世界の十字路

時雨青葉

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第2章 蝕まれる心

全てが止まった空間

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 不安げな詩織を玄関に残し、拓也は廊下へと足を下ろした。
 廊下を奥まで進み、途中で九十度に折れ曲がる階段を上がる。


 階段から伸びる廊下をさらに奥へ進み、廊下の一番奥の部屋―――どこにでもある、木製のドアの前で止まった。


 止まって、一瞬躊躇ためらった。


 必死に保っていた平常心が跡形もなく消え去り、濃度の高い不安が瞬く間に心を覆っていく。
 その不安が、どんどん躊躇いを押し潰していった。


 早く見ないと。


 ドアノブを険しい目つきで睨んだ拓也は、迷いなく手を伸ばす。
 しかし、ドアノブを下ろした瞬間に返ってくるのは鍵の抵抗だった。


 拓也は一度手を離して、ドアノブを軽く指で弾く。


 ガチャリ


 鍵の開く音。
 もう一度ドアノブを下ろすと、微かな音と共にドアが細く開いた。


 脳裏を支配する緊張に、ドアノブを握り締める手がピタリと止まってしまう。


 中を見なければ。


 そう思うのに、それと同じくらい中の様子を見たくない。
 悪い想像ばかりが頭の中をよぎる。


(だめだ、躊躇ためらうな。)


 拓也は思い切り頭を振った。
 ぎゅっと眉根を寄せて、ドアを押し開ける。


「―――っ!?」


 息を飲んで、その場に立ち尽くした。


 部屋の中は、綺麗に整っていた。
 何にも触れられた形跡もなく、誰かが部屋の中を動き回った様子も見られない。


 この部屋の中に、一週間もの間実がいた。
 その事実が、この整った部屋を異常たるものに変えてしまう。


 拓也は思わず、吐き気をこらえるかのように口元を手で覆う。


 何よりも、ここは空気が異常だ。


 空気が一切動いていないような香りがする。
 まるで忘れ去られた場所のような、時間が停止した場所に流れるような空気だ。


 人々に忘れ去られ、外の空気が流れ込むことも、中の空気が流れ出すこともなく、そのうち空気自体が動くことを忘れてしまった。


 そんな風に停滞した、重たく沈んだ空気。


 今この部屋に満ちる空気には、そんな表現が一番しっくりくる。


 息苦しくなりそうだ。
 嫌な汗が首筋を伝っていく。


 ここは、人がいていいような場所ではない。
 心の奥底からそう思った。


 暗くよどんだ空気が肺を侵す。
 全身が重くなるような錯覚さえしてくる。
 気付けば、自分の呼吸が荒くなっていた。


 そんな場所に、実はいた。


 実は毛布を下半身にかけた状態でベッドに座り、窓越しに外の景色をぼんやりと眺めている。


「実…」


 呼びかけるも、それはあえぐような声にしかならなかった。
 実はゆっくりと振り返り、こちらを見て……




 そして―――微笑わらった。



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