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UWPとは
東郷という男
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「ところでコーチ」
「ん、何ですか?」
時計は午前0時を回ろうとしている。
今道は食事を終え、ソファーに座ってDVDを眺めている。
次回防衛戦を行う相手の試合をチェックしている。
「これから夜のパトロールですか?」
「えぇ、勿論。この街の環境保全の為ですからね」
東郷は毎夜、商店街近辺を『パトロール』する。
パトロールとは、深夜の商店街周辺でたむろし、ゴミを不法投棄しては騒ぎまくる輩たちに対して「教育的指導」を行う事だ。
東郷はこの街に住んで10年以上になる。
「では、私はこれで。来月の防衛戦期待してますよ」
「お疲れ様です」
東郷は道場を後にすると商店街へと向かった。
東郷の住まいは道場から1分程歩いた場所にある、三階建てワンルームマンションの二階の角部屋を借りている。
近所の住民には、【単身赴任中の少し気の弱いサラーリーマン】という設定で接している。
誰が見ても東郷の風貌は典型的なサラーリーマンだ。
単身赴任の生活感を漂わせる為、敢えてシワの寄ったスーツに年季の入ったネクタイを締めている。
近隣の住民には積極的に挨拶をし、買い物は全て商店街で済ませる。
そんな彼を下町の人たちは心良く受け入れ、好意を持って接してくれる。
商店街の人々は彼を「仁さん」と呼ぶ。
愛想がよく、誰に対しても腰の低い柔和な表情を浮かべ、この街に溶け込んだ。
商店街を歩けば「仁さん、これ余りもんだから食ってけよ!」
と色々な差し入れを頂く事も多い。
「いやぁ~、いつも申し訳ありません!」
照れながら深々と頭を下げるのが日常茶飯事となっている。
毎年恒例の祭りが開催すれば、法被を着て率先して神輿を担ぎ、夏に広場で盆踊りがあれば浴衣を着て楽しげに踊っている。
そんな人物が、過去に戦火の絶えない中近東の戦場、しかも最前線で多数の敵兵を葬った傭兵だったとは、誰も信じないだろう。
イスラエルの格闘術クラヴ・マガをマスターし、白兵戦ではたった一人で数十人の兵士を退けた事もある。
そんな彼が何故下町でサラリーマンに扮して住み着いているのか。
彼の経歴は一切不明で、傭兵だったという事以外は謎に包まれている。
東郷仁という名前も偽名の可能性がある。
しかし、今はこの街の住民として心安らぐ日々を過ごしている。
東郷はこの街が好きだ。
だからこそ、この街の美観を損なう事は見過ごせない、とばかりに夜のパトロールを行うようになった。
アーケードに入り、少し歩いたところに豆腐屋の前でバカ騒ぎしている連中を見つけた。
地べたに座り、足元には無数の吸い殻と転がった空きビン、カップラーメンの容器等が散乱している。
「ギャッハッハッハッハッハ!」
「ダセェ~っ!!」
「ソイツ、しまいには土下座しやがってよぉ!」
声を張り上げ、ケンカの話で盛り上がっている。
「う~ん…いけませんね、コレは」
東郷はその様子を遠くから見ていた。
見たところ、ハタチ前後の若者が5人。
揃いも揃って、金髪にピアス、アゴヒゲ、両腕にビッシリとタトゥーが彫られている。
「あ、タバコが無いや」
「オレも無い」
「買いに行くか?」
「いくら持ってる?」
連中がサイフの中を確認する。
「40円しかねぇ」
「オレ、7円」
「オレ、サイフ持ってきてねえよ」
凡そ、地面に転がっている飲食物に全て使い切ったのだろう。
「あぁ~っ、タバコ吸いてぇよ!」
「誰が来たら脅して金巻き上げようぜ」
「それなら、さっきのコンビニで店員脅してカートンごとブン取ってやろうぜ!」
「イイねぇ~っ!」
連中は腰を上げ、コンビニに向かおうとした。
「美観を損なう悪い連中ですね。これは教育的指導が必要だ」
連中が去った後、東郷は持参したゴミ袋を広げ、ゴミをかき集めた。
アーケードから横に逸れると道路を挟んだ向かい側にコンビニが見える。
信号は赤だが、連中はお構い無しに横断する。
この時間帯は車も走っていない。
ダラダラと歩きながらコンビニへと向かう。
そこへ背後から東郷が声をかけた。
「お楽しみのところすみません」
「アァ?」
一人が後ろを振り向いた。
180以上ある長身でガッチリとした体型だ。
短髪で極端に刈り上げたフェードカットに鼻ピアス。
黒のTシャツから覗かせる両腕には摩訶不思議なデザインのタトゥー。
「このゴミはあなた達のですよね?ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなきゃダメじゃないですか」
笑みを浮かべながらゴミ袋を突き出す。
「何だ、テメーは!」
「おい、オッサン!ヘタな正義感振りかざして説教か!」
「コンビニじゃなく、このオヤジから金巻き上げるってのはどう?」
細身でドレッドヘアの男が提案する。
「イイねぇ~、いくらか持ってそうだしな」
「おい、オヤジ!殴られたくなかったら、財布ごと置いて消えろ」
連中は東郷に詰め寄る。
「困りましたねぇ…こうなったら、いつもより内容の濃い教育的指導を行うしかないですねぇ」
東郷は常に笑顔だが、目は笑ってない。
「ん、何ですか?」
時計は午前0時を回ろうとしている。
今道は食事を終え、ソファーに座ってDVDを眺めている。
次回防衛戦を行う相手の試合をチェックしている。
「これから夜のパトロールですか?」
「えぇ、勿論。この街の環境保全の為ですからね」
東郷は毎夜、商店街近辺を『パトロール』する。
パトロールとは、深夜の商店街周辺でたむろし、ゴミを不法投棄しては騒ぎまくる輩たちに対して「教育的指導」を行う事だ。
東郷はこの街に住んで10年以上になる。
「では、私はこれで。来月の防衛戦期待してますよ」
「お疲れ様です」
東郷は道場を後にすると商店街へと向かった。
東郷の住まいは道場から1分程歩いた場所にある、三階建てワンルームマンションの二階の角部屋を借りている。
近所の住民には、【単身赴任中の少し気の弱いサラーリーマン】という設定で接している。
誰が見ても東郷の風貌は典型的なサラーリーマンだ。
単身赴任の生活感を漂わせる為、敢えてシワの寄ったスーツに年季の入ったネクタイを締めている。
近隣の住民には積極的に挨拶をし、買い物は全て商店街で済ませる。
そんな彼を下町の人たちは心良く受け入れ、好意を持って接してくれる。
商店街の人々は彼を「仁さん」と呼ぶ。
愛想がよく、誰に対しても腰の低い柔和な表情を浮かべ、この街に溶け込んだ。
商店街を歩けば「仁さん、これ余りもんだから食ってけよ!」
と色々な差し入れを頂く事も多い。
「いやぁ~、いつも申し訳ありません!」
照れながら深々と頭を下げるのが日常茶飯事となっている。
毎年恒例の祭りが開催すれば、法被を着て率先して神輿を担ぎ、夏に広場で盆踊りがあれば浴衣を着て楽しげに踊っている。
そんな人物が、過去に戦火の絶えない中近東の戦場、しかも最前線で多数の敵兵を葬った傭兵だったとは、誰も信じないだろう。
イスラエルの格闘術クラヴ・マガをマスターし、白兵戦ではたった一人で数十人の兵士を退けた事もある。
そんな彼が何故下町でサラリーマンに扮して住み着いているのか。
彼の経歴は一切不明で、傭兵だったという事以外は謎に包まれている。
東郷仁という名前も偽名の可能性がある。
しかし、今はこの街の住民として心安らぐ日々を過ごしている。
東郷はこの街が好きだ。
だからこそ、この街の美観を損なう事は見過ごせない、とばかりに夜のパトロールを行うようになった。
アーケードに入り、少し歩いたところに豆腐屋の前でバカ騒ぎしている連中を見つけた。
地べたに座り、足元には無数の吸い殻と転がった空きビン、カップラーメンの容器等が散乱している。
「ギャッハッハッハッハッハ!」
「ダセェ~っ!!」
「ソイツ、しまいには土下座しやがってよぉ!」
声を張り上げ、ケンカの話で盛り上がっている。
「う~ん…いけませんね、コレは」
東郷はその様子を遠くから見ていた。
見たところ、ハタチ前後の若者が5人。
揃いも揃って、金髪にピアス、アゴヒゲ、両腕にビッシリとタトゥーが彫られている。
「あ、タバコが無いや」
「オレも無い」
「買いに行くか?」
「いくら持ってる?」
連中がサイフの中を確認する。
「40円しかねぇ」
「オレ、7円」
「オレ、サイフ持ってきてねえよ」
凡そ、地面に転がっている飲食物に全て使い切ったのだろう。
「あぁ~っ、タバコ吸いてぇよ!」
「誰が来たら脅して金巻き上げようぜ」
「それなら、さっきのコンビニで店員脅してカートンごとブン取ってやろうぜ!」
「イイねぇ~っ!」
連中は腰を上げ、コンビニに向かおうとした。
「美観を損なう悪い連中ですね。これは教育的指導が必要だ」
連中が去った後、東郷は持参したゴミ袋を広げ、ゴミをかき集めた。
アーケードから横に逸れると道路を挟んだ向かい側にコンビニが見える。
信号は赤だが、連中はお構い無しに横断する。
この時間帯は車も走っていない。
ダラダラと歩きながらコンビニへと向かう。
そこへ背後から東郷が声をかけた。
「お楽しみのところすみません」
「アァ?」
一人が後ろを振り向いた。
180以上ある長身でガッチリとした体型だ。
短髪で極端に刈り上げたフェードカットに鼻ピアス。
黒のTシャツから覗かせる両腕には摩訶不思議なデザインのタトゥー。
「このゴミはあなた達のですよね?ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなきゃダメじゃないですか」
笑みを浮かべながらゴミ袋を突き出す。
「何だ、テメーは!」
「おい、オッサン!ヘタな正義感振りかざして説教か!」
「コンビニじゃなく、このオヤジから金巻き上げるってのはどう?」
細身でドレッドヘアの男が提案する。
「イイねぇ~、いくらか持ってそうだしな」
「おい、オヤジ!殴られたくなかったら、財布ごと置いて消えろ」
連中は東郷に詰め寄る。
「困りましたねぇ…こうなったら、いつもより内容の濃い教育的指導を行うしかないですねぇ」
東郷は常に笑顔だが、目は笑ってない。
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