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第5章 それぞれの選択
亀裂
しおりを挟む「―――っ!!」
実の目が瞬時に凍りついて、瞼の隙間から零れ落ちてしまいそうなほどに、その目が大きく見開かれた。
「え……み、実?」
様子が豹変した実に、オレはおそるおそる声をかける。
「う…っ」
怯えた表情で震え出す実。
オレは何が起こったのか分からなくて、その場でおろおろとするしかなかった。
「う…あ……や、だ……」
実は両手で頭を抱えて、ぎゅっと目をつぶる。
「やだ……―――思い出したくない。」
その刹那、実の周りで風が吹き荒れ始めた。
「………っ」
あまりにも強い風に、目を潰される。
「実!!」
強風のせいで真っ暗になった視界で、茂みを掻き分ける音と共に実を呼ぶ声が響いた。
その声に呼応して、風が嘘のように和らぐ。
目を開けて後ろを見ると、そこには実とそっくりな人がいた。
その人は怯える目で見つめてくる実に一瞬息を飲んだ後、とびきりの優しい笑顔で手を伸ばした。
「おいで、実。」
彼は、穏やかな口調で実に呼びかける。
優しく、根気強く、大丈夫だと言い聞かせるように。
「………っ」
実の頬を、大粒の涙が伝った。
実はゆっくりと立ち上がり、風をまとわせたまま、その人の元へふらふらと歩いていく。
「お…と……さん……」
彼に手を伸ばした実が、あともう少しのところで力を失った。
彼はしっかりと実の小さな体を抱き留め、その腕に実を抱き上げる。
「……まだ、封印は完璧じゃないのか。」
彼はぼそりと呟き、次にこちらを見た。
「ごめんね。怖い思いをさせたかな?」
優しく問いかけられ、オレはぶんぶんと首を振った。
自分のことよりも、実のことが気になったからだ。
「あの……実は……」
訊ねると、彼は笑ってオレの頭をなでてくれた。
「大丈夫だよ。ちょっと無理をして疲れただけだから。」
「でも……さっきまで、オレと普通にしゃべってて……オレ…っ」
「大丈夫だよ。」
彼はしゃがんでオレに目線を合わせると、オレの目をまっすぐに見つめてきた。
「君のせいじゃないよ。ちょっと難しい話になるけど、実には昔の記憶がないんだ。」
「きおく?」
「うん。今までのことを、何も覚えてないんだ。だからか、昔のことを思い出しそうになると、こうして怖がっちゃうことがあってね。」
「!!」
その時のオレには、彼が言ったことの意味はあまり理解できなかった。
それでも―――
『本当に、何も覚えてないの?』
あの言葉を実に言ってはいけなかったのだと、それだけは分かった。
「ごめんなさい! オレが……前のことを訊いたから…っ」
それ以上は、言葉が続かなかった。
「ありがとう。」
怒られる。
そう思っていたのに、オレにかけられたのはそんな優しい言葉だった。
彼はくすりと笑い、何度も優しく頭をなでてくれる。
「君は優しい子だね。でも、言ったよね? これは君のせいじゃない。気にしてくれるのは嬉しいけどね。……できれば、これからも実と仲良くしてあげてくれないかな?」
オレはその言葉に、くどいくらい頷いた。
怒られなかったことにほっとして、ぽろぽろと涙があふれ出してくる。
彼は、オレが落ち着くまでずっと傍にいてくれた。
それから数日、実は幼稚園に来なかった。
なんでも、風邪を引いたそうだ。
別れ際があれだっただけに気になって仕方がなかったけど、実の家の場所も知らないのでお見舞いにも行けず、やきもきしながらその数日を過ごした。
そして、数日後ようやく姿を見せた実は―――決して、オレには近付いてこなかった。
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