだよ。
オマエは、もう少し頭を柔軟にした方がいいぞ」
「佐々木さん、ありがとうございます…こんなアドバイスを送ってくださるとは、誠に感謝いたします」
東郷は深々と頭を下げた。
「東郷さん…アンタ、聞くところによると、以前は最前線で命のやり取りをした傭兵だったらしいが…まぁ、過去の事はどうでもいい。
それより、コイツの事を一人前になるまで鍛えてくれよ」
「承知しました」
「今はこんな事言っても、負けた直後だから耳に入らないだろうが、とにかくオマエに必要なのは経験値だ。
経験を積んで、どんな相手でも試合を盛り上げるのがチャンピオンの務めだ。
オマエなら出来る」
そう言うと、手を振って部屋を出た。
「今道クン、佐々木さんが仰った言葉はファイトマネーよりも価値のある金言です。
これを肝に銘じて、明日から更なる精進に励みましょう」
「…」
まだ理解は出来ていない。
だが、佐々木の言わんとする事の少しは何となくだが、分かったような気がした。
対佐々木聡一
16分27秒 タオル投入によりTKO負け
戦績 3勝1敗
ランキングに変動無し
東郷がリングに上がる。
「今道クン、納得してないようですが、あのままだと靭帯が切れてたでしょう。
あなたはこれからのレスラーです。
悔しいでしょうが、ここは負けを認めましょう」
だが、今道は納得がいかない。
ギブアップしたわけではない。
セコンドが勝手にタオルを投げただけ。
だからこそ、この敗戦は到底受け入れるものではない。
「冗談じゃないっ!オレはギブアップしてないんすよ!
それなのに、何でコーチはタオルなんか投げるんですかっ!
オレは負けてないっ!今のは無効だ、仕切り直しでもう一度勝負だ!」
物凄い剣幕で捲し立てる。
「いい加減にしなさいっ!一体どうやってあの技から脱出出来たというのですか?
あなただって、脱出出来ないのは分かってたはずです!」
東郷はそんな今道を一喝する。
「…何で…何で負けたんだ、オレは…」
悔しさのあまり、目から大粒の涙が溢れる。
「クソォォォっ!膝が壊れても闘えたハズなのに☆♯ⅹ★♪←⊂」
泣き叫んでいるせいで、何を言ってるのか聞き取れない。
「とにかく、早くリングを降りましょう。
敗者は一刻も早く立ち去るのみです」
東郷に促され、力無い足取りでリングを降りた。
控え室では椅子に座ったまま、項垂れている。
「今道クン、そろそろ着替えて帰りましょう。
この悔しさをバネに、一からやり直しましょう」
東郷が声をかけるが、抜け殻のような状態で反応がない。
そんな時、控え室の扉がガチャっと開いた。
「よぉ、お疲れさん!膝の具合はどうだ?」
中に入ってきたのは、私服に着替えた佐々木だった。
「何しに来たっ!」
今道は敵意剥き出しの視線を投げかける。
「オイオイ、試合は終わったんだぜ。試合が終わればノーサイドだろ」
飄々とした表情をしている。
「佐々木さん、負けた相手に何を言いに来たのですか?」
「何って、闘った相手に挨拶をしに来ただけなんだが…」
何かを伝えたいみたいだ。
「挨拶なんていらないだろ!負けた相手をコケにしに来たのか!」
「オレはな、この試合が引退試合なんだよ」
「引退っ?引退って…どこか悪いところがあるんですか?」
まさかの告白に二人は驚く。
「いや、身体は既に満身創痍なんだが…ていうか、ここで目一杯稼いだからな。
後は悠々自適に過ごしたいから、ここらで終いにしようと思ってな」
ちなみに、今日のファイトマネーは2673万5863円だった。
オッズは殆ど変わらず、もし今道が勝利した場合、佐々木とほぼ同額のファイトマネーを手にしただろう。
「セカンドライフは、釣りでもやって、のんびりと過ごすさ」
「それはお疲れ様でした…でも、それだけを伝える為に来たのですか?」
佐々木は目の前に座っている今道の顔をジッと見つめる。
「おい、ルーキー。
オマエにアドバイスをしようと思ってここに来たんだよ」
「アドバイス?」
今道は怪訝そうな顔をする。
「そんな疑わしい顔すんなよ。
オレはさっきの試合で現役を引退したんだ。
そんなオレからのアドバイスを聞いた方がいいぞ」
「佐々木さん、是非ともご教授いただけませんか?」
代わりに東郷が答える。
「うん…プロレスってのは、基本フリースタイルなんだ。
オマエはカイザー大和から神宮寺直人と受け継いだストロングスタイルを売りにしているが、それでは先人達のコピーに過ぎない。
ストロングスタイルを全面に押し出すのは悪くない。
だが、そこにオマエのカラーを付け足すんだ。
オマエはいずれ、ここのチャンピオンになれるだろう。
それにはまず、型に拘らない柔軟なスタイルを身につけるべきだ」
プロレスは自由だ。
ファイトスタイルなんて、型にはまるようなものより、柔軟な思考でバリーエーションが豊富になる。
佐々木は元々サンボの選手だが、試行錯誤を繰り返し、エンターテインメント性のファイトスタイルを身につけるようになった。
「柔軟なスタイルって…どうすれば」
今道は戸惑う。
神宮寺直伝のストロングスタイルを残しつつ、プラスアルファが必要となれば、何をすればよいのか。
「『ロックできたら、ロックで踊れ。
ワルツできたら、ワルツで踊れ』
これがプロレスの極意だ」
「どういう事だ?」
「鈍いヤツだな!いいか、相手のスタイルに合わせて闘うんだよ!
それには、あらゆるファイトスタイルを身につけなきゃならない。
プロレスってのは、強ければいいってもんじゃない。
創造力を最大限に発揮して、観客を魅了しながら闘うのがプロレスラーだ」
「そんな事、出来るワケないだろ」
「プロレスラーはバカじゃ務まらないんだよ。
オマエは、もう少し頭を柔軟にした方がいいぞ」
「佐々木さん、ありがとうございます…こんなアドバイスを送ってくださるとは、誠に感謝いたします」
東郷は深々と頭を下げた。
「東郷さん…アンタ、聞くところによると、以前は最前線で命のやり取りをした傭兵だったらしいが…まぁ、過去の事はどうでもいい。
それより、コイツの事を一人前になるまで鍛えてくれよ」
「承知しました」
「今はこんな事言っても、負けた直後だから耳に入らないだろうが、とにかくオマエに必要なのは経験値だ。
経験を積んで、どんな相手でも試合を盛り上げるのがチャンピオンの務めだ。
オマエなら出来る」
そう言うと、手を振って部屋を出た。
「今道クン、佐々木さんが仰った言葉はファイトマネーよりも価値のある金言です。
これを肝に銘じて、明日から更なる精進に励みましょう」
「…」
まだ理解は出来ていない。
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