世界の十字路

時雨青葉

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第3章 過去に刻まれた罪

夢に現れる少女

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「……夢を、見るんだ。昔の記憶を取り戻してから、ずっと。」
「夢?」


 実の言葉の一部を、拓也が怪訝そうに繰り返す。


「そう。それが、こうなった直接の原因……かな?」


 そうして実は語り始める。


 暗闇の中に舞う花びら。
 何もない空間に唯一ある桜の大木。


 そして、木の下に立つ少女。
 笑って、泣いて、必死に自分を呼ぶ少女に、一歩も近づけない自分。


 話している間、必死に何も考えないようにした。
 何も感じないように体と精神を切り離し、口だけを機械的に動かして、ただある事実だけを語った。


 かなり疲れる行為だったが、それでも記憶に飲まれないようにするには、これしか方法がなかった。


「あの夢よりも怖いものなんてない。そんな夢を毎日のように見てたら……ご覧のとおり。情けないよね。」


 そこで話を区切り、一旦間を置く。


 これまで難なく動いていたはずの唇が、途端に動かなくなる。
 なかなか、次の言葉を繋げることができなかった。


 夢の話までは、言ってしまえば話すのは楽な方だ。
 問題はここから。


 ―――夢に出てくる少女。


 彼女は何者なのか。
 夢の話を聞けば、自然と湧いてくる疑問だろう。




 彼女のことこそ、自分が一番話したくない―――そして、一番思い出したくないことなのだ。




 彼女のことを、どう話せばいいのか。
 実は思い悩む。


 話すと決めたにも関わらず、いざ言おうと思えばこの様だ。
 実がぐるぐると考えを巡らせていると、ずっと黙っていた拓也がふと口を開いた。


「……。」
「!?」


 実がバッと拓也を見る。
 予想外の実の反応に気を取られてか、拓也はきょとんとした表情で実を見つめ返した。


 心底驚いている実の顔色は、青を通り越して蒼白になっている。
 大きく見開かれたその瞳は、激しい動揺で揺れていた。


「どうして、その名前を……」


 訊ねた声はかすれていて、囁きのようにか細かった。


「うなされながら、何度も呼んでた。すごく、苦しそうに。」


 拓也がそう言う。


 その言葉をなかば茫然として聞いていた実だったが、しばらくすると実は、膝を抱えて毛布の中に顔をうずめた。


 そして深くて長い、本当に長い溜め息を吐く。


「そっ…か。ふふ……ふふふ……」


 小さく肩を震わせて笑い始める実。


 拓也たちから戸惑いの目で見られていることは分かっていたけど、どうしても笑いを止めることができなかった。


 もう、とことんわらってやる。
 嗤えば嗤うほど、先ほどまでの躊躇がどんどん消えていくようだった。


 心ゆくまで嗤って顔を上げた実は、どこか吹っ切れたような顔をしていた。


「拓也、当たりだよ。夢に出てくる子の名前は、涼霧桜理。地球に来てから、周囲を全部拒絶していた俺に初めて近づいてきた子だった。俺から距離を置く他の奴らとは一風変わった子でさ、面倒だと思いながらも桜理といるのはそれなりに楽しくて……なんだかんだいって、結構安心できたんだ。多分、父さんや母さんを除いて……俺が初めて、そしてあの時唯一心を許した子だと思う。」


 拓也と尚希は目を見開いた。


 桜理のことを話す実は、とても愛おしそうな表情を浮かべていた。
 それは、拓也たちが初めて見る実の表情。


 それだけで、桜理という存在が実にとってどれだけ大きくて、どれだけ大切だったかが伝わってくる。


 だからこそ尚希は、自分の質問を口にすることを躊躇ためらった。


 この先に続く話が、決していい話ではないことを知っていたから。
 その話を実が語りたくないだろうと、分かっていたから。


 しかし、その躊躇いを尚希は揉み消す。
 きっとそうすることが、今の実に対する礼儀だ。


「それで、その桜理って子は……」
「さらわれた。俺の目の前で。」


 実はあっさりと言ったが、態度とは裏腹な言葉の内容に、拓也も尚希も一瞬言葉を失った。


「それは……どういう意味なんだ?」


 尚希が重ねて訊ねると、実がここで初めて表情を崩す。
 言葉につまる実を尚希が根気よく待っていると、やがて実はその重い口を開いた。


「こっちでいう誘拐とは違う。桜理は……向こうの世界にさらわれていった。」
「!?」


 拓也と尚希は瞠目して息を飲む。


「……そ、そんな! なんでだよ!?」


 声を荒げたのは拓也だ。


「知らないよ。桜理をさらった犯人も、そいつの目的も、俺には分からない。犯人が分かってたなら……あの時の俺は、間違いなくそいつを殺しただろうね。」


「………」


 静かな声音で繰り出された不穏な言葉に、拓也が口をつぐむ。


 桜理を向こうの世界へ連れていくことができたということは、犯人は次元の扉を開くことができる人物。


 そうなると必然的に、犯人はアズバドルの国家に関わる人間に限られる。


 しかし、ついさっきの実の発言が、拓也にそのことを言うことを許さなかった。
 そんな拓也の葛藤に気付くことなく、実は一人で話を続ける。


「今となっては、桜理のことを覚えているのは俺くらい。他の奴らはみんな……忘れちゃったから。」


 途端に、激しい後悔と悲しみが実の表情を彩った。


「目の前にいたのに、何もできなかった。俺なら助けられたはずなのに……助けられるだけの力はあったはずなのに……何も…っ」


 再び毛布に顔をうずめる実。
 拓也たちは何も言えずに、うずくまる実を見つめるしかなかった。


 もしも大切な人が、自分の目の前でさらわれたのなら。
 しかも、それを救うことができなかったのなら、それは果たして、どれほどの苦痛となるだろう。


 本来なら、当時の幼い実が罪悪感を抱く必要などないし、そんな昔のことなど忘れてしまっても、責められるいわれなどない。


 しかし持って生まれた特殊な力と、年齢にしては異常なほど発達していた精神のせいで、実は幼さに甘えられなかったのだ。


 だからこそ実は、昔も今もこんなに自分を責めている。


『今の実は、魔力を封じる直前の実と同じだもの。』


 拓也の脳裏によみがえる詩織の言葉。
 実はその時も、今のような苦しみに耐えていたのだろうか。


 桜理という大切な存在が、自分の記憶にしか残っていない状況で。
 誰にも桜理のことを言えず、ただ一人、その幼い体と心に全てを押し込めて。


 記憶と魔力を封じることでやっと忘れられたのに、桜理の存在はその記憶の空白を越えて、今もなお実をむしばみ続けている。


「実…」
「大丈夫。……大丈夫、だから……何も言わないで。」


 拓也の言葉を遮り、実は全身を微かに震わせた。


 この気持ちを口にしたのは久々だ。


 自分の心の中で思っているだけとは違い、実際に言葉にしてしまうと、予想以上に精神的にダメージを受ける。


 どっと疲れてしまい、ずっと強張っていた体から力を抜いた、まさにその時だ。




 ――――――みの…る…




 微かに。
 けれど、確かに。


 その小さな声は、実の耳朶じだを打った。

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