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シーズン中盤

ワガママ放題の無双投手

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「…三球三振で打ち取られたというのに、鬼束のあの笑みは何やろか?」

ベンチでは矢幡監督が訝しげな表情をしている。

鬼束程のバッターだ、きっと攻略法を見出したのではないかと感じた。

「おい、聖!」

ベンチに戻った聖を呼び寄せた。


「はい…」

二人は親子だが、グランドでは監督と選手という関係で一切の私情を挟まない。

「鬼束の次の打席は要注意だ。さっきみたいに三球勝負なんて無謀な事は止めろ」

「はぁ…でも、アイツがサインに首振るもんでコッチのリードに従わないんですわ」


「バカヤロー!お前はキャッチャーなんや!ピッチャーの要求通りにしてたら痛い目に遭うで!」


「そやけど…アイツ、ワガママ過ぎて言う事聞いてくれへんのですわ」


「全く…おい、スバル!」


今度は天海を呼んだ。


「何や!」


「お前、監督には敬語使えって言うたやろ!」


「そない怒らんでもええやん。で、何か用か?」


監督にもこんな口調で言う事を全く聞かないもんだから、ほとほと手を焼く。


「少しは聖のサインに従え!あんな配球しとったら、鬼束に打たれるぞ!次はちゃんとリードに従え、ええな!」


「アホか!今の勝負見たろ!何が鬼束や、三球三振やったやないか!」


「おい、ええ加減にせいよワレ!」


ベンチに不穏な空気が漂う。



「ハッ!まぁええわ、どうせ今年限りや。来年はこんなうるさいチームより、もっと環境の良いチームに行ったるわ」


そう言うと天海はベンチの奥に引っ込んだ。



「監督、もう限界ですわ!あんな自分勝手なヤツのタマなんか受けたないですわ」


「…はぁ」


監督は深いため息をついた。




ここで少し矢幡監督について説明しよう。


矢幡拓郎は現役時代キャッチャー一筋で歴代NO.1のキャッチャーとして輝かしい経歴を誇る。


強肩強打の捕手としてドルフィンズでは4番を打ち、優勝の原動力となった。

その後、ひょんな事から千葉ヤンキースの守山と異母兄弟という事実が判明(※詳しくは Baseball Love 主砲の一振を参照)

ヤンキースオーナー塗呂 萬太郎(ぬろまんたろう)の画策したトレードでヤンキースに移籍。

3番 陳、4番 矢幡、5番 守山のクリーンナップはリーグ1の破壊力を誇り、榊擁する静岡ピストルズとの熾烈な優勝争いの末、プレーオフにまで持ち込んだ決定戦は伝説の一戦として球史に残る名勝負として知られる。


MVP1回、本塁打王3回、打点王2回。

通算本塁打683は歴代2位。


巧みなリードとインサイドワークで投手の良さを引き出す稀代の捕手だ。


その名捕手でさえ、天海には手を焼く。

天海は現役時代の榊にソックリだと口々に言うが、榊は確かに暴君として知られ、数々の問題を起こした悪童だったが、野球に関しては真摯に取り組み、常に進化し続ける名投手だった。


しかも榊のルーキー時代、当時のコーチだった佐久間 義一に腕をへし折られ以来服従するようになった。

佐久間の様なお目付け役がいればいいのだが、残念ながらドルフィンズにはそのようなコーチは存在しない。

ならば矢幡監督直々に鉄槌を下せばいいのだが、今はコンプライアンスの関係上そんな事をするわけにはいかない。




榊と違う点は、榊はビッグマウスとは裏腹に他の選手がついていけない程の練習量をこなし、目に見えない努力をして名投手として君臨した。


一方の天海は己の才能を過信するあまり、向上心が乏しい。

練習は一通りこなすが、どうすれば更にレベルアップ出来るかという向上心が乏しい。


オレこそがNO.1ピッチャーだと豪語してるが、全盛期はあっという間に終わってしまう事を懸念している。


天海はそれに気づくのだろうか。





試合は投手戦のまま、六回の表スカイウォーカーズの攻撃。

打順は7番の指名打者畑中。


第一打席は空振りの三振、第二打席はサードフライに抑えられている。


「あんな速い球打てねえんだから、代打でも送ってくんねぇかなぁ。そう思わねえか?」


まるで打つ気の無い様子だ。


「ほなら、バット振らんと突っ立ってればええんとちゃいますか?」


「そうすっかぁ~…ところでさぁ、この辺で良い店知らないか?」


「良い店て…二日酔いなのに、今日も飲むんでっか?」


「そりゃ、この世に酒がある限り俺ァ、とことん飲むぜ!」


「ここまでくると、アル中でっせ」


「ハッハッハッハ!さすがにそれだけはカンベンして欲しいな」


いつもながら、緊張感ゼロの打席だ。


「でもまぁ、どうせ飲むなら勝って美味い酒飲みたいよな」


そう言うと、バットを上段に構えた。


何かありそうな打席だ。
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