20 / 125
過去
一人で練習をしたい
しおりを挟む
「どうすか?オレ、松田さんの練習メニューについていけるようになりましたよ」
短期間で松田の練習メニューを難なくこなせるようになった。
「ほぅ…少しはやるようになったな」
「はい!ですから、松田さんの技術を是非教えて下さい!」
「フッ、ハハハハハッ」
松田は笑った。
「何がおかしいんすか?」
「オレが教える事なんて何もねぇよ」
「な…何でですか?言ったじゃないですか!オレの練習メニューをこなせるようになったら教えてやるって!」
松田は大声で笑うと、古くなったグラブを差し出した。
「…?これは?」
「オレのグラブだ。オメーにくれてやらぁ」
そのグラブはショートやセカンドが使用する比較的小さめなサイズだった。
「これは?」
「このグラブで練習するといい。これだと手のひらと同じような感覚でボールをキャッチする。オメーは内野なんて守らないと思うが、このグラブでボールを捕る事に慣れろ」
外野手のグラブはやや大きい。
しかし、松田はこの小さなグラブでボールをキャッチする事によって守備を向上させた。
「あの、グラブだけいただいても…肝心の技術面は」
「あれだけの練習をしてきたって事は、もうオメーには教える事なんて無いんだよ」
松田の練習メニューは守備に必要な捕球、ポジショニング、送球等の動きを取り入れたものだった。
「後は試合に出て経験を積むだけだ。オレが教えるのはそれだけだ」
「あ、ありがとうございました!」
畑中は守備要員で起用される事が多かった。
これで守備が上達すれば、スタメンで起用される事も多くなってくるはず。
「おっと、一つ大事な事を忘れてた」
「えっ、何ですかそれは?」
「明日の試合が終わったら、オレに付き合え」
そう言うと、松田は練習場を去った。
「明日の試合後って…今じゃないのかよ」
畑中は不満気な顔で練習場を後にした。
翌日の試合でリードしていた8回、守備固めで逃げ切ろうとする作戦で、レフトを守っていた助っ人外国人選手に変わって畑中が守備についた。
松田とのハードな練習の成果で難無くボールを捌き、試合はスカイウォーカーズが勝利した。
試合後、畑中は松田に言われた通り室内練習場で待っていた。
そこに私服姿の松田が現れた。
「えっ?練習するんじゃないすか?」
「おぅ、練習だ!行くぞ」
コッチに来いと手招きされ、松田の後を付いて行った。
球場を離れて、吉祥寺のネオン街を歩く。
一体何処へ行くというのか。
「おぅ、ここだ」
松田が顎をクイッと上げると、その先にはバーの看板が。
「…あの、ここで何するんですか?」
「黙ってついてこい」
松田はバーのドアを開けた。
「あの、ここは…」
「オレの行きつけの店だ」
店内はジャズが流れ、木目調のモダンな内装でシックな雰囲気だ。
バーマンがシェイカーを振る音が響く。
「あの…松田さん、ここで何を」
「何って、決まってるだろ!飲むんだよ」
さも当然のような顔で言う。
「教えるって、酒の事ですか?」
「おぅ、オレの教えを乞うならコッチの方も教えないとなぁ」
ニヤリと笑みを浮かべ、シングルモルトを注文した。
バーでは松田はシングルモルトを傾け、時折静かに今までの経験を畑中に話した。
「まぁ、大した話でもないんだが…こんな感じでオレは便利屋としてベンチにいるわけだ」
「松田さんはレギュラーになってもおかしくないのに、何でユーティリティープレイヤーでいるのか…」
松田は顔を上げて天井を見ている。
「いいんだ、オレは…オレは守備でメシを食っていこうと決めたんだ」
決してバッティングが劣っているわけではない。
ただ守備に関しては、チームの誰よりも上手くこなし、複数のポジションを守れる。
それなら便利屋としてもいい、チームに貢献出来るなら…と。
「オメーも、野手一本でメシを食っていこうと決めたんだろ?」
「はい」
「オメーはオレと違って、走攻守三拍子そろってる。
もうすぐレギュラーとして試合に出るだろう。
いいか、バッティングを上達させようと思うなら、まずは守備を極めろ!
そうすれば、バッティングも付随して良くなる。
そんなもんだ、野球ってのは」
確実にそうだとは限らないが、守備と打つリズムのどちらかが狂うと、もう一つも狂ってしまう。
松田は守備を疎かにするヤツはバッティングも上達しないという考えだ。
畑中はその後も松田に付いて色々な酒場を回った。
「まぁ、そんな感じでオレはあの人の様に一人で練習するのが当たり前になったってワケだ」
あれから10数年、畑中もベテランと呼ばれる年齢になり、結城や唐澤のような若い選手を指導する立場になった。
「その、松田という選手はその後どうなったんですか?」
唐澤が尋ねた。
「んー…オレが活躍したお陰で、二軍行きになってな」
畑中の台頭で、松田はユーティリティープレイヤーとしての座を降ろされた。
チームの若返りという方針で、構想から外れたのだ。
「まさか、オレがあの人を蹴落とすとはなぁ…これも野球選手の宿命なんだけども」
ふと、寂しげな表情を浮かべた。
「その後はどうなったのですか?」
「その年限りで引退したよ」
「そうだったんですか…」
ウーン、と結城は腕を組んだ。
「今は球場の近くで炉端焼きをやってるよ。たまに顔を出すけどな」
「えー!だったら今日は、その店に行けば良かったんじゃないですか?」
「イヤだよ!行ったら行ったで、あれこれと昔の話をオマエらに聞かせるんだぜ!行きたくないっつーの!」
聞かれたくない話の一つや二つ…いや、畑中ならもっとありそうだ。
「畑中さんは人前で練習するのがイヤなワケではなく、ただ単に一人で練習したいって言う事ですね?」
「んー、まぁそんなとこだ」
練習嫌いではなく、一人で黙々と練習に没頭したい。
それを聞いて、唐澤は畑中という人物を少しだけ理解出来た。
短期間で松田の練習メニューを難なくこなせるようになった。
「ほぅ…少しはやるようになったな」
「はい!ですから、松田さんの技術を是非教えて下さい!」
「フッ、ハハハハハッ」
松田は笑った。
「何がおかしいんすか?」
「オレが教える事なんて何もねぇよ」
「な…何でですか?言ったじゃないですか!オレの練習メニューをこなせるようになったら教えてやるって!」
松田は大声で笑うと、古くなったグラブを差し出した。
「…?これは?」
「オレのグラブだ。オメーにくれてやらぁ」
そのグラブはショートやセカンドが使用する比較的小さめなサイズだった。
「これは?」
「このグラブで練習するといい。これだと手のひらと同じような感覚でボールをキャッチする。オメーは内野なんて守らないと思うが、このグラブでボールを捕る事に慣れろ」
外野手のグラブはやや大きい。
しかし、松田はこの小さなグラブでボールをキャッチする事によって守備を向上させた。
「あの、グラブだけいただいても…肝心の技術面は」
「あれだけの練習をしてきたって事は、もうオメーには教える事なんて無いんだよ」
松田の練習メニューは守備に必要な捕球、ポジショニング、送球等の動きを取り入れたものだった。
「後は試合に出て経験を積むだけだ。オレが教えるのはそれだけだ」
「あ、ありがとうございました!」
畑中は守備要員で起用される事が多かった。
これで守備が上達すれば、スタメンで起用される事も多くなってくるはず。
「おっと、一つ大事な事を忘れてた」
「えっ、何ですかそれは?」
「明日の試合が終わったら、オレに付き合え」
そう言うと、松田は練習場を去った。
「明日の試合後って…今じゃないのかよ」
畑中は不満気な顔で練習場を後にした。
翌日の試合でリードしていた8回、守備固めで逃げ切ろうとする作戦で、レフトを守っていた助っ人外国人選手に変わって畑中が守備についた。
松田とのハードな練習の成果で難無くボールを捌き、試合はスカイウォーカーズが勝利した。
試合後、畑中は松田に言われた通り室内練習場で待っていた。
そこに私服姿の松田が現れた。
「えっ?練習するんじゃないすか?」
「おぅ、練習だ!行くぞ」
コッチに来いと手招きされ、松田の後を付いて行った。
球場を離れて、吉祥寺のネオン街を歩く。
一体何処へ行くというのか。
「おぅ、ここだ」
松田が顎をクイッと上げると、その先にはバーの看板が。
「…あの、ここで何するんですか?」
「黙ってついてこい」
松田はバーのドアを開けた。
「あの、ここは…」
「オレの行きつけの店だ」
店内はジャズが流れ、木目調のモダンな内装でシックな雰囲気だ。
バーマンがシェイカーを振る音が響く。
「あの…松田さん、ここで何を」
「何って、決まってるだろ!飲むんだよ」
さも当然のような顔で言う。
「教えるって、酒の事ですか?」
「おぅ、オレの教えを乞うならコッチの方も教えないとなぁ」
ニヤリと笑みを浮かべ、シングルモルトを注文した。
バーでは松田はシングルモルトを傾け、時折静かに今までの経験を畑中に話した。
「まぁ、大した話でもないんだが…こんな感じでオレは便利屋としてベンチにいるわけだ」
「松田さんはレギュラーになってもおかしくないのに、何でユーティリティープレイヤーでいるのか…」
松田は顔を上げて天井を見ている。
「いいんだ、オレは…オレは守備でメシを食っていこうと決めたんだ」
決してバッティングが劣っているわけではない。
ただ守備に関しては、チームの誰よりも上手くこなし、複数のポジションを守れる。
それなら便利屋としてもいい、チームに貢献出来るなら…と。
「オメーも、野手一本でメシを食っていこうと決めたんだろ?」
「はい」
「オメーはオレと違って、走攻守三拍子そろってる。
もうすぐレギュラーとして試合に出るだろう。
いいか、バッティングを上達させようと思うなら、まずは守備を極めろ!
そうすれば、バッティングも付随して良くなる。
そんなもんだ、野球ってのは」
確実にそうだとは限らないが、守備と打つリズムのどちらかが狂うと、もう一つも狂ってしまう。
松田は守備を疎かにするヤツはバッティングも上達しないという考えだ。
畑中はその後も松田に付いて色々な酒場を回った。
「まぁ、そんな感じでオレはあの人の様に一人で練習するのが当たり前になったってワケだ」
あれから10数年、畑中もベテランと呼ばれる年齢になり、結城や唐澤のような若い選手を指導する立場になった。
「その、松田という選手はその後どうなったんですか?」
唐澤が尋ねた。
「んー…オレが活躍したお陰で、二軍行きになってな」
畑中の台頭で、松田はユーティリティープレイヤーとしての座を降ろされた。
チームの若返りという方針で、構想から外れたのだ。
「まさか、オレがあの人を蹴落とすとはなぁ…これも野球選手の宿命なんだけども」
ふと、寂しげな表情を浮かべた。
「その後はどうなったのですか?」
「その年限りで引退したよ」
「そうだったんですか…」
ウーン、と結城は腕を組んだ。
「今は球場の近くで炉端焼きをやってるよ。たまに顔を出すけどな」
「えー!だったら今日は、その店に行けば良かったんじゃないですか?」
「イヤだよ!行ったら行ったで、あれこれと昔の話をオマエらに聞かせるんだぜ!行きたくないっつーの!」
聞かれたくない話の一つや二つ…いや、畑中ならもっとありそうだ。
「畑中さんは人前で練習するのがイヤなワケではなく、ただ単に一人で練習したいって言う事ですね?」
「んー、まぁそんなとこだ」
練習嫌いではなく、一人で黙々と練習に没頭したい。
それを聞いて、唐澤は畑中という人物を少しだけ理解出来た。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる