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19、未知(甘味)との出会い
しおりを挟む「すっかり遅くなってしまったな……」
シナに渡された、先ほどまで読んでいた本の続巻を読んでいたら、気が付くと深夜に差し掛かっていた。
「しかし眠れる様子もないな」
体は疲弊している。だが、どうしてだか一向に眠気は襲ってこない。
「少し歩くか」
軽く体を動かしたら眠くなるのではないかと考え、部屋を出る。
「暗いな」
使用人も半数以上が寝ており、人の気配も少なく、廊下は静まり返っている。
「ふむ、水でも貰いに行くか」
キッチンあたりなら誰かがいるだろうと考え、キッチンあたりまで行く。
「おや」
予想通り、ぼんやりとキッチンから淡い光が漏れていた。
「ちょうどいい」
水を貰い、そして眠りにつこうと考えていたが――
「……なんの匂いだ?」
ふんわりと、甘い香りが漂っている。
「……」
無意識のうちにアリスは、足音を消し、ゆっくりと物音を立てないようにキッチンに近づいていく。
「……ふんふーん」
近づくにつれ、鼻歌が聞こえてきた。
「よーし、もう少しで出来そうだな」
声は、少し一般男性よりも高めの声……クロイツの声だった。
「……クロイツか」
アリスは忍ぶのを止め、声を出した。
「うわっ! び、びっくりした!」
ずざざざっ! と後ろに後ずさる。
「すまない、驚かせてしまったか」
アリスはクロイツに詫びる。
「い、いえいえ、いきなり現れたので、びっくりしただけです」
「そうか、すまなかったな」
「大丈夫ですよ。さて、ご用件は?」
手に持っていた調理器具をおろしてアリスに問う。
「今日は眠れなくてな、水を貰えるか?」
「はい、ただいまご用意いたします」
水差しから水を注ぎ、アリスの前に優しく音を立てずに置く。
「ありがとう」
しっかりと冷えている水をクイッと飲む。
「ふむ」
乾いた喉に、スーッと染みわたっていく。
「それで、こんな遅くまで何を作ってたんだ?」
キッチンに残された器具を見て、クロイツに問う。
「えーっと、ケーキです」
「ほう、ケーキとは何だ」
白いホイップクリームと見るからにふわふわとしたスポンジケーキが置いてある。
「えーっと、説明が難しいので……今から作ってみますね」
「ああ、頼んだ」
じっとクロイツの手元を見つめる。
「そ、そこまで見つめられるとやりずらいですね……」
苦笑しつつ、その手はもう動き出している。
「まず、スポンジケーキの中にクリームを塗りこんでから外側にクリームを満遍なく塗ります。そして、飾り付けて……完成です!」
みるみるうちにスポンジケーキは真っ白なクリームに覆われていき、やがて最後に冠のように木苺を乗せ、完成となった。
「……美しいな」
純白のケーキを眺め、感想を漏らす。
「ふふ、ありがとうございます。あ、その、よろしければなんですが……食べてみますか? これは、来週のシナの誕生日で出すモノの練習品なので、この後、俺が食べきるつもりだったのですが……」
「ふむ、いただこう」
「了解いたしました。日中、かなり激しい運動を行われていたようですので、多分カロリー的には大丈夫かと」
「そうか、それなら問題ないな」
大きなホールを綺麗にカットし、六分の一を皿に乗せる。
「どうぞ、お召し上がりくださいませ」
フォークと共に、アリスに差し出す。
「うむ。では……」
ケーキにフォークをゆっくりと沈みこませる。
「柔らかい」
スポンジの申し訳程度の弾力を楽しみつつ、一部を切り分ける。そして、口の中に入れる。
「これは……!」
いきなりガツンと来た砂糖の甘味に驚きの声を漏らす。同時に、柔らかな口当たり、爽やかでほのかな牛乳由来の甘味を感じた。
「お気に召していただけましたか?」
「ああ、これは……」
その後もフォークを黙々と進める。一口、また一口と食べていく。そしてわずか一分の間にケーキは消えてしまった。
「……満足した」
ふぅ、と大きく溜息をつき、フォークを置く。
「まさかここまでとはな……」
満足したと言いながらも、まだ心残りがあるのか、じーっと残ったケーキを見つめる。
「あ、まだお食べになられますか?」
クロイツがその視線に気が付き、もう一切れ食べますかとアリスに聞く。
「いただこう」
一切の迷いも見せず、アリスは皿をクロイツに渡す。
「じゃあ、一番大きいのにしておきますね」
「ああ、それで頼む」
アリスはもう待ちきれない! といった表情でクロイツを見る。
「では、どうぞ」
今度は沸かしてあったお湯でササッと紅茶も入れ、アリスに同時に渡す。
「む、気が利くな」
気が利くとはこういうことか、とアリスは紅茶に口をつける。
「むっ!」
途端にピリッと舌に刺激を感じた。
「ああ! ごめんなさい! 少し熱く入れ過ぎましたね!」
「ふぁは、ひひふふな(まあ、大丈夫だ)」
舌をペロッと出しながらもごもご喋る。
「ふぁはひははふひんほほほはっはんは(私が確認を怠ったんだ)」
「とりあえずお水です! はい!」
慌ててクロイツが水を渡す。
「……んく。ふう、少しまだ舌に違和感が残っているが、問題ない」
そしてまたケーキを口にする。一口、また一口と平らげていく。
「……甘味とは、ここまで素晴らしいものだったのか」
ほう、と溜息をつきフォークを置く。
「まあ、普段はそこまで手に入るものではありませんからね。それでも、ご満足いただけて良かったです」
残ったケーキを一切れ皿に取り、クロイツも食べる。
「……うん、いい感じ」
頷いて、もう一口食べる。
「これならシナも喜んでくれそうですね」
「ああ、間違いないだろう」
アリスも頷く。
「良かったです。じゃあ、来週のシナのお誕生日までナイショでお願いしますね」
クロイツが、人差し指を口元で立て、シーッとする。
「ああ、私たち二人だけの秘密だな」
アリスもクロイツの真似をして、シーッとする。
「残りは他の方々に明日お渡ししてしまいますので、しまってしまいますね」
「……もう少し食べたかったが、仕方がないな。また来週の楽しみにしよう」
そしてアリスはおやすみとクロイツに言い、部屋に戻った。
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