159 / 185
第4章 桜をまとう少女
不釣り合いな関係
しおりを挟む「どうぞ。」
桜理がベッドから下りながら、声だけで入室を促す。
ドアを開けて入ってきたのは、拓也と尚希だ。
その二人を見て、実は心の中だけで礼を言う。
「調子はどうだ、実?」
尚希が訊ねてくる。
「このとおり。なんか、一気によくなりましたよ。」
そう言ってベッドから飛び降り、どこかおどけたような顔を浮かべる実。
そんな実の悪びれる様子のなさに、拓也が呆れたように溜め息をついた。
いつもなら説教の一つや二つでも飛んできそうなものだが、桜理の手前自重しているのかもしれない。
「ま、今回は何日も眠り続けなかっただけマシか?」
尚希のそんな言葉で、ようやく時間に意識がいった。
窓の外を見ると、ここに来たばかりの時はまだ高い位置にあった日が、完全に落ちていた。
明かりがない外は真っ暗だ。
しかしその暗闇の中でも、舞い落ちる花びらたちは異様な白さを誇っている。
一体、地球の方ではどれだけの時間が流れてしまっているのだろう。
影が自分の代わりをしてくれている以上、そこまで重要視する問題でもないのだか。
「そうですよ。一応休んでから来たんですし、そこまで無理をしたわけでもないじゃないですか。」
半分冗談で言ったのだが、そう言った途端に三人が一斉にこちらを睨んできた。
〝違うだろ〟
彼らのそれぞれの目から、そう聞こえてきそうだ。
三人の視線が、まあ痛いことで。
「大丈夫ですって。このくらいじゃ、くたばりませんから。」
笑顔を貼りつけて、軽く受け流すように手を振って見せる。
「………」
桜理と尚希が溜め息をつく中、何故か拓也だけがどこか悲しそうな顔をした。
ほとんど意識せず、実はそれにあえて気付かないふりをする。
「で? この後、どうするんだ?」
話を切り替えた尚希がそう訊いてきた。
どうやら、本題はこちらのようだ。
「ああ、どうしましょうか……」
「ねえ、実。」
実が考える素振りを見せると、すかさず桜理が割って入ってきた。
「今日は、こっちに泊まっていかない? もう遅いし、それに……もっと、実と話していたいから。」
「え? えーっと……」
問われた実は戸惑いながら、拓也と尚希に目だけで問いかける。
「おれは、別に構わないけど?」
大体予測がついていたのか、拓也はあっさりとした口調で言う。
その隣で、尚希も肩をすくめた。
「オレも異議なし。」
二人の同意に、桜理の表情がぱっと明るくなった。
「ありがとう、実! 拓也さんと尚希さんも、ありがとうございます。ここでは、自由に過ごしてくださいね。」
あまりにも嬉しかったのか、桜理は満面の笑みで実に飛びついた。
そこでふと、尚希の表情が変わる。
「……なあ、実。」
「なんですか?」
実が問い返すと、尚希は言いにくそうにぼそぼそと言葉を紡ぎ始めた。
「明日に帰るんだよな?」
「ええ、予定では。」
「じゃあ、今日ならオレは別行動取っても大丈夫だよな。ちょっと、行きたいところがあってな。」
「……ああ。」
尚希の態度でピンときた。
「エーリリテのところですか?」
「!!」
図星だったようで、尚希の表情が一気に赤くなる。
そんな彼の様子に後ろの拓也が必死に笑いをこらえるが、成功しているとは言い難く、手で押さえた口から微かな笑い声が。
「いいんじゃないですか? というか、わざわざ俺に許可を取る必要もないですよ。いってらっしゃーい。」
尚希の反応が面白いのでからかいの意味も含めて手を振ってやると、尚希は顔を真っ赤にしたまま踵を返した。
そのついでに、拓也の首根っこを掴んで引きずっていく。
「ええっ!? 尚希、おれもか!?」
拓也の驚いた声が、ドアの向こうに消えていく。
二人の気配が十分に遠のくのを待って、実は深く息を吐いて肩から力を抜いた。
そうしてから、隣に桜理がいたことに思い至る。
ハッとして桜理の方を見ると、桜理は真顔でこちらを見つめていた。
「……さっきの素直になったって言葉、取り消すね。」
桜理が憐れむような表情でそう言う。
それで、何もかもが見抜かれていたと知った。
「実は昔と変わらず、みんなと距離を取っちゃうんだね。しかも、すっごく自分を隠すのが上手になってる。正直、私でも見分けるのは難しいかも。」
「……そっか。」
曖昧に笑って、実は桜理から少し視線をずらした。
桜理に自分の心を見透かされていると思うと、目を合わせることができなかったのだ。
桜理は、尚希たちが消えていったドアを見やる。
「実は、あの二人にひどいことをしてるね。あの二人の実に対する気持ちは本物なのに、実はどうしても自分を隠そうとしてる。不釣り合いだね、それって。」
「……そうだね。」
実は淡々と桜理に相槌を打つ。
「それに、拓也さんは実が心を開いてないって気付いちゃってる。だからさっき、あんなに悲しそうな顔をしてたんだね。実がそれに気付いてないわけないよね? 分かってたのに無視したんでしょ?」
「……うん。」
「いいの? それで。」
桜理は実の正面に立ち、実をまっすぐに見つめた。
「せっかく近づいてくれる人がいるのに、いいの? 私の時も、最初はそうだったよね? そこまでみんなを拒んで、独りになる必要があるの? 寂しくはないの?」
「……別に、寂しくはないよ。ただ、少しだけ悪いなとは思ってる。でも、俺が近づきすぎたって、あの二人に重荷を背負わせることになるだけだし。」
思ったことを素直に言っただけなので、言葉はするすると出てきた。
桜理は憂いに満ちた表情で目を伏せる。
まるで、融通の利かない子供を相手にして困っているような、そんな顔だった。
「そう…。何が、そんなに実を歪めちゃったんだろうね。」
痛い所を突かれて、実は返答に窮する。
そうだ。
桜理は自分の過去を―――自分が抱えるものを知らないのだ。
この世界では、自分は殺されてきた存在であることを、桜理は知らない。
だからといって桜理にこのことを話せるかと言われると、それはできなかった。
実はごまかすように微笑むだけ。
桜理は、それを見て声をあげた。
「あ、そうだ。」
「何?」
「私の前では、そうやって無理に笑わないでね。つらいから。」
「……え?」
実はきょとんとして、思わず視線を桜理に戻す。
驚いた、というよりは不思議でならなかった。
「つらい? どうして?」
「確かに、実が笑ってくれると嬉しいんだけど……」
桜理は、泣くのをこらえるように唇を噛み締めた。
「だけどね……今の実の笑顔は自然すぎて、私には逆に作り物みたいに見えるの。だから、つらい。無理してる実を見るのは、嫌なの。」
真摯に訴えてくる桜理。
その純粋な顔を、自分は真正面から見つめ返すことができなかった。
拓也たちに対しては、たとえ隠し事をしていても、まっすぐに二人と対峙することができた。
心の裏を探られたとしても、隠し通せる自信があったから。
しかし、桜理を前にするとこんなにも違う。
こういう時にどうしても心を隠そうとする昔の自分の部分が、今は全くその片鱗を見せないのだ。
「……ごめん。」
実は素直に表情を曇らせた。
そしてふと、そんな自分の行動に疑問を持つ。
―――どうして自分は、こんなにも素直に桜理に従っているのだろう、と。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話
白木 白亜
ファンタジー
突如として異世界転移した日本の大学生、タツシ。
世界にとって致命的な抜け穴を見つけ、召喚士としてあっけなく魔王を倒してしまう。
その後、一緒に旅をしたスライムと共に、マッサージ店を開くことにした。卑猥な目的で。
裏があるとも知れず、王都一番の人気になるマッサージ店「スライム・リフレ」。スライムを巧みに操って体のツボを押し、角質を取り、リフレッシュもできる。
だがそこは三度の飯よりも少女が絶頂している瞬間を見るのが大好きなタツシが経営する店。
そんな店では、膣に媚薬100%の粘液を注入され、美少女たちが「気持ちよくなって」いる!!!
感想大歓迎です!
※1グロは一切ありません。登場人物が圧倒的な不幸になることも(たぶん)ありません。今日も王都は平和です。異種姦というよりは、スライムは主人公の補助ツールとして扱われます。そっち方面を期待していた方はすみません。
竜焔の騎士
時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証……
これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語―――
田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。
会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ?
マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。
「フールに、選ばれたのでしょう?」
突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!?
この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー!
天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる