4 / 39
第三話
しおりを挟む雨に加えて、上空のかなり上のところに珍しい青い稲光が走っている。稲光は下ではなく更に上空を目掛けて光が走る。
何かの前兆だろうか。
眼前には、あまりのベクターの船団の多さにどうしていいのか私は悩んでいた。
後ろで茶髪のルシアが一心不乱で両手をこすり祈り始めた。トマスが心配そうに水平線を見ている。
ふと、砂浜の左を見ると、そこに岩場が見える。
その左の岩場を見ると、一艘の小さなボートのような船がゆっくりと漂流しているように正面の波のほうに移動してきた。
突然、ボートの船腹の真ん中から、人影が見えた。まるで人が起き上がったように見えた。
オペラグラスでベクターの船団ではなく、私はそのボートを凝視した。
華奢に見えるその人影はこちらからは背中しか見えない。
人影はすっとボートの中で立ち上がり、右手を空に向けて伸ばしている。
「トマス。あの左の岩場の先には何がある?」
「はい。クレリゴス教会がございます。
タキ司祭と若い修道女がおります。
タキ司祭は以前、陛下と関係が深かったのですが、最近どうやらベクター様の黄金に眼がくらみ、ベクター様に近づこうとされているという良からぬ噂を聞きます」
オペラグラスでその人影の指先を凝視すると、指の先端に何か持っているのが見える。
急に波打ち際が赤く輝きを見せてきた。
更にその赤い輝きが上空の雨雲までレーザー光線のように垂直に伸びていく。
人影の後ろ姿からは長いツインテールの黒髪が風になびいている。
突然、上空で大きな音と二回目の青い稲光が輝いたかと思ったら、天上の雨雲に亀裂が入り、空が真二つに割れてきた。
割れた空の両側の二つの雨雲に、人影の指先から発せられた赤く輝いた光が反射し、まるでプロジェクトマッピングのように雲に赤い輝きの像が映し出されてきた。
やがて、その像は二つの赤い龍のような形に広がっていった。赤い龍の像の口から雨雲が吸い込まれ、亀裂がどんどん大きくなり、雲の隙間から太陽の日差しが差し込んできた。
やがて、太陽の日差しはどんどん大きくなり、空一面が雨雲から雲一つない晴天に変わって行った。
従卒長のアームがリチャードの前に駆け寄る。
「リチャード様、これでベクター様の船団の姿とすべての軍船がくっきりと肉眼でも見えてきました。長距離大砲発射のご指示を!」
「まず、あのボートを砂浜に手繰り寄せろ」
何人かの兵が波打ち際から泳いて、ボートを安全な砂浜の左のほうに引き寄せた。大勢の兵が担架を運びボートから人影を救出したのが見えた。
「よし、アーム。全軍、ベクターの船団に大砲を打ちこめ」
アームは兵士に次々と指示を飛ばす。
ドカンドカンと発射音を響かせて、長距離大砲の砲弾がいくつも、海の向こうの船団目掛けて放物線上に飛んでいく。
ベクターの船団からも石が飛んでくる。火のついた矢も数多くこちらに向けて放たれている。
しかし石も矢もこちらの砂浜まで届かず、海の中に沈んでいく。
一方、こちらの砲弾は、ベクターの船団に次々と命中しているようだ。
転覆した船から乗員が後ろに船に救助されているのが見える。
「リチャード様、ベクター様の船団が後退しています」
こちらは、長距離砲弾で更に攻撃して追い打ちをかけている。
しばらくたつと、沈没を免れた数少ないベクターの船団の姿は見えなくなった。
砂浜では晴天だったが、城に着くころにはすっかり周りは紫色の霧で覆われていた。
アーカート城に私たちは戻り、戦果を父上であるローレンツ王に報告した。
「よくやった。リチャード」
(いや、私は何もしていない。あのボートの人影が雨雲を追い払ってくれて、兄が開発した長距離大砲で応戦した結果、ベクター船団が逃げ去ったのだ)
長い白髪のローレンツ王は、背中を丸めて元気のない声ではあるが私を褒めたたえた。
「リチャード。疲れている所で申し訳ないが例の古文書について話すと気が来たようだ」
落ち着きがないローレンツ王の後をついて王の部屋に、私は入って行った。
ローレンツ王が手にしたものを私に差し出した。
「リチャード。これが古文書だ。私と兄のメイしか今まで読んでいない。
この古文書は、私がこの城の奥の書庫から偶然最近見つけたものだ」
羊皮紙に何か文字が書かれている。相当古そうな羊皮紙だ。
「陛下。兄を探さなくていいのですか?」
「また、いつものことだ。
そのうち、戻ってくる。
いつもどこかに行ったかと思うと戻ってきては素晴らしい兵器を開発していた。また東方の島々の話をどこから聞いてきたのかわからないがよく話をしていた」
私はふと思いつき聞いてみた。
「兄であるローレンツ二世はどのような服装でしたか」
「いつも紫のマントを羽織って、先のとがった紫の靴を履いていた。
王族らしくもっと上質の毛皮を着ればいいと思ったが本人はそれが気に入っていたようだ」
(あのとき、マリナとあの大波でさらわれた時、邪悪な眼と牙の下で横たわっていたのはローレンツ二世ではなかったのか?
)
東京のときを思い出していると、ローレンツ王が再び声を発した。
「リチャード、今こそお前がこの古文書を読んで、それを実行してほしい。
私にはできない。
私の子でお前の兄である第一王子のメイもこの古文書を見て、邪悪な存続の手がかりを調べてみるとは言っていた。
ただメイは浮かぬ顔をして、『この古文書を全部私が実行するのは難しい』と言っていたのだ。
メイは調べて判った結果を紙に記録しておくといっていた。私にもそのうち見せると言っていた」
8
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる